第四話
フランソワーズが話したこと、それは自分がこのミウコの国を離れたのちにマハリの国の王と恋に落ちた事からその国がトナガの策略と暴力によって滅ぼされたことまでの大体の記録。
その中には、自分も知らないような情報がいくつも混じっていたいのだが、すでに滅びた国の事を事細かく記すほど自分は丁寧な人間ではないため、今は置いておくことにする。
「なるほど、マハリの国……盲点でしたな」
「まさか、二週間前に見えたあの赤い光が、マハリの燃えた光だったとは」
「いや、しかしあの国がそのようなことになっていたとは……」
女王の側近でこの国の重鎮たちらしき老人たち。どの国でも、こういった地位にいるのは若者ではないようだ。マハリでもそうだった。彼らは、結局最後にはマハリに残り王と運命を共にしたのだが。
それにしても、まさかマハリが燃えた光が、山に囲まれて遠くまで見渡すことが出来なさそうなこの土地でも見えるとは。いや、国一つが燃えたのだ。それほどの光量と熱量があったのは当然と言えるだろう。
だが、そんなことも意に返さず、興味もないように女王は杖を床に勢いよく叩きつける。小気味よく、耳障りもいい音に、ざわついていた老人たちの声も止まった。
「それで、お姉さま。貴方の頼みというのは?」
「マハリの国、そこから亡命してきた国民が暮らすことができる土地を……」
そう、元々この国に来た理由。それは、マハリから逃げてきた国民たちが安心して暮らせる場所を提供してもらうためだ。国を追われて二週間、もう国民たちの心も体も限界に陥ろうとしていた。自分たち騎士団の今後の方針はともかくとして、国民たちを匿ってくれるような場所はここを置いて他にないのであれば。
「無理ですね」
「え?」
いっそすがすがしいほどの拒否。それが答え。
フランソワーズが懇願した早々のこの答えに、リュカは変な声を上げるしかできない。
が。
「だろうな」
「でしょうね」
「……」
どうやらリュウガ、セイナ、そしてフランソワーズは最初からその答えを想定していたらしい。けど、どうしてなのか。リュカは早く答えを知りたい欲求に駆られるが、だが女王に答えを急がせるのは無礼になりそうなのでここはあえて答えを待つことにした。
「そんな大勢、受け入れられるわけがないし、そこまで無駄な土地をこの国は持っていない」
ソレを聞いて、リュカは当たり前のことに気が付いた。考えてみればマハリの国から亡命してきた人数は合計六千人。一つの国の半分以上の人数を、一国の、それもすでに人が住んでいる土地に住まわせるなんて冷静に考えてみれば不可能に近い。
土地の問題、食料の問題、職の問題、なにより国が違うことによる国民性の違いによる争いが起こる可能性もある。どうして自分はそんな簡単なことに気が付いていなかったのか。前世でも、こんな問題があったなと思い返す。難民問題だ。戦争や迫害、貧困などを理由として他国に逃れる難民。そして、その難民が抱える問題。
言わずもなが、今の今まで忘れていたような自分が、まじめに考えたこともなかったような自分がその問題の事をとやかく言う資格もないため深くは追及することが出来ないし、してはならないと思う。だが、まさか今ここでその問題と初めて向き合うことになるなんて思ってもみなかった。
「なにより……」
「……」
女王は、再びフランソワーズの前に来ると、その顔を指さすように宝玉を顔の目の前に置いた。フランソワーズは、その行動にも一切表情を変化させることは無い。
「十五年前にこの国を捨てたあなたが今更故郷を頼るの?」
「……」
杖を握りしめる音が聞こえる。そこには、怒りと悲しみが共存した複雑な顔つきも相まって、とても本人も自分の感情を抑えるのに必死であるかのような印象を受ける。
「貴方が国を出て行った後、私たちがどれだけ苦労したことか、あなたには分からないでしょうね……」
「……」
それまで、表情が崩れることのなかったフランソワーズの表情が少し暗い物となる。恐らく、彼女もソレに関しては申し訳ない気持ちを抱えているのだろう。
