第一話
「キャッ! もう、どこ触ってるんですか!!」
「ごめんごめん、ついその成長のほどを確かめてみたく」
「やめてください!」
リュカ、クラクそしてリィナの三人はそろって城の大浴場にて入浴していた。
前世の、町にあった銭湯にも引けを取らない大きさ、いや倍くらいの大きさはあるんじゃないだろか。二十人ほどが入ってもまだ十分に余裕のある浴槽に張っているお湯は、彼女たちの身体を包み込んでそれまでの旅の疲れを癒してくれていた。
考えてみれば、リュカがこの世界に転生してからという物、冷たい湖に入ったり雨で、身体の汚れを落としたことは数あれど、こうして暖かいお湯に入ったのは初めてだ。
改めて、お風呂という偉大な発明のありがたみを実感する。身体だけでなく、心も癒して、身体がとろけ落ちていくかのようだ。
これで三人だけの独占状態となっていればなおさらよかったが、贅沢を言っては申し訳ない。
リュカたちがその風呂場に来た時、セイナが様々な国や土地を回って集めた女性達が、長旅を終えた疲れを癒すために入浴中だったのだ。
流石に人数と湯船の大きさが合わないために、何組かに分かれて入浴の時間をずらしているらしい。それでもなお人でごった返してはいるものの、この何年間かほとんど人と話したことがなかったリュカにとってこれはこれで楽しいものがあった。ふと、リュカやクラクを見ていたリィナが呟いた。
「やっぱり、若いっていいわよね」
「何を言っているんです。貴方もまだ十分若いじゃないですか」
「ウフフ、でもやっぱり二十歳を超えたら変わる物よ色々と」
「そう言う物ですか?」
そう言ったのは団員の、確か名前はリコと言っただろうか。リコもまた団長のセイナが各地から集めた団員の一人である。因みに、リコは十六歳でリュカと同い年、リィナは二十三歳だそうだ。とはいえ、リュカは見た目にも事実的にも十六歳であるが、前世から数えるとすでに二十歳を超えている。だからなのか、精神的には彼女の気持ちがわかったつもりだ。
しかしこうして妹的な立場として年上の女性たちにもてあそばれるという感覚も、前世での彼女の引き取り手の女性の性格上あまりなく、新鮮なのでこれはこれで悪い物ではない。
それにしても、とリュカはそのお風呂場にいる女性たちを見渡しながら思う。こんな見目麗しい女性たちもまた、戦争で命をかけた戦いをして、人を殺して、そしていつかは自分自身も殺されるかもしれないという恐怖と戦いながら生きている。そんな風には思えないなと。
「戦争……か」
つぶやいたリュカは、湯の中に口が浸かるほどに潜った。
もうすぐ隣国が攻めてきて戦争となるらしい。そう聞いても、自分自身そうつぶやいてもあまりピンとこない。日本という戦争とは無縁な世界からやってきたからだろうか。それとも、人が死ぬという瞬間に直面していないから、いや自分は確かに人一人が死ぬ瞬間に立ち会った。
確かに彼は悪人だったかもしれない。まだはっきり判明してないがウェスカー団長代理の命を奪った男、そしてこの国を混乱させた諸悪の根源。だけど、一つの命だった。
自分は、あの時どう感じたか。いや、何も感じなかったのはこの身体にはっきりと残っている。あっさりと、そして簡単にセイナによって一瞬にして奪われたモルノアの姿は今でもはっきりとこの脳裏に残っている。でも、やっぱりその映像で吐き気を催すということは無かった。
せめて、人の死に傷つく人間でなくては、自分は終わっている。かつてはそう考えていた時期も確かにあった。でも、そんな自分を受け入れて今の自分がある。けど、改めて命のやり取りを見て思う物があったのか、彼女の心は確かに揺らぎを始めていた。
もしかしたら、自分は狂っているのではないか、と。
その時、浴場に一人の女性、そして二人の少女が現れた。
「みんな、お疲れ様」
「団長! それに……」
「あれ、ケセラ・セラにエリスちゃん?」
「おねぇちゃん、来たよ!」
「お、お邪魔します……」
二人を引き連れて現れたのは団長のセイナ。ケセラ・セラが走って湯船に飛び込もうしたが、寸での所でセイナに走ったら危ないと止められている。そして、他の団員にケセラ・セラの身体を洗ってもらえる様に頼んだセイナは、一度かけ湯をしてから湯船に入ってクラクのすぐ隣に座った。
「改めて久しぶりね、クラク。元気してた?」
「は、はい……あの、こんなところに来て大丈夫なんですか?」
「え? ……あぁ、王様への報告は大体終わって、会議の方はカインに任せてきたし。それに、あの子たちも案内しないと行けなかったから」
後に聞いたことだが、セイナは国の行く末を決めるような会議、王様への謁見といった団長としては大事な任務であるが戦闘とは全く無縁なものには全くと言っていいほどに関心がなかったそうだ。王様への報告というのも、ほとんど雑談に近かったようで、その他のことは副団長のカインに毎回のように任せているらしい。カインという女性がかわいそうになってくる気もしないでもない。
