表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第4章 赤い衝撃、燃ゆる国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/235

第二十四話

 夜の森。それは、とても恐ろしいところであった。

 という事は一週間ほど前に嫌というほどに味わったことのためもう慣れたものだし、その対処方法も物にしているため何も恐ろしい物はない。

 加えて今回は大人数で動いており、なおかつ明かりを神々しいほどにまで焚いているので全くと言っていいほどに暗くない。それに、自分たちを守ってくれているのは団長のセイナと来たものだから、怖い物なんて何もなかった。


「大体この辺りね……貴方達、私の側から離れないで」

「分かってます」

「大丈夫だよ、団長。みんなついてきてるから」


 と、リュカ。そしてケセラ・セラは明るくセイナに語り掛けた。そう、いくら安全が約束されているからと言っても油断はできないのだ。どこから奇襲が来るか分かった物じゃないから、常に気を張っておかなければならない。

 とはいえ、気が緩むのも仕方ない。だからなのか、クラクがふとケセラ・セラに声をかけた。


「ケセラ・セラちゃん。ずいぶんとしゃべるのが上手くなりましたね」

「毎日王妃様やお姉ちゃんたちと勉強会しているからね」

「フフッ」


 もう、獣の言葉でしか会話のできなかったケセラ・セラはいない。この一週間、彼女は王妃様やリュカたち、それに暇を持て余している団員たちを相手にして猛勉強をし、ついに普通の会話をできるくらいにまで成長を遂げたのだ。

 いくら十歳ほどの色々な物を取り込める年代であるとはいえ、この成長速度は普通じゃない。彼女の飲み込みが早いのか、それとも教えていた人間たちが上手なのか定かではないが、少なくとも、彼女自身に天賦の才という物がなければなしえなかったことだ。

 もしかしたら、ケセラ・セラはこの世界で最も天才的な人間なのかもしれない。と、姉馬鹿を心の中で発揮しているリュカの十メートル程度先にいる一人の女性団員が何かを見つけた。


「これは、団長!」

「どうしたの?」


 その団員の呼ぶ声に、近くにいたリィナに自分たちの事を任せたセイナは、人並みをかき分けて前へと出た。そして、女性隊員が照らしている足元を見る。


「これは……」


 火によって作られた明かりでもよくわかる。この色、そしてこの匂い。間違いない、とセイナは思った。自分たちが戦場で常日頃から浴びているアレそのものだ。


「血の、跡……か。まだ乾ききってない。ここで襲われたって事ね……」


 地面に染みわたっている血の痕跡。触れるとまだ生暖かさを感じるほどに温度を保っていて、指先にべっとりと赤い血が付着する。この血の持ち主が、ついさっきまで生きて、そしてこの場所で大量に血を流していたという証拠だ。

 セイナは、指先に付いた血を鎧の下から見える服でぬぐい取ると言った。


「この量だと、一人はすでに殺されているとみて、間違いないわね」


 広範囲に広がる血痕。これがもし一人だけが流したものであるとするのならば、量的に考えて既に出血多量で一人は死んでいても何ら不思議ではない。血がまだ乾きっ切っていないことから、このような惨劇を生み出した犯人はまだ意外と近くにいるかもしれない。ここは隊をいくつかに分けて犯人を見つけ出すことにしよう。

 そう、セイナが言おうとした時である。


「団長! アレ!!」

「え?」


 団員の一人が見たのは、空だった。ただの空ではない、真っ赤に燃え上がるかのような空。

 もう真夜中であるというのに星が全て燃えてしまったかのような赤く毒々しい色の空が広がっている。これはどう考えても普通じゃない。

 どうやら、その赤はある一定の方向から伸びているようだ。討伐隊は、その方向に向けて走り出した。

 そして見たのは恐ろしい光景だった。


「なッ、火事!?」


 山火事だ。それも大規模な。よく今までこれを見逃していた物だと逆の意味で感心してしまうほどに丘の上から向こうまで火で燃え上がっている。

 頬に当たる火はチリチリと肌を焼き、それが夢幻ではなく現実の光景であることをマジマジと表していた。だが、一体何故。山火事の原因として雷が落ちたという事が最初に考えられる。しかしここ最近ほとんど雨は降っていないし、空には雨雲らしき雲は一つもない。となれば考えられるのは人為的な物。

 不届きものが山で焚き火をして、それが森の木にまで燃え広がり火事になってしまうという事が、この国でも頻繁に起こっていた。まだ大戦の影もなかった四年前にも、国の若者が森で捕まえた獣を料理するために焚き火をして山火事を起こし、一歩間違えれば大惨事になっていたほどの火が国を襲いかけたこともあった。

