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第三話 あなたの名前は……え、誰?

 洞窟から飛び出した後二人―正確に言えば一人に一匹だが―は先ほどまでいた洞窟からかなり離れた場所にあるまた別の洞窟に身を隠していた。

 どうして先ほどの洞窟に戻らないのだろうかと疑問に思い、リュウガに聞いた。

 曰く、先ほど自分のことを襲ってきたのは洞窟周辺の村人であり、自分の居所が割れたからには同じ場所にとどまってはいられないからだそうだ。

 リュウガは悪人なのだろうか。いや、竜というのはその風貌から言って畏怖の念を抱かれても何ら不思議でもない存在だ。良い竜でも悪い竜でも、きっとただいるというだけで人間たちは怖いと思うものなのだろう。

 それに、もしあの場所にとどまっていれば、リュウガが殺した村人たちの家族や仲間がさらに集まってきて、また何人もの尊い命が散っていく可能性があった。そう考えれば、あの場所から離れたのは正解だったのかもしれない。

 新しく二人が来た洞窟は、リュウガが前もって用意していた居所の一つであり、先程までいた洞窟と似た様な場所だった。この場所以外にも何か所か同じように退避場所を用意しているらしいが、その全てが似ているのか気になるところだ。


「さて、何から話をするか?」


 大きな石に腰掛け、リュウガは改めて自分のことを見下ろして言った。

 一体どんな話をしてもらいたいのか、考えれば考えるほど候補が浮かび上がる。しかし、いま一番知りたい情報と言ったら、なんといっても彼の正体であろう。


「その前に、一つだけはっきりさせたい事があるんですけど」

「なんだ?」

「貴方の前世の名前……教えてもらえませんか?」


 瞬間、辺りが凍り付くかのような気配を感じた。彼の目線がきつくなったのも。


「何故だ?」


 怒り、いや面倒くさいという意味での疑問なのか。ともかく好意的ではない言い方でリュウガは自分に言葉を発する。

 やはり聞いてはいけない質問だったのか。だが、リュカは恐れることなくリュウガに顔をまっすぐと上げて言った。一度死んだのだ、もう怖いものなしである。


「知っている気がするんです。貴方の前世の名前を」


 そう、自分は知っている。彼の正体を。最初はかなり抽象的にしか理解することができなかった。しかし、彼の言葉を聞いてますます自分の中の勘に自信を持つようになった。

 彼の正体、それはきっと戦国時代で最も天下取りに近づきながら、最後の最後でその夢を絶たれた一人の男。そんな確信にも似た考えが彼女の中にはあった。


「フン。前世の名前、前世の人格等もはや意味のない物だ」

「そうかもしれません。それでも知りたいんです。貴方に意味がなくても、私には意味があるから」


 臆することのないリュカの言葉に、リュウガは上を向いてから数秒間だけ口を紡ぐ。

 何を考えているのか、その表情からは読み取ることはできないが、何か葛藤しているという感じではないのは確かだ。それよりも、なんだか呆れているような、そんな雰囲気が漂っている。


「怖いからか?」

「え?」


 沈黙の後、彼から最初に発せられた言葉はそれだった。怖い、というのはどういう意味なのか。


「得体の知れない存在が父親である。だから、前世のワシのことを知って少しでも安心したい。そう思ったからか?」


 なるほど、それは盲点だった。

 確かに異常な出来事が連続して起こっていたことによって失念していたが、考えてみれば自分の父親が竜という空想上の存在であったものになっているというのは、かなり異常な事態なのかもしれない。

 もちろん、自分は上記のようにそんなことを考えたこともなかった。ただ、自分は知りたいだけなのに。そんな考えを持っていたなんて。いや、もしかしたらこの状況で一番に気になるのが彼の正体であるという自分がそもそも異質なのかもしれない。

 だが、もう異質である自分は恐れない。なぜなら、自分はもう竜崎綾乃ではない、リュカというこの世界に生きる一人の人間なのだから。


「……ただ、確認したいんです」

「ん?」

「私の思っている人間なら信用できる。違ったら信用できない。そんなんじゃなくて、ただ確認したいだけなんです。私の直感が、正解なのかを」

「好奇心に負けた……か。まだまだ青い」

「青くても、いつか塾するのが果実ですから」

「ふん、小癪な」


 リュカの言葉に、フッと笑ったリュウガ。リュカは、我ながらうまいことを言ったものだなと心の中でつぶやく。このような状況で余裕を垣間見せることができるのは大物たるゆえんなのか、それとも何も考えてはいないのか。多分後者だったのだろう。

