第六話
この世界には大小さまざまな国が存在する。その多くが、戦力が一万以下の小国であり、戦力十万以上もあれば大国であるとされている。
そして力があれば力を求める物。平穏無事に暮らしたい小国を尻目として、野心的な大国はその小国を襲い、吸収し戦力に取り込むことによってさらに自分たちの力を底上げしたいと考える。そのため、この世界では大国同士の戦争はまず存在せず、ほとんどが大国から小国への侵略という形での戦である。
無論、小国も黙って侵略されるわけがない。小国は小国どうしで連合を組み、また盟約を交わすことにより互いに互いを助け合い、大国からの侵略を防ごうと試みている。
だが、相手が自分たちの何倍もの戦力を持っている場合、小国の兵士の多くが国外に逃亡、あるいは寝返るという事が頻発した。結果、連合は小国同士が協力し合うための物という形式が有名無実化し、実際にはそうやって減った戦力を少しでも多く取り込むための戦略の一つとなり果てていた。
それほどまでに、自分たちの生まれた国を守るという使命すらもかなぐり捨てられるまでに大国の脅威という物は恐ろしいのだ。
そして、この世界にはその大国の中でも抜きんでて戦力に秀でている国が三つ存在する。
それが―――。
「トオガ、オッド、そしてキョウ……この三つが総合的に見て強いといえる国……三強国と言われている」
「ただし、トオガ以外の二つはどちらかというと非攻戦的な国……戦力をもっていても積極的に攻撃しようとはしない国よ」
と、リュウガ、セイナが大国の事について何も知らないリュカ、ケセラ・セラに対して説明をした。
「それじゃ、トオガが天下統一に近い国って言うのは……」
「その三つの中で唯一国への侵攻を積極的にしているから……」
「そういう事」
なるほど、つまり今現在最も野心的な国が、トオガであると、そういう事か。
それにしても自分たちの初戦に近い物がまさかそのような大国との戦とは、思ってもみなかった。というか、どこかで聞き覚えのある流れであるような気もする。
これでは、まるで織田信長が日本中にその名をとどろかせたあの戦まんまである。まぁ、違うところと言えばその時はほとんど自分たちの国の戦力で対抗しようとしていたところ等色々と簡単にあげられるのだが。どちらにしても、とてもじゃないが今の自分たちが戦うにしては大きすぎる相手だ。
「でも、どうしてそんな国がこのミウコに?」
「手短に言えば、向こうの国王からの求婚を断ったから、逆恨みです」
と、ローラが言った。どうやらトオガの国の王様は男であるようだ。確かに、ミウコの女王の顔立ちは女である自分からしてみても惚れそうになるくらいに美しく、求婚してくる人間がいてもおかしくはないだろう。だが、ただ結婚を断ったからなんて理由で、たくさんの人間の人生を狂わせる戦を起こすなんて所業、馬鹿げている。
「でも、そんな単純な理由で他の国に侵攻する国は多いのよ。というか、ソレを理由にして戦争をしているだけっていう事もあるかもしれないけど」
戦にちゃんとした理由なんて求めてはいけないという戒めなのか。しかし、自分としてはもう少しまともな理由が開戦理由であって欲しかったような気もする。
だが、そもそもまともな開戦理由なんてあるのかという疑問が沸いてきた。
あるとすれば、領地拡大やトナガがマハリに侵攻してきたときのようにその国の国宝狙いとか。考えてみればどれもこれも自己中心的でどうしようもない理由ばかりな気がしてきた。
当たり前だ。戦争なんていう物をするような人間が、まじめで正気を保っているような人間なわけがない。自分も含めて、皆狂ってしまっているのだ。この人殺しをしてもいい世界の中にいる事によって。
「とにかく、そんな国と私たちが戦って……勝てば、マハリの国の人たちを助けて下さるという事ですか?」
「……私の一存ではそこまで決めることはできない。だが、少なくとも、貴方の命は保障しよう」
「……」
と、フランソワーズに投げつけた女王の言葉。
しかし、フランソワーズは一切納得していない様子で彼女を射殺すかのような目線で何かを訴えている。
先ほどまでは自分の命を投げ出すことも厭わないでいた彼女。しかし、それ以外でマハリの国民を守ることが出来るかもしれない手段を提示されたのだ。それを逃したくはないのだろう。
「……分かった。マハリからの亡命者を受け入れる手配をしよう。ローラ」
「はい」
根負けした様子で、女王はローラを近くに呼ぶと、どこかの地区に開けた場所があっただとか、そこに大人数が住むことが出来る家を建てろなどと指示を飛ばす。
どうやら、これでマハリ国民の亡命場所は決まった様子だ。しかし、トオガに勝ったわけでもないのにすでに亡命者を受け入れる家まで建てようとするなんて、気が早すぎるのではないだろうかと思う。
リュウガ曰く。この戦で負ければどうせこの国は亡びるのだから、今建てても建てなくても変わりはないから、だそうだ。
確かにトオガの国に負けてしまえばミウコの国も存続の危機に陥る。だから、例え今受け入れても、受け入れなかったとしても、結局はミウコの国と運命を共にする道にしかないからそれならば、という事か。
