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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第4章 赤い衝撃、燃ゆる国

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第十四話

「ハァッ!!」

「遅い!」

「わぁっ!!」


 カナリアは、猪突猛進の言葉を実践するかのようにティムに突進した。だが、模造刀は彼女に届くこともなく簡単に止められてしまい、天地が逆転したかのような感覚を持って地にひれ伏すことになったカナリア。また一太刀も与える事のできなかった悔しさに地面を叩く。一週間前から彼女の手ほどきを受け始めてからずっとこの調子だ。


「また勝てなかった……」

「そんなんじゃ、お姉さんは助け出せないわよ」

「はい……」


 もっと、もっと強くならなければ。カナリアは再び模造刀を持って立ち上がる。すべては、姉を救うために。

 あの時、子供達十四、五人でお風呂に入った後、カナリアが眼にしたのは三十いや四十ほどある棺の数々だった。

 カナリアの記憶では元々村にはこの棺の数よりももっと多くの人間がいたような気がしたのだが、ティムによると村中を回って見つけ出せたのはこれだけだったという。

 思い返してみると、カナリアがその村に帰ってきたとき初めて目にし、触れた人間は塵のように崩れ去っていた。恐らく、他にもそのような人がいて、ちょっとした拍子に崩れてしまい、人間としての形すらも残さらなかったのだろうと思う。それに、男は言っていた。女性たちは皆連れ去られたと。この二つの情報をかけ合わせれば、棺の数と村の人口との剥離が起こったことに説明がついてしまう。

 その後、ティム達の魔法によって火葬がなされ、丘の上に骨を埋葬した。同じ場所に獣たちの骨も一緒に埋葬していることについて少し驚かれたが、しかしそれがこの村の古くからのしきたりであると言ったら、『だったら仕方がないか』と言いながら一人一人埋葬してくれた。

 この丘の上であれば村全体を見下ろすことができる。みんなが好きだった、この村が。

 だが、それもほんの少しの間までの事。雨季が来れば村全体が流される。自分もティム達と共に付いていくことになっているためもう村に住む人も、家を再建する人もいない。この村はいずれ、人がいた痕跡などなくなってただの開けた大地となってしまうのだ。それでも、カナリアは悲しくなかった。

 そして、その村から五日間ほど歩いた場所にある建物に、カナリアは連れてこられることになる。その場所こそが、彼女たちの組織、傭兵組織≪ギルム・リリィアン≫の本部であるのだ。そこに到着した後もなお、あの男の仲間の居場所をソーシエたちが探してくれている。その居所が分かるまで、セリン達と共に剣と魔法の指南を受けることになった。全ては攫われた姉や女の子たちを助けるために。


「それじゃ、この後は勉強会だから、汗を流してきてね」

「は~い」


 ここで一端の休憩に入ることとなった。一、二時間は剣を振っていたことだろう。だが、朝練の事も考えるとその倍は剣を握っていたはずだ。これまで自分はあの村で、弓矢の練習や実践をして、それなりの力を持つことができたと自負している。しかし、剣に関してはからっきしだった。

 さらに、そこで受ける家族以外の教えというのは新鮮であり、今まで同年代の女の子と交流することのなかったカナリアにとっては、セリンたちと一緒にいること自体が自身の成長の促進に役立っていたと言える。


「カナちゃん、一緒にお風呂入りに行こう」

「ううん、勉強会まで剣を振っとく」

「ダメよ。セリンたちとお風呂に行ってなさい。焦っても仕方がないわよ」

「でも……うん……」


 強くならなくてはならない。強くなくては、あの大男たちと満足に戦うことなどできない。それすなわち、男たちとの戦いになったら自分はこの本部に置いて行かれることになる。自分の村の事なのに、姉の事だというのに、のけ者にされるなど嫌であるのだ。

