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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第4章 赤い衝撃、燃ゆる国

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第十七話

「ここが奴らの本拠地なんですね、シム分隊長」

「あぁ、そうだ」


 あの初陣から十年、シムは成長して、たくましい女性になっていた。そして、それと同時にカナリアの初陣の日を迎えた。

 十年前助け出した競売にかけられるはずだった女性二十三名は、話し合いを重ねた結果ギルム・リリィアンで一緒に戦ってくれることになった。

 それから、ギルム・フィアンマで働いていた、いや働かされていた女性たちもまた同じようにギルム・リリィアンで働くことになり。その内二人が産んだ女の子も、すくすくと成長して、今も本部の中で授業を受けている。つまり、自分たちの後輩で将来的には一緒に戦ってくれることになる仲間だ。

 彼らが根城にしていた家の中には、今まで競売にかけた女性たちを誰に売ったかという事が書かれている紙があった。そのおかげで、あの村から連れていかれた女性の人数をようやく把握することができた。

 これで姉を助けに行くことができると思ったが、あいにく姉を含めたいくらかの女性は裏競売と呼ばれるものにかけられたために、誰が買い、そしてどこに行ったのかについては伏せられてしまっていたため、結局は消息は分からずじまいとなってしまった。

 ティムが言うには裏競売にかけられてしまったという事はもう生きていない可能性が高いらしい。

 そもそも表の競売と裏競売の違いは何なのか、それをギルム・リリィアンの本部に戻った後の授業で教えてもらうことができた。

 まずそもそも、この世界では人身売買というのはさほど珍しくないらしい。働き手となる奴隷を売る組織も、買う国もたくさんあって、それは商売の一つの形態として確立されているのだ。

 そのため、ギルム・リリィアンの行っていることは世の中から見れば反逆しているとみなされてもおかしくない。だが、身勝手な自己満足であることは分かっている。しかしそれでも女の子たちがひどい目に合っている姿は見てられないのだ。だからソーシエは犯罪者予備軍のような行動を平気で行える組織を設立したのだ。

 だが、そんな彼女たちの自己満足に、数多くの人たちが彼女達を支援するようになってきた。これはつまり、世の中が人身売買について疑問を持ち始めてくれた証拠だとティムは語っていた。

 ともかく表の競売が働き手となる奴隷を仕入れる為の物であるという事はよくわかった。では、裏競売とは何なのか。答えは簡単。働き手以外の人材を目的として買っているのだ。

 そう例えば、金持ちが表立って飼ってはいけないとされている危険な獣の餌のためとか。それか、護衛のために飼っている獣の餌のために女性を買う人間もいる。

 この世界では、接触してはならない≪接触禁止生物≫と呼ばれるものがいる。大きな牙や爪を持つ等、その程度の獣であったら何の問題もない。しかし、問題はそれらの生物の中に突然変異かの如くに恐ろしい能力を持った獣が生まれる事なのだ。

 人間に寄生する獣もいる。人間を操る獣もいる。終いには人間のように二足歩行で思考能力を持った獣が時たまいる。そのような獣が一体いるだけである国の一個師団が壊滅し、国が滅んだ事例だって報告されている。

 故に、一個人が飼うことは禁止されているのだが、果たしてそのような危険な生物をそもそも捕まえることができるのかという当たり前の疑問がわいてくる。だが、例えばその獣が子供の時に捕まえてそのまま育て上げたとしたらどうだろうか。流石に危険と言われている≪接触禁止生物≫でも子供の時であったらそれほどの被害を出すこともなく捕まえることができるのだ。

 もしも≪接触禁止生物≫が用心棒として城を守っていれば、並大抵のことでは落ちない強靭な要塞を作り上げてしまう。だからこそ、≪接触禁止生物≫を飼うことは禁止されているのだが、実はこの≪接触禁止生物≫を飼ってはいけないという物は暗黙の了解のようなもので、実際にとがめるための法律も、全ての国に適応される法律も、その法律を作り出す人間もいないのだ。

 だから、もしかするとどの国でも≪接触禁止生物≫を飼っているのではないかという都市伝説も日ごろの市民の話の種になっている。そんな≪接触禁止生物≫の餌には、昔から若い女性が適していると言われているのだ。だから、裏競売で売られていった女性たちが生存している可能性は限りなくゼロに近いはず。そう、ティムは断言していた。

