第三十話
過信していたのかもしれない。途中からあまりにも戦闘前までの自分と違いすぎることからくる慢心があったのかもしれない。
だからこそ、彼女は困惑していた。土煙が、自らの目線すらも覆い隠したその直後のことだ。
手ごたえがない。人を斬るという感覚がどのような物なのかはまだ自分は知らないが、少なくとも硬い鉄を上から勢いよく叩いたような感覚のわけがない。
そう、その感覚が指し示す物はただ一つしか思い当たらなかった。
リュカの攻撃は防がれてしまったのである。それも―――。
「その程度か、リュカ?」
「ッ!?」
カナリアには傷一つ付けられなかった。
リュカの攻撃は、カナリアが残していた残り二つの触手によって防がれていたのだ。なるほど、先ほども触手を斬ろうとはしたが、傷一つすらもつけることが出来ていなかった。その触手なら、自分の刀を受け止めることも可能であろう。
だが、それでも少しくらいは押しとおることも可能だったのではないか。あと数十センチ進めば彼女の顔があったというのに、感触があった場所から一ミリたりとも触手が動いていない。
つまり、自分の攻撃によって起こった衝撃は、完璧にその触手に吸収されてしまったのだろう。改めてその触手の強固さを思い知らされた気分だ。
「ッ!」
それにしてもこの状況はまずい。動きを止めてしまった以上ら彼女からの攻撃が来るのは確実。すぐに避難しなければ。
そう考えていたリュカではあったがしかし、カナリアの方が先に動いた。カナリアは、刀を持つリュカのその手を握りしめたのだ。カナリアと自分との間の使える手の数の差が響いた。
リュカが、右手と左手、二本の腕で刀を持って攻撃している。これ自体は普通だし、何なら彼女は片手でも巨大な天狩刀を持つこともできる。今回は、力を存分に刀に伝えるために両手で持っているだけだ。
対するカナリアは、二本の腕であること自体はリュカと変わりはない。しかし、それ以上に彼女には人間にはない触手という攻撃手段がある。今回の場合、触手二本によってリュカの攻撃を防ぎ、その左手でリュカが刀を握っていた手を掴んだのだ。
強い力だ。身動きが取れない。この一週間の筋トレのおかげで十分筋肉が付いたのだが、カナリアの方がより筋肉量が多いという事は周知していた。しかし、ここまでとは思ってもみなかった。
「貰った!」
カナリアは残ったもう一本の手に持つ剣で、リュカの身体を貫くつもりだ。先ほどからどうにもカナリアの口調が本当に自分を殺そうとするものに聞こえてくる。まさか、接触禁止生物による寄生が身体だけではなく意識にまで及んでしまっているという事なのか。
いや、もしかしたらそれが彼女の本心なのかもしれない。本気の力で戦わなければ、自分が死んだ時に後悔が残るから、だから全力で自分のことを殺しに来たのか。
それならば尚更まずい。だが、今の自分にはどうすることもできない。
「ッ!」
あきらめたわけじゃない。物理的に無理だというのだ。
この状態では魔法を使うこともできない。もし使えたとしても今の彼女を止められる魔法なんて打つことできない。きっと彼女は傷を負うことも承知で自分を殺しに来ることだろう。
何か方法はないのか。何か。何か。何か。
いや、ある。しかし、そんなことして生き残ったとしても、結局は自分自身に負けたことになってしまう。そんなことで生き残って、カナリアを殺したとしても、自分に残るのは、≪たった一人で≫カナリアを殺すことが出来なかったという後悔だけ。
ならば、どうする。どうすればいい。自分は、一体どうすればその方法以外で生き残ることが出来る。
優先すべきは矜持か、それともカナリアの尊厳か。究極の二択と共に剣が迫ってくる。
「ッ!」
リュカは、思わず目をつぶった。その瞬間に、とある女の子の名前を心の中で呟いた。
「グルァ!!」
「なに!」
「え?」
果たして、その声に答えたかのように蒼い光を纏った一人の女の子が彼女の前に現れた。
ケセラ・セラだ。
