第十二話
夢は、確か見ていなかったはずだ。見ていたとしたら、あんなに拍子抜けするほどにぼんやりと、そしてゆっくり起き上がったはずがない。
カナリアがその眼を開けた時には、すでに雲一つない青空が広がっており、自分が一晩外で寝ていたという事を認識した。けど、昨日のあの惨劇が夢であったのか、それとも現実であったのか、それはまだ分からない。
カナリアは、その身体を起こして疑問に思った。昨日のあれがもし現実であったのなら自分はあの時崖下へと落ちて行ったはずだ。あの高台の高さから言って、普通に落ちればまず助からないであろうことは簡単に想像できた。それなのに、どうして自分は生きているのだろうか。
やっぱり昨日のアレは夢で、本当はあの高台でずっと眠っていただけなんじゃないか。そんな儚い希望を持ちたかったのだろう。しかし、その希望は無残にも散る。
答えは、今自分がいるところをよく見れば簡単に分かることだったから。
カナリアがいたのは、あの高台と村のある地面とのちょうど真ん中と言っても過言ではない場所。山肌から少しだけ突き出た岩の上に偶然落ちたのだ。
自分の着ていた服がかなりボロボロであることから見て、転がりながらその場所まで来たのだろうが、怪我一つなかったのは奇跡以外のなにものでもない。
よく見なくとも分かるが、その場所の面積はかなり小さく、少し寝返りをうっただけでも落ちてしまうのではないだろうか。知らぬが仏とはよく言った物で、このような危険な場所で一晩過ごすことができたのも全て気絶していたおかげなのだろう。
ふと、カナリアは村がどうなっただろうかと思った。優先順位的に見たらまず村の方を気に掛けるのが普通なのだろうと思ったのだが、しかしそれよりもまず自分の事を思い浮かべるのは人間としては正しいのか、幼い彼女にはよくわからなかった。
カナリアは、滑って落ちないように慎重に村の様子を見ようと崖の縁に手をかけると、少しだけ考えてからいったん戻る。
「お母さん……お父さん……お姉ちゃん……」
もしかしたら、まだ望んでいたのかもしれない。昨日の夜にあった物も全てが夢で、みんなはいつも通りに暮らしているのだと、そう思いたかったのかも。
もしかすると行方不明になった自分を村中の人達で探してくれているのかもしれない。そんな自分勝手な、身勝手な考えをして自分の心を保ちたかったのかも。
だが、彼女はその鼻で感じていた。木や肉が焼けた匂いを。耳でも感じていた。遠くの鳥の声や、獣か何かが歩く音が聞こえるほどに静かな村の雰囲気を。もはや、その時点で彼女は覚悟していた。
だから、村を見る前に、彼女はゆっくりと深呼吸をする。何を見ても取り乱さないように、慌てないように、泣かないように。もしもそうだったとしても、その様子をみて笑う物も、咎める物もいないであろうに彼女は無意識にそうやって自分の心を落ち着かせていた。
そして、彼女は息を飲みながらもう一度崖の縁に手をかける。息を飲んだ時、口の中に少しだけ残っていた少しだけ酸っぱい唾もまた一緒に喉奥に入って行く。
カナリアは、一度右手を放して掌を見た。すると、そこには土がついている。それと、自分が見たこともないような量の手汗、そして手の大きな震え。一回、二回、三回、手のひらを握ってその震えを止めようとする。しかし、無駄であった。
カナリアはもう一度その手を元の場所に戻すと大きく深呼吸をする。そして、今度こそ覚悟を決めた彼女はゆっくりと、まるで得物を狩る時のようにゆっくり身体と顔を動かしながら崖の縁へと顔を近づかせる。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。
だが確実に。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。
極力までに、村の事を見たくなかったから地面に顔を付けるほどに地面と接しているので、鼻の中に土が入ってくる。しかし、そんなこともお構いなしに彼女の顔はじわじわと崖から出て行く。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。