 これについてカナリアはだったらしょうがないことだと、まるで他人事かのように言い放つ。そしてやはり、ティムには憐みの眼で見つめられることとなったのだ。

 そんなことから十年後のこと。ついにギルム・フィアンマの本拠地となっているアジトが判明した。それは、国だったのだ。ギルム・フィアンマの正体とは、とある国が軍資金を調達するための資金源だったのだ。

 当時、大規模な戦争を行う国はなく十年に一度国同士の小競り合いがあるのかないのか、というほどに戦争から縁遠かった。しかしギルム・フィアンマの国、≪オードアクス≫はそんな世間の戦争離れなんてどこ吹く風で、軍備を整え、世界征服への準備を整えている。ソレが、ソーシエの送り込んだ間者からの報告だった。

 このことを知ったソーシエは当然の権利のようにその国に向けて宣戦布告を行った。そして、自らの人脈を最大限に活用し大規模な討伐隊を多数の国々と連携して作り上げたのだ。結果、一傭兵組織では無謀なほどだった戦力差が一点逆転し、ついに戦争が行われることになった。


「戦うにしても、この辺りの切り立った崖は厄介だな……」

「一応登山道があっても、当然敵はそこを封鎖するだろうし……」


 そして今回初陣となるカナリアは、シムを分隊長とした十数名で夜中に戦場の下見に来ていた。今回、いわゆる攻城戦と呼ばれる方式の戦闘方法になる。何故国を攻めるというのに城を攻めるとなるのかは不明だが、昔からそう呼ばれているらしい。

 ともかく、攻城戦の場合攻める側と守る側に分かれて戦うわけなのだが。自分としては攻める側は相当不利なのではと考えている。守る側からしてみれば、自分達の地の利を得た場所で戦うわけなのだから、当然戦場の隅から隅まで把握しているのは間違いない。

 そのため裏道や隠れられる場所、どこからどう攻めたら有利なのかという事まで敵は把握している。今回攻めることになる国は、切り立った崖の上にある国で、山の上に国を作ったと言ってもいい立地をしている。

 さて厄介だ。切り立った崖という事は当然そこを昇らなければならないのだが。無論敵もただ黙って昇ってくるのを待っているわけがない。当然抵抗してくる。

 表には、国に入るために作られたであろう道が確かにあるのだが、もちろんそこも戦闘になったら封鎖されることだろう。他にも細かく登山道のようにいくつかの道が見て取れるのだが、流石にそのような裏道を把握していない敵ではあるまい。

 とにかく戦闘の際には遠距離攻撃の弓矢や投石、魔法や煙幕等を使って敵をかく乱し、対処させないうちに崖を登るという方法を取るべきだろうか。後は、この場所から見る限りは厄介な場所はない様子だが、他の場所はどうなのか。

 今回下見に来ていたのは彼女達だけじゃない。他にもティムをはじめとした何組かの部隊が下見に来ており、その中には自分と同じく初陣を迎えたセリンたち同級生もいる。

 一つの隊に何人も新人がいたら動く際に邪魔になるという事から離ればなれにはなっているが、将来的には同じ小隊で一緒に戦うという事を約束している。


「さてと、もうこれ以上は探索する物もないだろうから。ティム達と合流するよ」

「了解しました」


 この辺りにはもう他に捜索するようなことはない為、ティムと合流し、作戦を立てることにしたシムは、退却する準備をし始める。その時である。地面がかすかに揺れた。


「地震?」

「かもしれませんね……」


 その揺れは徐々に大きくなり、その内彼女たちは全員が立てなくなって蹲ってしまった。何なのだろうこの違和感は。この地震はただの地震じゃないように感じる。なんだか、地面の中を何かが走っているかのような。


「! 皆避け……」


 その瞬間だった。シムの言葉を遮るように一つの長い棒のようなものが地面を突き破って現れた。それも一つや二つではない。棒は、完全に伸びきるとしなり、まるで木のツルか鞭のようにその場にいた少女達を襲い始める。

 ここは、それを【鞭】と呼称するが、鞭が地面を突き破った際に何人かの隊員を吹き飛ばして、地面にたたきつけられてしまった。その痛みで動けなかったのだろう。鞭が振り下ろされる時に何人かの隊員が押しつぶされる。暗くてよく見えなかったが、血のような液体、肉片もまた飛び散ったように見える。