彼女は、素早くカナリアの剣を持つ腕にかみついた。その瞬間緩んだ手。リュカは、その好機を逃さないようにと大きく、そして力強く手を広げた。
瞬間、手の拘束は解け、リュカは自由になる。同時にケセラ・セラはその口をカナリアの腕から離し、二人はともに後方へと飛んだ。
「逃がすか!!」
「ッ……」
だが、カナリアもそう易々と逃がしてはくれない。カナリアは、地面に潜らせていた方の触手二つを操り、二人の後方からその胸を突き刺そうとする。振り返る余裕なんてない。今度こそ万事休すか。そう考えていたリュカだが、しかしここで彼女にも思いもよらなかったことが起こった。
【炎剣】
【水剣】
「え?」
二人の女性が、背後に立ち、自分たちの魔法を発動させた。剣にそれぞれの属性を付与する魔法。炎を纏わす魔法と、水を纏わす魔法だ。
一つ一つは大したことのない魔法だが、しかしこの二つが合わされば大きな力となる。
二人の女性がその剣を合わせた瞬間おこった爆発。水蒸気爆発だ。確か、水が温度の高い物と合わさった時に起こる爆発、と聞いたことがある。二人は、属性の真逆な二つを合わせることによってその爆発を起こしたのだ。
二人は、その爆発を魔力を操ることによって一定方向、つまり触手の方向にだけ集める。これにより、多少の攻撃でもひるまない触手が、巨大な爆風によって大きくのけぞることになった。これだけの隙があれば、その間を通り抜けることが出来る。リュカとケセラ・セラは、魔力を足に宿してさらに大きく跳んだ。
【炎牢】
さらに後方、一人の女性が放った魔法。それはリュカが一週間前、初めてマハリに来た時に≪彼女≫が使用した魔法の属性が違う物だ。
前の魔法は、水の牢獄で相手を溺死させることを目的としたものだった。しかし、今回の魔法は炎の牢獄。相手を、焼死させることを目的としたある意味恐ろしい魔法。
だが、どうして≪彼女≫が魔法を使用することが出来たのだろう。いや、考えるまでもない。彼女も乗り越えたのだ。この服の真の力を発揮するための大きな壁を。
その身に宿した≪勇気≫という鍵によって。
「リュカさん!」
「クラク!? それに……」
リュカを助けてくれた少女。それは、クラクであった。いや、クラクだけではない。リュカとほぼ同時か、それに遅れるくらいの時間で、さらに二人の女性が合流を果たす。
「トリコさん、クルウスさん!?」
そう。彼女たちだ。トリコとクルウスが、【炎剣】と【水剣】で、クラクが【炎牢】で二人の撤退を支援していたのだ。
けど、なんで三人が、自分たちはヴァルキリー。そんな人間を助ける理由なんて。そう考えていたリュカに、クラクは言う。
「私たちも、一緒に戦います!!」
「彼女相手に一人二人じゃどうにもできないでしょ?」
「その髪の事は後で聞くから今は……あの人を止めてあげよう」
あぁ、そうか。ヴァルキリーかどうかなんてこと関係ない。三人はただ、自分たちと一緒に戦いたかったのだ。カナリアを倒すために、殺すために。彼女を自由にしてあげるために。
確かに、最初は葛藤があった。ヴァルキリーである二人を助けることに。自分たちに害をなすかもしれない存在を助けることに。
でも、クラクは少しばかり勇気を振り絞った。一体どんな勇気だったのかはあまりにも多すぎて判別できないが、しかしその中でも大きな勇気。戦う勇気を振り絞ることにした。
二人と一緒に、カナリアを倒して、その心を自由にしたい。ただその一心だった。
それにだ。
もしも二人がヴァルキリーであったとしても、何ら変わりない。普通の女の子だ。普通に一緒に笑って、一緒に汗を流して、一緒に傷つけて、そんな自分たちと変わらないような女の子たちだ。
だから、何にも怖くない。何も、まったく。
気が付けば足が出ていたのは、そのおかげであろう。そんなクラクの勇気に感化されたのか、他の二人もまたクラクに追随する形で、いや先行して前に出た。
