第五話
この世界には、この世界の掟がある。それは分かっている。でも、だからと言って認められない物がある。特に、人を不幸にする掟。最たる例をあげるとするのならば、自分たち厄子の件だ。
ただ人とは違った髪の毛で生まれてきた。ただそれだけを理由にして捨てられるかわいそうな存在。
そんなの理不尽すぎる。自分が天下統一をさらに意識したのは、そう言ったしきたりを無くしたいという欲望も持ってしまったから。
こうして、自分の中の欲望がどんどんと増えていくことに恐怖しないわけない。膨れ上がり、はち切れんばかりになったその欲望が、いつか崩壊し自らを滅ぼすかもしれない。ならば、その崩壊の時まで欲望を増やしていこう。欲望を叶えて見せよう。そう心に決めてから二週間。
自分は、再びこの世界の掟と向き合うことになった。そして、その掟はとてもじゃないが自分のような異物が口出ししていいような物じゃなかった。
何故なら、フランソワーズが罪を犯したというのは事実なのだから。どんな理由があったのかはまだ分からないが、しかし国を抜け、結果的に故郷を混乱の渦に巻き込んでしまった。例えそれが言いがかりだったとしても、それが彼女たちの認識。それが彼女たちの認識であるのならば、どれだけの理不尽も真実になる。
自分は、フランソワーズが罪を犯したとは思えない。だが、彼女たちの中での共通認識が、フランソワーズという人間の責任を追及し、またその罪を自覚しているのであれば、結局は真実となってしまう。残念なことに。
そして、その罪を真実とするのならば、極刑に値する罪であるというのは分かる。故郷を滅ぼしかけた罪は、自らの死でしか清算することが出来ないと考える彼女たちの意志も分かる。でも。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「貴方は?」
だからと言って、黙っていていいのだろか。このまま、フランソワーズを殺してもいいのだろうか。リュカは二人の間に入ると言った。
「私はリュカ……ヴァルキリー騎士団の分隊長をやっています。処刑なんて、そんなの……」
「リュカさん。私のしたことはそれほど罪深いことなの。それに、私一人の命なんかで大勢の人の命をすくえるのなら……」
「でも! 姉妹なんでしょ……」
「……」
「……」
「十五年ぶりに会ったんでしょ? それなのに、再会してすぐに処刑なんて!」
「他人が……」
「分かってます! 私が、口を出すべきことじゃないって事は……それに、私にそんなことを言う権利もない、綺麗ごとだって分かってます! でも……」
自分にも、かつて妹がいたから分かる。その妹から離れてしまったから分かる。かつてともに生きた姉妹が離れ離れになってしまう。そんな悲しさを。悔しさを。そして、愛おしさを。
自分はとても愛おしい。妹のことが。今すぐにでも会って、抱きしめに生きたい。寂しい思いをさせてごめんね、って謝りたい。
あの事件で生き残った自分たち姉妹の絆は、とても固い物だった。固く、決して離れないと信じていた。買い物の途中で離れ離れになっても、旅行の最中に迷子になっても、妹の場所はすぐ分かったし、すぐに迎えに行くことが出来た。それは、自分たちに見えない絆があるからだとずっと信じていた。
そんな彼女とはもう、世界も違えば自分の人格も違う。だからか、もう彼女の気配を感じることもできなかった。もう、妹とは会うことが出来ないのだと、分かり切っていることなのにそれがとても辛い。会えるものならもう一度でも、二度でも、永遠にでも、会いたい。でも、会えない。
そんな深いつながりがある姉妹。それが、十五年ぶりに再会したらすぐに処刑だなんて、殺し、殺される関係になるなんて、そんなの―――。
「そんなの、悲しすぎるじゃないですか……」
「……」
「……」
そんなリュカの言葉が届いたのかは分からない。だが、不思議と二人の顔付きが悲しみに変わった。そんな気がした。
その時だ。彼女の後ろにいたリュウガが言った。
「……まぁ、あの女王があまりにも短絡的だという事は否定せんがな」
「え?」
「ッ……」
その言葉に、いやリュウガの存在に驚いたのは女王であった。この反応、もしかして女王には、いやこの国の者たちにはリュウガの姿が見えていなかったのかもしれない。だから、あんな厳重な検査も素通りできたのか。
「やっぱり、貴方も思ってた?」
「当たり前だ」
「え?」
リュウガの言葉に合わせたのはセイナ団長だ。という事は、二人とも同じ考え、女王が短絡的な考えを起こそうとしているというので意見は一致しているようなのだが、いったいどこが短絡的なのか若いリュカには理解できなかった。
「女王陛下、私もその処刑の決定には異議を申し立てたいと思います」
「セイナ団長……」
「その根拠は?」
「女王陛下が彼女を処刑しようとする理由には、私怨が混じっているからです」
「なに?」
私怨、そうかその手があったか。
ただただ姉妹で殺し合うのはダメ。その一点張りでしか物事を考えることが液なかった自分にはなかった視点だ。リュウガがセイナの言葉に続けて言う。
「確かにこの女がミウコから逃亡したことにより心労で母親が倒れたのは事実であろう。だが、それ以降はどうだ?」