「クッ! 畜生よくも!!」

「馬鹿! うかつに前に出るな!!」


 隊員の一人が剣を抜いて鞭に向かっていく。しかし、それは冷静さを欠いたその隊員の死期を早めただけだった。鞭へと斬りかかろうとした瞬間に、何本も長い針のような物が伸びて、その女性の身体を貫いたのだ。一体何本が突き刺さったのかはよく覚えていないが、しかし身体から力が抜けてしまっていることから、その時点で隊員が亡くなってしまったという事は見てよく分かった。だが、腕や足を切られて何日間も苦しんで死ぬよりもよっぽどいい死に方だったろうと思う。


「ッ! 撤退するよ!」

「はい!!」


 このままでは全滅する。シムはわずかに残った隊員たちに対してそう指示を出した。もちろん生き残った隊員たちのなかにはカナリアもいた。しかし、彼女たちが撤退するために後ろを向いた瞬間である。また新たな鞭が地面から出現したのだ。囲まれてしまった。この状況で逃げ出すのは至難の技であろう。


「どうします、分隊長!?」

「四方八方を囲まれたこの状況で……私たちにできることは……」


 シムは残酷な命令を下さなければならない。これが、何らかの生物による襲撃だと仮定すると、偶然下見に来た国の近くでこのような見たこともないような異常な生物に出くわすなどという偶然なかなか起こらない。

 恐らく、これはあの国で飼われている≪接触禁止生物≫だろう。裏競売で≪接触禁止生物≫を持っている金持ちに売る女性がいるのだから、自分たちも≪接触禁止生物≫ぐらい持っていてもおかしくない。

 怪しい行動をする自分達を不審に思って送り込まれたのだとしたら、周囲にいる仲間達にも危険が及ぶ恐れがある。いや、あるいはもうすでに―――。

 とにかく、仲間達を一人でも多く助ける方法は一つしかない。


「カナリア! 信号弾を撃って!!」

「色は!?」

「赤!」

「ッ! ……了解!!」


 カナリアは一瞬だけ躊躇したが、上空に向けて魔法を放つ。赤い色の光を放つ魔法だ。この色が表すこと、すなわち。


『救援不要。すぐにここから撤退せよ』


 つまり、救援に来たらそちらもやられる。だから、自分達の事には構わずに逃げてくれという意味だった。この信号弾を発射したという事は、もう助けは期待できないという事だ。後は、奇跡的にここでこの鞭たちを倒して生き延びることができるか。それとも、ここで玉砕するのか。二つに一つ。しかし、この状況からかんがみるにどう見ても後者であるのは間違いない。

 その信号弾を打ち上げた直後、残った隊員たちおよそ8名がシムの近くに集まった。


「すまない。でも皆を守るためにはこれしかなかった」

「私たちは捨て石ってことですか……悪くない死に方です」

「仲間を守って死ぬか……未来を否定した私達にはふさわしい」

「全く、カナも不幸だよね。シムの下に着いたせいで初陣で死んじゃうなんて」

「不幸? 全然……こんな大物と戦えるんだから、これが最初で最後の戦いになっても本望です」

「流石に山育ちは違うわね。もう覚悟ができてるんだから」


 生き残れるか分からない。いや、死ぬ可能性の方が高いであろう。だが、カナリアも含めて誰にも絶望感はない。少しでも仲間達の撤退する時間を後押しするために彼女達は剣を取り、戦うことを選んだ。誰かの未来を守るために戦うことは諦めていなかった。彼女達は互いに背中合わせとなって四方八方に現れた鞭と向かい合う。どれだけもつかは分からないが、やるだけのことはやってみよう。

 本音を言うと、死にたくはなかった。まだ自分は十六歳で、これからの未来が確かに存在していたはずだったからだ。しかし、狩りの中で死ぬ覚悟など、十年も前にしていたこと。いやむしろ家の中で寿命で死ぬなどという生き物としてはあるまじき行為に対してすらも嫌悪感を持っていた。

 このような野原のど真ん中で死んでこそ生き物としての生を全うするという物。姉の生死も分からないまま死ぬことが唯一の心残りではある物の、死んでそこに姉がいなかったら死んでいないという事になり、いたらやっぱり死んでいたという事が分かる。どちらにしても死ねば姉の生死が分かるのだから、そう考えたらここで格好良く死ぬのも悪くはないと思えてきた。


