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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第4章 赤い衝撃、燃ゆる国

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第二話

 副団長カインからこの二年間の行脚の報告を聞いた会議に出席していた国の大臣たち、そして自身の弟の統治する国の怪しげな動きを聞いた国王ロプロスは、目をそむけたくなるような事実に顔を下に向けるしかなかった。

 最初に話を聞いたときにはまさかと思った。がしかし、彼女の、セイナの判断に間違いがないのは自分自身よく知っていること。ならばこの国の災の原因は自分にあると言うことだ。


「まさか、弟君が自身の故郷に侵攻してくるなんて……」

「しかしあり得ない事ではないですぞ。王が父君から引き継がれた国宝の数々、あれを狙っているとしたらこのような手段に出ることも」

「しかしどうして今更……」


 王が父、つまり前の王様から引き継いだ国宝というのは、国王とその親族にしか明かされていない文字通り秘宝。複数個あるとも、それを一つでも使用するならば、国が一つ滅んでも不思議ではないとまでまことしやかに囁かれているものだ。

 前の王から現在の王であるロプロスに引き継がれた際に、弟はそれには表向きでは歓迎していた。しかし裏ではやはり自分がこの国を統治できなかったこと、否正確に言えば件の国宝を手に入れることができなかったことが今回の蛮行の原因か。と、数少くなった大臣が話し合っている中、話が延々として進まないため、助言者として参加しているリュウガがおおげさな咳ばらいをして言う。


「今は一刻を争う事態、話し合うべきことが他にあるはずであろう?」


 その言葉に大臣衆は総じて黙り、続いて王の言葉を聞くために目線を向けた。王はその視線を受けて、一度リュウガによく言ってくれたという風に頷いてから言う。


「まずカイン副団長、現在の状況の詳細を知りたい。先ほどの報告の詳細を教えてくれ」

「はい。大前提として、私たちの国、マハリは二年前の大戦で騎士団の団員並びに、兵士たち。そして国の重責を担う大臣も含めた1万652人の犠牲が出てしまいました」


 なんとも痛ましいことだったか、と大臣の一人がつぶやく。

 その数字は、精鋭の騎士団のほぼすべてを失い、なおかつ兵士の半分以上の戦力を失ったと同意義の事。しかも、犠牲者の中には当時の団長だった者、副団長だった者も含まれており、国の中枢を担う大臣も多くが犠牲となった。その損害は一歩間違えればそのままマハリが自然消滅してもおかしくはないほどの物だった。


「うむ、そして我々はトナガからの支援として、モルノアを含めた複数人のトナガ国民をこの国に招き入れた。それから数日して君たちは新たに団長として選出されたセイナとともに団員の補充をするために外へと出た……」

「はい、結果576名の隊員が集まりました」

「576……三人だけで行ってよくそれだけ集めてくれたものだ……」

「はい、ありがとうございます」


 たった三人だけの旅路で、五百人以上の人員を確保するのは並大抵の苦労じゃなかったはずだ。一体、どこからこれだけの面子を集めたのだろか。

 団員の名簿を見ていた大臣の一人が、ふとあることが気になって聞いた。


「しかし、何故若い女性ばかりなのですかな?」


 確かに見る限りでは、全員が女性。しかも二十台前半以下が八割で、残り二割が二十代後半又は三十代前半の女性がいるばかり。男性の名前らしきものは一つも見当たらない。なぜそのような偏った人選をしているのだろうか。

 その大臣は、もしや団長の過去が原因かと言葉を発するも、カインが言葉を重ねてそれを即座に否定した。


「いいえそれはありません。皆さんもご存知の通り、魔力の大きさは個人差がありますが、女性の魔力量の素質は男性のそれを上回っていることが多分にあります。そのため、即戦力として女性を重点的に集めた結果、こうなっただけです」

