第九話
リュカの訓練は、エリスが現れたことによっていったん休憩となった。疲れが溜まっていたリュカにとっては、願ったり叶ったりと言っても良いだろう。
現在、彼女たちはケセラ・セラやクラクと合流して、街の全景が見えるテラスで服のお披露目をしていた。とはいえ、魔力を吸い取る服は、セイナから自分が指示するまで脱ぐなと言われているためその上から着ることになった。
ケセラ・セラとクラクと合流してから知ったのだが、どうやら二人もまた同じ服を着て訓練を受けていたようだ。ただ、内容はかなり違うらしい。
ケセラ・セラは、言葉がカタコトでは意思疎通に問題があるという事から、まずは語学の勉強から始まったそうだ。それと平行して読み書きも習ってるらしい。
クラクは、普通の騎士団の鍛錬に参加している。魔力による補助がない為いつもよりも辛い物となっていたそうだ。そう考えると、やはり魔力による補助がどれだけの有用性を持っていたのかが身に染みて分かると言う物だ。彼女自身も、これからは魔力にだけ頼らずに自分自身の剣の技術を磨いていこうと考えているらしい。
そんなこんなの話を仕切りを遮って話ながらも、リュカとケセラ・セラ、そしてクラクは服を着終えたようで、示し合わせたわけでもないのにほぼ同時に現れた。
やはり、エリスの思った通りとてもお似合いだ。
「どうですか皆さん?」
「うん、ばっちり。ありがとうエリス」
親指を立てたリュカの笑顔。徹夜明けのエリスは、この笑顔を見るために自分は頑張っているのだなと、頑張って良かったという思いが身体中から湧き、感動の境地にすら達する。
「でも、ちょっと恥ずかしいような……」
「何言っているんですか姉さん。姉さんも女の子なんですから、たまにはおしゃれもしないと」
「うぅ……」
ちなみに、何故クラクにもと疑問に思う。しかし、エリスによれば、クラクは日常生活においても軍で支給されている服を着ていることが多かったらしく、仕事以外で外に出るという事はなかったため、それほど綺麗な服を着るという事はなかったそうだ。
だから、この際だからと彼女の新しい服を新調したのだとか。まぁ、彼女も女の子なのだから、というエリスの言葉は女らしくいろと言う押し付けにも思える。けど、男らしいカッコをしてるのを矯正しているわけでないし、ここは前世とは違う異世界。自分達の世界の問題をここに持ってくるのはお門違いだ。
それにしてもと、リュカは自分の着ている服を改めて見渡してみる。少しラフなように感じるがしかし、独創性もあり、中々面白い服装だ。前世で着ても何の違和感もないであろう。有名店の商品であるといっても信じてもらえそうだ。
と、その時リュカは並べられた服の中に少し毛色の違う服を何点か見つけた。彼女が注目したのはその色だ。光るような緑色と、透き通った海のような青色。その二色にリュカは見覚えがあった。
「あのエリス、この服って?」
「あっ、気づきましたか?この服は、リュカさんとケセラ・セラちゃんの戦闘時用の服です」
「え?」
「リュカさんが鎧の下に着ていた服、かなりボロボロでみすぼらしかったので、勝手に作ってしまいました。ケセラ・セラちゃんだって、もう少し動きやすい服装のほうがいいかと」
「へぇ……でも、どうして緑色と青色なの?」
そう、それではまるで自分とケセラ・セラの髪の色をイメージしているかのようではないか。別にみられたわけではないのに、何故なのだろうか。
「あぁ、それですか。だって、ケセラ・セラちゃんは元々青色の毛皮を着ているし、リュカさんの鎧だって緑色しているじゃないですか」
「あっ、そ、そうだね」
完全に失念していた。そうだ元々自分たちはその色をした物を纏っていたではないか。午前中の訓練の疲れによって完全に頭の外へと行ってしまっていた。
とりあえず、戦闘用に服を作ってくれたことは嬉しい限りである。彼女の言う通り元々着ていた服もボロボロであったし、その服の素材は騎士団でも使われており丈夫で、戦闘による劣化がしにくいものだそうだ。これなら心置きなく戦うことができる。
「それに……」
「なに?」
「いえ、何でもないんです。気にしないでください」
「?」
エリスはさらに何か言おうとしたが、結局は言わずじまいだった。それは、ただたんに自身の主観だったからだ。
まさか、昨日のリュカとカナリアの戦いの時に、リュカの髪が緑色になったように見えて綺麗だったからなんて言えるはずもない。そんなこと言ってしまえば彼女に失礼になってしまう。そう彼女は思ったから。
「あれ、これって……」
ふと、クラクがその横にあった二つの物に注目した。クラク自身、そしてリュカ以外の人間にとってそれは見覚えのない代物だった。
一つは、何やら半円の物が二つ付いており、それが紐で繋がって左右に眼鏡のつるのような輪っかが一つづつ付いている物。