「じゃあね皆。向こうで会いましょう」

「フフ……でも、カナだけは違うところに行くかもね」

「大丈夫よ。だってカナにとっては……だからね。行くわよ!」

「えぇ!」

「はい!」


 その言葉を合図として、八人の少女達は四方へと散会する。死ぬと分かっている戦いが今始まったのだ。誰がどう見てもその戦いは無謀だった。大木ほどの太さと、ギルム・リリィアンの本拠地ほどの大きさを持つ怪物と戦って無事で済むはずがないどころか、傷一つ付けられるかどうか怪しかった。先ほどの攻撃から見ると全滅するのはそう遅くはないだろう。しかし、誰もが自分が最後まで生き残るという気持ちで戦い、そして全員の最期の瞬間を目に焼き付けようと必死で戦った。

 一人目の犠牲者が出るのはやはり早かった。今年二十歳になるピムは、親友であったオデロを殺した長い針による攻撃を避けて進む。避け切れずに肩に突き刺さった物もあったが、そんな物に構わずに彼女は前へと進み続ける。そして一太刀を鞭へと入れた。しかし、鞭は想像以上に硬かった。剣は根元から折れて飛んでいき、手元には柄しか残らなかった。その柄を見ながら口角を上げた彼女の脳天を針が刺したのはすぐ後であった。

 二人目と三人目の犠牲者は、ほとんど同時だった。ピムの死にざまを見た二人は剣による攻撃がほとんど効かないという事を察して魔法による遠距離からの攻撃へと切り替えた。今年二十四歳になるミルカは火の魔法を、二十一歳となるカイルは水の魔法を使う。しかしそれがいけなかったと言えばいけなかった。

 火の魔法が当たった後すぐにカイルの水が当たったため急激に冷やされて発生した水蒸気が二人の目線を隠してしまった。敵の居場所が分からなくなった二人は、攻撃しようにも仲間に当たる恐れもあったためにできず、また動こうとしてもわざわざ敵の方へと行ってしまう恐れもあったため、動けない。二人にできることはもうなかった。

 最後の時間が訪れる寸前、一つため息をついたミルカは聞こえるかもわからないのに『ドジ』とつぶやいて微笑んだ。幸運にもカイルにはその言葉が聞こえており、彼女は微笑んで頭を掻きながら『ゴメンネ』と言った。その直後だった。二人の身体は赤いシミとなって地面へと刷り込まれた。

 四人目となった女性は十年前にシムの初陣となる戦いによって競売にかけられる寸前でギルム・リリィアンによって保護された女性の一人のシモンズだった。当時十歳の少女だった彼女はその後、助けられた恩義に応えるために力をつけてこうしてともに戦ってくれている。

 それもこの日が最期だった。しかし、もしかしたらあの時に終わっていたかもしれなかった人生。それが十年間も生きながらえることができたのだからもう人生に悔いなどはなかった。シモンズは、風を刃のように鋭くさせる魔法を用いて戦った。

 どうやら、剣を使用するよりもまだ効き目はあったらしく、鞭から伸び、自らを貫こうとする針が次々と斬れていく。そして、鞭本体にも傷がつけられていく。だがこれがいつまで通用するのだろうか。少なくとも魔力が切れてしまえばそれで終わり。ならば、その前にせめて一太刀を自ら鞭に入れたい。

 だが、攻撃はさらに量を増してシモンズに向かう。三人が殺られたためにその分手が空いた鞭が生きている人間たちに向かってきているのだ。次第に身体から力が抜け始める。

 頭もまたボーとして何も考えられなくなって、それと一緒に激痛が脳を襲う。魔法を使い過ぎた反動が出始めたのだ。だが、これで最後なのだ。もう後はない、ならば自らの限界も知ってみたいと思うのが普通であろう。だから。

 その時、胸に激痛が襲った。後ろを見ると、地面から針が伸びて自分の心臓を貫いていた。それを見て、シモンズはうっすらと微笑んだ。よかった、もうこれで魔法を使わなくて済む。そう彼女が思っていたのかは定かではない。針が、彼女の身体から抜けた瞬間。前胸部と背中から血が噴出する。彼女の表情から笑みが消え、ゆっくりと後ろへと倒れた。もう、彼女の胸から血は噴き出していなかった。


