第四話 龍の子、人の子、私はどっちも?
龍神族、それは圧倒的な魔力と圧倒的な力を持つ最強の種族だった。
以上。
「え、それだけ?」
「そうだ、文句あるか?」
「いや、でも……」
もっと長い、面白い話を聞けると思っていたリュカからしてみれば、拍子抜けもいいほどに簡単に、というかたったの一文だけで終わってしまった自分の種族の説明。あまりに大雑把すぎる。
確かに彼は今の自分の話をしよう、とだけしか言わなかったが、基本情報として少しくらい過去のことも教えてもらってもいいのではないか。
そう心の中のつぶやきを読んでいたかのように、リュウガは洞窟の壁を見つめながら言う。
「所詮、滅びを待つだけの種族……過去の事をいくら回想しても仕方がなかろう」
「……」
あぁ、そうか。リュウガは過去なんて物どうでもいいのか。確かに、いくら自分たちの先祖の話であるとはいえ過去は過去。今は今。そんな昔話を聞いたところで、今の事を考えることが出来るのは自分たちだけなのだ。だから、大昔の話をしても無駄である。そう彼は考えているのだ。
確かに昔の人の考え方や行動が、何かを決める指針になるという事は多々あるだろ。だが、全部が全部その通りの行動しか移せないのなら、それはただ単に真似をしているだけの劣化コピーに過ぎなくなる。
大切なのは、今生きている自分たちの行動であるというのに。
だから、過去なんてもの気にしない。大切なのは今を生きる事。そう、彼は考えているのだろう。
なら、彼のその考えは尊重しなければならない。
「貴方の考えは分かりました。けど……」
「なんだ?」
リュカは、一つ気になっていることがあった。彼が、自分の父親であると知ったその時からずっと疑問に思っていたこと。
もしも、本当に彼が自分の父親であるというのならば、一つ大きな矛盾が存在してるのだ。
「……私って人間ですよね? 竜じゃないんですか?」
「……」
そう、自分の姿形は何処からどう見ても人間そのものだ。
身長も、前世の日本の女性の平均身長からしてみれば断然高いであろうが、リュウガのように何メートルもある巨体ではない。
彼のように長いヒゲや鋭い牙や爪があるわけでもなく、皮膚も鱗が張っているわけでも、尻尾が生えているわけでも、角が生えているわけでもない。
どこからどうみても、普通の人間だ。一体、これはどういうことなのか。
「うむ、それはお前の母親に関係する」
「私のお母さん?」
「そうだ」
そういえばそうか。自分には母親がいるんだと、そんな当たり前の事を今更に思い出す。
一体どんな竜だったのだろうか。女性なのだから、きっとピンク色で、ちょっと小柄な可愛い竜なのだろうと、ロマンチックな馬鹿げたことを想像するリュカ。後々冷静に考えてみると、絶対にそんなことありえないはずなのに、この時の彼女はまだ異世界という物に夢を見すぎていたのかもしれない。
話を戻す。リュウガは、少々の時間黙り込む。まるで、言うタイミングを計っているかのように。そんなに言うのが憚れるような情報なのか。それとも過去を捨てすぎて忘れてしまってるのか。なんて、ありえないようなことが今の彼だったらあり得るのだから怖い物だ。
そして、彼の口から出た言葉は。
「お前の母親は、ヒトだ」
「え……人間?」
ヒト、つまり人間。リュカは、彼に念押しするかのようにつぶやいた。
リュウガは、その言葉を待っていましたと言わんばかりにやんわりと笑みを作って言った。
「お前は、ヒトと異種生物との間で産まれ、そして育つことが出来たごく稀な存在なのだ」
聞くと、この世界では異種生物間との間に子供が出来ることが極まれにあるそうだ。その場合、女性側の遺伝が優先されるらしく、そのため確かにリュカの身体の中にはごく少量の父親の血が流れてはいるのだが、ほとんどが母方の遺伝情報をもとに自分が形造られているために人間の姿をしているのだとか。
「そうなんだ……お母さんが、人間。だから、私……」
「……」
ある意味でよかった。そうリュカは心の中でホッとした。
リュウガのように竜の姿に転生する、というのもまた面白そうだとは思った。だが、人間として16年生きてきた身としては、生活のしやすい人間サイズの方がより自由に動くことができるし、安心できる。
確かに前世とは身長に違いはあるが、それでもリュウガのような巨体で、しかも前世の自分にはなかった尻尾や翼のある生活を送るなんて想像することができない。
