第十三話 矛盾と証拠品と
『本当にいいのか、ロプロスよ……』
『あぁ……』
『例え君の子供がそうであったとしても……』
『……』
『俺の場合は一国民の娘、だが君は……』
『そんなもの関係はない。もし、ここで私の娘だけが特別扱いされようものなら、君だけでない……今まで我が子を手放さざる負えなかった多くの親の気持ちを裏切ることになる』
『ロプロス……』
『済まない……ケネル……』
彼女たちがたどり着いた一つの部屋。そこには、幾多の蝋燭が、何段にも及ぶ階段状の土台の上に置かれ、周囲にはたくさんのぬいぐるみが置かれていた。
それ以外にあるのは、タンスと机ぐらいだろう。この異様な雰囲気の部屋は一体何なのだろうか。
「あっ……」
「え?」
クラクが何かに気が付いたような言葉を発した。
「どうしたの?」
「ここ、王様の部屋がある塔じゃない…」
「え?」
「ほら、向こうにある赤い瓦の塔。あれが、王様がすんでいる塔です。こっちは、もう一つの青い瓦の塔ですね……」
と、いうことは自分たちは来る場所をほんの少し間違えてしまったということらしい。階下は迷路のように入り組んでいたため、しょうがないと言えばしょうがないだろう。
だが、問題はこの祭壇の意味である。蝋燭の数もさることながら、部屋に充満する異様な匂いもまた奇妙な雰囲気を醸し出していた。と、ここでリュカが一つ気が付く。
「あれ、この臭い前にどこかで……」
生き物の生臭い匂いだ。どこからするのだろう。その時、ケセラ・セラが臭いを嗅ぐ動作をする。そして、徐々に徐々にと祭壇の方に近づいて、そこにある蝋燭立、いやよくみたらそれだけは蝋燭ではない。
油の中にひもを入れているだけのもの灯台、と言うものだ。一昔前の、蝋燭の無い時代の灯台。戦国時代に使用されていたような灯台だ。
何故、それだけが違うのかはよく分からないが、よく臭いを嗅ぐと、妙な匂いは確かにそこからするものだった。ケセラ・セラの嗅覚は、人間のソレよりも高いのだろう。野生で鍛えられたのだろうか。
「これ、ヘルクスの、におい……する」
「ヘルクス?」
「大きな……えっと……長い動物……リュカからも……少し前にしたにおい……」
「長い動物……ってまさか」
ケセラ・セラのその表現に、一つ心当たりがあった。長い動物で、自分から匂いが発せられるほどに近くにいて、さらに自分の嗅いだことのある臭い、とくればそれしか思い当たらなかった。
「あの蛇のこと?」
「蛇、と言うか、分からない、けど……たぶんそう」
やはりそうだったか。あの蛇の油分はかなり多く、きつい匂いもしていた。そして、おそらく燃えやすいという性質を持っている。あの洞窟でも火を付けたとき、想定以上に燃え広がったところから見てまず間違いないのではない。
「……でも、それって動物性の油ってことですよね?」
「え、と言うことは、この国の法律から言って2年前の油じゃないんですか?」
「? それがどうしたの?」
「2年もたった油が、こんなにきれいな色してますか?」
「……そういえば」
確かに、油さしの中にある油は、きれいなものだ。透き通っていて、年月が経っているどころか、新鮮なものに感じる。
油という物は、空気中の酸素や湿気などの作用によって劣化して色が濃くなっていくと聞いたことがある。先も言ったようにそこにある油はきれいそのもの、この矛盾はどう考えたら良いのだろうか。
「もしかして、他の国から輸入されたものなんじゃないの?」
「いえ、その場合でも一番近い国からここに来るまでには2、3週間ほどかかりますからその間に少しは色が変わるはず……けど、この色合いからして、取ってきたのは2、3日前と言うことになるのでは?」
「でも、誰が……クラク、城の中でもあの法律は機能してたんだよね……」
「当然です」
「なら、城の人間がとってくるのは法律違反で、しかも全員が律儀にそれを守っていたならだれが……」
城の中の兵士たちだけが生き物を殺してもよいという法律があったわけではない。もしもあったなら、こうやってやすやすと城の中に入っていくことなどできない。と、いうか、実際法律の有効範囲はどれぐらいなのだろう。もしかしたら、この国の外に出ていれば大丈夫なのだろうか。
「ねぇ、クラク……この法律の権限って、どこまでが有効なの?」
「えっと……たしか法務大臣によると、国民が殺すのはダメと……」
場所も関係なく、この国の国民であれば全員にその法律が適応されてしまうということだ。と、いうことは、
「あれ? だったらお肉も輸入品とかだったら大丈夫なんじゃ……」
「いえ、さっきも言いましたが、一番近い国からここまで2、3週間……その間に腐ってしまいますから……」