「ピム、ミルカ、カイル、シモンズ……立派だったわよ」

「見た? あの四人笑ってたよ」

「ハハッ! 狂ってるよ皆! カナリアだけじゃなかったんだ! 皆! 皆狂ってたんだ! アハッ! 最高じゃん!!」

「私が……狂ってる? そうなのかな……」


 自覚はないし、そんなことを言われたことがなかったから気がついていなかった。しかし、残った四人の内の一人でありトラは元から自分が狂っているのだと思っていたらしい。多分、それを自分に直接言うと自分を傷つけてしまうから、誰も言ってくれなかったのだろう。

 なんとも残酷で優しい人達だろうか。だが、彼女もようやく自覚したらしい。自分だけじゃなく、他の全員もまた狂っていたという事実に。狂っているからこそ、彼女たちは笑って死ねたのだ。

 思えば、最初に隊員が殺された時に激昂して飛び出していったピスルが一番正常だったのだろう。そう思うのはかなり後の事となったが。それにしても何だろうかこの胸の痛みは。仲間たちが次々と壮絶な死を迎える中で、カナリアの胸はそのたびに痛んでいた。こんな気持ち初めてだ。

 リトラが五人目の犠牲者となったのはしばらく後の事だった。飛び跳ねながら鞭の攻撃を避けていたリトラだったが、鞭はリトラの周囲を針で囲んで逃げられないようにしたのだ。さらにその針からまた針が伸び、彼女の足、腕を何本も突き刺した。


「アハ、アハハッ! 良いよ!もっとやってよ!! もっと! もっと!! もっと!!! もっ」


 それでも彼女は笑っていた。激痛なんてものを知らないかのように笑い続けた。だが、それもほんの少しの間だった。鞭の先から無色の液体が飛び出して彼女の頭からかかったのだ。その瞬間、まるで肉を焼いているかのような音が聞こえはじめ、続いて彼女の顔が溶けていった。

 溶解液である。一部の蛇や食虫植物が使うというなんでも溶かすことのできる液体によって彼女の皮膚や筋肉が溶けて行ったのだ。次第に笑い声は小さく消えていき、ついに彼女の身体から力が無くなり、針が鞭の中へと戻っていくと同時に彼女の身体は地面に崩れ落ちた。その時点で、彼女の服と腕、そして頭はすでに溶解していた。


「何よ、一番狂ってたのはリトラじゃない!」


 攻撃をさばきながらもナトはそう言った。確かにそれまでの四人と違って、彼女の笑いという物は何か聞いてて悪寒を感じるほどの者だった。狂気を感じる笑い声というのを初めて聞いたが、ここまで恐ろしい物だったか。あれほど優しく自分に笑いかけてくれていた彼女のその代わりようは、狂ってしまえば人が恐ろしいほどに変ってしまうという事を彼女に教えていた。

 そしてまた心臓が痛む。それに、なんだか頭もゾワゾワとしてくる。やめてくれ。これ以上そんな物に蝕まれたら、自分は戦えなくなってしまう。そんな気がしていた

 当然六人目の犠牲者となったのはナトであった。ナトは剣の切れ味をよくする魔法を使用したり、肉体強化の魔法を使ったりして上手に戦っていた。それは、戦士としてお手本となるのではないかというほどに。しかし、疲れから一瞬だけのスキができてしまった。結果、鞭は自らの針をツルのようにしなやかになるように変形させて、彼女の首に待ちついた。ナトは、首に巻き付いたツルを取ろうともがくが、しかしどうしてもほどくことはできない。

 その内、彼女の足は地を離れ、空高くへと昇った。ナトはもがき続ける。首が締まって空気が吸えず吐けず、だがこのまま死にたくない。ナトは最後の力を振り絞って剣を振るい、結果的にはツルを切り落として逃げることに成功した。しかし、彼女も予期していなかっただろう。着地するはずだった地面が既に鞭から伸びる針の山におおわれているということを。ナトは空中で姿勢を安定させて着地をする体制をとった。だが、地面にもう足の踏み場がなかったということに気がついても、彼女にできることはなにもないのが現実だ。

 それから間もなく、まるで博物館に展示している石像のように立ったままで死んでいる彼女の姿があった。しかしそれは、針によって倒れることすらも許されなかったということであり、もはや動物の剥製のように晒し者にされているということと同意義だったのかもしれないと感じてしまう。


