第九話 愚策と奇策と〇〇〇の恨み
一人の大男が、周囲の空気をも飲み込むのではないかと思うばかりに大きくあくびをした。だが、それも仕方のないことだろう。
自分たち門番は、城の門の手前で不審人物が中に入らないように存在している。が、実際の所この城に不審人物が来たことはあまりない。城の入口の右側に自分、左側に相方がいるわけだが、そちらもそちらで大きなあくびをして暇を持て余していた。平和と言うのもいいのだが、これほどまでに何もないと逆に疲れる。
「おい聞いたか? あの話」
「あの話?」
その時、城の中から一人の兵士がやってきた。昔から中の良かった兵士で、世間話やうわさ話に対して耳が良く、こうして情報を仕入れると即座に話をしてくれる。この世間話も、暇つぶしとしてもってこいなので願ったりかなったりと言ったところか。
「前の大戦の時の英雄、シュベール中将の娘の死刑が決まって、これから刑を執行するんだってよ」
「まじかよ! シュベールのだんなは、王様の幼馴染じゃないかよ!」
エリスの父は、子供時代からこの国の王様と馴染み深い関係にあった。互いに切磋琢磨しながら成長し、守る者、守られる者という関係になってもその友情は続いていた。
エリスの母親もまた、騎士として王様のすぐそばで夫と共に戦ったこの国の英雄。あの複数の国を巻き込んだ戦のおりにも、仕向けられた暗殺者から二人は自身の身を投げうってでも王のことを守理通した。
それどころか、重症の身体を押してそのまま戦場に戻り、この国の勝利を見届けて逝ったのだとか。そんな命の恩人の娘に対しての非道な扱いに、兵士たちの中でも混迷していた。
「はっ、恩人の娘にも手をかけるなんて、落ちるところまで落ちたなあの王様も」
「こっ、馬鹿! 誰かに聞かれていたら侮辱罪で極刑もあるんだぞ」
「どうせ聞いているのはお前らだけだよ、いいっていいって」
彼らの会話から分かるように、例の法律によって王様の権威は失墜してしまっていた。例の『国三愛護法』のおかげで、自分の好きなものを絶たれるということ、そして虫を殺しても処罰されるという理不尽さに、国民はもはやあきれ返ってしまっていたのだ。
そのため、兵士たちの中でも鬱憤が溜まり、こうして裏で陰口をたたく光景というのはもほ日常とかしてしまっていた。だが、王様はその戦以来ほとんど城の頂上の自室で公務にいそしみ、城の下の方にまで下りてはこないので、平気で王を侮辱するような言葉を発してしまっているのだ。
「はぁぁ、なんかおもしれえ事でも起きねぇか……ん?」
その時、一羽の鳥が城に入っていった。いや、一羽だけじゃない。二羽、三羽、それ以上だ。
「あれは、『伝書鳥』か?」
「だな。あれは確か、それぞれのシマの詰所から城の兵士へと連絡するための奴じゃないか?」
「それが一斉にって何があったんだ?」
シマというのは、この国に存在する大小合わせて十二本の川、それぞれの川の間にある総勢十二個ある地区の事である。因みにエリスの店は、ルフ地区と呼ばれる場所にあり、そこから時計回りに、マキューカ、リニュール、アレイス、カシラ、ムカリエ、ファキラタ、スパラーク、エクスターマ、タシュメア、ラクジェエリ、クアリティム、となっている。
伝書鳥は、この世界における伝統的かつ、普遍的な連絡手段として知られ、走って連絡を入れるよりも効率がいいため、この国でもそれぞれのシマの連絡手段として使用されている。
城の中にも何羽か伝書鳥を持っており、それらは国同士での連絡手段として用いられていた。シマ全部から飛んできたとするならば十二羽であるはずだが、何があったのだろうかと疑問に思っていると、城の奥から兵士が複数人やってくる。
「おい、お前たちも準備しろ!」
「何があったんですか?」
「野生のシリュウの一団が、街に入り込んだらしい」
「なッ!? 奴らの生息地は≪神樹の森≫のはずでしょ!?」
シリュウは、蒼い毛を持つ獣である。牙や爪は鋭く、知能や身体能力も高い危険生物であるのだ。だが、この周辺で最も近くでシリュウが住むのは、かなり遠くにある神樹の森と呼ばれる場所である。そこから来たとするならば、逆に聞きたい。どうしてわざわざここに来たのだと。
「どうして、そんな遠くからわざわざ来るんです!?」
「俺が知るか!」
ごもっともである。
「ともかく、急いで救援に向かう!!」
「りょ、了解!!」
そして、その言葉と同時に、兵士が十~二十人づつそれぞれのシマへと向かって行った。
「はぁ、胃が痛い…」
と、胃のある位置を掻きながら兵士たちを送り出した団長代理はつぶやいた。実は現在、この兵士たちを束ねているはずの団長はこの国にはいない。