二人がヴァルキリーでも関係ない。今は、カナリアを救う事だけを考える。その心まで犯されないうちにその命を断つ。今、ここにいる者達の中でソレが出来るのは、リュカだけであると分かり切っていたから。二人は、後にそう語っている。
「……ありがとうございます」
リュカは、そんな三人の思いを知ってか知らずか、ただお礼を言うばかりだった。正直自分たちだけでは危なかったのは確か。自分たちはまた命を救われた。騎士団の仲間に。
仲間、そうか。仲間か。リュカは、何かを掴んだような気がした。
「ハアァ!」
「ッ!」
その時だ。カナリアが【炎牢】を弾き飛ばした。やはり、魔力の質が良くなったとは言ってもその魔力の使い方に難があるクラクでは、第一線級の戦士をとどめておくことは不可能だったのだ。だが、少なくとも時間稼ぎにはなり、息を整える時間はできた。
炎の中から現れたカナリアは、息も絶え絶えに言う。
「話が違わない? 一対一で戦うんじゃなかったの?」
ごもっともである。これに関しては言い訳の必要がない程に正論だ。
しかし、だからこそ屁理屈が冴えわたる。
「そう思ってた。でも、こうして一緒に戦おうって言ってくれる仲間がいる。こんな髪の私と、一緒に戦うって言ってくれた人たちがいる。そんな人たちに応えるために、私もまた、仲間たちと戦う。こんな弱い私でも、仲間がいてくれれば……アナタにだって勝てる!」
力の差は歴然。一対一では勝てっこない程にカナリアは強い。
けど、自分以外の四人の力も借りることが出来れば、彼女に勝てるかもしれない。
これは、他力本願などではない。呉越同舟という物だ。
仲間たちと共に事を成す時の喜び、達成感、感動、それを分かち合う事。そんな当たり前なこと、今の今まで忘れてしまっていたのかもしれない。
けど、思い出した今、彼女の力はさらにもう一段階上がる。
「え?」
「これは!?」
光の奔流だ。リュカの身体が再び淡く発光し始めたのだ。
いや、リュカだけじゃない。ケセラ・セラたち四人の身体も蒼に、黒に、茶色にと、それぞれに光り輝き始める。
こんな現象、初めてだ。見たことも聞いたこともない。でも、何故だろう。そんなに嫌な感じはしない。むしろ、心地いいような。そんな気もしてしまうほどに心が安らいでいく。
そんな四人の心が暖まってきた時、光がリュカに集まっていく。
「魔力が……吸われていく!?」
感覚で分かった。正体不明の光の正体が。魔力だ。自分たちが内包する魔力が、リュカの方へと流れているのだ。けど全部じゃない。大体半分程度と言ったところだろう。そして、魔力はリュカに集まるとその頬に、足に、腕に、そして魔力で形作られた尻尾にと魔力の鱗として張り付いていく。これではまるで、龍才開花を発動させた際に周囲から魔力を集めるのと同じではないか。
「まさか、自然物質からだけじゃなく、人間からも魔力を……ハハッ、そんなんあり?」
カナリアの推測は当たっていた。
仲間がいることの大切さ、思いやり、その他諸々の仲間への思いが、リュカの新たな力を生み出したのだ。
何故、リュカがこれまで自然からしか魔力を集めることが出来なかったのか、何故人間からは魔力を集めることが出来なかったのか。
それは、自然には自我がないからだ。正確に言えば、彼女の強制的に魔力を吸収する技に対抗する手段がないからだ。
だから、自分自身の意志がある人間からは魔力を集めることはできない。
しかし、もしも双方の合意があれば、もしも魔力を分け与えてもいいと思えるほどの信頼があれば。
不可能だったその繋がりを大きく広げることが出来るようになるのだ。つまり、この技は双方に信頼関係を持つ仲間であればできるという、他人という存在がいなければ生きていくことのできない人間の悲しい性の縮図のようなものであるのだ。
だが、おかげでリュカは魔力を補給することが出来た。それだけじゃない。自然が生み出す魔力と、人間が生み出す魔力、この二つを比べた時圧倒的に質の良い魔力を放出するのは人間である。これは、自然が日光のみで栄養を蓄えているのに対して人間はそれ以外にも多くの方法で栄養を取ることからと考えられている。