「はぁはぁはぁ……」

「まだ生きてる? 流石だね」

「ねぇ、分隊長?」

「ん?」

「なんなんですかこの痛み? さっきから皆が死ぬのを見るたびに……胸がいたいんです。なんなんですこれ……」

「……そうか、お前もやっと人間らしくなったってことだな」

「え?」

「来るぞ!」

「ッ! はい!!」


 二人は再び離れて戦いを始める。仲間が次々と死んでいく中、カナリアの胸は今までにないほどに痛み、そして苦しかった。もしかして何かの病気なのだろうか。どうして目の奥がこんなに熱いのか。あまりにも辛い。あまりにも苦しい。あまりにも。


「うあぁぁぁあぁぁあぁあぁああ!!!」


 カナリアは叫んだ。叫びながら戦った。そうしなければ自分が自分じゃなくなる気がしたから。そうしなければ、自分は戦うことができなくなる気がしたから。だから彼女は力を込めて剣を握り、精一杯の魔力を込めて呪文を唱える。針の山がまるで木の枝のように根本から折られ、切られ、地面に落ちていく。だが、苦しみが癒えることは当然なかった。

 ただ空しさが増していくばかりで、彼女の心を蝕んで、その内、動きが鈍くなり始める。その感情は、彼女にとっては毒でしかなかったのだ。


「ハァァッ!! ……え?」


 無我夢中で魔法を使い続けて、剣を振るい続けて、そして気がついた。先ほどまであんなに激しかった鞭の攻撃が止んでいるという事に。針も伸びてこないし、ツルも伸びない。ただそこに鎮座している様子は、まさにただの巨木のように見えた。自分たちはソイツに勝ったという事なのだろうか。いや、カナリアはそんな簡単には考えていなかった。

 これは恐らく、自分に攻撃する価値がないと思ったという事なのだ。放っておいても問題ないと思われたのだろうと思う。それは、後々のシムへの攻撃を見ると明らかなことであった。戦士としてはとても屈辱的なことである。敵の戦意をそいでしまうほどに自分は弱かったのだろうか。確かに自分は今回が初陣だ。けどだからと言って、敵にまで見放されるなんて思いもよらなかったことだ。カナリアが、悔しい気持ちでたまらなくなった。

 そして―――。

 


 リュカに話をしていたカナリアは、突如としてその言葉を一度止めた後、また再開した。

 何故、その時彼女が一度話を止めたのか。その時の『自分』には理解できなかったが、その後の事を聞くとすぐに分かった。

 彼女が、嘘をつこうとしていた、という事が。ここに真実を書くのは、嘘を貫いてでも分隊長の尊厳を守ろうとしたカナリアに悪いため、彼女たちの会話を、誰が見てもいいように改変して乗せることにする。










「ッ!」

「分隊長!」

「情けないな、分隊長として隊員全員の最期を見届けようと思っていたのに……」

「大丈夫です。私もすぐに逝きます……」

「……カナ……よかった……。最期に、あなたが……泣けてるとこみれて」

「え? 泣い……てる?」

「カナリア、貴方もきっとこの地で死んでしまう。だから、最期に、あなたが感情を、悲しみを思い出してくれてよかった……」

「悲しみ……これが? でも、なんで……父さんや母さんが死んだときも、村が無くなった時にも……そんなものなかったのに」

「だったら、皆と暮らしている間に無意識のうちに手に入れたんでしょうね。そう思っておきなさい、カナ……」

「分隊長……こんな……」

「カナ……ごめん、もう、グッ……あっ……」

「……分隊長、こんな事なら、もっといろんなことを教わりたかったです」

「大丈夫だって、向こうに行ったらピム……ミルカ……カイル……シモンズ……リトラ……ナト……カラミラ、クァイト、ルシアン、カルラ、パネス、アン……それからあなたの家族も居る……それこそ、時間はたっぷりと……」