 考えてみれば、彼女は死んでこの世界に生まれ変わってからまだ二、三時間しか経っていない。その中でこのような冗談を言えるその図太さ、鋼鉄の心臓でも持っているのかは不明だが賞賛には値したいものだ。


「ならば教えよう。ワシの名は……」


 そして、リュウガはいう。自分の前世の名前を。

 そう、戦国時代の武将の中で一番の知名度、一番のカリスマ性を持ち、天下取りに一番近かった男。

 その名前を聞くと誰もが知っていると頷き、そしてその数々の武勇伝には多くの人間が恐れをなした。

 その男の名前は、織田―――。


「三郎……」


 信―――、ん?


「へ?」


 リュカは思わず変な声を出してしまった。三郎って、誰だ。

 いや、てっきり武将織田信長の名前が出ると思って身構えていたので、予想外の答えにある意味で度肝を抜かされてしまった。

 まさかの人違いをしてしまったというのか。そう考えると、先ほどまでの自分の考察すべてが恥ずかしくなってくる。

 自信をもって、私はあなたの前世を知っているといった自分がこっぱずかしくなって、顔から火が噴き出てくるかのよう。もう、死んでしまいそうになるくらいに恥ずかしい。

 あ、一度死んでいるのか。このような状況でよくそんなバカげた言葉を考えられるものだと自分自身感心してしまう。

 やはり、彼女は大物なのかもしれない。

 と、その時リュウガは言った。


「いや、お前にはこう言ったほうがいいな。ワシの名は織田信長じゃ」

「え!? やっぱり……!?」


 リュカは声が上ずってしまった。

 この時の自分の感情をのちにリュカは回想しているのだが、あまりにもいろいろな感情が出てきすぎてもう一つにまとめられないくらいだったそうだ。

 自分の考えがあっていた喜び、誤答じゃなかったことに関しての安堵、そして三郎という名前に関しての疑問その他もろもろ。


「あの、三郎っていうのは?」

「三郎は、諱を避けるために用意した仮名じゃ」


 リュウガ曰く、諱とは実名のこと、つまり本来の自分の名前のことだそうだ。

 しかし、日本では古来より諱を知られると、それを利用されて呪いをかけられるだとか、そもそも口に出しては無礼であるとか考えられたらしい。

 そのため、諱を使用されるのはその人物が亡くなってからであって、生前のうちは、諱の代わりとして別の名前を用いられる。それが、仮名もしくは通称というものであり、織田信長の通称が《三郎》だったというわけだ。

 ―――諸説あり。


「そうなんですか……それじゃ、私も三郎さんって言ったほうが……」

「うつけめ、意味は無いと言ったであろう。ワシの今の名前はリュウガ……ただそれだけだ」

「……」


 前世との縁をスパッと切ることができる。改めてリュウガは凄いなと思うしかなかった。

 もしも自分だったら竜崎綾乃の名前をすぐに切ることができるだろうか。竜崎綾乃だった人生を簡単に捨てることができるだろうか。

 今の自分には無理だ。リュカとしての自分にもまだ違和感を感じているというのに、十数年間その身に受けた竜崎綾乃としての人生を忘れろなんて、できるわけがない。


「ふむ、そうだな。前世の話はこれで終わりじゃ。今から、今の話をしよう」

「今?」

「今のワシが何なのか……だ」

「……」


 リュウガは、その翼をゆっくりと開く。

 そして、野太く、力強い声で洞窟中に響くかのような重い声を上げながら言った。


「ワシは第五代龍神族族長リュウガ」

「龍神族……」


 まるで童が親からおとぎ話を聞いているかのように、リュカはワクワクを抑えられなかった。いや、考えてみればおとぎ話ということ以外は比喩でもなんでもなくそのままであるような気がするのだが、それを突っ込むのはこの際野暮であるということにしておこう。

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