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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第3章 黒い憐れみ、姑息な罠

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第十七話

 奈落の底に落ちる騎士。

 どこか遠くで何かが落ちる音を耳にし、どこか遠くに旅立っていた彼女の意識が帰ってきた。そして、自責が始まる。

 なぜ自分は動けなかった。

 なぜ自分は横槍を入れれなかった。

 なぜ自分はそこにいる。

 助けることができたはずだ。ただ、刀を抜いて二人の間に割り込めばそれで防げたはずだ。

 それなのに、自分は彼を、救おうとしなかった。怖かったから。恐ろしかったから。

 モルノアという大臣の放出する魔力に足がすくんで動けなかったから。


「ウェスカーさん!!!!」


 リュカは、自分を鼓舞する様に大声で叫ぶ。すると、足の緊張は声帯を動かす為に使われたのか、急に足が上がる様になった。

 もう間に合わないかもしれない。でも、まだ間に合うかもしれない。リュカは、無我夢中で走り出した。だが、それは無駄なことであり、無茶なことだった。


【水手裏剣】

「ッ!」


 モルノアの手から飛び出た無数の水でできた手裏剣がリュカを襲う。リュカは体を捻らせて、何とか回避し、手裏剣はリュカの身体スレスレを通って、後ろの本棚へと突き刺さり、消失する。肝が冷えたとはこのことを言うのだろう。だが、避けたのは愚策。刀ではたき落としていればよかったと考えたのはもっと先のことになった。


「捕まえた」

「くっ!」


 回避した隙を捉えられて瞬時に距離を詰められたリュカは、左腕を掴まれ、ウェスカーがしてやられたように見えないナイフが腹部に迫る。寸での所で地面に足が付いたリュカは、掴まれた左腕を軸にして180度回転、ケセラ・セラが森で自分にやったことを使わせてもらった。

 身体能力の違いで回転は遅く弱い物となって完全に避けることはでき無なくて、わき腹を少しナイフがかすった物の大事には至らずに済んだ。


「はぁぁぁ!!」


 つかさず、リュカは逆さのまま右手で手刀を作り、モルノアの首筋に向けて振りぬいた。


「!」


 しかし、モルノアは水を操作して首筋を守るような盾を作り、防御。高密度のゼリーに飲み込まれたかの様に衝撃を吸収されてしまった。

 さらに、リュカの攻撃を退けたその水は、リュカの右手に纏わりつく。モルノアはリュカの左腕の拘束を解いた。

 地面に付き、瞬時に後ろへと跳んでモルノアとの距離を開けたが、しかし未だにモルノアの作り出した水は右腕に張り付いたままだ。何か策があるのだろうか。リュカは、左手で水を払おうとするがしかし、逆効果で、今度は左手にもそれが半分移ってしまった。


「なにこれ!?」

「いわゆる拘束具ですよ。もっとも簡単な……ね!」

「ッ!」


 モルノアがリュカに向けた右腕から、すさまじい勢いで水が噴き出す。その勢いに飲まれたリュカは、そのまま後方にある本棚に叩きつけられてしまう。

 その衝撃で本が何冊も彼女の足元に落ちてくる。そして、右腕、左腕にあった水が本棚と同化し、クモの糸でからめとられたかのように引っ付けられてしまった。

 それだけじゃない。モルノアの手から勢いよく出続けている水が、彼女の腹部、そして右足、左足に至るまで後ろの本棚とひっつき、リュカは磔の状態で身動きが取れなくなってしまった。


「なに、これッ!」


 なんとか拘束を解こうとあれこれ動かしてみるものの、自分の身体を縛り付けている水はどうしても剝がれることはない。


「リュカさん!」

「そこでおとなしくしているのですね。貴方の始末は後でつけます」

「クッ……!」


 身動きが取れない。確かに、このままでは不可能だろう。だが、彼女にはまだ打つ手があった。

 《龍才開花》である。あれならば、水の拘束具と本棚をも吹き飛ばせるだろうし、あわよくばモルノアすらも吹き飛ばすことも可能だろう。

 だが、あの魔法には大きな弱点がある。この状況でソレを許してくれるかどうか。

 と、その時モルノアがクラクの方へと足を進めた。自分から意識が離れた今が好機、とみていいのだろうか。とにかく、魔法を使うには今しかない。


「やるしかない」


 リュカは目をつぶって、そして言う。


【我は竜の名を継ぎし者 今その本当―――】


 しかし、彼女がその言魂を口ずさんだ瞬間、何やら冷たいものが自分の口の周りに張り付いた。水だ。無論、こんな事ができるのはこの中ではただ一人。


「聞いたことのない言魂。個別魔法ですか? しかし、言魂を詠唱する時間なんて、与えませんよ」

「ッ!」


 リュカは、それでも言魂を唱えようとするが、しかし口を開くたびに口腔内に水が潜り込んでくる。もしも、口を閉めていなければ、水は永遠に自分の体の中に入って行って、いずれ溺死してしまうだろう。

 この魔法は、先日クラクが使った《水牢・捕縛陣》の応用だ。クラクは、あれを拘束のためだけの魔法だと思っていたらしく、未完成のままで自分に使ったが、その本質は敵を溺死させることにある。それも残酷に、だ。

 この魔法で使われた水は、口や鼻、耳などの様々な体内に繋がる穴から侵入し敵を溺死させる。それが本来のこの魔法の使い道、そう父から聞いていた。

 この魔法を破る方法はただ一つ。体内の魔力を一気に放出させて水を構成している敵に魔力を散会させるしかない。しかし、その場合必要な魔力量は膨大、今のリュカにはそれだけの魔力を放出することはできない。