フランソワーズは、そんな女王たちの姿を見てほほ笑んでいる。まだ確定しているわけではない。だが、とりあえずはマハリの国民にこれ以上日が照り付ける中で歩かせるような真似をしなくて済むことに喜んでいるのだろう。
あるいは、妹が的確に、そして素早く指示を飛ばす姿を見て、その成長に喜んでいるのかのどちらかだ。
「陛下、このミウコの戦力をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
ふと、セイナが聞いた。確かに自分も聞きたい。参戦するにしても、まずは自分たちの側の戦力を聞かなければ作戦立案の場に立つことすらもままならないのだから。
女王は、ローラに向けて頷くと、ローラもまた頷き返して再びリュカたちの方へと歩き、手元の本をめくって言う。
「マハリの国の戦力も入れると、約二万ですね」
「二万、結構多いんですね」
と、いうのはリュカの勝手な感想だった。思い込みだった。
確かに、マハリの国の最終的な戦力と比べると二倍から三倍程はあるような戦力だ。しかし忘れてはならない。相手は大国。その戦力も強大な物であるのだと。
「対して、トオガの国の戦力は、十万」
「じゅ……」
「そんなに戦力差が……」
一瞬にして、希望という名のガラスを壊されたような気分だった。なるほど、確かに大国、それも天下取りに一番近い国だけである。まさか、こちらの戦力の五倍とは。
「から十五万」
「ご……」
訂正、こちらの戦力の七.五倍とは。思ってもみなかった。
「近くの支配下に置いた国からも戦力を持ってきているそうよ」
「そんな戦力差で……どうしろって……」
瞬間、ヴァルキリーズ騎士団に蔓延する不安。そうだ。そんな戦力差。それもこちらは二つの国の戦力が合わさる連合軍。それも今日あったばかりで、まだミウコの、そしてミウコもマハリ側のせんりょくの情報交換もできていない状態だ。
そんな人間たちで十五万もの兵と戦うなんて、自殺行為にもほどがある。
「お姉さま、お答えを」
「……一度、皆と話し合いをします」
フランソワーズは、流石にこの戦力差で国民を戦わせるのはどうかと躊躇、これは実際に戦うことになる人たちの意見も聞いて答えを出さなければならないと考えたのだろう。
だが、そんな優しさは不要である。
「話し合う必要なんてありませんよ、フランソワーズさん。いえ、王妃」
「セイナ団長?」
セイナは、ヴァルキリーズ騎士団の面々の表情を一人一人見て、そして微笑んでから言った。
「私たちは、六千人以上の国民の命を預かっている。その人たちが平和に暮らす条件として戦うことが必要なら……私たちは例え敵がどれほどの脅威であっても戦います」
それが、ヴァルキリー騎士団長セイナの決定だった。
もちろん、まだ国の外にいるヴァルキリー騎士団の意見を聞いたわけではない。なんなら、今その部屋の中にいるヴァルキリー騎士団の仲間たちの中にも何人かは、戦争に参加するか否かの自問自答をしている最中。だから、自分もきっと彼女がそう言ってくればくれなければずっと迷い込んでいたであろう。
だが、彼女のその真っすぐな答えが自分たちに道を開いた。
実際には、彼女もまた本当に参加するべきなのかを迷っていたのだと思う。しかし、ここで一度参戦を表明することによって一時の間だけでもマハリ国民の移住を認めてくれるのであれば、それが、マハリ国民を守る騎士団、その長の決断力が導き出した結論だった。
「そうですね……私たちの頑張りで、マハリの人たちだけじゃない。この国の人たちの命も守ることになるのなら」
最後にリュカが、まるで導かれたかのようにその言葉を発すると、とりあえずその場にいた面々もまた、戦争に参加する意思を次々に示すのであった。
「それでいいですね、フランソワーズさん」
「……わかりました。私も、覚悟を決めます」
そして、トドメとしてフランソワーズからの了承を得ることによって、仮にではあるがミウコの国と連合を組むことが決定的となった。
そうとなれば事を急がなければならない。まず、セイナがローラに聞いた。
「それで、敵はいつ来るの?」
「五日後の予定です」
五日、もうすぐではないか。まさかそれほどまでに開戦の日が近づいているなんて。これは早急に動かなければまずいだろう。考えてみれば、この戦がすぐ近くに迫っていることもまた、身体検査が厳重に行われた原因の一つであったのだろう。
「各隊長を集めて、すぐに作戦会議よ。時間がないわ!」
「はい!」
時間がない。セイナはすぐに国外にいる中隊長、小隊長、分隊長を呼び寄せて会議をすることに決めた。それに、ミウコの方もいったいどのような戦略を立てているのかを聞く必要がある。
何にしても善は急げだ。リュカ自身も、何かをしなければならないという焦燥感に駆られる。しかし、何をすればいいのか。こういった時、何をすることが正解であるのか。リュカにはいまいちまだ分からないでいた。
開戦まで、あと五日。