おまけに、ケセラ・セラやクラクは服によって魔力の質が格段に上がっている。これだけ質のいい魔力を吸収すれば、リュカの戦闘能力は格段に上昇するハズだ。
少しだけ興奮状態になったリュカは、一度息を整えると叫ぶ。
「行きましょう、皆さん!」
「うん!」
「はい!」
「「えぇ!!」」
「来い!」
リュカの言葉を合図とし、まずケセラ・セラが動き出した。
「ガルルゥ!」
カナリアは、自分の方に向かってくるケセラ・セラを牽制するために触手を放つ。だが、ケセラ・セラはたぐいまれなる身体能力を駆使し、軽やかにソレを避けていく。
「ッ! すばしっこい!」
カナリアは、ケセラ・セラの動きを追うだけでも手一杯。その身体には大きな隙が出来る。
その隙を逃さないように、トリコとクラウスの二人は同時に魔法を放った。
【炎弾】
【炎矢】
炎の弾を飛ばす炎弾、炎の矢を飛ばす炎矢。どちらも、炎を相手に飛ばすことでは同じ。故に、その二つは上空で合わさりさらなる力を発揮することが出来るのだ。
「チッ!!」
カナリアは、それをケセラ・セラを追う二本の触手で防ぐしかない。触手が彼女の前に並んだ直後、大きな爆発が発生する。
大きな隙が出来た。≪二人≫はこれを待っていたのだ。
「ガルルル!!」
【爪刃】
カナリアは感じ取っていた。左から獣が迫ってくるのを。ケセラ・セラだ。爪を鋭く硬化させる魔法を使用したケセラ・セラを、カナリアは冷静に一本の触手で防いだ。やはり傷一つつくことは無い。
しかし、カナリアは考えていた。これは囮であると。例え仲間たちがいたとしても最後の一撃は、必ず自分自身で行うであろうことは分かり切っていた。問題は、どこで現れるかだが。
その時だ。炎の中を突っ切って、一人の女性が現れたのは。
「ハァァァァァ!!」
【風車斬】
「ッ!」
リュカ、いや違う。クラクだ。クラクは、風車のように自らに回転をかける魔法を使用しながら現れた。先ほどリュカが使っていた技の回転に魔力を付与しただけと考えてもらってもいい。そんな簡素な攻撃。当然、これも囮であろう。
カナリアは、残った最後の触手でその攻撃を防ごうとする。これで、触手四本は使い切ったが、自分にはまだ手に持った剣があるのでこれで防御を取ることも可能だ。既に周囲には気配を貼っているから、例え不意打ちでもされてもまだ対処することは可能だ。
さぁ、どこからくる。どこから。
「はぁぁ!!!」
「なッ……」
果たして、彼女は予想もしなかったところから現れた。翠に輝く少女は、クラクのすぐ後ろで跳んでいたのだ。いや、それだけじゃない。リュカはクラクに迫っていた触手の目の前に立つと、再びその天狩刀の腹で触手を受け止めた。
最初はその行動の意味が分からなかったカナリア、しかしその直後に行動の意味が分かることになった。
「なるほどねッ」
これにより、カナリアを守ってきた物の全てが品切れとなったのだ。カナリアは、剣をその手に取り臨戦体制を整える。
そう、これがリュカの生み出した作戦。ケセラ・セラが囮となって場をかき乱し、触手二本分でなければ防ぎきれない魔法をトリコたちに出してもらい、自分とケセラ・セラの二人が残った二つの触手を受け止める。
ここにいる者達の中で一番魔法の使い方を上手く理解していないクラクであっても成立するように作戦を立てた。
しかし、ここで一つ疑問が生じる。彼女たちはともに戦うという事になってからほとんど作戦会議等もせずだった。それなのに、何故この五人が息ピッタリに行動できるのか。
答えは簡単だ。リュカが、魔力を吸収した直後、魔力のつながりの中で魔力の持ち主本人と会話をすることなく脳内で作戦会議をしていたのだ。いわゆる念話というものだ。
とにかく、クラクに頼んだのはただ一つ。ありったけの魔力を込めた技で真正面からカナリアに挑むということ。
そうすれば、彼女は攻撃を防ぐために剣を、やむおえず盾として使わなければならない。しかし、剣の強度は、例えどれだけ魔力を込めてもその触手には到底及ばない。