「国民が困窮したのは、先代の王の急死による国の混乱じゃないの?」
「……確かに、そうだが」
なるほど、言われてみればそれまで支えにしていた国王がいきなり亡くなるというのは、国民たちにとってとても危機感に襲われる事態だ。
もしも亡くなる少し前から国王から現女王への引継ぎが行われていたのならばさほど混乱はしなかっただろうが、しかし急死という事は大切な引継ぎもほとんどできないままに今の女王へと政権が移動してしまったという事。
国民が女王への信頼を置く前に王となってしまった結果、不安が蔓延して混乱に陥った。なるほど、確かにソレはあるのかもしれない。のか。
「それなのに、国の混乱の全てを罪として彼女にかぶせ、処刑するのは……独裁者のやり方だ」
「ッ!」
この言葉に、女王の顔が歪んだ。恐らくリュウガの言葉で気が付いたのだろう。自分が、血も涙もない独裁者となろうとしていたという事に。
それにしても、前世では家臣に対して怒り散らしていた暴君として知られ、老若男女問わず処刑を言い渡してきたような織田信長が、処刑に対して異を唱えるなんて、滑稽と言ってもいいのかもしれない。
「女王陛下、お二方の言う通りです」
「ローラ……」
と、その時一人の女性が女王が入ってきた扉から現れてそう、女王に声をかけた。
その女性の姿を見たフランソワーズは、珍しく驚いたような表情を見せる。
「貴方……ローラなの?」
「今は、陛下の秘書をしております」
つまり、女王に一番近い人間であるという事だ。二人の会話から言って、ローラと呼ばれた女性、フランソワーズはかつては親しい間柄だったことが分かる。
ローラは、フランソワーズに浮かべていた笑みをそのまま女王に向けると言った。
「女王陛下のお気持ちはよく分かります。しかし、冷静になってください。今ここで彼女を処刑するのは我々にとっては何の価値もありません。ただ、陛下の溜飲が下がるだけです」
「……」
ローラの言葉が、彼女の心を変えたのか、女王は少しばかりのイラつきを抱えながらも玉座へと座った。ソレをみたローラは、さらに続ける。
「それよりも、もっといい方法があります。処罰であるのならば、それに変えたほうがよろしいかと……」
「まさか、貴方は彼女たちを……」
その女王の言葉と同時に、老人たちもまた声を上げる。
この雰囲気、なにかとてつもなく悪い予感がする。処刑に変わる刑罰。一体、何をフランソワーズにさせるつもりなのか。
いや違う。女王は、彼女『たち』と言っていた。たち、ということはつまり、その取り巻きにある自分たちも含めての刑罰という事か。だが、一体。
「……姫、いえフランソワーズ王妃」
「はい……」
例え、今は亡き国であったとしても王妃としてローラはフランソワーズの事を王妃として扱ってくれるようだ。それは、彼女にとって最上級の敬いであるのだろう。
「マハリの国からの亡命者、その中で戦える者は?」
「団長……」
フランソワーズは、戦闘要員の人数を把握しているであろうセイナに襷を渡した。というか、冷静に考えれば自分だってその人数を知らないが、一体どれほどの人数が戦えるのか。
「私たちヴァルキリー騎士団の人間が579人。そして、マハリから着いてきた兵士が695人。合計で1274人。それからシリュウ二十七体」
「シリュウ? あの凶暴な獣を従えているのですか?」
最後に付け加えられたその言葉に、女王以外のその場にいた者達全員が驚いている。やはりシリュウ、つまりロウたちを従えるという事はそれほどまでに驚きに値することなのか。いや、従えるというのは語弊がある。
「従えているというよりも、その獣たちの長が一緒にいるのよ」
「私がその長!」
「長……人間が……」
「事情があるの……それで、戦力を聞くって事は、何か戦でもするわけ?」
「え?」
「鋭いですね……」
そうか、戦力を聞いてきたという事は、その力をどこかで使おうという考えがあるほかにない。
だが、皮肉な物だ。戦争を避けるために逃げてきた自分たちが、その先で戦争に参加しようとするなんて。
いや、まだ決まったわけじゃない。まずは、一体どこと戦争をする予定であるのかを聞いてからだ。
「実は、私たちの所にとある国から戦の申し出がありました」
「どこから?」
「≪トオガ≫の国です」
「え……」
瞬間、セイナとフランソワーズ、そしてリュウガやケセラ・セラ以外の騎士団の面々の顔が変化した。これはそう、戦慄の表情だ。
失敬、自分の事を忘れていた。自分もまた、その理由も分からないからこそ表情が変わらなかった人間の一人だ。しかし、その場の雰囲気からその国がとんでもない国であることは分かる。一体、彼女の口走った国がどのような国なのだろう。この時の自分は、まだそのことの重大さに気が付いていなかった。
「これはまた、とんでもないところから……」
「トオガって、そんなにまずいところなんですか?」
「……」
一瞬の間。ゆっくりとその心に鉛を置くかのようにセイナは、自分に言い聞かせるように口を開いた。
「あなたの夢である天下統一に近い国の一つ……ね」
「え……」
これが、自分にとって初めて参加した戦。その始まりだった。




