第七話
とある国の巨大な思惑。それに、自分がまきこまれていたなどと露知らず、私はぐっすりと気絶するように寝てしまいました。
頭がすっきりするくらい寝て、ふと時計を見て眼をこすりながら起き上がった私。
「もう……お昼ですか?」
その日、私は久々の徹夜で、普段起きているはずの時間に寝始めた結果お昼ごろまで寝てしまいました。昨日、城から帰された後、リュカさんやケセラ・セラさんの服の制作を開始した私は、いつも以上に張り切ってしまい、時間の感覚を無くしていたのだと思います。
そして、気がついたときにはベッドの上にいて、二人の服を作り終えた後の記憶は混乱してよくわかりません。いくら疲れていたとしてもここまで寝れるものでしょうか。ともかく、昨日から着ていた服を着替え、顔を洗った私は、続いて遅めの朝食兼お昼ご飯を食べることにしました。
今日のお昼ご飯はかなり豪華になる予定です。何故なら昨日城から帰る時にお肉を与えられていたから。危うく処刑されそうになった謝罪も含めての事で、騎士団長のセイナさん達が近くの国で手に入れた肉を分けてくれたのだ。
肉を食べてはならないという法律も、今日からは無くなり、国民は何でも好きな物を食べることが出来るようになるらしい。それは嬉しいのであるが、一つだけ問題があった。自分は、お肉の調理の仕方を知らないのだ。
今までサラダや果物の調理の方法しか知らなかった自分にとって、お肉という物はまさに未知の食材。目の前にある真四角の赤い物体をどう調理するべきなのかを彼女は知らなかった。そのため、本棚から一冊の本を取り出した。『料理おばさんクランの簡単お料理教室』という本だ。
自分が生まれる少し前に母が買った本で、長い間開かれていなかったために、ホコリが溜まっている。とりあえずそのホコリを払って手を洗ったら、その本の中を確認しながら料理を始める。のだが、ここでもまた問題が発生した。
本には、フライパンに油を敷くというようなことが書いてあったのだが、あいにくこの家に油がなかったのだ。仕方なく油を敷かないで焼いてみた。
そして、お昼ご飯はいつもと同じサラダとフルーツを食べました。それはさておき、私はその後簡単に出かける準備をし、フライパンの中にある謎の物体を捨てると、お二人のために作った服を持ってお城に向かうことにしました。
久しぶりにお昼に出かけるような気がする。昼間はこんなに暑かっただろうか。裏通りには、毎日掃除をするために出てはいるものの、太陽の光が入ってこず薄暗くて、そのためこうして日の光を体に浴びるのは本当に久々だ。
そういえばどうしてこうも騒がしいのだろうか。いや、多分御触れの事だろう。昨日、王様はわざわざ自分に対して謝罪をしてくれたのに加えて『国三愛護法』の即時撤廃と国民への通告を約束してくれた。
元々あの法律を勝手に制定した法務大臣の責任であるというのに、王様はそれを制することができなかった自分の責任だと言っていた。やはり、王様は何も変わっていなかったのだ。父や母の、うっすらと記憶の中にある両親の言っていたソレと何ら変わりはなかったのだ。
それはそれで嬉しかったけれど、でも確かに法務大臣に一任したのは王様ではあろうが、その後についてのことまで責任を持つのは、少し辛すぎるのではないだろうか。だから、王様にすべての責任があるという事にはならない。任命責任があるからと言って、その人物の才能や人格までも全てを否定するようなものではない。その時、一人の女性が声をかけてきた。
「あっエリスちゃん!」
「おばさん、お久しぶりです」
その女性は、エリスが子供の頃から付き合いのあった女性だ。ここ最近は自分自身が音信不通であったことからあまり接点はなかったが、昨日の一件の帰り道に再会して付き合いが再開したのだ。
「ちょっとちょっとエリスちゃん! これ聞いた!?」
「国三愛護法の事ですか? 昨日王様から……」
「それもだけれど、その下よ!」
「その下?」
と、言われておばさんから紙を手渡され、それを読んでみた。やはり、上半分は彼女が思った通りのことが書かれていた。今までの事に対する謝罪と、法律の廃止についてだ。しかし、そこには法務大臣の名前や、自分の弟の国が原因であったという事は書いていなかった。これでは、国中の悪意を王様が背負ってしまうことになる。
いや、もしかしたら王様はそれでもいいのだろうと考えているのだろう。それに、こんな重要な情報と共に言い訳を並べるなんてこと、王として、人の上に立つ物のとしての矜持が許せなかったのだろう。
よくわからないが、とにかくエリスは下半分も見てみた。そこには、確かに驚くべきこと、寝耳に水の言葉が羅列していてあった。以下が簡単に要点だけを捉えたものだ。
『現在わが国に隣国からの軍が向かっている。その数はおよそ五千を超え、一週間後にはこの国に到達すると考えられる。現在わが国の国力は衰え、兵の数も士気も整っておらず、敗北、そしてこの国の滅亡は確実であろう。この愚かな私のために作られた法律によって苦難を強いられている諸君らに、これ以上の苦行を与えるわけにはいかない。そのため一週間後の早朝、国民のみなにはこの国から逃げてもらいたい。逃げる際には、護衛の兵士、騎士を付ける。また、荷物は手に持てるもののみにしてもらいたい』