前の大戦から少したったある日、団長は兵士の半分以上が死亡したという現状と、兵士の中でも精鋭ばかりを集めた騎士団が壊滅的打撃を受けた事。さらには、しばらく新たに兵士になるような人材が少ないという試算から、残った数人の騎士団員全員を引き連れて、他の国々から兵士をもらい受けられないかと言う交渉の旅に出てしまったのだ。
そのため、団長が帰ってくるまでの間、現在の団長代理がその任を引き継いでいる。そういえば、あのころからだったか、法律がどんどんと厳しくなっていったのは、と思い出しながら団長代理は城の中へと入っていった。
「で? どうするのだ?」
「どうするもこうするも、どうしよう…」
と、そんな兵士たちの様子を建物の影から見ているのは、リュカとケセラ・セラ、そしてリュウガである。リュカとケセラ・セラ。その傍らにはこの国の兵士たちが着ているような鎧がばらけておいてあった。これは、エリスの店に飾ってあった商品の一つである。何故、そのようなものがあるのかは不明だが、彼女はそれを使ってなんとか城に忍び込もうと思っていた。が、彼女の作戦はある事情によってご破算となってしまっていた。と、いうのも。
「まさか、連絡方法に鳥を使ってるなんて……」
彼女の考えていた作戦はこうである。まず、彼らの話に出てきていた突然現れたシリュウ、というのはこの国での名前であり、彼女たちの仲間であるロウ達の事だ。
まずもって凶暴なロウ達が現れると、そのシマにそれぞれいる兵士たちが出ていくだろう。だが、彼らは法律によって体力、それから殺すという手段を奪われているため、速く動き回るロウ達を捕まえることは難しいはず。そのため、必ず中央にいる兵士たちに応援を頼むはずだ。そう考え、彼女は城の近くで待っていた。伝令役に城にやってきた兵士たちに紛れ込んで、城の中に侵入するために。
さらに、もし内部で見つかったとしても、兵士の多くが外に出ていて人数は少なくなっているだろうから、対処することは可能。これならいけると思っていた。
因みに最初の内は彼女たちの横に落ちている鎧を着て城の中に潜入するという物を考えていたのだが、リュウガが言うには、龍才開花の魔法を使用するためにはいつも着ている鎧、つまりリュウガの元の身体を使用した鎧すべてが必要なのだとか。その時に来て、ようやくケセラ・セラ戦の時に魔法が解けてしまったことの原因が判明した。
いつも思うが何故こういった重要な情報が鬼気迫る状況でしか渡されないのだろう。
まぁともかく、だ。作戦を遂行している最中に予想外のことが二つ発生してしまった。
一つ目に連絡方法として、人が城に報告に行くのでなく、鳥が報告に来たということ。これによって、兵士に紛れ込んで侵入するという手は使えなくなった。
二つ目に存外に兵士が残っているということだ。後から聞くと、実は城の中には兵士が二千人足らずおり、どれだけ城から出て行こうとも手薄になることは無いそうだ。
いくら弱体化していると言ってもこのまま強行突破するなんて、数の差からいって不可能、または難しくなり、エリスの処刑までに間に合わなくなる可能性がある。
「どうしよう、もう何か策を考えている時間なんてない……こうなったら……ッ」
処刑の時間まで後二十分。もう、何か策を案じている時間も暇も余裕もなかった。危険ではあるが、強行突破しかない。そう考えて、表へと出ようとした。が、そんなリュカを遮るものがいる。
「まぁ待て」
リュウガである。
「お父さん、でも……」
「ひとまず、ワシの言葉を聞け」
リュカは、すぐにでも飛びだしたい気持ちでいっぱいだったが、そう言われて深呼吸を繰り返し、無理やり意気消沈させる。リュカは思う。ここで彼の意見を聞いてみるのも悪くないと。
リュウガの前世は織田信長だったのだ。今川義元との合戦での大きな人数差を策略と運によって乗り切ったり、当時日本で初めて鉄砲を大量に用いたことによって戦国最強と呼ばれた武田の騎馬隊を破ったとされている戦国のカリスマ、織田信長だ。そんな彼が、なにか策を授けてくれるかもしれなかったのだ。聞いてみて損はない。
「わしは、お前の作戦が失敗すると思っていた」
「えッ……」
「いや、失敗する可能性のほうが大きいといったほうが良いな」
「……」
それは少しあんまりなのではないだろうか。それじゃ何か、自分はこの四十分色々と無駄な動きをしていたという事か。これでは道化である。落ち込むリュカだが、今はぐうたれている時間なんてない。さっさとリュウガの話を聞こう。
「だから、ワシはお前の策が失敗に終わった時のために一つ作戦を考えていたのだ」
「え、なにそれ、私聞いてない」
「言ってなかったからな」
そういえば、リュカがとりあえず目立たないようにケセラ・セラの着れる服をエリスのお店で探している時、リュウガの姿はなかった。あの時、何かをしに行っていたのか。
「で、その策ってなんなの?」
「ふん、まぁ見ておけ」