そして、ついに彼女のつぶらな瞳は崖の外へと姿を現した。
「……」
言葉が出なかった。予想していたこととはいえ、実際にその姿を一目見るまで、心のどこかでは信じたくないという思いの方が先行した。
その思いが裏切られることなんて分かっていたことなのに。かやぶき屋根の家はほとんど原型をとどめておらず、レンガ造りの家々はただ石が積んでいるだけであるかのようになっていて、元々家だったのかどうかすらも判別ができないほどだ。
そして何よりも、彼女が見たくなかった物が沢山落ちているのを確認する。心の準備をしていたからだろうか。不思議とそのようなものを見てもあまり心が動かされることはない。むしろ、まるで見慣れたその辺に落ちている獣の糞を見るように彼女の心は穏やかであった。
「とりあえず、降りないと……」
カナリアは、動く人間がいないことを確認すると、小さな突起を足掛かりにして落ちないように慎重に降りる。こう言った物は本格的にはやったことはなかったが、遊びの類で姉と一緒にしたことがあったのでその時の事を思い出しながら感覚で突起を探して、そこに足をかけて降りていく。
普段なら父や母に怒られるようなことではある。でも、今はもう怒ってくれる人はいない。その悲しみもかみしめながら、彼女は昇っていないその壁を降りた。
そして、ついに彼女は帰ってきた。自分の故郷に。もう見る影もないがしかし、そこが自分の故郷であることは間違いのないことであった。降りてみるとさらに村がひどいことになっていることがわかる。
少しだけ原型のあった家々は何とか立っているだけで、もう崩れてもおかしくはないだろう。地面にはたくさんの血の跡があって、それらのほとんどが村の住人から流れ出たことは想像するのに難しくはなかった。
「ひどい……」
だが、そのような悲惨な状況を見てもなお、少女は泣くことはなかった。泣いたら、全てが終わってしまうような気がしたから。誰も見ていないはずなのに、彼女がそのように振舞った理由は、自分でもわかっていなかった。
カナリアは、ゆっくりと一番近くにある黒焦げの死体に近づいた。近づけば近づくほど、肉の焦げ焼けた匂いが鼻に抜けるが、しかしそれが嫌なものであるとは感じなかった。
肉の焼ける匂いなどいつも嗅いでいるからだろう。獣と人間、全く違うように見えるが、どちらも生き物だ。同じように肉を食べていき、成長し、子を産み、育て、そして死んでいく。違いなどあるわけがない。だから、同じ匂いがするのは当たり前なのだ。
「家に……帰らないと……」
カナリアの足は、無意識に自分の家へと向かっていた。どう考えても家も、父も、母も、無事であるわけがない。しかし、それでも彼女はその家へと向かった。足はふらつき、今にも倒れそうだった。
しかし、それでも彼女は帰りたかった。誰かが自分の事を呼んでくれる。そんな家へと。
幸か不幸か、彼女の家は他とは違いそれほど被害は受けていない様子だった。
「ただいま……」
カナリアは言う。家に向かって。だが、誰も返事をしない。
「ただいま!」
もう一度言った。しかし、誰も返事をしない。
「ただ……いま……」
最後に一言いう。彼女のその眼は、その時になってようやく涙を溜め始めていた。
幼い彼女にとって、母のおかえりが、父のおかえりがどれだけ心強い物だっただろう。
どれだけ、自分の人生を明るくしてくれていた物だろう。
その言葉があるだけで、一日の疲れが取れるような気がしていた。
それだけで、自分はまた明日を生きれるような気がしていた。
しかし、もうその言葉を言ってくれる人はいない。受け入れたくはないがしかし、受け入れなければならない残酷な現実に彼女の心が折れそうになったその時であった。
彼女は、後ろから人の気配を感じる。だが、村の人間ではないだろう。もしもそうであったのならば、こんなに嫌な雰囲気は漂わせていないはずなのだから。
