第十六話 初めて見る、命賭けの戦い
「おやおや、団長代理がコンナトコロになんの用事ですかね?」
間違いない、彼は地下にいた人間の一人。確か、自分たちが来たときにはすでに気絶していたはずの人間だ。リュカはクラクに聞く。
「クラクあの人……」
「はい! 法務大臣です……」
苦虫を噛み潰したような顔をしてクラクは言った。当然だろう。もしかしたら彼は、エリスを使い捨ての道具のように殺そうとしていたのだから。ウェスカーが言う。
「モルノア法務大臣、貴方に聞かねばならぬことがある」
「ククク……弱気団長様が強い言葉をおっしゃること」
「……大臣。貴殿には国家反逆罪の疑いがあります。返答によっては……」
「それは、誤解ですぞ団長代理」
「なに?」
誤解。だが、ウェスカーはその言葉の裏にある黒々とした本音があるということを察していた。張り付けたような笑み、それが一切として変わることはなかった。それが逆に彼には冷たい心という物を印象付けているようだったからだ。
「私は、この国の国王に忠誠を誓ったことはない。私が忠誠を誓うのはただ一人……」
そう言いながらモルノアは腰にさしてある剣の柄を持ち、そして言う。
「我が主君のみ!!」
「ッ!」
瞬間、浮かび上がっていたモルノアはすさまじい速度でウェスカーへと突撃する。ウェスカーは、すぐ隣に陣取っていた二人の少女を逃がすと、自らの剣でその攻撃を受け止めようとした。
しかし、彼の思いも無下にするかのようにモルノアの剣は彼の剣を滑りながらその左腕を抉っていった。
「くっ!」
「団長代理ッ!」
「心配はいらない。たんなるかすり傷だ……」
嘘である。骨までは届いていないだろうが、痛みで左腕の動きが鈍い。今後は右手一本で戦うしかないだろうと、背後に回ったモルノアに振り返りながら思った。
「ククク、やせ我慢はよろしくないですね」
「なに、これしきの傷。団長との鍛錬の中でつけられたものに比べればなんともない!」
「その強気がどこまで続くことやら」
不敵な笑みを浮かべながら彼は言った。モルノアの持っている剣は、小型で、ナイフと言ってもいいぐらいの大きさだ。刃の長さはそれほどでもない。が、だからこそ小回りが利くともいえる。
ウェスカーは、最初から自分がモルノアに敵うとは思っていなかった。よくて、引き分けに持っていけるかどうかというほどの実力差があると考えていたのだ。
だが、自分は託されたのだ。この国の秩序を守ることを。この国の民を守ることを。だから、例え敵わないとしても意地くらいは突き通して見せる。
例え相手がどれほど各上であったとしても、隙さえつけば逆転できる。ウェスカーはモルノアに聞いた。
「モルノア! 貴様が主君というのは国王の弟、クプルムの事か!」
「無論、それ以外に誰がいるものか」
「ならば、この計画が始まったのは前の大戦からか!」
「いや、正確には違う」
「なに……?」
「前の国王により、このロプロスに国が与えられ、我が主君が追いやられたその時から始まった物だ!」
「なんだとッ!?」
ウェスカーはその法務大臣の言葉に狼狽えてしまう。まさか、そんな前からこの計画を思案していたとは。国王の弟である『クプルム・エディア・パラスケス』は、前の王からロプロスに国が譲渡された後、別に国を一つ建国し、そこの王様に収まっていた。国力としては、この国よりも少し劣るが、しかし側近から王に対する忠誠心は計り知れないものがあると聞いていた。
そんな側近を国を立て直すために半分もらい受け、王は弟に深く感謝をしたと聞いている。
「運よく大戦が起こり、大臣どもが討ち死にした中で上手く潜り込むことができた。ロプロスは国王には甘いからな、お人よしにも国王の側近の我々もまた信頼し、国を動かすのに十分なものを我々に授けてくれたわ」
「むぅ……」
「さて、おしゃべりはこのぐらいにしときましょうか」
「!」
モルノアは、不敵な笑いを浮かべると、またもウェスカーに向かって突撃する。しかし、一度見た攻撃を見きれなくて団長代理が務まるか。ウェスカーは、今度はその剣。いや、モルノアのナイフと自分の剣が当たった瞬間にすぐに一歩踏み出して距離を詰め、その右手をがっしりと痛みの残る左腕の脇で身動きが取れないように固めた。
距離感を間違えれば致命傷は免れない危険な賭け、自ら心臓を明け渡していると言っても過言ではなかったまさしく命を賭けた大博打。それを考える度胸も、実行する覚悟もすさまじいものがあると、横で見ていたリュカは考えていた。
「残念だったな。これで、身動きはとれまい!」
「フフッ……」
「? ……!」
モルノアは想定通りという風に不敵な笑みを浮かべた。そして、次の瞬間思いもしていなかったことが起こった。
ウェスカーの右腕から鮮血が飛び散った。よく見るととても深いナイフが突き刺さっている。モルノアが刺したのは間違いはない。しかし、先ほどまでの彼は確かに左手に何も持っていなかったはず。それなのに、まるで手品のように瞬時に左手にもう一本のナイフを取り出し、防ぐ暇もなく、右腕に深く突き立てたのだ。その激痛は、先ほど左腕を抉った物とは比較にならない程強く、ウェスカーは剣を握り続けることが出来ずにその場に落してしまった。