「ハァァァァ!!!」
「チィ!」
カナリアは剣を構えた。無駄であることを承知で。
結果は、カナリアが予想した通りだった。
「くそッ……!!」
クラクの剣に触れたカナリアの剣は砕け散った。後はもう、カナリアの身体を斬るだけた。しかし、カナリアもただやられるわけじゃない。
「ハァァァァ!」
「ッ!」
カナリアは、右腕に今自分が使えるすべての魔力を込めると、今まさに自分に迫りつつあるクラクの剣を掴んだ。
瞬間、あたりに飛び散る鮮血。いくら魔力で強化したとしても同じく魔力で強化した剣を止めることはできない。食い込んだクラクの剣が、カナリアの手を、肉を切り裂き始めていたのだ。
とてつもない激痛だ。だが、カナリアも承知の上であった。承知のうえでそれでも防ごうとしていたのである。
生きたかったから。死にたくなかったから。それは、生物が一番最初に持つ欲求。生存欲という物は決してきりはずすことのできないただ一つの呪いの装備だったから。
結果、その欲求は一瞬だけでも叶うことになった。
「ッ!」
「くっ……」
並みの人間であったのならば手を離していてもおかしくない状況、しかしそのたぐいまれな精神力のたまものか、カナリアは激痛にたえ、力いっぱいに握りしめた瞬間。クラクの剣は砕け散った。
だが、砕け散ったのは剣だけじゃない。カナリアの右手も、指や肉片があたりに飛び散って、もう原型もとどめてすらいなかった。
けど、それでも生き残ったのである。それが、例え彼女がくる直前まで、であったとしても。例え、死を望んでいたとしても、生き残ったのである。
「お姉ちゃん!!!」
「ハァァァァァァ!!!!!」
恐らく、自分がクラクの剣を持った瞬間には、すでに飛び込んでいたのだろう。対応していた触手をケセラ・セラに託した少女。一歩、二歩、まるで飛ぶかのように瞬時に自分の懐に踏み込んできた少女は。童かのように縮こまって待っていた。その瞬間を、自分を殺す機会をうかがっていた。
獲物の首が最も下に来る。痛みに顔をふせ、下を向くその瞬間を。彼女が何を狙っているのか。分からないカナリアではない。首だ。人間の、いや生き物にとって大事な生命線である首。
それをはねられて生きていられる生物なんて数が限られている。当然、人間はソレをはねられてしまえば死ぬのは確実。だからこそ、彼女も父からずっと教わってきた。もしも人間を相手にするときは、真っ先に首を狙えと。
手を斬っても、足を斬っても、相手は死なない。心臓を突き刺しても、死ぬのには時間がかかるから最後の抵抗とばかりに攻撃され、殺される危険性がある。
だから、迷わず首を狙え。それが、生き物を殺すのに最も適し、そして最も慈悲深い行為だと。
わずか数センチ。わずか数秒。されど、どこまでも長く、どこまでも遠い。そんな途方もなく引き伸ばされた時間が彼女を襲う。
自分から見て右側から斬ろうとしているのは、クラクにしたようにその刃を持つという行為を左手でさせないように。右手が使い物にならなくなっているのを見て、そう考えたのならば、冗談抜きで人を殺す才能にあふれているのかもしれない。
「これでぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
悪くない。この少女に殺されるのであれば、この少女の成長の糧になるのであれば、ここで死ぬのも、悪くないかもしれない。
まさか、この自分がこんなことを最後の最期に考えることになるなんて、思ってもみなかった。
全く、人間とはげに面白き存在である。
その時、夜空を見上げたカナリアの目に、星の海が入る。
大小様々に煌めいているソレをみたカナリアは、ふと、自分が生まれた村はあの星の方だなと思った。
私、村の場所が分かるようになったよ。
褒めてくれるよね。
帰ろ、お姉ちゃん。
そして、一人の殺人者が、この世界に再び誕生した。
綺麗になびくその翠髪を、鮮血に染めて。