 もしできたとしても彼の魔法は完璧に近いもの。昨日クラクが使用したソレとは比べ物にならないくらいに水同士をつなぐ魔力が濃く、細かい。もし自分が万全な状態であったとしても自分の使用できる魔力でこの拘束を解くのは不可能に近かっただろう。

 ただでさえ今日の分の魔力はすでに放出しきってしまっているリュカには、その魔法を解除する方法など存在しなかった。


「リュカさん!」


 クラクは、モルノアに対して剣を向ける。だが、その身体と剣先は恐怖に震え、モルノアをその目で捉えることもままならない状態にあった。


「ククク……そんな震える手で私を倒そうとでも?」

「た、倒せるかもしれないじゃないですか!」

「では、現実という物を教えて差し上げましょう……」


 瞬間、彼の少し斜め後ろにあったシャンデリアが落ち、大穴の中に落下していく。もしかすると、何かがあった時のためにシャンデリラの鎖に細工をして、落下しやすくしていたのかもしれない。その瞬間、明かりのなくなった部屋を暗闇が支配し、クラク、そしてリュカはモルノアの姿を見失う。


「消えた?」


 違う。暗闇に紛れただけである。けど、もしこの状況で彼が暗闇に紛れたのならば、やることはたった一つしかない。


「ッ!」


 叫ぼうとしたリュカはしかし、口が塞がれているために伝えられなかった。モルノアはすでに、クラクの目の前に来ているかもしれないのに。いや、絶対に彼はクラクを殺すために近づいているはずだ。

 逃げる、という可能性も無きにしも非ず。だが、こんな自分よりも格下の少女二人を相手になぜ逃げるという考えが思い浮かぶだろうか。

 きっと彼は殺しに来る。自分たちを、クラクを。


「きゃ!」


 クラクは、何らかの衝撃によって持っていた剣を落としてしまう。おそらく前からの衝撃だったのだろう。後ろに倒れるように座り込んだ。

 きっと、モルノアは近くにきているのだ。クラクは慌てて地面に落とした剣を拾おうとする。


「剣、剣はどこ!?」


 しかし、暗くてよく見えないのに加えて、焦っているために正常な判断ができなくなっているクラクが、剣を見つけることはできなかった。


「あっ……」


 その時、クラクの首筋に鋭くひんやりとしたものが当たる感覚がした。これは、彼の持っていたナイフに間違いない。


「辱めずに殺してやることに感謝するのですね」

「あ、あぁ……」

「まぁ、死ぬまでに経験するのが快楽か痛みかの違いですがねぇ」


 クラクは底知れない気持ち悪さを感じた。恐らく、今モルノアは笑みを浮かべているのだろう。見えはしない。見えはしないのに、まるでそこだけ奇妙な仮面が照らされているように、その顔が想像できた。首筋にあるナイフを、彼が引いたその時、首筋から血が噴き出す。そして床や、自分の身体をその生暖かい血で赤く染める事だろう。

 兵士という職業柄、いつかは殺されてしまうということは考えていた。だが、まさかそれがこんなに早く来るなんて、思ってもみなかった。エリスも、こんな気持ちだったのだろうか。自分の死を見つめたその時、改めて潔いエリスの姿に尊敬の念すら送ってしまう。

 嫌だ、死にたくない。死ぬのは御免だ。まだ、自分は何もできていない。これからの人生、いっぱい自分にはやりたいことがあった。だが、もうその時が来ないかもしれない。だが、逃げることはできない。身体が、全く動こうとしない。

 彼女は、エリスはこんな恐怖の中でも平常心を保っていたというのか。こんな、全てに絶望する状況でなお、自分自身の矜持を守ることのできる強さを持っていたのか。

 足が石になってしまったように固まって、身体は極寒の地に落ちてしまったように震えている。その内、頭がボーッとし始め、何も考えることができなくなってくる。息も荒く、呼吸の間隔も短く、早くなる。汗が一粒、顔から落ち、女の子座りしている自分の太ももに当たってはじけた。


「ッ!!」


 後ろで、誰かが何かをしゃべろうとしているようだ。少しだけこもった声が、かろうじて耳に聞こえてくる。怖い。死にたくない。さっきまでそう思っていた。

 だが、今はもう違う。死ぬかもしれない。そんな恐怖がこの身を襲うくらいなら、もういっそのこと殺してほしかった。殺して、この恐怖から解放してもらいたかった。どうせ、自分は兵士としては半人前。剣の腕前も、魔法の技量も、全くと言っていいほど才能が皆無。そんな自分一人死んだところで、誰も悲しまない。だろう。


「だが心配することはありません。すぐにそこにいる侵入者とエリスもあなたの後を追うでしょう」


 いや、いた。エリス、それにリュカ。二人は、悲しんでくれるだろう。何年も一緒にいるエリスは確実。昨日あったばかりであるリュカも、多分悲しんでくれる。なぜかはわからない。しかし、そう思った方が自分の心が救われる、そう思ったのかもしれない。

 だから、せめて二人には手を出してもらいたくない。クラクは、勇気を出してそれを言葉にしようとした。


「あ……あッ……」


 だが、無駄だった。声は出ることはなく、最後に伝えたい言葉すらも伝えることはできなかった。


「では」

「あっ……」

「クラク!!」

「さらばです」


 少女は、右半身全体に渡った痛みとともに倒れこんだ。

 身体の力が完全に抜けた。今なら、自由に動くことができるだろう。

 けど、それも全部無駄なこと、虫の羽ばたきのようにほんの些細な出来事だったのかもしれない。

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