 とはいえ、ティムのいう事ももっともである。疲れを取らなければケガをしてしまう。それこそ本末転倒、努力の無駄となってしまう。


「心配しないで。おばあちゃんの昔からのつてがあるの。そこでなら、きっと情報が手に入るから」

「うん……」

「まだカナは六歳なんだから、子供達と遊ぶのもまた修行みたいなものよ」

「はい……」


 確かに、自分はセリンたちと話すことによっても着々と成長している。主にコミュニケーションの方向でもだ。今までは自分の年上の人間と話すばかりではあったが、こうやって自分と同年代の人と話すことによって、対人関係の作り方という物を学んでいるのだと感じる。

 思えば、自分は何とも狭い箱庭で暮らしていたのだなと思う。そのせいで、世間の事は何も知らない。この世界の事は何も知らない。何も知らなければ、行動することができない。だからティムは勉強会を開いてこの世界の事を享受してくれているのだ。

 そして、それから一時間後、お風呂から上がってきたカナリアたちは、ある一つの教室へと集合した。


「こんにちは皆。今日はこの世界の地理についてよ」

「はい!」

「うん! 子供は元気があってよろしい!」


 今日の先生はパフィである。

 前回カナリアのいた村に赴いたパフィだが、普段はこうして子供たちに向かって教鞭をとることが傭兵組織での彼女の役割であるらしい。

 先週は子供たちの課外授業のような物も含まれていたらしく、その関係でパフィもこの初級組と一緒に付いて来ていたそうだ。

 この組織内での学校はいくつかの組に分けられている。六歳から十二歳までの子供が通う初級組。十三歳から十五歳までの子供が通う中級組。そして十六歳からようやく大人たちの仲間入りをして様々な場所へと赴くことになっているのだ。カナリアとセリンが所属している初級組には、現在100名ほどが在籍しており、一緒に授業を受けていた。

 その時の自分は世界について何も知らなかったのだと思う。先生から教えられるまでは、自分の村が全てだった。全てで、世界に何があって、自分がその中のどこで暮らしていたのかも知らなかった。

 それは至極当然の事だった。何故なら自分はあの村で暮らして、あの村で生きて、あの村で狩りをして、結婚して、子供を産んで、そしてひそかに死んでいく。それが普通だと思っていたから。あの村から出て別の村や国という物に住もうとも思っていなかった。だからこそ、先生の話は何もかもが新鮮で楽しかった。セリンはこれが≪学校≫という物なのだと教えてくれた。そういえば先ほどまで自分はティムに剣について色々と教えてもらっていたが、あれもまた授業の一つらしい。他の子たちは、先にパフィから基本を習っていたから、カナリアが遅れないようにとティムが自ら手ほどきをしてくれていたのだ。おかげで、カナリアは戦闘面に関しては、セリンたちに後れを取ることはなかった。

 それどころか元々の素質があったらしいことを、数ヵ月後には実感していた。


「フッ! ハァッ!!」

「痛ッ! まいったぁ……」


 その時期になると、同じ学年だった子供達よりも一回り程強くなったカナリアの姿がそこにあった。

 模擬戦を行っていたカナリアとセリンであったが、軍配はカナリアへと上がった。


「ほら、大丈夫?」

「うん……カナちゃん強くなったね」

「早くお姉ちゃんたちを助けに行かないといけないしね」


 結局、あれからまだ姉たちや村から連れていかれた人達の情報は一切入ってこない。今生きているのか、死んでいるのか。そもそも何人連れていかれたのか、何人が売られたのか、情報があやふやすぎて探しようがないという事らしいと、たまに帰ってくるソーシエは言っていた。

 そしてそれと同時にあの男を生かしておくべきだったなどと言う言葉をひどく恐ろしい顔つきで話していたりする。あの男というのはもちろんカナリアを襲ったあの男だ。確かにあの男がいれば尋問をしたりして簡単にアジトの位置が分かっていただろう。とはいえ、そもそも男がどうしたのかさっぱりわからないが。

 気が付いた時には目の前にいたはずの男が消えていたという怪現象。今思えば、あれは魔法だったのだろうが、一体どのような魔法を使えば、あそこまできれいさっぱりに人間一人を消すことができるのか。魔法の基礎から教えてもらっているカナリアには全く分からない事であった。