「なるほど……」

「これらの団員は、傭兵や孤児、それから他国の軍に所属していたが脱隊した者や、除籍の処分を受けた者を集めてきました」

「それは……大丈夫なのか?」

「はい。私達三人で話し合って入隊を許可しました」


 つまりは、問題児が多いということだ。大臣たちが心配になるのも当然であろう。そんな集団をまとめられる彼女たちの人望にも一目を置く。がしかし、下手をすれば内部崩壊につながりかねない要因ばかりを持つ者たちを入隊させるその度胸は大したものである。

 また、経験のある人間ではなく若い者ばかりを集めたことに関しては自らの個性に染まってしまっている者たちよりも、まだまだ成長途中にある者たちを集めたほうが自分のやり方に順応してくれるだろうという事からだそうだ。


「話を続けます。その脱退した者の一人に、隣国トナガの軍に入っていた者がいました。その女性から、トナガで不穏な動きを感じたという情報を得たため、リィナ副団長が偵察任務に付きました」

「ふむ、それで……」

「はい、リィナ副団長からの報告によりますと……」


 その少女を仲間に引き入れたのは三ヶ月ほど前、それからリィナ副団長はトナガに潜入した。国自体に入ることはたやすく、また国民の様子はなんら変わりのないように見えたそうだ。

 問題は城の内部にいる兵士や騎士。そういった不穏な動きを知るためには城の内部に入り込まなければならない。しかし、城の警備は厳重で、その中に潜入するのは困難を極めた。

 そこで、リィナはまず物売りとして城の外にいた兵士に果物や花などを売って取り入った。すり切れた服やボサボサの髪の毛など、身だしなみは褒めるべき場所がないのだが、しかしまるでそれらを犠牲にしているかのように容姿端麗な女性はたちまち話題に上ったらしく、すぐに女中として城の内部に入り込むことができた。

 結論として、確かにトナガは軍備増強をしていた。剣や槍といったような武器、それから移動手段としての獣たち、そして長旅のための食糧。近くで戦争をしているわけでもなく、戦争の起こる気配もしていないという状況から考えて、戦争を起こす気でいるらしいことが推測された。

 リィナはその後、大臣たちから現在のマハリの状況と、近々にマハリに攻め入る予定であるという情報を手に入れることに成功、事の真相を知ることとなった。なお、どうやってそのような内部機密を絞り出したのかについては、リィナの聞かないでくれという言葉でその時のセイナは察したそうだ。

 ここで、大臣の一人が怒りに満ちた表情で立ち上がって言った。


「だったらなぜそのときに我が国にその情報を伝えなかったのだ! そうすればこんなに切迫した状況には……」

「もしも、そのトナガから脱退した少女という者が、マハリとトナガを争わせ、漁夫の利を狙うものから送られてきた使者だとしたら……そう考えて決定的な証拠を見つけるまで話すわけにはいかなかった……のではないか?」

「はい……結果、最も最悪な状態になってしまいました」


 沈痛な表情を浮かべる彼女の顔を見た大臣は、それ以上追求することを止めて静かに自分の椅子に座り込んだ。

 確かにロプロスの言うとおりのことをセイナは考えていた。そもそも、大臣クラスでようやく知っているというような情報をなぜその脱退してきた少女が知っていたのかという疑問があった以上、その情報を安易にマハリに送るわけにはいかなかった。

 もしトナガがマハリに攻め込もうとしているという情報をマハリに知らせて、実はそれが誤解だったとなった場合、マハリにいるトナガからの使者に不信感をもたれて、今まで国を立て直すために尽力してきたトナガを疑うとは何事かと糾弾され、それ自体が戦争の引き金になる恐れもある。

 もしかしたら他国がマハリとトナガの関係を悪くするための使者を自分たちによこしたという可能性が除去できない以上、むやみやたらにこの国に情報を手渡すことはできなかったのだ。

 この情報戦という戦場の中では、何を信用し、信用しないかで後々の戦の状況が一変してしまうほどの膨大な可能性が含まれている。故に、慎重の上に慎重を喫する必要があったのだ。


「リィナの情報から確信を得た私たちは数名の監視の人間を残してこの国に戻りました。そしてつい三日前、その監視役から大軍を率いてトナガを出てここマハリに向かっていると情報が送られました」