つまりは近くに戦争があると言っているようなものだ。エリスは驚きと困惑を持ち、読み終えるとすぐに紙を女性に返して、城へと向かった。いったいこの国に何が起こっているというのだろうか。昨日の時点で、法律が無くなるという話だけだったはずなのに、どうしていきなり戦争する話になっているのだろう。できれば王様に、少なくともクラクかセイナ団長に会って話を聞かなければならない。そうでなければ、この自分の中のなんだかわからない興奮を抑えることはできないと思ったから。
心臓から炎が噴き出しているかのようなこの熱は、先ほどの料理の時の炎をも凌駕するのではと自分で思うほどに熱く、今にも体中の骨という骨から炎がともり、血管という血管が導火線となり体中を燃やし尽くしてしまうのではないかという高揚感だ。もしかしたらこれは血筋なのかもしれない。戦争という言葉を聞いて、自分の身体の奥底に眠っていた、父や母の騎士としての血が湧きあがってきたのではないだろうか。後にこの時の事を思い返した時に、たぶんそうだったのではないだろうかと彼女は思った。
そして、彼女はようやく城門の前まで来た。改めて城を見渡して、結構大きな建物だったのだなとふと思ってみる。もしかしたら、今まで自分はこの城の事を建物であるとは思っていなかったのかもしれない。少なくとも、自分の人生には何も影響を与えない物。中に入る権限もない自分にはただの置物のようなものだったのかもしれない。
それはともかく、城門にいる兵士二人に、中にいるはずの騎士団長のセイナを呼んでもらいたいと頼んだ。昨日、セイナから今度から城に来るときには自分の名前を言えば簡単に入れてくれるからと、なんとも眩しい笑顔で言われた。それまで、クラクがいたとはいえ、彼女はこの国の兵士たちからしてみれば、クラクは下っ端の中の下っ端だったため、家族でもない自分を城の中に入れるのに権限もなかった。
しかしセイナという、おそらく城の中では王様や大臣たちの次に権限を持つ者によって許可をもらい、ほとんど自分と関係がなく、巨大な置物とまで思っていたそれが、ようやく建物として見れるようになったのだ。とはいえ、あと一週間後には、その城は跡形もなくなくなってしまったのだが。その時、セイナを呼びに行った門番の一人が帰ってきた。
「お入りください。団長に、君が来たという事を伝えたら案内してくれと」
そして、私は兵士の女性と城内へと入って行きました。内装についてはかなり豪華であり、やはり昨日はゆっくりと見れていなかったので新鮮ではあった物の、そんなような感想を何度も書くのも酷であり、読み手にも負担をかけるであろうから、時間を団長たちが訓練しているところまで飛ばすことにします。
かれこれ十分ほど歩いただろうか。エリスはある部屋の前にやってきた。感想は、書くことはできない。先ほどは、新鮮である、初めてゆっくり見るなどの感想を酷であるからと飛ばしたが、今度の書くことはできないというのは全然違う。あまりにも表現しづらい情景の扉。例えるのならば、これはそう。
「魔の扉……」
そう表現するしかなかった。唖然とした表情の中、自分を案内してくれた兵士がひっそりとつぶやいた。
「できれば、ここには来たくなかったのよね……」
「え? どうしてですか?」
エリスがその兵士に聞いたその瞬間だった。中から叫び声が聞こえたのは。今にも死の淵に立っているかのような叫び声は、確かにリュカの声と瓜二つだった。果たして、中にいるリュカはどうなっているのだろうか。その声を聞いた兵士が言う。
「あの子もすごいと思うわ。この部屋に来てから五時間みっちりと団長から訓練を受けているそうよ」
「五時間って……」
一体どのくらいしごかれているのか分からないが、五時間も休みなく訓練をしているという事実は、エリスを驚かせるのには十分なものであった。
自分がのんびりと店で寝ている時間から、彼女たちは動き出し、厳しい訓練をしているのだから。ゆっくりと眠っていて申し訳ない気持ちになる。
一体、中で何が行われているのだろうか。この時、エリスは正直逃げ出したい気持ちに駆られていた。今すぐに、その場を離れたいと思っていた。だが、彼女にも仕立て屋としての矜持があるから、そんな事は彼女自身が許さなかった。そのため、彼女は兵士にその扉を開けてくれるように言った。
「もうこの扉を開けることはないと思っていたけど……仕方がない」
兵士は、両開きとなっているドアの右側を押すと、ゆっくりと扉は開かれていった。
鼻に付くのは汗の臭い。明かりのために付けらえた蝋燭による熱気が身体全体を覆い。少しだけ気分が悪くなってしまった。
けど、中にはいた。真っ黒いゴムのようなものに身を包んだ、三人の女性が。セイナが、カナリアが、そしてリュカの姿があった。
地面に這いつくばっているリュカを見て、なんだか滑稽な姿だなと思ってしまったのはここだけの話である。