 男と言えば、自分はこの組織に所属して一つ気になっていることがあった。いつも使っている教室に戻ってから、カナリアは聞く。


「ねぇ、セリン」

「なに?」

「ここって……男の人いないよね。なんでだろう?」


 ここにきて早くも数か月になる。

 自分はここで昼夜問わずで暮らしているが、男性を見たことがなかった。

 それどころか、この組織の建物内には子供から、歳をいっている人でも三十後半の人間しかいない様子、つまり平均年齢はかなり若いのだ。

 自分が住んでいた村の何十、何百倍というほどの人間が行き来しているというのに、どうして若い女性ばかりしかいないのか。はなはだ疑問だった。


「ヒヒヒ、知りたいかい?」

「うわぁ!」

「ソーシエおばあちゃんどうしてここにいるの!?」


 訂正しよう。そういえば年配の人間が一人だけいた。この組織の創始者兼おぉなぁ的存在であるソーシエである。

 どこからともなく教室に現れ、後ろからセリンたちに声をかけたソーシエに、その場にいた子供たちは皆驚く。どうしてというよりもどうやって誰にも気がつかれることなく現れたのだろうか。というより、なんで気がつかれないように現れる必要があったのだろうか。疑問が解決しない途端から新たな疑問が次々と増えてしまった。


「それよりも、何故この組織に男が一人もいないかだったねぇ」

「う、うん……理由あるの?」


 自分にはさっぱり検討もつかなかったが、それがこの組織の特色だからとか、女性だけの方が都合のよいことがあるのかもしれない。


「簡単なことじゃよ。わしは男が大っ嫌いなんじゃ」

「え?」


 なにやら思っていたよりも個人的な理由であった。ソーシエは続ける。


「男はみな獣物で、自分達の事しか考えておらず、女性を物のように扱ってどうとしてでもいいと思っている。おまけに臭いし自己中でこの世界を自分の物であるかのようにのさばっているのが男という物じゃ。そんなものがこの組織に入ってみなされ。瞬く間に崩壊することじゃろうて」

「はぁ……」


 カナリアはよくわからなかった。そういえば、自分の事を襲った男に対してやたらと嫌悪感を出していた気がするし、確かに亡くなった父とは違ってあの男からは忌避の思いしかわかなかった。これが同じ男という人種なのだろうかと本気で疑ってしまったほどだ。


「ねぇ、おばあちゃんはどうしてここに来たの?」


 ソーシエは常に外に出て色々なことをしているため、この場所に戻ってくることはあまりない。あるとすれば何かの情報を掴んだ時くらいだ。まさしく、ソーシエはカナリアが待ちに待っていた情報を持っていた。


「カナリア、奴らのアジトを見つけたよ」

「あじと?」

「本拠地のことじゃよ。あぁ、だが先に言っておく。姉さんや村の女子(おなご)たちはみな売られた後じゃった」

「そう……」


 あれからもう数か月だ。アジトが見つかったとしてももうそこには自分の知っている人達がいないであろうことは覚悟はしていた。だから、カナリアの落ち込みはそれほど目に見えるほどではなかった。

 セリンは、そんなカナリアの様子を見て少しだけ嬉しく微笑んだ。それは、まるで母親が子供に向ける笑顔のように慈悲に溢れていたと言えてしまうところだ。


「こんにちは皆……ってオーナー!? いつ帰ってきていたんですか!?」

「ついさっきじゃよ、ヒヒヒ」


 ドアが開き、パフィが教科書を持って入ってきてすぐに、ソーシエがいることに驚き、ソーシエ自身はその様子を見て満足そうに笑っていた。

 それにしても≪おぉなぁ≫という言葉しかり、時折この組織の大人は変な言葉遣いをするときがある。この前も、≪模擬戦≫のことを≪とれぃにんぐ≫なんて言ったり、≪組≫の事を≪くらす≫と言ったり。まぁ、それはほとんど大人同士で話している時だけで、自分たち子供がすぐ近くにいる時には決して言うことは無い。ただ、聞き耳を立てると聞こえるくらい小さな物。