「法務大臣さんも、他の国の輸入品ならいいという法律は規定していませんし」
「法務大臣って、さっきの部屋にいた人?」
「はい、王様の弟さんの国から出張してきた人です」
「あぁ、例の……」
2年前の戦争によって多くの重要な役職についている人達が死んでしまった。そのため、隣国の王様の弟からの支援により、大臣以下何名かが来てくれたらしいと、先日エリスのお店で聞いていたが、法務大臣もそうだったのか。
ふと、自分は王様の姿というものを知らないなと思い出した。この世界には写真のようなものはないし、絵もどこにもない。人違いしない為に特徴だけでも知っといた方が良いはずだ。
「そういえば、私王様の姿見たことないんだけれどどんな人なの?」
「どんな人、と言われても……私が最後にあったのは2年前の大戦の前の事ですし」
「私は、2年前に兵士になって、その後あったこともありませんから……」
「ふ~ん、だったら2年前の……ちょっと待って一般国民であるエリスはともかく、兵士のクラクが見たことないってどういうこと?」
「え?」
「だってクラクはこの城で仕事してるんでしょ? だったら一度くらいは見かけたことも……」
「いえ、一度も……だから、私王様の顔よく知らないんです」
どういうことだろうか、いくらなんでもそれはおかしい。双方共に城の中で仕事をしてるのだから、せめて一目ぐらいは姿を見ていてもいいはずである。
クラク達一般兵士とは別の場所で暮らしているのだろうか。それとも兵士たちから身を隠すように。いや、どうしてそんなことをする必要がある。分からない。
それに王様の居住地は棟のテッペンというのはさっき聞いたから、兵士たちの仕事場とは目と鼻の先。それなのに、姿を見たことないとは。徹底的に秘匿する王様だ。
まさか、すでに死んでいるなんてことはないだろうか。国民にそれが知れ渡ると国中が混乱に陥ってしまう。だから王様の死を隠しているのでは。そんな考えがすらも浮かんだ。
「リュカさん」
「ん?」
その時、エリスから声がかけられた。どうやら彼女は、机の上にあった本を読んでいるようだった。いや、ノートだろうか。中にはびっしりと文字が書かれている。
「これ、王妃様の日記みたいなんです」
「日記?」
リュカは、その日記を受け取って中を見る。そこにあったのは昨日の行動。朝起きて、ここで自分の子供、そして自分の夫のために死んでしまった子供達のために礼拝したと記載がなされている。
とりあえず王様は生きているようで少し安心だ。こんな個人的な日記も細工する必要などないはず。そういえば、王様の子供は10年前に亡くなったと聞いた。そこから先は、王様にいつも通り朝食と昼食、そして夕食を出しに行った。と書かれている。なんともあっさりとした文章だ。だが、ひとつ気になることがあった。
「いつも通り?」
いつも通り。つまり、王様へ食事を持って行っているのは王妃様と言うことだ。だが、普通そう言うのはそれ相応の身分の使用人とか、執事の方がやるのではないだろうか。何故、王妃様がそのようなことをしなければならないのか。
リュカは、日付を遡ってみた。二日前、つまりおとといの日付の場所。
「今日は、森に行き油を1月ぶりに調達……やっぱり王妃様は、動物を殺してたんじゃ…」
「王妃様だから、そう言うのは特別に許されていた……と言うことですね」
「いや、でも……」
「でも?」
なんだろうか、この違和感。そもそも、王様やその近くにいる人物にのみ特権として法律の免除などが与えられると、求心力や支持率が低下する恐れがあるというのに、いつ誰に見られるか分からない事を、しかもこれまた使用人などに任せず、何故自ら調達しに行ったのだろう。
もうちょっと日付を遡ってみる。とは言うものの、ほとんどが礼拝、もしくは油の調達と言った者ばかりで、これと言って珍しいことなどーーー。
「ねぇ、クラク……一つ聞きたいんだけれど……」
「はい、なんですか?」
「例の法律が改定されたのって、2年前のいつ?」
「え? えっと……たしか、戦争の後だから、夏ぐらいです」
「夏……それじゃ、やっぱりおかしい」
リュカは、ページをめくり、2年前の夏ごろの数十ページを繰り返し読みながら言った。
「何がです?」
「ないの、どこにも……」
「ないって……?」
「王様が、法律を変えたという記述が……」
「え?」
クラクは、リュカから日記を受け取り、自分も中身を確認する。だが、確かにリュカの言う通り、王様が法律を厳しくしたという記述はない。
「自分以外のことについては書かないことにしてるのでは?」
確かに、それもあり得るだろう。現に自分の友達も、日記には自分の事はたくさん書いても、他人のことは一切書かないという者がいた。文章から見てもあっさり目に書かれているし、自分以外の事を省いて書いていたと考えても問題はないだろう。