「ふむ、それで戦力は?」

「はい、およそ六千~七千はいると」

「そんなに、ですか……」

「我々の国の戦闘できる国民、そしてセイナ団長たちが連れて帰ってきてくれた団員も含めてもおよそ三千。どのみち、倍の戦力差ですか……」


 大臣の一人が目をつぶり、顔を下に向けながら悲しげに言った。この戦力差はただ人数で示される以上の物があった。なぜなら、いまこのマハリの国民で戦える兵士や予備役という臨時の際に戦力になってくれる国民たちはおよそ二千五百人。対して敵の六千~七千という数字は、老人やまだ幼い子供たちも合わせて一万人足らずの小国一つ、簡単に滅ぼすことができるもの。

 そのうえ、国民は全員がトナガの策略によって栄養失調スレスレの状態になって弱体化している。とどめに敵はモルノアを含めて多くの間者を潜り込ませていたためこの国の内部状況を熟知している。どう考えても不利なのだ。王は言う。


「カイン副団長、たしか三日前に奴らは国を出たと言ったな」

「はい」

「と、いうことはこの国に到着するのは……」

「一週間後、ということです国王」


 このもうひとつの最悪な数字に、その場にいる物の顔はさらに暗くなった。それは、彼らが取ることのできる選択肢が狭まったからだ。

 もしも、もっと時間があれば食料なり武器なりを整える時間ができ、いっそのこと籠城という手段を取り、同盟関係を括っているある国に救援を送ることもできた。

 だが籠城する分だけの食料を調達することも、この一週間で体調を仕上げることも不可能に近い。隣国とはいえ、この国に到達するのにはおよそ二週間、軍備を整える時間も考えればもっとかかるだろう。

 そのことも考えると救援も望むことができない。つまり、彼らに残された手段はただひとつだけである。


「降伏……しかないのか」


 戦えない、籠城することもできない、のならばもはや敵に降伏するしか他に手はない。しかし、それを選択したとしても彼らに待っているのは同じことかもしれない。リュウガが言う。


「しかし、降伏したところで全員の命が助かるわけではない。下手をすれば、男どもは皆殺しになり若い女、子供だけが略取されるということもあるぞ」

「そんな……」


 その慄きに近い言葉は、王様の妻であるフランソワーズから発せられた。

 生き残る人間がいるだけまし。そんな楽観的な考えを持つ者はその中にはいなかった。リュウガの言葉の意味がわかるものたちにとって、それはこの国の滅びに直結、いやそれ以上に最悪な未来を残すことになるかもしれない。

 将来戦争の道具として利用価値のある子供たちや、兵士たちの性欲を満たすためだけに若い女性たちが残され、後は全員が殺される。そんな想像が皆の頭の中に投影された瞬間、誰もがこの国の末路を悲しんだ。

 自分たち大人が死ぬのはいい、だがせめてどうにかこの国に、いや子供たちにだけでも未来を残せないものかと。ただただ思案する王。

 ふと、昔父に聞いたこの城の二つの秘密を思い出す。それは、この国の宝を受け継いだ際に一緒に教えられたこと。あの時、周りには自分と父の二人しかいなかったから、弟がそれを知っているはずがない。それを使うことができればもしかすると国民を助けることができる。

 しかし、それを使うという事がどういう意味を持つのか。知らないわけがない。だが、それでも、それでもやらなければならない。

 ロプロスは、一度目をつぶると、瞼裏に映る多くの戦友たち、そしてつい先ほど自分のもとに来たあの少女、そしてクラクやエリスのそして、ケセラ・セラの笑顔を思い浮かべる。

 あの子たちにも、未来を作ってやりたい。その為ならば、自分一人犠牲になっても構いはしない。そんな覚悟で今まで王を務めてきたのだ。

 ならば、迷う必要なんてみじんもない。


「この状況を打開するには、もうこれしかない……」


 意を決した王様は、その場にいた物たちに語る。この国の秘密を。


 こうして、悲痛な決意を王が示していたそのとき、城の外周では死にかけている一人の少女がいた。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