カナリアは後ろを向こうとした。しかし、左目がその男の事を捉えた瞬間、彼女の視界は上がり、父よりも太いその腕が自身の呼吸を妨げて苦しくなった。
「あ゛ッ……」
「ヒヒ、誰かと思ったら昨日のガキじゃねぇか。生きてやがったのか」
「ッあ゛……あ゛ぁ」
首根っこを掴んで乱暴に持ち上げた男。その顔にあまり覚えはないがしかし、野太い特徴的な声には聞き覚えがある。昨晩自分が体当たりした男ではないか。
あまりにも都合のいい時に現れたものなのだから、この村を襲った人間の仲間であるとは思う。彼女は、どうしてここにいるのだとか、なんで村を襲ったのかなどと聞きたかったが、気道を半分塞がれているためそのような声を出す余裕は残念ながら存在しなかった。
「なん……」
「あぁ? その眼、どうしてここにいるかって眼してるな。まぁ、簡単に言えば生き残ってる人間がいないかを確認しに来たんだよ。後々復讐にでも来られたら面倒だからな」
男は、自分の顔つきを見て一体何を聞きたいのかを判断したらしい。確かにそのことは聞いておきたかったが、しかし聞きたくもない話でもあった。
男の言葉から分かったことがある。生き残りや復讐という言葉を使用していることから、十中八九この男とその仲間たちがこの村を襲ったという事。
それから、生き残りがいないかを確認しに来たという事は、男たちはこの村中の人達を殺し切ったと考えているのだ。
つまり、生き残ったのは自分だけである可能性が高い。という事は、やはり父も母も。
姉はどうしたのだ。
「お、姉……ちゃん……は?」
村が襲われた時、紛れもなく姉は生きていた。そして、この男の目の前にいた。父や母はともかくとして、姉の行方だけであればこの男は知っているのではないか。そう思ってカナリアは男に精一杯の力で問うた。そして、返ってきた言葉は。
「あぁ、あれはいい女だったな。手放すのは惜しかったが、まぁ今頃は向こうにある国で他の女どもと一緒に競売に……いや、あれほどの美しさだったら裏の会場で競売にでもかけられてるか? ヒヒヒヒヒッ!」
「競……売?」
カナリアの知らない言葉だった。意味もよく分からない、聞いたこともないような言葉。しかし、手放すという言葉から察するにもうすでに姉は、いや姉以外にも連れ去られたらしいこの村の女性たちは全員男の仲間達の元から離れてしまっているのだろう。
またもう一度会うことができるのだろうか。しかし、生きているのであればいつか会うことができる。そんな常識的に見てあり得ない奇跡に縋るしかない。
「まぁ、そんな事聞いたところで、お前には関係ないだろうがな」
「ガッ……ア……ァ……」
男の握力がまた一層強くなり、カナリアの首は締まっていく。息が全く肺に入っていかない。しかし体の中にある空気はどんどんと外に出ていく。
その内、意識もしていないのに声が笛のように小さく高い音を出し始める。
意識が朦朧とし始めてきた。
目がかすみ始める。
このままでは、自分は間もなく死ぬことはそこまで考えなくても明らかであろう。
「ヘヘッ、あの姉ちゃんの妹なんだから、お前もさぞかしいい女に育つことだろうなぁ。そうだ、お前を連れ帰って、俺たちの所で働いてもらうとするか。心配するな、何もしなくていい、ただ置物のようにじっとしているだけで幸せな気持ちになれる仕事だワクワクするだろう?」
「う゛……」
何を言っているのかさっぱりわからなかった。だが、少なくともこいつの仲間の所に行くのは御免だ。何をされるか分かった物じゃない。しかし、まだ幼かった当時の自分にできることなどない。
足をじたばたさせたところで、男の顔に等届くはずもなく、誰の目から見てもそれは無駄な抵抗であると評されてしまうようなものだ。
「う……うぅ……」
その内、足を動かす力もなくなり、手も力なく腐った木の枝のようにただただぶら下がっているだけとなった。
声も、出せなくなる。
こんな時、姉がいれば、父や母がいれば自分のことを助けてくれるのに。