「あの、私のお母さんは、今どこに?」
「……死んだ。ずっと前にな」
「そうなんだ……」
あの場所から逃げる時点で薄々ではあるが考えていた。この世界での自分の母親は、すでにこの世にいないのか、もしくは自分たちとは離れて暮らしているのだと。
「恋しいか、母親の事が」
「少しは……でも、貴方がいるだけでも私は幸運だと思うから……」
「……」
確かに少しは寂しい気持ちがある。だが、前世から比べれば親の片方が生きているというのは何とも幸運なことであろうかと思う。
「前世の私には、両親がいなかったんです。妹を産んですぐ二人とも……それを考えれば私は……」
彼女が三歳のころの事故が原因だった。だから、彼女は親の顔すらも見たことはない。
それ以来、彼女は妹とともに親戚の家で中学生になるまで過ごした。その親戚も、親代わりというよりは自分たちの姉のように関わってくれて、彼女は生まれてから今に至るまで親というものの愛情を知らずに育った。
だから、たとえこの世界の親が竜であったとしても、初めて受けることができる親の愛情というものに喜びたかった。
その喜びもすぐに消失することとなることも知らずに。
「そうか、だが、残念だったな」
「え?」
リュウガは、目を細めて寂しそうに言った。
「ワシは、もうじき死ぬ運命にある」
「え……」
死ぬ。とはどういう意味なのか、彼女には想像ができなかった。こんなにも、見た目には元気に見えるのに、一体どうして。
竜の健康の見分け方なんてさっぱりわからない。しかし、声も力強いし、先ほども村人を相手にして大立ち回りを見せていたし、やっぱり近々死ぬ運命にあるなんて思うことができない。
そんな困惑の中にいたリュカに、リュウガは言う。
「呪いをかけられた。力も全盛期の半分も出ん」
「そんな……」
呪い。そんなものがこの世界にあるのか。恐ろしいものだ。
それにしても、全盛期の半分の力も出ないという割には先ほどの村人を相手にした時には随分と圧倒的な戦いをしていたものだとリュカは思った。この世界の住人が弱いのか、それともそもそも彼が強すぎたのか。
どう考えても後者であろうと思う。彼の強さは、先ほど見たばかり。全盛期は、アレよりももっと恐ろしい力を持っていたのだ。想像もしたくない。
「具体的には、どのくらい持つんですか?」
「……5年、だな」
「5年……」
「フッ、竜としての寿命が数千年……それを鑑みれば何と短い時よ」
「……」
5年は人間の感覚としては長い方にも思える。でも、確かに短いようにも感じる。まさしく中途半端な数字だろうと思える。
けど、自分たちにとっては5年間は短いと考えるのに十分な数字だった。
そして、その5年という短い数字ですらもこの世界では過ごすのが難しいということも、教えてもらった。
あの村人たちがあぁまで躍起になって退治に来なかったとしても、5年もたてば自動的に畏怖すべき存在は死んでいたのだ。でも、それを知らないからこそ、彼らは無駄に命を散らすために父に挑み、そして死んだ。なんと悲しいことだろうか。
「言っとくが、ただ5年の時を無碍に過ごす訳ではないぞ」
「え?」
「お前にわしの全てを叩き込む。知恵も、力もな」
「本当ですか!」
「うむ」
その言葉を聞いたリュカは、それまでの悲劇的な表情が嘘であるかのように笑顔になった。
それもそのはずだろう。彼は、あの戦国時代において天下統一まであと一歩というところまで上り詰めた強さと、戦略を兼ね備えた男。織田三郎、いや信長なのだ。そんな彼から、教えを受けるなんて、これほどまでにワクワクすることがあろうか。
前世の親友だった少女で、歴史好きだった子にこのことを話したらうらやましがるだろうなと、今は亡き友に思いを巡らせていたその時だった。リュウガは言う。
「……リュカ、この際だから言っておく」
「え?」
「お前は、魔法が使えん」
「……え?」
魔法が使えない、それってどういうことなのか。
いや、それ以上に一つだけ言いたいことが彼女にはあった。
今、あっさりと明かされてしまった。もちろん竜が存在するような異世界だから期待していなかったわけじゃない。しかし、あると聞かされれば俄然心が高ぶってくるその言葉。
「魔法が、あるんですか!?」
どうせならもっとドラマチックに教えてもらいたかったと思う。12歳、前世も含めると28歳児の乙女であった。