「次期女王の第一候補であるあなたがいなくなってからという物、お母さまは悲しみのあまり身体を悪くされ、寝込み亡くなった……最期まで、貴方が帰ってくることを望んでいた。帰ってくることを信じていたのに……貴方って人は!」
「……」
「お父さまが亡くなって、私が新しく女王となって四年……国を立て直すのにどれだけ国民に辛い時期を送らせた事か……」
「……」
「それなのに、今更帰ってきて六千人以上もの人間を匿って欲しい? ふざけないで!!」
女王は、杖を振り上げた。まさか、その杖でフランソワーズを殴ろうというのか。ソレは、いくら何でもマズイ。
あの宝玉、一体どれほどの硬度があるのか分からないが、しかし今の彼女は怒りに我を忘れている状態であるのは分かる。もしもそこに先ほどのように魔力を込められてしまえば、女性の頭一つ勝ち割ることなんて容易いことであろう。止めないと。
「まッ」
「私の身勝手で、貴方やお母さまたちを苦しめてしまったこと。それは深く理解し、後悔しています」
「ッ!」
杖は、フランソワーズの前を通り過ぎ、その間の床に振り下ろされた。恐らく、フランソワーズの言葉に一瞬だけではあるが我に帰ってくれたのだろう。
やはり魔力が込められていたようだ。床には大きな穴が開き、宝玉は割れることは無かったがしかし、それが取り付けられた杖はその中心からまっぷたつに割れてしまった。もしも、あの杖が人の頭に振り下ろされていたら、想像するのも恐ろしいことになっていたことであろう。
しかし、一つ間違えれば自分が死んでいたのかもしれない状況にも、眉を一切動かさなかったフランソワーズの度胸。見習わなければならない。
「許されるなんて、到底思っていません。ですが、私にも守りたい国民がいます。彼らの命を守るためならば、私の命も差し出す覚悟です」
「本気なのですね。お姉さま……」
「はい」
二人の目線が合わさった。言葉はそれで一度遮られた。だが、まるで目線で会話をしているかのように。その目で戦っているかのように、彼女たちは睨み合う。
火花が散っているかのように見える。果たして、先にどちらが目を背けるのか。ソレが気になって気になって仕方がない。
そして、終にそのにらみ合いに終止符が打たれることとなる。
「……いますぐ処刑の用意をしなさい」
「え?」
女王は、持っていた木の切れ端を興味が無くなったかのように捨て去ると、玉座に戻りながら側近の者達にそう言い放った。
意味が分からない。いや、分かりたくはない。一体、誰を処刑しようとしているのかというその答えを。だが、そんな彼女にまるで現実を教え込むかのように女王はフランソワーズに向けて言い放つ。
「貴方のその罪は……あなた自身の命を持ってでしか清算することが出来ません。お姉さま……貴方には貴方が見捨てた国民たちの前でその命を……散らせてもらいます」
そう、処刑するのはフランソワーズ。つまり、自分の姉。妹が、たった一人の血の繋がった姉を殺そうというのだ。
そんな、残酷な命令にも、彼女は一切表情を変えずに言い放つ。
「分かりました」
もう、ここまでくると度胸があるとかそんなのじゃない。
彼女は、もう自分の命に未練なんて一つもないのだ。ただ、自分の国民たちのための人柱になる。そんな英雄妄想に囚われているのだ。
けど、それこそリュカの勝手な妄想だった。事実、六千人の命を救うための対価として、たった一人の人間の命で済むのならば、安い物。そう、この時フランソワーズは考えていたと後に教えてもらった。
彼女は命に無頓着だったわけではない。彼女は、命を大事にしていた。大事にしていたからこそ、そんな人間でも多くの命を見放したことが、耐えられないほどの悲しみを産んだ。もしも、自分の命でその見捨てられた命も含めた大勢の人間の命を救えるのならば。救うのだとするのならば。
それが、自分の天命だったに過ぎない。
それは、諦めじゃない。覚悟でもない。
この世で最も大切な物を差し出す代わりに、他の者達にとっての大事な物を守るための苦渋の決断。
それこそが、彼女のするべきケジメであったのだ。