もう一つは、半月の形をしたもの。三か所穴が開いており、下の方の二つは同じ大きさの穴が、上部分にはそれらの二倍はあろうかという大きな穴が開いている。実は、これらもまたリュカの頼んだ服である。
「あっ、それですか。リュカさん、頼まれていた物なんですけれど、これでいいですか?」
「どれどれ……うん、バッチリだよ! 実物も見たことないのにそのまんまじゃん!」
「あの、リュカさん。これって何なんですか?」
クラクは、リュカが嬉しそうにその二つの物を持っている様子をみておっかなびっくりにそれらがなんであるのかを聞いた。
「え? あぁ、これはね……」
すると、リュカは右手に半円の物が二つ付いた物を、左手に穴の開いた布を持って言った。
「これは、ブラジャーっていうの、でこっちのがえっと……ぱ、パンツっていうんだ」
「ブラジャーとパンツ?」
「う、うん……ぱ、パンティーって呼んでいる人もいるみたいだけど……私何言ってんだろ」
クラクは、何だかリュカが恥ずかしそうにその言葉を発したような気がした。それに、少しだけ顔が赤くなっている気もする。
クラクがそう思っている時、リュカは自身の羞恥心を呼び覚ましていた。よく考えてみたら自分で下着の説明をするなんてかなり恥ずかしいこと。羞恥心の壊死が起こり始めているここ最近においても、それは忘れてはいけなかったことのはずだ。
リュカはブラジャーという言葉を発した直後にようやく体の底から羞恥心という物が叩き起こされ、それが恥ずかしいことであると認識した。多分、前世の時の自分や友達がこの場にいたとしたら、張り倒した後に説教を喰らっていたはずだろう。認識のずれは恐ろしい物なのだ。
「へぇ、それでこれはどうやって着る物なんですか?」
「いや、着るんじゃなくてこれは、は、履く物なの」
「ハク?」
「うん……あっ、でも今はこの服着ているし下はともかく今は履けないかな……」
「あっ、それだったら……」
それから数分後、エリスはリュカに下着を履かせてもらった。エリスとケセラ・セラはおおよそ体格が似ていたため、上も下も問題なかったようだ。エリスによると履き心地は抜群だそうで、どうやら見た目だけでないことが証明されたようだ。
エリスは、その服を町の人にも見せてくるといっていたが、下着は他人に見せびらかすような物じゃなくて服の下に履く物である。それに何の意味があるか。という言葉のやり取りによって何とか納得してくれたようだった。
だが、この時夢にも思わなかった。今この瞬間が、歴史の一ページとなるとは。当然下着を履くことが当然であると思っていたリュカにとって、この後下着という文化が多大な成長を遂げることになるなど思ってもみなかったのだ。
ネタバレになるが、この数年後、エリスはこの下着の製作によって大金を手にし、大きな屋敷に住む事になる。そして、その家の庭に、あるものを作ることとなるのだが、それはまた別の話。
一方そのころ、同じように休憩中であるセイナ、そしてリュカの教育係であるカナリア(カナリア自身もさっき教育係であったという事実を知った)がある人物と話をしていた。
「そう、やっぱりね……変だと思ったよね、あの子があの魔法を使おうとした時空気がおかしかったし」
「この事……あの子も知っているの? リュウガ」
「フン、知るわけなかろう……いや、知っていたとしてもあいつはその意味すら理解しないだろうがな」
二人が話をしていたのはリュウガであった。
「それで? えっとリュウサイ……」
「龍才開花……この世界の言葉に直すと『リュガドラウフランスレーション』だったか?」
「この世界?」
「こっちの話だ」
「それで、その魔法はあれで完成、っなわけないわよね?」
「当たり前だ。本来はもっと姿形を寄せることができる。そもそも呪文など言わなくてもいいはずなのだ」
「だが、それができない……」
「うむ、おそらく奴の潜在的な魔力量が少ない上に、回復量も普通の人間以下だからだろう。その結果、魔法が上手く取り込めず、不完全な形で露わになってしまったのだ」
「なるほど、それであの服ね……」
「うむ……わしの近くにはあの山の鉱石はなかったからな。この国にあの鉱石を使った服があって幸だった。これで魔力を強制的に放出し、枯渇させることで吸収力を上げれるかもしれん」
「筋トレのかいもあって、かなり魔力は削れたわ……あとはあの服を脱いでどうなるか……」
「けど、問題はそれだけじゃない……」
「うむ……あの髪のことを、秘密を隠し通すことなどできん。いつかは団員に分かってしまう」
「それまでに、信頼関係を築ければいいんだけれどね……」
「何とかできない物かしら……」
「……リュウガ、一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「あの子は……」
「人、殺したことがあるの?」