しかし、そんな家族はもういない。自分は、一人ぼっち。誰も自分の事を知らない。誰も自分の事を助けようとしない。女の子一人が死にかけているというのに、誰も駆け寄ってくれない。それは、彼女が一人だったから。もうこの世にたった一人しかいないこの村の生き残りだから。
だったら、自分の事を求めてくれているこの男に付いていくのも悪くないかもしれない。自分はたった一人じゃないと思えるのだから。そうすれば、自分は生きていくことができるかもしれないから。だったら、何をされても構わない。どんな仕事でもやって見せる。だから、もう―――。
ひとりぼっちは嫌だった。
「その汚らしい手を離しな!」
「あ゛ぁ?」
「ぇ……」
彼女の意識が精神の死を迎えようとしたその時である。どこからともなく聞き覚えのない声が聞こえてきた。必死になって顔を動かしたカナリアの目に映ったのは、黒いフードを上からかぶり、杖を突いているおばあさんの姿だ。もちろん、その顔は見えなかったがしかし、声色とその杖がその人物が高齢女性であるという事を知らしめていた。男はおばあさんに向かって言う。
「なんだババァ? この村のもんか?」
「いいや? たまたま通りすがっただけの老いぼれさ。そしたら」
「え?」
「この子をいじめる下衆な男の姿が見えたもんでな」
「なにっ!?」
おばあさんは、すぐ横にいる自分の頭を撫でて言う。その瞬間カナリアは混乱した。
そう、すぐ横にいるのだ。どうして、自分がこんなところにいるのか。
男も至極驚いていた。当然だろう。首を絞めて離さないようにしていたはずの自分が、いつの間にか逃げているのだから。
カナリアもまた驚いていた。突然息苦しさが無くなって、視界が急に明るくなったと思ったら、下に見えていた男が、遠く離れた目上にいるのだから。
「ババァ、一体何をしやがった!?」
そうだ、何かしたとしたらこのおばあちゃんしかない。しかし、一体何をしたというのだろうか。一体何をどうすればこのような文字通りの離れ業ができるというのだろうか。
だが、隣にいるおばあちゃんはその言葉を完全に無視して笑みをこぼしながら言った。
「今逃げれば許してやる。だが、向かってくるってんなら容赦はしないよ。あたしは女の子に手をだす男が大っ嫌いなんでね」
「あぁ!? 戯言言ってんじゃねぇぞババァ!!」
男は、おばあさんに向かって走り出す。その表情は、自分の何倍もある大人の獣の退治に付いて言った時に見たそれとほとんど同じで、恐怖が恐るべき速さで迫ってきているような感覚だった。
怖い、恐ろしい、逃げたい。カナリアはそう頭の中で思ったがしかし、身体が一切動くことはなかなった。その時だ、深いため息をついたおばあさんがカナリアに言った。
「まったく、この歳になっても無駄な殺生をさせるかい? 男ってのはつくづく嫌な生き物だねぇ……オチビちゃん? ちょっといいかい?」
「は、はい?」
「瞬きをしなさい。それで全部終わる」
「え?」
「早く」
「は、はい!!」
そして、カナリアは本当に一瞬だけ目を閉じた。その寸前まで、獣のような男の叫び声は聞こえ、その屈強な太い丸太のような腕はおばあさんの目の前にまで達していた。
おばあさんが危ない。しかし、せかされていたカナリアはおばあさんの言葉通りに一瞬だけ瞬きをするしかなかった。そして、次に目を開けた瞬間目の前にあった物は―――。
「え?」
いや、何もなかった。おばあさんはいる。しかし、あの男の姿はどこにもなかったのだ。あの大きな叫び声も、恐怖をもたらした腕も、どこにもなかった。
自分は夢でも見ていたのだろうか。そう思ってしまうほど静かに、あまりのショックに昨日の夜自分達を襲ったあの男が自分を殺そうとした夢を見たというのだろうかと思うほどにあっさりと終わってしまった。
恐らく、このおばあちゃんが何かをしたという事には間違いはないだろう。しかし、一体何をしたのかが皆目見当もつかなかった。カナリアは聞く。
「あの人は、どこに?」
「地獄に落ちたさ……本当は、この村の住民が味わった恐怖と絶望をもっと味合せたかった……しかし、オチビちゃんに怖い物なんて見せられないだろう?」
「え?」
