第十一話 三分
死刑執行予定時刻5分前。
「はぁ!!」
城の中に侵入したリュカ、そしてケセラ・セラ、リュウガの3人は、市民の協力もあって、城の中枢まで来ていたが、その中を右往左往としていた。
というのもこの城は迷路のように曲がり角が多く、ついでに言えば城の内情を把握している人間が一人もいないこともあって刑場を探すのに手間取っていたのだ。そういうわけで強硬手段に打って出ることにした。
リュカは、その辺にいた兵士を速攻で倒し、後ろに受け身なしで倒れた気絶寸前の兵士の首根っこを掴み、鬼のような形相で言った。
「ねぇ! 処刑場ってどこ!! 知ってるなら言え! 知らないなら知ってろ!!」
リュカは相当焦っていた。エリスの処刑時刻が、刻一刻と迫っていたためであり、このままだと手遅れになってしまう。そんなことは絶対に嫌である。もはや、顔の判別も付かなくなるほどボコボコになってしまった兵士は、口を開けなくなってしまっており、かろうじて指をある方向へと向けるだけであった。
「あっちね! ありがと!!」
「うごッ!」
そう言うと、リュカはその手を即座に放して走り去っていく。
兵士は、彼女が急に手を離したためまたもや受け身を取ることができず、ついに気絶してしまった。まぁ、死んでないだけましとも言えるが、しかしあんまりといえばあんまりである。
また、この兵士はこの後とある理由でリュカに感謝をすることになるのだが、それはまた別の話。
一方、こちらは走り出したリュカ一行である。
「間に合うかな……」
「分からん、だが先ほどの置時計からするとあと一分足らず……もしやするとすでに……」
「そんな……」
『お姉ちゃん、大丈夫だよ。私達足速いから』
ケセラ・セラは、片言の言葉でそう励ます。しかし、足が速いとか遅いとかはもはや関係がない。やっとたどり着いたら、そこにあるのは泣いているクラクと、首と身体がはなれて血だまりの中に沈んでいるエリスなんてことにもなりかねない。そんなの絶対に嫌だ。早く刑場を見つけないと。
リュカは最終手段を使用することにした。
「父上、織田信長だったときの観点で話してもらいたいんだけれど」
「なんだ?」
「父上だったら、処刑場ってどこに作ってた?」
前世の自分を語るのが嫌な父に対して聞くのは間違っているということはわかっているし、頼りきりなのも良くはない。だが、今はそんな事を言っている場合じゃない。
リュウガは少し間を置いて言った。
「そもそも処刑と言うのはほとんどが見せしめの意味も込めて河原のような衆人環視の場所、城の中で行うなんてことはほとんどないな」
「でも、二人が外に出た形跡はないし、処刑場らしき場所もなかった。それにさっきの兵は城の中にあるって指していた……」
「そうだ。では、もし貴様が城を持って、処刑場を作るとしたらどこにする?」
「私だったら……」
もし自分だったら、城の中の処刑場はどこにつける、
牢屋のすぐそばだ。牢から処刑場に行くまでの道で逃げられたり変に抵抗されて刑場に着く前に殺すなんてことしたら元も子もないから。
まてよ、牢屋。確か前世でみた漫画やアニメでは城の牢屋と言うのは決まってある場所に作られていたはず。
「地下だ!」
そう言うと、リュカは目を閉じて意識を集中させる。ケセラ・セラとの戦いの時にも用いていた魔力認識の魔法である。
二階以上に何人かの魔力が見える。だが、ここじゃない。一階にも大勢の気配。いや、自分が見たいのはそこじゃない。もっと下。下。下。
その時、隣で同じように気配を探っていたケセラ・セラが声を挙げる。やはりこういったものは野生児である彼女の方が分があるようだ。
『見つけた! 魔力が7つ、1つは座ってる!』
「よし、入口を探している場合じゃない。真上に行こう案内して!」
『分かった!』
