第五話 異世界版生類憐みの令
「どうぞ、座ってください」
そう、エリスに促されたリュカ、クラクの二人はその場にあった椅子に座った。エリスはお茶を入れてくると言って奥の台所らしき方向へと向かった。彼女がまた出てくるまで、リュカは否が応でも目に入ってくる、というかどこを向いてもそれしかない大量の吊るされた服を見ていることにした。
様々な色の服、種類もワンピースやドレスなどより取り見取りである。先ほど見た兵士の鎧まで置いているようだ。よく見ると棚の上には藁の帽子や、小物類が見受けられる。多種多様なものは置いているが、やはりというかなんというか、下着類は置いていなかった。
「あ、あの……」
「ん?」
クラクは恐る恐るといった風に言った。うつむいていて、リュカの顔を見ようとしておらずこの家、いや店なのだろう。とにかく、店に入ってから一度も目を合わせてくれていない。一向に話を始めない事から、しびれを切らしたリュカは、逆に話を振ってみることにした。
「どうしたの?」
すると、クラクはようやく顔を上げて、話し始める。
「わ、私……あなたを逮捕しないと……」
「あぁ……そういえばそんな話をしていたっけ……」
そもそも自分は、虫一匹を殺してしまったためこうして兵士たちに追われているわけなのだ。クラクもまた自分を捕まえるために自分を追ってきた。
ただやっぱりどう考えてもこの法律はおかしいと思う。虫一匹も殺してはダメであるというが、それがもしハチや毒を持った虫類、いや虫に限らずとも獰猛な獣が出現した場合どうするのだろうか。その時にも殺してはダメと言うならば襲われ、噛まれて命を落としかねない。結局のところ、この法律は他の命を優先すればするほど自分たちの首を絞めつけるいわば諸刃の剣なのであるとリュカは思う。
「もういいじゃないですかクラクさん。クラクさんも、あの法律が正しいものだと思っていないんでしょ?」
「は、はい……」
エリスの言葉からすると、どうやら法律を支持している人、そうじゃない人の二つの派閥があるようだ。
エリスが言うには、クラクは命を大切にするタイプの人間であるものの、流石にここまで理不尽な法律を守りたいとは思わないそうだ。だが、それを守らなければさすがに国に仕えている兵士であろうとも即座に逮捕されてしまう。だからこうして一応は従っているが、見失ったら見逃してしまうことも多々あるそうだ。そしてその考えは、兵士の約四分の一、主に若いものが持っている考えであるらしい。
「ところで、あの法律はいつ頃からある物なのだ?」
と、ここでリュウガが切り出した。それは、自分も聞きたかったことだ。
「えっと……ここまで厳しくなったのは前の大戦の時からです」
「ここまで厳しく? それってその前提になった法律があったってこと?」
「はい……あれは今から十年ぐらい前の事です……」
クラクがその話を受け継ぐ。曰く、いまからおよそ十年前の事。王妃様が王様の子供を出産し、王国中でお祝いムードになっていた時の事だった。長年子供に恵まれなかった国王の初めての子供という事で、国中飲めや歌えの大騒ぎでそれを祝福した。けど、それも長くは続かなかった。
産まれた子供は、間もなくして病気で亡くなってしまったのだ。程なく、法律の一番最初の関連法案として、捨て子の禁止と保護という物が提出された。この国では、それほど子供が多い、生活が困窮しているということはない為、その法律によって人々が右往左往するということはなかった。
本当に厳しくなったのは、エリスの言う二年前の大戦の後からだそうだ。隣国と共に参戦したその戦で、エリスの両親を含む大勢の、国の重要な役職に就く人間も大多数が亡くなり、王様の弟が助け船を出してくれるまで一時期大混乱になった。それから、王様はおかしくなった。
大戦から間もなく、今公布されている法律が出された。この一連の法律はちゃんとした名称はないものの。国民からは『国王の、国王による、国王のための生物関連愛護法案』、通称『国三愛護法』と揶揄されているそうだ。安直過ぎないだろうか。
「エリスの両親が亡くなったっていうのは?」
「……私の父と母は、仕立て屋さんをやっていたのと同時に、王様を守る騎士だったんです」
「えっ、それって両立できるものなの?」
そのリュカの言葉にため息をつきながら答えるのはリュウガであった。
「以前話したことを忘れたか?」
「へ?」
「戦の時には兵士となるが、それ以外の時には農民として普通に暮らしている者もいると言ったはずだが?」
「あぁ……そんな話も……それと同じこと?」
「同じだ」
戦国時代、当時兵士のほとんどは戦の時以外常時は田畑を耕す農民であった。それが戦の時になると国中から集められ、主に足軽として戦場の最前線に立ち、そして自前の刀や槍、時には農業の時に使う鎌等を使用して戦っていた。