だが、ことはそう簡単なことだろうか。リュカは、クラクからもう一度日記を受け取ると、今度は10年前の記述、法律を制定した時のことが書かれているであろう文面を探す。だが、5年前よりも以前の物はなかった。
「5年前が限界か。いや待って、そういえば日記の表紙には2って」
「それじゃ、もしかしたら」
「うん、もう一冊日記があるかもしれないそれを……」
「そんな悠長なことをやっている暇があるのか?」
リュカがもう一つの日記を探そうとしたその時、後ろから足に二つの金色の小物を持ったリュウガに声をかけられた。そういえば、彼の事をすっかりと忘れていた。
「お、お父さん……」
「わしのことを忘れていたことについてはこの際置いておく」
「あ、あはははは……」
「こんな逃げ場のないところで時間を食っていたら、いずれ兵士たちに見つかり御用となるぞ」
「ですよねぇ……」
この部屋まで来るには、螺旋階段の一本道を上がってくるしかなかった。もし、兵士たちに自分がここにいることがばれてしまったら、続々と兵士が押し寄せてきて、逃げる暇など与えて等もらえないだろう。
この部屋もかなり狭く、戦うにはあまり適さない場所でもある。早くその部屋から脱出しなければならなかった。
「そ、それじゃ、もう一度王様を探しに……」
「その前に、お前に一つ見せたいものがある。手を出せ」
「へ?」
と言いながら、リュウガはその足に持った二つの何かをリュカが差し出した手の上に置いた。ずっしりと重いソレを、一つだけつまむ。
「なにこれ?」
「これって……判子じゃないですか?」
「判子?」
「はい、ほら裏には法務大臣の名が書かれています。これは、法務大臣が公務の時に使う判子です」
「へぇ……」
確かに、裏には人の名前が書かれていた。判子特有の砕けた形をしているためかなり見にくくなっているが、誰かの名前が書かれていると分かる。
「エリスの……その、処刑指示書にも同じものが使われていましたし……」
「ふ~ん、それじゃこっちの判子も?」
リュカはもう一つの判子の裏を見る。こっちにも名前らしきものがあり、先ほどの判子とは違う名前だった。リュカはそれを読み上げる。
「ロ、プロス……キー……ラ、パラスケス?」
「え?」
「それって……まさか……」
リュカがその名前を読み上げたとたん。クラクとエリスが、驚きの表情を浮かべた。
「なに?聞き覚えがあるの?」
「聞き覚えがあるも何も……」
「それ、王様の名前です」
「……え?」
王様の名前の書かれた判子。と、言うことはそれは王様が公務の時に使用している判子だということとなる。だが、何故そんな大事なものを、リュウガが持っているのだろう。
「父上、この判子一体どこで……」
「……法務大臣の机だ」
「……ん?」
今、おかしな言葉を聞いたような気がした。王様の寝室とか、仕事部屋で見つけたというのなら何の問題もない。だが、法務大臣の机とはどういうことだろうか。
法務大臣が自分の判子だけでなく、王様の判子も持っていた。と、いうことは、国の政務や法律は、全てを法務大臣に一任していたということになる。
先ほどクラクが言った処刑指示書にも、リュカは見ていないがおそらく法務大臣の判子だけでなく王様の判子が必要なはずだ。だが、判子が二つとも法務大臣の元にあるということは、その判子も法務大臣が押したことになる。
一体どういうことだ。その時、リュカの脳裏を何かが横切った。それは、前世の記憶。
『ねぇね、リュウちゃん! 聞いてる!?』
『あぁ、うん聞いてるよ』
『でね、実は生類憐みの令があそこまでの悪法になったのは、一つあることが考えられるの』
『あることって?』
『それはね……』
「あっ……あぁぁ!!!」
今思い出した。まさかこの法律の裏にもそれがあったとしたら、もしもそうだとしたら、だがまだ確証はない。物証がなければそれはただの妄想に過ぎない。
「ど、どうしたんですか?」
リュカが突然、大きな声を出したことに驚き、クラクとエリス、そしてケセラ・セラは若干引いていた。
「一つ、私の頭にある可能性が浮かんだの……」
「可能性?」
「うん、でも、まだ確証はない。直接聞きに行かなきゃ!」
その言葉と共にリュカは階段の方へと向かう。その後ろから、クラクは言う。
「リュカさん! 行くってどこにですか!?」
「決まってるよ!」
そして、一度立ち止まって振り返って言う。
「王様の所だよ!」
そして、階段を降りていく。よくわからなかったが、その場にいたものは全員その後をついていった。
誰も居なくなった部屋の中、蝋燭の火が微かに揺れる。まるで彼女達に手を振るかのように。