「分隊長……」

「最期まで戦ってね、シム分隊の生き残り……カナリア……」










 こうして、その場にはカナリアのみが残った。あたりに散らばったもともとは仲間だった者たちの死体と肉片。それを見ながら、カナリアの胸に宿ったもの。

 フツフツと沸き、胸の奥底から昇ってきたこの今まで知らなかったこの感情。これが悲しいということなのか。

 もう、肉体すらほとんど残っていないリトラが来ていた鎧の一部。せめて、これだけは彼女がここにいた証として残したいと思い拾おうとする。その時ようやく気が付いた。自分の手が震えていることに。これもまた悲しみなのか。否、違う。それは怒りだった。彼女が初めて感じる感情の一つである怒りである。

 仲間を殺された怒り。一緒に戦って、共に歩んできた仲間たちを理不尽にも奪われてしまった憎しみにも近い怒り。死というものに対してほとんど無頓着であると言ってもいいほどに何も感じなかったはずの彼女は、その感情を知った瞬間。


「ッ! うわぁぁぁぁぁあああああぁぁあ!!!」


 マグマが噴出したかのように叫び、鞭に向けて剣を向け、走り出した。


「ハァッ! はぁ!! あぁあああ!!!」


 そこに人間は自分ただ一人。つまり、鞭が狙うは自分ただ一人。それぞれに分散して戦っていたツルのすべてがただ自分という一人生き残ってしまった少女を殺すために動く。

 四方八方からの攻撃。もはやあたりは暗く、どこから攻撃が来るのかもあまりよくわかっていない。それでも、化け物の攻撃に対処することができていたのは、一種の才能、そして野生の嗅覚であったともいえる。


「ッ!! あぁッ!」


 しかし、それも長くは続かなかった。その戦いはもはや勝つための戦いではないのだから。どれだけ長く、誰が最後まで生きれるかという、生存という道の閉ざされたお遊びのようなものなのだから。そう考えれば、彼女は勝った。最後まで生き残った。それだけでも誇れるものであった。でも、生きたかった。


「ッ! やめ……うぅッ!!」


 最初にツルが絡みついたのは両足だった。地面をえぐって伸びてきたそれによってバランスを崩したカナリアは仰向けに転倒する。その隙を逃さずに、同じく地面から延びたツルはカナリアの両腕に絡みつく。もう身動き一つとることができずに、あとは死を待つだけとなったカナリアは、だがそれでも叫んだ。


「放せ!! 私は、まだ!」


 そうして、自分が出せる精いっぱいの力でツルを引きちぎろうとする。だが、地面に大の字の形となって倒れ伏しているカナリアのその努力ですらも無駄であると誇示するかのように、さらに多くの触手が彼女の身体を縛っていく。


「グッ! あぁ……」


 最後の一人だからなぶり殺しにするつもりか。あれほどあっさりと仲間たちの命を奪ったツルがもてあそんでいるかのように自分の身体で遊んでいるような感覚がする。

 体中を締め付ける力によって、カナリアはもう抗うことすらもできない。ただ、身体が地面にめり込んでいく。地面が、砕ける音。それぐらい自分は地面に身体を押さえつけられているのだろう。このままでは自分はそう遠くないうちに死ぬ。その絶望感が、彼女を蝕み、壊していく。彼女の個性、彼女の心情、彼女の誇りすらも、次第に壊れていく。


「い、や……死にたく、ない……」


 死にたくない。少し前の自分だったら絶対に口から出ないような言葉に、カナリア自身も驚愕する。

 死は誰にでも、生きていればどんな生物にも訪れる物。明日死ぬかもしれない、今死ぬかもしれない、今日死ぬかもしれない。そんな死と隣合わせで生きているのが生物であるのだから、たとえ自分に死が降りかかろうともそれはそれで仕方のないこと。だから、いつ死んでもいい。そう思っていた。


「もっと、生き、たい……」


 なぜそう思ったのか、いつそう思うようになったのか、きっかけは何だったのか全く分からない。でもいつのころからかそういった感情が彼女の中で芽生えていた。いつの間にか自分は壊されてしまっていたのだ。あの仲間たちによって、自分は生を望む人間となってしまっていたのだ。

 セリンたちと一緒に学び、遊び、シムやティムたち先輩と接するうちに、彼女の精神は初めて人間らしさという物を育む機会を得ることが出来た。そんな人間になることが出来た。

 でも、もう遅い。すべてが、遅かった。

 けど、薄れゆく意識のなかカナリアはつぶやいた。


「悪くないな……」


 と。

 その時、記憶の奥深くにいる姉の声が聞こえた気がした。

回想編残り、三話

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