やはり地下があったのか。そこに誰かがおり、一人が座っているのだとすれば、十中八九それがエリスだ。
察したリュカは、時間を考えて、ケセラ・セラと共にその魔力がある場所の真上に急行する。
その部屋は、本棚にたくさんの本が並び机の上には高そうな紙や、上質な革を用いているである椅子が置いてあり、かなり身分が高い人間の部屋であると想像できた。
そこから魔力を探ると、一人の魔力の影が剣を振り上げているように見える。もう、時間がない。刑が執行される直前、ちまちましていたら刑が執行されてしまう。
下が木で作られているなら床を切り裂き進む予定だったが、叩いたら触ったりした感じどうやら石造りの様子である。こんな硬い岩を斬るには龍才開花しか。
『私に任せて!』
「え?」
ケセラ・セラはそう言いながら地面に手を置いた。次の瞬間。地面が砂のように柔らかくなり二人だけでなく、周りにあった机や椅子も含めて共に落ちていった。
これは、土の魔法の一つ。
【地平・割爆波】
普通の状態のリュカでは使えない複雑な魔法。まさか、自分のように魔法を教える人物がいないはずの彼女がそんな高度な魔法を使うなんて。
いや、感心したり羨ましがるのは後にしよう。リュカは落ちている最中にに刀を抜くと、着地と同時にある方向へと向ける。そこにあったのは。
「え?」
「間に合った……」
今まさに振り下ろされたクラクの剣。エリスの首筋の直前で止めたまさに間一髪である。その時、上空からあの部屋にあった様々な家具が落ちてくる。
「グォッ!?」
そのうちの一つ、高級そうなイスが男性の頭に運悪く当たってしまう。が、周りにいる人物たちは、砂埃に視界を奪われ、なにが起こっているのかすらも分からない様子であった。だが、何かが聞こえる。そう、これは。
「ガハァツ!」
「グオォ!?」
声、うめき声である。いくつかの男の声が聞こえた後、顔を上げたエリスは、周囲を見、驚いた。その場所にあったのは、たくさんの砂。
倒れている法務大臣や兵士。その横に立っているのは、自分と同じ歳くらいと思われる黒髪の女の子。あの子が、兵士を一瞬で倒したのだろうか。
いやあの子だけじゃない。昨日出会った少女リュカもまた兵士二人を一瞬のうちに無力化する。とてつもない速さで、ものの十秒足らずでその場を制圧してのけたのだ。
「間に合った……よ。クラク、エリス……」
「リュカ……さん……」
エリスは、彼女に彼女たちに助けられたのだ。状況を把握できたクラクは、剣をエリスから離してから落とし、脱力したように座り込む。
「姉さん……」
「エリス……ちゃん」
「姉さん?」
リュカは、エリスの呼び方に疑問を感じた。昨日までクラクさんと呼んでいた気がしたのだが、それではまるで自分とケセラ・セラとの関係のようである。
ともかく、クラクはエリスの名前を呼ぶと、即座に彼女に抱き着いた。無論、その顔は涙でぐしゃぐしゃである。
「ごめんなさい……あなたを、殺そうとした……リュカさんみたいに、助けようとしないといけないのに私は、たった一人の家族を助けられなかった……」
「いいんです姉さん。私は助かったんですし……命令だったんですから」
「そんなの関係ない! 私が臆病だから……命令だからって、そんなのは嫌だって、いえる勇気があったら……一緒に逃げ出す勇気があれば……エリスちゃんにこんな怖い思いさせないで済んだのに。私に、自分の死を頼もうとしなかったはずなのに……」
「それは……」
結果論として、エリスは助かった。クラクは、友殺しの汚名を受けることは阻止された。
だが、もしもリュカ達が来るのがもう少し遅かったら。
いや、そもそもリュカ達がこの国にいなかったら。来なかったら。