 その何人かに言葉の意味を問うたところ、いつか教えてもらえる時が来るといいねなんて言ったりして謎が深まるばかりだった。


「そうじゃ。今日からしばらく授業は中止にするぞ」

「え? ってことはまさか……」

「そうじゃ。カナリア、皆で遠征に行くぞ」

「遠征?」

「お前の村を襲った奴らを懲らしめにな。一緒に行くじゃろう」

「ッ! うん!」

「いい返事じゃ」


 そのソーシエの言葉にパフィは反論する。


「ちょっと待ってくださいまたですか!? この前も遠征で子どもたちを遠くに連れて行ってたじゃないですか!」

「それでカナリアに出会えたんじゃからよいじゃろう?」

「それは……でも、はぁ……」


 子供達を連れていくこととカナリアに出会えたことは必ずしもいこーるではないとか、そもそも遠足気分で遠征に子供達を連れて行くのはよしてくださいとパフィは言うのだが、ソーシエはそんな言葉に耳を貸すような人間ではなかった。

 結論から言うと、結局カナリアたち子供達も一緒に人身売買組織との戦闘についていくことになった。彼女からしてみれば、子供であるから連れて言ってはくれないだろうなとは思っていた。だからこそ早く強くなって、連れて行ってもらえるようにならなければと思っていたのだから。

 しかしふたを開けてみれば、結局自分も含めたまだまだ未熟な子供達全員で遠征に連れて行ってもらえることになった。実際に戦闘に関わることはできないだろうが、自分の目の前で村の敵討ちの様子を見ることができるからそれで満足だった。

 この時点でカナリアは勝ちを確信していた。当然だろう。この傭兵組織の人たちが負けるなど微塵も思えないのだから。とういか、ソーシエ一人いればどうとでもなると思っていたし、実際にそうであった。

 ソーシエからの報告の後、少しの作戦会議が行われた。その中で人身売買組織の名称が明かされた。その名も≪ギルム・フィアンマ≫。この世界の言葉で野獣組織という意味だ。この名前を聞いて何人かの人間の顔がこわばったのをよく覚えている。

 どうやら、ギルム・フィアンマという組織はこの世界のあちこちに支部を構えるほどの大きな組織で、これまでに彼らによって売られた人は千をはるかに超えているそうだ。おまけに、倒しても倒してもどこからか人員を補給するので一向に壊滅させることのできないのだとか。

 実のところ、ギルム・フィアンマとギルム・リリィアンは対になる存在なのである。その理由は構成員の性別に関係している。ギルム・リリィアンのメンバーは、全員が女性であることは先ほど言ったが、ギルム・フィアンマの構成員もまたほとんどが男であるのだ。ほとんどという事は、女性も少なからずはいるという事らしいが、ソーシエたちによるとその全てが子供には話せないような要員としているだけなので、それらを除いた全員で構成されている組織であると言ってもおかしくないらしい。これが理由で、ギルム・リリィアン最大の宿敵であると言ってもおかしくはないそうだ。

 そして、その場でカナリアはある事実を知った。そもそもソーシエが自分の住んでいた村を訪ねたのは、このギルム・フィアンマの件と関係があったそうなのだ。

 数年前から、あの付近でギルム・フィアンマが行動を起こしていると知ったある国の王から、国の周囲にあるギルム・フィアンマのアジトを潰してもらいたいとの依頼があったらしい。傭兵組織という物はいうなれば戦闘関係の何でも屋みたいなものであったし、元からギルム・フィアンマとは敵対関係。

 無論その依頼を受け、合法的に組織を潰すために何年も討伐に出てはアジトを一つずつ潰しているのだとか。あの日も、ソーシエほか十数名の人員と子供達を連れて偵察をしていた時に偶然カナリアの住んでいた村を見つけたのだとか。それは奇跡というのではないだろうかというツッコミがしたいほど、自分は運がよかったと今のカナリアは笑っていた。

回想編残り後六話

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