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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第3章 黒い憐れみ、姑息な罠

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第十話 遺言と執行と姉さん

 刑執行まで五分を切った。兵士二名は罪人を刑場へと連れていくために牢屋のある部屋へと入っていった。二人いるのは、もしも罪人、並びに処刑人が暴れた場合に取り押さえるため。とは言う物の今回の罪人であるエリスは、小柄であるため二人も必要なのかと言われてしまえば、その必要はないだろうと答えてしまう。だが、それが処刑の際の形式であるため、仕方ない事だ。

 二人は、牢屋の前で見張っている看守に敬礼してから部屋の中へと入っていく。中には執行人であるクラク、そして牢の中にいるエリスの二人だけしかいない。

 その時、一人の兵士が牢屋の中にいるエリスの姿を見て息をのんだ。彼女はドレスを着こんでいたのだ。ずっと見ていると目が痛くなるほど真赤な、戦場に赴く人間の血のように燃えたぎっているようにも見えるドレスを。

 もしも、彼女が光量の多い空の下にいれば、どれほど美しく見えていたのか、考えれば残念に思う。兵士の一人は思わず聞く。


「そのドレスは?」

「罪人が最期に着る服を制限する法律はありません。彼女が、この服を選んだんです」


 エリスの代わりに答えたのはクラクである。確かに彼女の言う通り、そんな法律どこにも存在しない。死の瞬間にどんな服を着ていたとしても自由だ。とはいえ、彼女の着ているドレスは、派手と言うより、恐ろしいものを感じる。赤、赤、赤、それ以外の色を全く使用していない純血の色。彼女は何を思ってその服を選んだのだろうか。


「もう、刑場に行かないといけない時間なんですね」

「……あぁ、そうだ」

「そうですか、では行きましょう」

「あ、あぁ……」


 堂々とそう言ったエリスに、思わず兵士たちはしどろもどろとなってしまう。子供とは言え、流石は騎士の娘だ、立派で、威厳すらも感じられてしまう。それが、二人の率直な感想だった。

 兵士は、手に持った鍵を鍵穴に刺し、牢を開ける。そして、重苦しい牢の扉が開いた。もう一人の兵士が牢の中に入り、手に持ったロープでエリスの腕を後ろに縛って、腕の動きを封じる。そして、エリスに外に出るように促した。

 普通の罪人であれば、此処で暴れてもおかしくはない。牢屋の中から出ず、何時間も格闘しながら罵倒されながら刑場に連れて行くのが常。しかし、エリスはためらいなくクラクも伴って部屋から出た。

 本当に、惜しい。こんなにも逞しい女の子が、潔く、綺麗な少女がこの後首を刎ねられるなんて。だが、もはや決まってしまった事、自分達にはどうしようもない。

 その隣の刑場の扉が開かれる。中にいるのは1人、法務大臣だけである。法務大臣は不敵な笑みを浮かべて言う。


「来ましたね、ではここに座らせなさい」

「ハッ!」


 狭い部屋である。先ほどの兵士の声が部屋中に響き渡ってしまうほど。

 エリスの店の半分もないだろう。だが、一人の人間を殺すだけなのだからこれぐらいで十分なのだろう。

 壁や地面は石造りで、はだしで歩いているエリスは、その冷たさを肌で感じていた。エリスが部屋の中央にある木の台の上に正座で座る。そして、外で牢屋を見張っていた兵士二人も入室し、クラクも合わせると合計七人がその部屋にいることになる。

 遂に扉が閉められた。もう、エリスが生きてくぐることのないその扉が。

 そして、法務大臣が淡々と罪状を述べ、最期に言う。


「……よって、罪人エリス・グランテッセは死罪。これより、刑を執行する。執行人クラク、前へ」

「はい」


 クラクは、その言葉と同時に法務大臣の前へと立つ。そして、法務大臣からいくつかの言葉がかけられる。要約すると『汝に罪なし』である。そんなわけない。罪がないわけない。自分はこれから罪人になるのだ。決して罪に問われることのない罪人に。そして、その刑は執行の前の段階にまで移行する。


「罪人、最期に残しておく言葉はないか」


 要は、遺言である。執行人に対して、自分の家族や知り合いに、自分の最後の言葉を伝えてくれるように頼む。だが、エリスには家族はいない。だから、そんなものない。いや、家族は一人いたか。


「二つ……お願いできますか?」

「……よろしいでしょう」


 そう言いながら法務大臣は胸元から懐中時計を取り出す。エリスは、クラクへと顔を向ける。


「クラク姉さん」

「……はい」

「……姉さん、お願いがあります。死ぬことを考えるのをやめてください」

「!」


 クラクは、その言葉に狼狽える。確かに自分はこの後一人、人目の突かないところまでいって、自殺しようと思っていた。家族を守れない自分が生きている資格なんてない。そう思っていたから。