見ておけ、と言われてももう時間がない。そう反論しようとしたその時、地響きのような物が鳴り響いた。
「な、なに!?」
「来たか」
リュウガはある方向を見ながらそういった。彼の目線の先をリュカも覗いてみる。そこにいたのは。
「王の独裁を許すな!!!」
「エリスちゃんの死刑反対!!!」
「エリスを助け出せ!!!」
そこにいたのは、男女幅の広い年齢層の国民たちであった。彼らは城に向かって一直線に走りこんできている。これって、まさかデモ、というのだろうか。前世の世界では実際に見たこともない規模で国民たちが押し寄せてきていた。
「みんな、なんで……」
「この国の国民は、皆あの法律に腹を立てていた。そして、まだ若いエリスへのあの仕打ち、少しあおっただけであの騒ぎよ」
「で、でも法律の事は分かるよ。でも、エリスは、みんなから見捨てられたって……」
あの店で言っていた。エリスの仕立て屋は、前に常連だったお客さんであっても、誰一人として買いに来てくれていなかったと、自分は見捨てられてしまったのだと。
「その件だが……それはエリスが悪い」
「へ?」
「あ奴、自分が仕立て屋を再開させたことを知らせていなかったそうだ。元常連だという者に話を聞いたが、その者は大変驚いておったぞ」
「え!?」
エリスのお店は裏通りにある。そこに行くのにもかなり不便なもので、普通に店の前を通る人間などはいなかったし、ついでに言えば、訪ねてくる人もほとんどいなかった。
後から聞いた話によると、エリスが両親を亡くした時の落ち込み様は相当の物だったらしく、何を言っても逆効果で取り付く島もなかったそうだ。そのため、クラクから自分に任せてくれとの言葉を受けて、最初の内は彼女に任せるとして少し時間を開けてから会いに行こうと考えていた人たちが多かったのだ。
が、エリスは表に出ている時があまりなく、さらにクラクのおっちょこちょいも重なってエリスが両親の死を乗り越えたということを知らなかったらしい。そもそもエリスが表に出てくる時間は布や糸などの商売道具の調達のために朝早くであるのに対し、奥様方が買い物等にでる時間は夕方であると完全にずれていたため、エリスは井戸端会議なるものに参加したこともなく、外との接点をほとんど絶っていたということも相まっており、二年という長い間エリスが会った人間はクラクとリュカの二人だけだったらしい。そういえば、お店の看板も出ていなかったし、そりゃ誰も店が再開したことに気が付かないだろう。
「嘘……そんなことあり得るの……?」
「あったのだからしょうがないだろう」
「えぇ……」
なんとも無茶苦茶な話ではあるが、あったのだからしょうがない。それはともかくとしてそんな中、国民の一人の男性がリュウガの元へとやってきた。
「リュウガさん! 集められるだけ集めて来やした!!」
「うむ、ご苦労」
まるで舎弟のようである。さっきの会話から想像すると、リュウガが市民に協力を依頼したのは、ごくごくわずかな時間だったはずだ。これが、カリスマ力という物なのか。リュカは見習いたいものだと思いながらその様子を見ていた。
「これより、この二人が兵士に紛れて城に入り、エリスを救出する。お主たちには、できる限りの騒ぎを起こして、兵士どもを混乱させてもらいたい」
「分かりやした!!」
そして、舎弟(仮)はデモ隊と合流。少し話した後、地面が震えるような歓声が上がった。そして次の瞬間。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
「つっこめぇぇぇ!!!!」
「食いもんの恨みぃぃぃ!!!」
私怨が混じっているのはしょうがないが、ともかく迫力がある。一人の男が言っていた食い物の恨みという奴だろうか。恐ろしい。というか、閑古鳥という言葉はないのに、そんな言葉はこの世界にも普通にあるのかと、場違いにも思ってしまった。
「だ、団長代理!?」
「ひ、ひるむな! 押せぇ!!」
「う、うおぉぉぉ!!!」
国民に続いて、今度は兵士たちも前に出てきた。戦力としては兵士の方が格段に上のはずであるが、体力的に低くなっている面があるからか、一進一退の攻防が続いていた。まさに、現場は大混乱となっていた。
「よしいくぞ!」
「えぇ!? バーゲンセールの時の主婦の集まりのような地獄絵図の場所に!?」
「お前が何を言っているのかはさっぱり分からんが、ケセラ・セラはすでに突撃して言ったぞ」
「え、いつの間に!?」
見ると確かにケセラ・セラらしき人物が集団に飲み込まれていくのが見えた。勇気があるのか、無謀なのか、怖いもの知らずなのかは分からないがしかし、度胸があるものである。あそこの熱気はすごいだろうなと思いながらリュカは一つ大きく息を吐いてから決断する。
「やるしかない……こんのおぉぉぉぉぉ!!!!!」
刑執行まであと10分。