そうなった時のことなんてもう考えたくない。自分は、たった一人の家族のために動くこともできない弱い人間だ。弱くて、愚かで、エリスに頼まれたこともできない。彼女は自分自身を蔑んでいた。
「三分……か」
「え?」
そう、発したのはリュカである。リュカは、法務大臣が首から下げていた懐中時計を見て言っているようだ。時計は、天井が落ちてきたときの衝撃で壊れてしまっているようだが、リュカはその表示時間を見て、あることを確信した。
「12時ジャストに刑が執行されたんだよね」
「え、はい。大臣も、時間を見て言っていましたから……」
「でも、私たちが着いたのは12時三分……三分間も遅れている」
壊れてはいるが、時計のガラス部分にヒビが入っているだけで、針が衝撃によって動いたという様子はない。と、いうことは壊れた時刻がこの時計が指している時刻と同一であるという可能性が高いだろう。
だからなんだ、とクラクは思ったが。リュカは彼女に薄く笑顔を作ると言った。
「私、間に合わないって思ったの」
「……」
「外からあなたたちを見つけたとき、かなりの距離があって、もうクラクが剣を振り下ろす寸前だった。だけど、間に合った」
「……」
「戸惑っていたんじゃないの? 剣を振り下ろすのを……」
「はい。そのせいで、エリスちゃんは、自分を早く殺してくれって……」
「それは、あなたが抗ったからじゃない」
「え?」
「抗おうとした勇気。自分の友達を殺したくないっていう思いが、この三分間を作ったんだよ」
「抗おうとした……勇気」
「あなたは勇気をださなかったわけじゃない。ほんのちょっとの勇気を、あなたは自分の心と身体から出していた。それを気づいていないだけだよ」
自分には勇気がない、そう彼女は思っていた。だが、勇気は自分自身で気づかない時がある。気づかず、体が勝手に動くことがある。自分に不都合なことがその後起こるかもしれない。だけれど、そんなのどうだっていい。その先に人の命があるならばなおの事。
彼女は精一杯自分の勇気を振り絞っていた。その結果が、三分間の執行の遅れだ。たった三分間だけの勇気。だが、それがエリスの命を救う結果になったことは変わらない。紛れもなく、彼女は、自分の家族の命を救ったのだ。
「クラク姉さん、こっちを向いてください」
「エリスちゃん」
「私、姉さんを追い詰めてたんですね……姉さんのほんの少しの勇気を壊したのは…‥弱い私の言葉だった」
確かに、最後にクラクに剣を振り下ろさせるように促したのは、あの早く殺してという言葉である。自分の言葉が、クラクの勇気を壊して、クラクに殺人を決意させてしまっていた。本当に弱いのは自分なのだと、エリスは言う。
「違う、そんなこと……エリスちゃん、涙が……」
エリスの目からこぼれる一筋の液体に。クラクは、手が縛られて身動きができないエリスの代わりに、その涙を拭く。
「あれ、何でですかね……死ぬ前にだって、泣かなかったのに……ううん、私、生きている……」
「エリスちゃん……」
「生きてるんですよね……生きて、こうして、また」
「エリス……」
「……泣きたかった。でも、泣いちゃダメだって……本当に、本当は、怖かった……」
あぁ、やはりまだ子供なのだと、クラクは思った。それなのに、泣くことはだめだと思い込んで、存分に泣くこともできなかった少女。そんなエリスにクラクは言う。
「もう……かっこつけなくていいんだよ……泣きなさい、思う存分」
それは、まるで本当の姉のような言葉遣いだった。
「ごめんなさい。一度でも、一度でも、姉さんにしてもらいたくないって、姉さんを……執行人にするのは、嫌……だって、そう言えば……こんな、姉さんが苦しむことなんて……なかったのに」
「いいの、存分に泣きなさい私の胸で、思いっきり泣けばいい……」
「グス……う、うあぁぁァァァァ……」
その時、彼女は確かに一人の子供に戻っていた。