「どうして……」

「分かりますよ。ずっと一緒に暮らしてきたんですから。クラク姉さんが優しいっていうことも知ってますから」

「……」


 すべて見透かされていた。心と心でつながっている、本当の姉妹のようだ。いや、違う。自分はエリスの心が全く読めない。彼女は自分の内面まできっちりとみることができているというのに、どうして自分は彼女を見ることができないのだろうか。


「私の分まで生きてください。私の分まで、世界を見てください。私の分まで……私ができなかった分まで抗ってください」

「エリスちゃん……」


 泣いたらだめだ、泣いたら、エリスに心配かけてしまう。泣くのは、全部が終わってから。誰も見ていない所で、一人で。


「もう一つは、リュカさんにです」

「……うん」

「私の寝室の棚の一番上に、二人の服の画を描いて残しているんです。それで服を作ってもらってください。私の、残した服。一日でもいいから、着てもらったら私は、うれしいんです」

「うん、必ず伝える……必ず」


 昨日、そして今日見た通りのあの少女なら、きっとエリスの願いを叶えてくれるだろう。

 だが、自分がそれを伝えられるのだろうか。血に汚れた自分が、伝えていいのだろうか。純粋なる少女に、伝えていいのだろうか。クラクは迷っていた。人生に迷っていた。その時、法務大臣が見ていた懐中時計を閉じる。


「時間です。では、執行人クラク、つつがなきよう刑を執行なさい」

「……はい」


 クラクは、エリスの横に立つと腰に差している剣を抜く。毎日のように抜いているはずのそれは、今日はやけに重い。重くて、そして鈍くて、ゆっくりと、そのために鞘の中で刃が当たっているようで、引っかかって抜きにくい。

 そして最後、スーッという音と共に、剣先までが出て地面に落ちる。重りでもつりさげているように剣先が重かった。

 そして、彼女が剣を抜くと、その剣に兵士の一人が清めのための水をかける。また、一人の兵士は斬首された後のエリスの頭を入れるための桶を用意し、準備万端整ってしまった。

 クラクは、油の刺してない機械のようにゆっくりと、ぎこちなく腕を上げる。剣を握っている手には汗が滲んでいる。このままだと、滑ってしまうだろうか。

 汗を服の袖で拭き、クラクは剣の柄を両手で再度持ち持って、振り上げた。その瞬間を見て、それまでじっと前を見ていたエリスは首を垂れる。

 やめて、こんな貴方の姿を見たくない。こんな事をする為に、一緒に暮らしてきたわけじゃない。私は、私はただ貴方と、貴方と。

 後は、エリスの首筋に向かって剣を振り下ろすだけ。そうそれだけなのだ。戸惑ったり躊躇したりしたらだめだ。もしそんなことしてしまえば、剣は途中で止まってしまい、エリスを痛みで苦しませてしまう。一思いに、一気に終わらせれば、エリスは苦しむことない。

 すべては自分次第。分かっているのに、分かっているはずなのに剣を降ろすのをためらってしまう。自分の腕に自信がないから。彼女を早く楽にさせられるくらい、剣の腕は達者ではないから。

 心音は、一層速くなる。素早く、そして正確に振り下ろさないといけない。それなのに、腕が震えて全く腕を上から下に振り下ろすことができない。


「どうしましたか、執行人」


 執行人、執行人うるさい。好きで執行人なんてものになった覚えはない。あなたには分からないだろう。今、彼女の生死は自分の手にかかっている。無慈悲に振り下ろさなければ。何も考えてはならない。無心にやらなければ。

 だめだ。やっぱり考えてしまう。今まで、彼女と共に過ごした時間を。一緒に料理して、一緒に服のデザインを考えて、時々一緒に寝て。このまま、時が過ぎるのを待つだけか。いや、そんなに長く待ってくれるはずない。自分がしなければ、そこにいる兵士の一人が代わりをするだけだ。

 でも、だが、しかし、手が他人の物のように言うことを聞いてくれない。いや、言うことを聞いてくれなくてもいいのではないだろうか。誰でもいい。そこにいる赤の他人でもいい。自分にこんなことをさせないで。


「もういいんです」


 エリスが下を向いたまま言う。


「もういいんですよ、姉さん」

「エリス……」


 クラクは、涙をこらえる。だが、無意味だった。せき止められない水の体積はどんどんと増え、そしてあふれ出す。


「お願い……早く、姉さんが殺して」

「ッ!」


 少し、エリスの声に涙声がこもっていた。やらなきゃ。今、この子は恐怖心と戦っている。色々と恰好のいい言葉を言ってきたけれど、まだ幼い少女が、涙を見せまいと戦っている。

 自分の決心が鈍っているせいで、エリスは自分の死を懇願してしまっている。そんな女々しいこと、少女の矜持が許さないはずだ。今この子を楽にしてあげられるのは、私しかいない。彼女は、決心してしまった。


「さよなら、エリスちゃん……ッ!」


 剣は振り下ろされた。


 5月25日 12時3分 エリス・グランテッセへの刑執行




























 同時刻


「ッ!」

「間に……合った」


 中止

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