 けど、こんな真夜中に焚き火なんてするだろか。というか、この山奥にまで人が立ち入る物だろうか。ならば、考えられる可能性は一つしかない。


「まさか、彼らの持っていた照明から火が……」


 と、いう事である。つまり、故意ではないが人的な災害、という事だ。


「このまま燃え広がったら国にまで」

「ッ! 水の魔法! ≪雨≫よ!」

「了解!!」


 そのセイナの言葉を合図として、その場にいた女性たちは皆言魂の詠唱に入った。


【心を潤わす冷たい水】


 魔法の使えないリュカや一部の面子は彼女たちの後方でその様子を静かに見守っておくことしかできないでいた。

 だが、魔法は自分の不得意の分野であるし、また火という物が嫌いなリュカにとって必要以上に近づいて行かない後方待機はうってつけであった。


【雨天】


 瞬間、上空に魔法の光が昇って行った。そして暫くすると周囲の雲が徐々に徐々に集まっていき、雲から大粒の雨が落ち始めた。

 この雨の魔法は言葉の通り雨を降らせる物。本来一人でも使用することが出来る魔法ではあるが、こうして複数人で一緒に魔法を使用すると、その力を何倍にも増幅させることが出来、長い時間雲を留めることができるのだ。


「これで、しばらくしたら火は消えるわね……」


 雨はさらにその強さを増していき、視界が遮られるほどにまでなってきた。この土砂降りであるのならば、近いうちに山火事を消すことはできるはずだ。

 しかし、あまりにも魔法を大人数で打ちすぎたのかもしれない。こんな視界の悪い状況では、敵の兵士、あるいは獣を見つけるのは困難だ。雨が上がるのを待つべきか、それとも一時撤退するという事も考えるべきか。

 後方のリュカは、セイナがきっとそんなことを考えているのだろうなと思っていた。

 リュカは、例え自分が決断することじゃなくても、先輩や目上の人間がいったいどんなことを考えて、自分だったらどうするのかというのを常日頃から考えること。それが、自分の成長にもつながるとカナリアが言っていたことを思い出したのだ。

 そして、実際セイナはリュカの考えていた通りの行動、撤退か、それとも立ち止まるのかを考えていた。その、一瞬の判断の遅れが悲劇を生んだ。

 果たして、それに最初に気が付いたのはリュカである。


「これ……団長!!」

「ッ!」


 自分の事を呼ぶ声、リュカの声に振り向いたセイナは見た。リュカを含めた数人の身体が光を放ち始めているという事を。

 たった一歩。たった一歩だけ歩を進めただけなのだ。たったそれだけの行動をした結果、急に自分とその周りにいたケセラ・セラを含めた数名の身体が光を放ち始める。

 まだ身体に異常は見られない。しいて言うのなら、なんだか身体が中に浮かぶかのような感触がするくらい。一体、これは。


「あれはまさか、転移魔法!?」

「それじゃ、やっぱり敵はトナガの……」


 セイナが言うには、自分たちを纏っている翠色の光は、転移魔法の一種であるそうだ。

 という事は、これは何者かの魔法による物。自分たちを狙った罠という事。つまり、この魔法を使用したのは獣ではなく人間であるという事だ。ならば、犯人ははやりトナガの国の人間なのか。であるのならば、この状況はマズイ。

 先も話した通り、転移魔法を浴びているのはリュカを含めた数人だけ。セイナやリィナと言った強者は含まれていない。このままだと、彼女たちと離れ離れになってしまう。しかし、魔法が発動した以上彼女たちにできることは何もなかった。


「早く助けないと!」

「ダメよ! もう間に合わない!」

「くッ!」


 刹那、彼女たちの目がくらむかのような神々しい光がリュカたちを襲う。

 まるで太陽を直接目で見たかのような攻撃的な光は、しかし忽然とその姿を永遠にかき消した。

 一瞬だった。本当に、一瞬で元からそのような物なかったかのように光は消えてしまったのだ。リュカたち、魔法の影響を受けていた者たちの身体も含めて。


「消えた……」

「ッ! リュカちゃんのほかに連れて行かれたのは!」


 目の前で消えた数人の女性達。ソレに動揺することなくセイナはすぐにリュカのほかに連れて行かれた者が誰であるのか、把握するために中隊、小隊各々の隊長に確認する。

 そして彼女たちは知る。連れて行かれたのは、ケセラ・セラ、クラク、リコ、スネル、トリコ、クルウスの、合計七人であるという事を。マズイ、まるで図ったかのような人選だ。それは、その情報を聞いたリィナの表情が物語っている。


「ッ! 新人三人まとめて連れて行かれた……それに、他の四人もまだ騎士団に入って間もない人たちか……」


 そうなのだ。リュカ、ケセラ・セラ、クラクの新人三人。それどころか、つい数か月前に入団したばかりの四人までも一緒に連れて行かれてしまったのだ。まだ連携の確認も取れていないような面子を、まるで図ったかのように連れて行く所業。ますます人為的な物であることを疑う。