だが、上に気を遣うようなことが苦手であるという気持ちはよくわかるし、そのような大仕事を任せられるほどに信頼のおける部下がいるということはうらやましい限りだ。さらにそちら方面に気を使わない代わりに、部下たちのことをこうしてみて回ることができる。適材適所という言葉があるが、自分もまたここまで役割分担をしっかりとできる人間になりたいと思っていた。
「おねぇちゃん!!」
「だから危ないって!!」
と、身体を洗われ終わったケセラ・セラがリュカに向かって跳んだ。着地点にいた女性たちはリュカを残して散った。さすが、騎士団の団員であるだけのことはある。この反射神経と行動力は身に着けたいものだと、目の前に上がった水しぶきを見上げながら彼女は思った。
一度頭までお湯に浸かったケセラ・セラは、顔を湯の上に上げると犬のように頭を振って瞬時にその頭を乾かす。野生児である時からこんな感じだったのだろうか。とにかくリュカは、躾づけるように言う。
「お風呂場で走ったら転んで頭を打つこともあるんだから、今度からは絶対に走らないように!」
「うん、ごめんなさい……」
「手のかかる妹さんだね。でも、リュカさんとケセラセラさんって、あまり似てないよね?」
「私とケセラ・セラは本当の姉妹じゃないんだ」
「え? そうなの?」
「うん、私はお姉ちゃん替わりになっているだけだから。でも、まぁ妹みたいに思っているからそういう意味では合ってるかな?」
「へぇ……」
まぁ、前世の自分にも妹がいたので、こういったやんちゃな子供の躾は慣れたものである。なんだか、リコと話していると前世の時の友達を思い出す。というか、前世の高校生時代を思い出す。あの時も、こうしてたわいない会話で親友二人と笑いあったりしていたなと。
望郷の念。自分は、リュウガのように過去とは縁を切ろうと思っていた。そうしないと、今の自分の人生に違和感を持ってしまうから。でもやっぱり無理だ。
前世の自分がいたから今の自分がいる。前世での死があったからこそこのリュカという少女がいる。そう考えると、竜崎綾乃を捨てることなんてできない。何とも未練がましい女だと自分で思う。
ふと、クラクがセイナに聞きにくそうに言った。
「あの……団長代理は?」
「地下で、照明に潰されて死んでた」
「そうですか……」
やはり、あの時ウェスカーは死んでしまったらしい。なんだか、少し前まで一緒にいた人が死んでしまったという報告を聞いてて、楽しんでいていいのだろうかと思ってしまう。彼はこの国のため、そして自分たちの代わりに死んだも同然なのに、こんなところでのんきに湯船に入って笑ってて、そんな権利が自分にあるのだろうか。
「リュカちゃん、ケセラ・セラちゃん。ちょっといい?」
「え?」
「なに?」
多分、少し暗い顔をしながら考え事をしていたのだろう。セイナが、自分たちの事を元気づけるかのように頭の上に手を置くと言った。
「後で、お姉さんたちと楽しいことしない?」
「楽しいこと?」
「そう騎士団入団試験」
「え?」
あまりにも突然のことであったため、少し驚いてしまった。このセイナの突然の申し出に、リュカはどうしようかと少し考える。
自分は天下統一という目標があった。だから、こうして旅に出たのだが、セイナという頼りになる女性がすぐそばにいるということはある意味ではうってつけなのかもしれない。
しかし問題は彼女の部下となってしまうこと。もしもその状態で天下統一をなそうものなら、いつかはセイナから騎士団を奪うか、それとも抜け出すかしなければならない。正直、命の恩人である彼女を相手にそのようなまねをしたくはないため、それならば断わったほうがよいだろう。
しかしこれはさらに仲間を増やす好機なのではないだろうか。今自分の仲間はケセラ・セラと十数匹のロウのみ。この先仲間を集めるのに何年かかるのだろうか。
そもそもリュウガの前世である織田信長も、父親が亡くなった後その領地と配下の人達を引き継いだという土台があったからこそ、その後の人望と求心力によって柴田勝家や明智光秀のように家臣たちが増えていき、天下統一まであと一歩というところまで行ったのだ。自分もまた、この騎士団に属して、その土台を作ることができれば将来的には―――。
「分かりました。ケセラセラもそれでいい?」
「うん、いいよ!」
「よし、決定ね!」
後のことはそのときに考えることにする。今は、目先の仲間の方が大事なこと。そう考えたリュカは結局ケセラセラとともに騎士団の入団試験を受けることになった。
そして後にその決断を後悔することになった。というより入団試験中に後悔することになった。
入団試験の前に一言言わせてください。
この世界の人たち、スパルタ教育がすぎる。
スパルタ教育、とはリュカの前世の古代都市の名称から取った言葉であり、極めて厳格で過酷な修行を課すという意味を持つ。中には、時代にそぐわない物も当然あり、今やったら虐待していると言われてもおかしくはないほど。だが、ソレは前世の話。
異世界でどれだけスパルタ教育しても怒る人間なんていやしない。リュウガも彼女も良かれと思ってしてくれていることなのだ。ここは喜んでこの地獄を思い返すことにしよう。
そう、あの入団試験から始まるこの国最後の一週間の話を。