この言葉で、見ず知らずだったこの村の人たちの事も思ってくれていることに気が付き、そして言った。
「あの、私……カナリアです」
「そうかい。あたしはソーシエ、よろしくね」
「う、うん……」
名前を教え合う。それは、真にお互いの事を信頼した証でもあった。
「カナリアちゃんは、この村の子なのかい?」
「うん……そうだ、お父さんとお母さん……あれ?」
無駄だとは思う。しかし、それでも確認しなければならない。家の中に二人がいるという確証はない。だが、それでも自分の父と母を確認しなければ自分は前に進めない。そう思ったから、カナリアは立ち上がろうとした。
しかし、立ち上がれなかった。足に力が入らず、一切動こうとしなかったのだ。まるでそこだけが人形の足にでも変えられてしまったかのよう。地面に足をついているというのに一切土の感触もしない。どうしてしまったのだろう。
「どうしたんだい?」
「足が、動かない……」
「あぁ腰が抜けてしまったんだねぇ、無理もない。あんなに恐ろしい目に合って……それに漏らしているじゃないか」
「え?」
漏らしている。その言葉を受けて、カナリアは自分の股を触ってみた。
確かに濡れている。汗なんてものじゃない、臭いをかいでみるが間違いなくそれは尿であった。今まで、おもらしなんてしたことがなかったから、その感覚がどのような物だったのかさっぱり分からなかったと言えば分からなかった。そうなる前までは、多分恥ずかしくて頭から火が出るほどなのだろうなと思っていたのだが、いざしてみるとそんなに嫌な気持ちにならないものなんだなとつい笑ってしまった。
当時の自分はその前までの緊迫した極限状態から解放されたという事実に心中では気分が高揚していたのではないかと回想している。
話を聞いていたリュカも、なんとなくであるが自分も何度も漏らしたなと思い返してみる。しかし、この歳になって何度も何度も漏らすのを恥ずかしがらなければならないというのに、羞恥心を思い出さなければならないというのに慣れてしまっている自分が怖くて怖くて。
ただでさえ現在進行形でノーパンノーブラという前世の自分からしたら考えられないようなことをしているし、それを解決したら、今度は全身タイツなんてものを着させられるし、このままだとありとあらゆる羞恥プレイを受けなければいけない羽目になるのではないのだろうか。そんなことにも慣れてしまっている自分もいることが悔しいような、悲しいような。
ここで、もう一度カナリアの回想に戻る。自分が漏らしていることに気が付いたカナリアは、腰が抜けていることもあってその場から動くことができなかった。ソーシエは、そのカナリアにそこで待っているように言い、一人でカナリアの家へと向かって行った。
なお、今は影も形も見えなくなてしまった男の仲間がまだこの村の近くにいるのではないかという懸念もあったことから、ソーシエはカナリアの周囲に結界のようなものを張ってくれたらしい。それから十数分が経った頃であろうか。ソーシエが家から出て、カナリアの前に立った。カナリアは最悪な結果を念頭に置きながらに聞く。
「お母さんとお父さんは……?」
「……見るかい? 一応、綺麗にはしといたからね」
「……」
その言葉にうなづくと、カナリアは一人で家の中へと入っていった。奇妙なことに、その時の自分の感情は、思い出そうとしても絶対に思い出せなかった。
思い出したくないと言うよりも、まるで思い出したら自分が終わってしまうのではないかとても思ってしまうほどに彼女の心は幼いながらもその世界に順応していたのだ。
知っていた。ソーシエの発した言葉から。気が付いていた。父や母がどうなっているのかが。けど、なんでだろう。
ワクワクしていた。まるで、見世物でも見に行くときのように、彼女の心はドキドキでいっぱいだった。この出来事を受け幼いカナリアが至ったのは、人間として決して達してはならない狂気の世界。だったのかもしれない。その下地が出来上がっていたのならばなおさら、である。
回想編終了まで、あと八話




