第七話
ほとんど草木も生えないハゲ山しか見えない野原、いや荒野と言ってもいいだろう。
乾燥し、決して草花が育たない年老いた女性の肌のような大地。土に触れて見ると、とても固く一握も持つことが出来ないほどに水分が抜けた砂。何とか削って持っても、持ち上げる時の風ですぐに飛んで行ってしまい手元には何も残らない。土が粒子のように細かいようだ。ここまでの細かさでよくもまぁ岩のように固く形成することができたものだなと感心すらしてしまう。
自分の旅が始まった渓谷ですらももう少し湿り気があったはずなので、これほどまでに乾燥しきった土地を見るのは生まれて初めてだ。よくこんな土地に先人たちは国を作ろうと考えた物だと、尊敬すらしてしまう。
そう、一つの山の頂上から戦場を見下ろしていたリュカは思っていた。
「砦は……三つ……ですね」
「総攻撃されたらすぐに落ちてしまいそうな作りね」
「うん、魔法を無効化する素材を使ってないみたいだし……魔法で攻撃されれば一撃だね……」
ミコ、レラの話に頷いたリュカ。確かに、この場所からも少し大きな四階建ての建物のようなものが見える。等間隔に並んだその建物は、国へと侵攻してくる敵を見張るために建てられた砦であり、ローラが言うには何百年も前に建てられた結構古い作りの砦なのだとか。
その為なのか、そのような種類の建物によく使用されている魔法を無効化することが出来る素材、通称≪奪力石≫を使用していないのだという。
つまり、遠くからでも炎の魔法でも撃たれよう物ならたちまち炎上、倒壊する恐れがあるという事だ。
この戦に置いては、砦の存在はない物と思っていたほうが良いのかもしれない。
彼女たちがいる場所。それは、現在想定されているトオガの国との戦場。その第一候補となる場所だ。何故このような場所に来たのかというと、それにはわけがあり、話は二時間ちょっと前にさかのぼる。
「戦場の下見?」
「そうよ」
と、セイナは話を切り出した。
女王との会談の後、武器や鎧を返却してもらった一同はヴァルキリー騎士団と元々のマハリの兵隊たちを集めての情報共有を行おうとしていた。
マハリからの亡命者に関しては仮にではあるが空き家を貸してもらえることになり、足りない人たちに関してはミウコの兵舎で夜を明かしてもらう事となったそうだ。
そんな中で、分隊長である自分も情報共有の場に立とうとしていたのだが、その前にセイナから一つ頼まれごとを受けた。
「戦をするのなら、まずは下見と下準備が必要。だから、戦場となる場所の偵察を貴方の分隊に任せたいの」
「なるほど……」
確かに、自分たちはまだこのミウコという国の地理に関してはよく知らない。女王秘書であるローラから幾分かの情報は得られるのかもしれないが、実際に騎士団の誰かがその戦場を目視で確認しなければ戦略を決めるのにも支障をきたす恐れがあるのだろう。
自分たちの分隊であれば、ケセラ・セラがいるおかげでロウ二十七体の力を借りることが出来るし、情報収集には持ってこいであるはずだ。
「分かりました、すぐに行きます」
「でも、気を付けて。トオガの国の兵がいる可能性も無きにしも非ずだから、必ず三人一組で行動して。背後にも最大限の注意を向けて」
「はい!」
という事で今に至る。それにしても、見れば見るほど何もない。
セイナが言うには、この土地の地下には溶岩が通っているらしい。だから、その関係で土も乾燥し、草木も生えることもないままに文字通り殺風景な景色が完成してしまったのだろう。リュカは、そんな友達がいない人間の心象風景もかくやと言わんが如くの風景を見ながら頭を抱える。
「こんな更地で……どうやって戦略を立てろって言うの……」
まだ木の多い場所だったら木々を陰として敵を翻弄したり、また湖が近くにあったらそこから水をひいてくる等して敵を足止めするという事も可能だ。
だが、本当にまるっきり何もないこの土地で、一体何をどうしろというのだ。
「そうね……ということは力と力のぶつかり合いになる。でも、その場合は……」
「戦力差から言って、まずこちらが不利であろうな」
「うん……」
つまり、どう考えても圧倒的にこちらが不利。いやそもそもそんなこと最初から分かり切っていたことだ。だからこそ、こうして下見をして突破口を見つけ出そうとしていたというのに、いざ来てみればさらに状況を不利にするほどの悪条件。
こんな場所で、本当に戦えるのか。というよりも、ミウコの国、いままでよく自分たちの国を守ることが出来ていたなと思ってしまう。
この戦場の様子からして、恐らくトオガ以外の国であったとしてもミウコは圧倒的不利な状況に陥っていたはず。ひとたび攻め込まれれば防衛手段がほとんどないのだからそれは確実であろう。
歴代の王が交渉上手だったのか、それとも他国の挑発にも乗らないような冷静沈着な者達だったのかは分からないが、しかし逆に言えばそれまで攻め込まれなかったがために兵士たちが戦闘に慣れる機会がなかったという事にもなる。
ダメだ、考えれば考えるほどこちらが不利になるような情報が押し込まれていく。他の話題に変えよう。
そうだ、こういう時こそ前世の知恵だ。たしか、前世で読んでいた小説でも、主人公は前世での事を思い出すことによって圧倒的な不利をも逆転していたはず。まぁ、中にはご都合主義も混じっていたのだが、とりあえずソレを思い出す。
この状況、やはり思い出されるのは女王との会談の時にも思った≪アレ≫であろうか。
「お父さん、何かこの状況覚えがあるんだけど……」
「奇遇だな、ワシもだ」
やはり、リュウガも思っていたらしい。