「残念でしたね」
「そんな、ついさっきまでナイフなんて持ってなかったはずです!」
クラクはそう言う。確かに、遠目から見てもモルノアが剣を取りだそうとするしぐさなんてもの見せていなかったはずだ。それなのに気が付いたときにはすでに彼はナイフを手に握っていた。どういうことだろう。その疑問に答えたのは、すぐ隣にいるリュカだ。
「ううん違う、あの人はずっとナイフを持っていたんだ」
「え?」
「多分ウェスカーさんからは完全に見えないように水の魔法の応用でナイフ周りの光を屈折させて、周りの景色に溶け込んでいたんだと思う。でも、こっちから見たら、反射する角度が少し違って、若干だけれど、違和感があった。だから私も分かったけど……」
「そう、これを真正面から見破るなどほとんどできぬこと」
「くっ……」
ウェスカーは顔を顰める。筋肉まで断ち切られてしまっただろうか。力が入らない。もう剣を持つことは不可能であろう。痛みに疼くまるウェスカーを下に見ながら、モルノアは言った。
「まぁ、それ以前に本気の魔法使いと一対一で戦うのが初めての貴方では、避けるすべもなかったでしょうがね」
「え?」
「……」
リュカは、その言葉に呆然となった。彼が、自分を戦いに参加させようとしなかったのは、魔法を使う対人戦の経験がないからだと思っていた。だが、それは彼だって同じだったではないか。ならば、何故彼は自分を戦わせないようにしていたのだろうか。状況はどっちもどっちであるはずなのに。
「確かに、俺はあいつとの模擬戦以外で魔法使いと戦うのはあの大戦以来、それも後方にいたからほとんど戦ってはいない。だが、それでも私は団長だ。兵士達の団長が、一般市民を危険にさらすわけにはいかない」
「仮初の、身内人事のくせによく言う」
「身内人事?」
「あぁ……確かに私は、あいつの代わりさ。だが、それが何だという」
「む?」
ウェスカーは、腕が痛むのもお構いなしに、地面に落ちた剣を拾おうとする。しかし、深手を負った腕は、上手く動いてくれず、手が震え、握ることもままならないほどだった。だが、それでも彼は手を伸ばした。
「私は、あいつから受け継いだのだ! 誇りを! 忠誠心を! そして、奴に勝らんでもない愛を!」
「ウェスカーさん下がって!」
「団長代理! その傷じゃ無理です、一度後退を!」
「黙れ!」
「!」
その時、ようやく握ることのできた手で剣をとることに成功し、近づこうとしていた二人の少女をその気迫だけで止めた。
だがそれはもはや気力だけで動いているような物。それ以上どうこうすることなどできない。だが、それでも彼は立ち上がった。
「私は、騎士団長代理ウェスカー……例えこの身が滅びようと、国民を守り、国にあだなすものを罰する。それが、私があいつから代理を受け取った時に決めた、私の誇りだ!」
「団長……」
クラクは、思わず代理という言葉を付けれなかった。その迫力に、熱意に押されてしまったのだ。獣の目のように目の前にいる獲物を狙う眼光は、リュカですら恐ろしいと思ってしまうほどだった。だが、そうも思わないものもいるわけだが。
「とんだ茶番ですね」
「グフッ!」
その瞬間、彼は右に飛んでいった。モルノアは、ウェスカーの左から彼の半分ほどもある水の塊をぶつけたのだ。おそらく、これも魔法なのだろう。その衝撃でウェスカーは空中に浮き、すぐ近くにある地下へと続く大穴の中へと落ちてしまった。
どこまで続くかと思うほどの暗い大穴の中で体勢を立て直すということは無論できるはずもなく、ウェスカーは真っ逆さまに、しかも運悪く砂になり切らずに石のまま落ちていた岩石に脳天をぶつけてしまった。
「っ……」
頭が痛い。恐らく、頭からは大量の血が流れているのだろう。首を動かす力も、起き上がる気力ももう彼には残っていなかった。
「ま……わ……」
まだ、死ぬわけにはいかない。だが、その時が刻一刻と自分に降りかかるだろうということは簡単に想像できた。目の前の視界がぼやけてきている。光が、音が、全てが耳の中に割って入ろうとして来るのを阻止している。その代わり、彼の目の前に現れたのは過去の記憶だった。
『なっ! どうして私に』
『無論、お前が一番信用に値するからだ。ウェスカー』
『団長……』
『国民たちを頼んだぞ。団長代理』
『……分かりましたッ!』
済まない。私にできるのはここまでだ。
彼に敵わないということは承知の上だ。
だが。
時間稼ぎはできただろう。
できれば、間に合ってくれ。
お前たちが帰ってくることは、誰にも知らせていない。王様にもだ。
皆を驚かせようと思ったのに、こんなことになるなんてな。
リュカという少女と、一緒にいた少女。
あの二人は、育てれば伸びるはずだ。
それに、クラクも、な。
落ちこぼれだった、私より、貴方のおとう―――。
その時、天井から照明が彼の真上に落ちてきた。ガラスが割れる音、金が石に当たる甲高い音等様々な音があたりに鳴り響くが、それを彼が聞くことはなかった。
マダンフィフ歴3170年 5月25日 13時14分
マハリ騎士団団長代理 ウェスカー 圧死 享年25歳