 もう、何周この国の周りを走っていることだろうか。普通のランニングであったなら、修行によって体力が強化された自分が息切れするなどということ絶対にないと言い切れる。しかし、走るときの条件が、常に全速力という過酷な物。しかも、一周で終わりのはずが、まだ続けろと言われる始末。コースには団員による監視が入っているため、手を抜くなんてできやしない。もう、疲れ果てて倒れてしまいそうだ。


「おねぇちゃん、大丈夫?」

「ハァ……う、うん! ……大……丈夫……ハァ、だよ!」


 しかし、それはできなかった。一緒に走っているケセラ・セラはこうも元気に走っているというのに姉(仮)である自分が倒れてなる物か。つまり、単なる意地である。

 どうやら、同じ自然の中で育ったと言っても無理やり修行させられていた自分と違い、楽しく生活を送りながら体力をつけたケセラ・セラとは、体力の差が激しいようだ。同じ全速力を維持して走っているというのに、その持久力は流石としか言いようがない。

 因みに、街中で暴れていたロウの一族はケセラ・セラによっておとなしくなり、城で待機している者が半分、もう半分は森に食料を調達している組に分けられている。その食料は国民にも渡る物なのだが、流石に全員にいきわたるほど用意することはできない。だが、それでもないよりはマシなのだ。


「それで、今何周でしたっけ?」

「はい。次で四十五周目です」

「ウフフ、あの子たち文句の一つでも言うと思ったけど、なかなかどうして根性があるじゃないの」

「でも、リュカさん今にも倒れそうですよ?」


 と、城壁の上にいるリィナ、クラクそしてエリスは言った。

 セイナ直々に見た剣の素振り。これにはさほどきついという物はなかった。しかし、その次が問題。このランニングは、壁の円周の長さ推定二.五キロほどを試験の実施者が満足するまで全速力で走らせる。なお、その途中にある山も全力で駆け上がらせるという鬼畜じみた内容なのだ。

 そんな過酷な内容を、果たしてあのクラクもやらされたのかと聞かれれば、実はそうではない。

 何故ならば、クラクは試験に合格した者だけだが所属できる騎士団の団員ではなく、一般兵士であるから。

 確かにその兵士としての就職試験も厳しい物ではあるが、この騎士団入団試験と比べるのも失礼なほどに軽い物。城壁の上にいるクラクの心境としては、実際に試験を目の当たりにして憧れが遠くに行ってしまうような感覚に陥っていた。

 果たして、彼女たちはどこまでその記録を伸ばすことができるのか。しかし、唐突にそれは終わりの時をつげた。


「あっ、リュカさんが倒れました。それに気づいたケセラ・セラさんも走るの止めちゃいました」

「ここまでね。四十五周か……まだ走った方じゃないかな?」


 いわゆる及第点と言ったところだろうか。リィナは、城の高さくらいある壁の上から躊躇なく飛び降りると、魔力を両足に込めて。地面にゆっくりと着地する。

 今、とんでもない光景が見えた気がしたが、しかし息も絶え絶えのリュカがそんなこと気にすることできなかった。


「四十五周……まだ走ったほうね。二人とも、大丈夫?」

「私は平気! でも、おねぇちゃんが……」


 日は既に傾き始めていた。確か、自分たちが走り始めたのは大体14時くらい。それから日が傾くという事は実働4、5時間くらいは走っていたのではないだろうか。


「ハァ、ハァ、ごめんなさい。もう、走れなくて……」

「いいわよ。それより、次の試験に行くわよ」

「えぇ……次!? も、もうこんなに、ハァ……は、早く? ハァ……」


 私、また死んじゃうんじゃないかな。そう思うリュカであった。

 なお、直径二.五キロの外周を5時間程度で走って登って四十五周、という物を後々計算した時、前世の男子マラソンの世界記録よりも速いという事に気が付いた。だが、ケセラ・セラがまだまだ平気な顔をしていたことと言い、リィナのまだ走ったほうという発言と言い、この世界の人間は化け物なんじゃないかと思うしかないリュカであった。

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