そう、二人が思い浮かべていた物。ソレは、リュウガの前世、織田信長の天下取りへの道の第一歩。
当時天下取り最有力候補であると目されていた駿河国並びに遠江国の守護大名。海道一の弓取りの異名を持った戦国大名。
今川義元。
そして、その今川義元が戦死することとなった戦。
桶狭間の戦い。
今川義元は、天下取りの手始めとして領土拡張を図るために織田信長が守護大名をしていた尾張国を二万五千の大軍を率いて侵攻した。その軍勢の中には、後に天下人となり、江戸幕府を作り上げた若き日の徳川家康、当時は松平元康と名乗っていた男もいた。
大軍であり、装備も充実していた今川方二万五千に対して、織田信長率いる尾張の軍勢は、合計約三千程度だったと言われている。
その戦力差は、織田方の武将のほとんどが絶望する物であり、当初は籠城か、あるいは野戦かと意見が二分化し、軍議も全く進まなかったそうだ。
その最中、尾張に一番近かった今川方の城を囲んでいた五つの内二つの砦を落とし、城への道が出来たことによって今川義元は拠点としていた城からゆっくりと進軍を開始する。
そして、そんな今川義元が進軍の途中で休憩の場に選んだのが織田方の砦が良く見える位置に存在する桶狭間山であった。
信長は、どこかしらで今川義元が休憩をすると読み、二千超の兵と共に進軍。雨による視界、そして雨音により進軍する音がかき消される中、今川義元を奇襲することに成功。見事に、当時最強と言われた今川義元を打ち取ることに成功したのだった。
この一連の戦の後、当主を失った今川家はどんどんとその勢いを落としていったのに対して、織田信長はその名声を日本全国にとどろかせせることとなった。
「だったっけ?」
「……後の世にそう伝わっているのならばそうであろうな」
―――諸説あり。
恐らく、色々と間違っているのだろう。何も言わなかったが、リュウガの顔はそう語っている。
何回も言っていることなのかもしれないが、自分自身記憶力の良い方ではないし、歴史の授業なんてほとんど寝てて聞いてすらもいなかった。
そのため、大体の戦国時代の情報の元はいわゆる歴女である親友の口からだった。
つまるところ、個人の思いやが通されている結果正確な情報であると判断できなくなった曖昧な情報であるのだ。
しかし大まかなところは合っているはずだ。
「それじゃ、あのパターンを使えば……」
「ぱたーん?」
「あ、ううんこっちの話……ねぇ、どう?」
と、リュカはレラたちに聞かれないように小声でリュウガに話しかけ続けている。
そして、リュカからの提案に対して、リュウガは開口一番に言い放った。
「まず同じ状況にはできんだろな」
と。
「どうして?」
「ワシの時は、あの漢が近くで休憩するであろうことを先読みし、その場所まで雨に紛れて近づき、あの漢を打ち取ることに成功した」
「うんうん……」
「だが、今回は山はあるがそのほとんどが草木も生えないような土地……トオガの王もそのような見晴らしのいい場所で休憩を取るような危険な真似をするようなうつけものではあるまい」
「まぁ、確かに……」
そう。休憩するのならば自分たちの姿が見えないような場所で取る。そうしなければ魔法などで狙われて暗殺される可能性が高いからだ。というか、今回は戦力差もあってそもそも最前線には出てくることもなく、一番後ろの方で高みの見物を決め込むという可能性も無きにしも非ず。
つまり、敵の大将を討ち取って一発逆転なんて方法を取るにはやっぱり場所が悪すぎるのだ。
なんとなく同じ方法でなんとかすることが出来るのではないかいう見通しを立てたのだが、やはり甘い考えであったという事が良く分かる。
「それじゃ、どうするんです?」
「私が龍才開花の魔法で……」
こうなれば、本当の本当に一発逆転。龍才開花によって正面突破で敵陣に斬り込んでいてて大将を討ち取るしか。
「うつけ、その程度で勝てるのであれば苦労はせん」
「あ、ハハハ……」
ですよね。
もし、そんなことが出来たとしたらそれこそご都合主義の何のおもしろみもない創作物だ。
龍才開花は確かにとんでもない力を持っているがそれは自分からしてみればの話。世界には自分の持つ魔法よりも強い魔法を持つ人間はゴロゴロといるし、王様級になってくるとそれこそ自分では想像もつかないほどの力を持っている可能性がある。
まだ相手の事もよく知らない現状において、自分の魔法ですべてを解決させることが出来るという慢心はよしたほうが良いだろう。
「とにかく、相手の戦い方も知らなければな」
「そうだね」
「それじゃ、いったんケセラ・セラさん達を戻しますか?」
「うん、ロウ。お願い」
「ガル」
ひとまずセイナたちに現状報告をしなければならない。リュカはその場にいたロウの一匹に別動隊として動いていたケセラ・セラの班を呼び戻すように指示を出す。
ロウは、指示を受けた側から風のような速さで山を駆け下りていく。この速さもなにかに生かすことが出来れば重畳なのだが。
そう考えながら熱中症にならないように水分を補給するリュカ。その時だ。疲れていたからなのだろう水筒を地面に落してしまった。
すると、地面に落ちた水が瞬く間に蒸発、いや土に吸収されていくのが分かる。吸水力というのだろうか、地面は瞬く間にカラカラに干からびてしまった。
「?」
「どうしたんです、リュカさん?」
「ううん、なんでも……」
なんだろう、この違和感は。自分は今、何か大事な物を見落としたような。そんな、不思議な気分になってしまう。まぁ、今は関係のないことかと。リュカはミウコの国へと帰るための身支度を整えるのであった。




