第二話
山の上、自分たちがその国を眼にした地点で待つこと数十分。ついに、マハリの国から続いた行軍の一番後ろにいた騎士団の人間たちがたどり着いた。
知っての通り、この行軍にはマハリの国から逃げることになった一般国民も混じっている。その人数は二千人を優に超える数であり、そんな大人数が一度に動くことはとても大変だった。
そのため、マハリから旅立って一週間位したころ、山賊などの掃除をする先遣隊を最前線として四つほどに部隊を分けていたのだ。
当初は、そんなことすれば不意に遭遇する獣やトナガの兵士の対処などに支障が出るのではないかと思われたのだが、マハリから距離が離れたために兵士と出くわす可能性が低くなったこと、そして自分たちが思っていたよりも獣が襲い掛かってくることがないと分かったために部隊を分けることが可能になったのだ。
獣が出てこなかったことに関して、セイナは自分やリュカといった実力者がいた事、さらに同じ獣の中でも凶暴なロウの一族が部隊に混じっていたから野生の本能が働いて手を出さなかったのではないかとのことだった。
その四つの部隊の一番後ろにいた部隊が合流し、これからようやく交渉の場へと向かうことが出来る。その場にいた全員に休むように言ったフランソワーズは、二週間の行軍でボロボロとなった服を新しい物、エリスが作った服に着替えて言う。
「では、まず私がグレーテシアと話をしてきます」
「グレーテシア?」
「私の妹。今は、この国の女王なのです」
「へぇ……」
妹が女王なのか。普通女王という物は年功序列で姉であるフランソワーズがなってもよさそうなものなのだが、それほど妹が優秀であったという事なのか。いや、だが自分からみてもフランソワーズの知恵も、それから時折模擬戦をしてくれた時の力という物を知っていたため、それ以上を持っているとなると、下手すればセイナ級の大物なのではないか。
勝手に自分の中でのグレーテシアという人物の評価を上げてすまないとは思っているのだが、しかし自分が見たフランソワーズの評価が高いからこそそう思ってしまえうのだ。
「それでは護衛は私……それからカイン、リュカ分隊と……そうねルクア分隊も連れて行きましょうか」
『了解!』
「って、なんで護衛? 故郷に帰るだけなのに?」
確かに不思議だ。ルクア分隊というのは、カイン中隊に所属している分隊の一つで、自分たちリュカ分隊と同じく七人編成の部隊。と、いう事は合計で十六人が護衛に着くという事になる。
「無論、ワシも行かせてもらうぞ」
訂正、護衛というわけじゃないがリュウガもまた自分たちと一緒に女王の元に向かうらしい。国の王同士の謁見という物は、彼自身少し規模は違うかもしれないが頻繁にあったはずなので、この場合にはうってつけのはずだ。と、リュカは思っていたが戦国時代当時、各国は書簡を送り合っての話し合いという物が多かったため、国の長同士が会って話すという事はなかなかなかったそうな。―――諸説あり。
だが、ただ里帰りで妹に会いに行くというだけでこれだけの人数を連れて行く理由なんてあるのだろうか。
「念には念を、よ。武器はここに置いて行って。エリスちゃん、白旗の用意はできてる?」
「はい」
とセイナが言うと、エリスが棒に括りつけられた大きな白い布を持ってきた。セイナが白旗と言っていたのだが、白旗というと前世の感覚では降参を意味する物という認識がある。やっぱり、どう考えても里帰りに持っていく物じゃない。
「まるで停戦を頼みに行くときみたいですね」
「事情があるのよ、事情が。また後で教えてあげるわ」
「……」
もしかすると、とても恐ろしく面倒なことに巻き込まれようとしているのではないか。まぁ、もはや今更。面倒なことに巻き込まれ、そして自分のせいで巻き込むことはもはや日常茶飯事になりかけている。こんなことで動じていては今後やっていけるわけない。
もう、こうなればこそ。ケセラセラの精神で行くしかないのだろう。いざ、出陣。
ってなわけで、十数分かけてミウコの国境付近にまでやってくることが出来た。この国にはマハリとは違い、普通に関所がある様子だ。聞いたところによると、マハリの国に関所がなかったのは、モルノアが勝手に撤去するように指示を出していたらしい。それもまた、いざという時に国攻めがしやすくなるようにとのことだったのであろう。
それはともかく、突然現れた一団を見た関所の兵たちがざわついている様子が見える。
「ん? 誰か来たぞ?」
「まさか例の国の……」
「いや、こんな堂々と来るわけがないだろ」
「だな、それじゃ物売……にしては所持品が少なすぎるな……」
「旅人か?」
「かもしれんな……」
という感じの会話が聞こえてきた。まぁ、こんなに所持品の少ない商人がいるわけがないであろう。だが、旅人であるにしてもこの大人数、不信感はたっぷり。というか、本当に白旗を掲げてなければ問答無用で拘束されていたのではというほど、遠くから見ても警戒心をあらわにしている。
「何用か?」
おそらく、関所の代表者である人間であろう男性が、剣を腰に携えて私たちの前に立った。
フランソワーズは、そんな男性に臆することなく凛とした表情で言う。
「ミウコ女王、グレーテシアにお目通りを願います」
「ふざけているのか?」
まぁ、そんな反応になるのも当然だろう。突然やってきた怪しい集団が、いきなり自分たちの国の頂点に立つ女王に謁見したいと言ってきたのだから。多分、自分が同じ立場であったとしても似た反応を示したことであろう。
フランソワーズも、それを分かっていたからこそ、門前払いされないようにとある物を携えたのだった。
「いえ、わたくしは真面目です。コレを……」
「こ、これは……」
フランソワーズが差し出したのは古びた布切れだ。後に聞いたところ、その布はフランソワーズがこの国から旅立ったときに持ち出したこの国の国宝の一部であるそうだ。
本体に関しては旅の途中の不慮の事故で失くしてしまったらしいのだが、かろうじてソレだけは死守できたそうな。
その素材、そして刺繍されている柄は、この世界では再現することが不可能であると言われているらしく、世界にたった一つしか存在しないと言われている。もしもソレを持っている人間がおり、なおかつその所在を知っている者、それはその国宝を持ち出した本人以外にはありえない。
だからこそ、彼女はソレを身分証明書の代わりとして提出したのだ。この、偽造が不可能な代物を差し出すことによって。
「ま、まさかアナタは本当に!?」
「疑うのであれば、身体検査でもなんでも……上から下まですればよろしいかと」
そんな、たかが布切れで彼女が本当にミウコの国の元姫であることを察したのだろう。男性は、とても焦った表情で城の者を呼ぶようにと仲間たちに叫んだ。
一歩間違えれば敵襲を疑われるくらいに切羽詰まった声に、数人の男性が集まってくる。
「なんだ、どうしたんだ?」
「帰ってきたんだよ、十五年前に国を飛び出したフランソワーズ姫が!!」
ん、何か今変なことを言わなかったかこの男。引っかかる物言いに、リュカは隣にいたフランソワーズに聞いた。
「飛び出したって?」
「若気の至り……です」
「……」
やっぱり何か面倒ごとに巻き込まれた感のあるリュカだが、その女神のような笑みを見るともう何も言えない。しかし、これは何か一筋縄ではいかない事態に陥っていくのだろう。だが、もうケセラセラの精神を貫くことを決めたリュカは、若干のため息をつきながらも城から派遣されてきた兵士十数人に囲まれながらミウコの国中に入っていくのであった。