 では、彼女たちは一体どこに連れて行かれたというのだろう。


「まさか、トナガに……」


 最初に考えられたことはやはりトナガに転移したという事。

 捕虜として、あるいは人質としていいように使うためかどちらかは分からない。しかし、戦争に入る直前のトナガが人質を取るために魔法を使用したと考えれば辻褄は合う。だが、もし本当にトナガに連れて行かれたのであれば、七人を助け出すことは難しいことであろう。

 けど、そんな彼女たちの不安を払拭するようにセイナは、地面に描かれている魔法陣のような物をなぞりながら言った。


「いいえそれはないわ。この魔法陣の形は、短い距離にしか使用できない物。すぐ近くにいるわ! 探して!!」

「了解!」


 そのセイナの言葉を受けた騎士団員たちは、皆それぞれに分かれていく。もちろん、単独行動をするような人間は一人もおらず、皆が誰か一人、あるいは三人以上を連れて森中にかけ出して言った。

 セイナが見つけた魔法陣は、転移魔法を発動させるための大事な儀式のための物。そう考えてもらってもいい。しかし、もしもソレを使用したとしてもここから何十キロも離れているトナガまで人間を運び出せるほど大きなものではない。きっと彼女たちは近くにいるはず。しかし、一体どこに。


「無事でいて……みんな……」


 セイナは、ただそう祈りながらも仲間たちのように森の中へと足を踏み入れるのであった。豪雨はいまだ収まらず。ただ打ち付けるのみ。

 ザーザー、ザーザー、ザーザー。


 ポタポタ、ポタポタ、ポタポタ。


「こ、ここは?」

「団長たちは……どこ?」


 光に包まれたリュカたちが現れたのは、セイナの予想通り森の中だった。だが、場所はともかくとして状況が問題だ。見ると、山火事がすぐそばまで近づいてきていて、あと十数分もすればこの辺りは火の海になることだろう。

 セイナたちの出した魔法によって鎮火するのが先か、それとも火が自分たちの所に到達するのが先か。非情に絶妙な場所に飛ばされてしまった。

 いや、問題はそんなことじゃない。火が迫ってくれば逃げればいいし、山火事のおかげで灯りいらずというのも幸いだ。そのため、この場合注意すべきなのは敵の存在である。


「はぐれちゃったみたい……来たのは、これだけか……」

「みんな! 無暗に動いたら危険よ!! 集まって!!」

「えぇ!」


 この場所に飛ばされてきた面子を確認したすぐそばから、そこにいた人間たちの中で一番年上かつ、入団が早かったクルウスがそう指示を飛ばした。

 あの時、自分たちをこの場所にまで飛ばしたのはまず間違いなく転移魔法。と、いう事はこの場所まで飛ばした誰かがこの場所にいてもおかしくはないのだ。

 二年前の大戦のときに敵が仕掛けた魔法がまだ残っていたという事も無きにしも非ずだが、しかし警戒して損はないだろう。七人は、それぞれに背中合わせとなって円の形となってどの方向から攻撃が来てもいいようにとケセラ・セラ以外は武器を構える。

 だが、何かが来る気配はない。前述したとおり山火事のおかげで遠くまで見ることが出来るので、もしも何かしらが近づいてきたらすぐに分かるというのに。ともかく、油断はできない。このままセイナたちが来ることのを待って、それまで耐えれば自分たちは助かる

 それまで、何事も起こらないでもらいたい。そんなリュカの願いは一本の≪触手≫によって無残にも砕けることになる。


「ぁ……がッ……」

「え?」


 音なんて、何もなかった。全くと言っていい程に静かだった。前触れなんて一切ない。あってはならないほどに一瞬でその行為が行われたのだ。

 リュカの背後から聞こえてきたのは、何かがつぶれたような気持ちの悪い音と、誰かの短い声。一体何があったのか。疑問に思ったリュカが振り返る。

 そして、その意味が分からなかった。なんだ、この光景は。なんだ、自分が今見ている物は。アレはなんだ。この、地面から伸びている太いツルのようなものは。赤黒く、まるでタコのようなその触手。しかし吸盤はない。まるで地面から顔を出したばかりのタケノコのように太いソレはしかし、先っぽが見えないでいた。

 身体に隠れてしまっていたのだ。その触手が貫いている人間の身体に隠れてしまい、見えなくなっていた。

 そう。触手は、その場にいた一人の女性を背後から貫いていたのだ。触手は、まるで自慢しているかのように女性を持ち上げ、その足が地面から離れた。とたん、女性の四肢は力なくただぶら下がるのみで、それが彼女がすでに屍に近い状態になってしまっていたことを如実に表していた。

 リュカは叫ぶ。無駄だと知っていても、そんなことをしても何も変わらない。命が復活するわけじゃない。それを知っていてもなお叫ばずにはいられなかった。


「り、リコ!!」


 この騎士団でできた初めての友達。短かったけど、でも一緒に笑いあった友達リコ。

 でも、そんな彼女はもう二度と笑うことは無かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