一説によると、昔は日照りが長く続くなどと異常気象に見舞われ、飢餓が広まり、餓死してしまう人が多かったらしい。戦争になると、勝った時には大名から食料を中心としたいくつかの褒美が与えられる。そうでなくても戦中は食料の支給があったはずである。大名からしてみれば、兵隊を集められ、支給する食料はそもそも、農民から集めた年貢。大名からしてみても農民からしてもまさに相互的に得をしている関係なのである。因みに日本で職業としての軍人を始めて作ったのは織田信長と言われている。―――諸説あり。
「それ以降、ここも店じまいして……今年、私が店を引きついで開いたんです」
「え、それじゃ……というか、やっぱりここ店だったの?」
「はい」
やはり、ここはお店だったようだ。こんなに大量の服、ただの趣味では作らない。とても綺麗に、そして美しいそれらの服は、素材からしていい物を使っているのではないだろうか。
と、ここでリュカは思い出した。そういえば自分がこの街に降り立った一応の理由は、自分たちの服を手に入れるためだった。リュカはエリスに言ってみる。
「仕立て屋さんなんだ。ちょうどいいや、それじゃ後で注文受けてくれる?」
「え……はい! かしこまりました!!」
「うわっ!」
エリスは注文という言葉を受けて、突然立ち上がる。その勢いに思わずリュカは後ろに倒れてしまった。
「あ、だ、大丈夫ですか!?」
「イタタタタ……うん、どうしたのいきなり?」
リュカは頭を触ってみる。コブはないようだし、手のひらを見ると血も出ていないから、大丈夫のようだ。
「す、すみません……実は、服の注文が入ったのは初めてなんです……」
「え? でも、こんないい服作るのに?」
リュカは周りに大量にある服を見る。どれもこれもおしゃれな服である。例えば右手の方向にあるワンピース。上は青白の水玉、下は白の少し短いスカート、首周りのフリルやリボンも可愛いといえば可愛い。それほどひどい商品が置いているわけではないはず。なのに、何故誰も買っていかないのか。
というか前世で流行ったような服ばかり置いてあるのだが、名称も同じなのだろうかと、疑問に思ったリュカだが、安心して貰いたい。どういうわけか同じであるから。
もしかしたら、この世界にそう言った服を広めたリュカやリュウガのような転生者がいたのかもしれない。話はそれたが、ともかく何故彼女の服は全く売れないのか。
「このお店は、裏通りにある隠れ家のようなお店ですから……」
クラクが答える。そういえば、ここに来るとき自分は大通りから大きくジャンプした。その時、下を見たときにまったく人通りがない場所に降り立ったのだ。まぁ、そのおかげでこうしてエリスやクラクといった二人と出会うことができたのだから、ある意味運命的なものを感じる。
「はい、かつての常連の人たちもみんなほかのお店の方に行ってしまって……見捨てられたんでしょうね」
「あぁ……だから閑古鳥が鳴いているわけだね……」
「閑古鳥?」
「ああ、こっちの話だからハハハ……」
閑古鳥が鳴く。商売をやっているお店に客足がない状態の事を前世で頻繁に使用されていた熟語だ。
こういった言葉は、前世からきた人間に伝わっても、この世界の住人に伝わらなければ意味がない。リュカは、今後はより一層使う言葉に注意しなければならないと考えながら再び椅子に座った。
「そういえばクラクさん、仕事に戻らなくていいんですか?」
「あっ、そうだった……早く戻らないと代理に怒られる!!」
ということでクラクは服をかいくくって外へと出る。仕事中にさぼっていたら怒られるのはどの世界でも共通のことのようだ。もっとも、自分は向こうで仕事に就く前に死んでしまったので社会人という物がどんなものであるのか知らないが。そう考えながらリュカはお茶を飲む。
「それではリュカさん、服の事なんですけれど……」
「あぁうん、それで服だけじゃなくてさ……」
「?」
リュカは少女に特別に注文するために紙とペンを要求した。
エリスが持ってきた手のひらサイズの紙と、羽ペン。思えば、この五年間紙という物を一切見なかった自分。その肌触り、そして匂いに至るまでなんだか懐かしすぎて涙が出てきてしまう。
情緒が不安定になる前にはやく用事を済ませよう。リュカは、紙にとある絵を描いた。
「ええっと、こういう物なんだけれど……」
「これは……見たことのない形ですけれど……」
「うん、それでココにはゴムを使って、ココには針金を使ってもらってもいいかな?」
「ゴムと針金ですか……」
「……無理かな?」
取りあえず反応を見る限りゴムと針金という材質はあるようだ。そう、彼女が頼んでいるのは下着である。見た感じ、この国にはその概念がないようなので、まるっきり初めて見るソレを一から製作するのは大変だろうが、ダメ元で頼んでみる。
それにしても、先ほどの閑古鳥という言葉がこの世界になかったように、ゴムや針金といった材質も存在しないかもしれなかったが、その心配は杞憂に過ぎなかったようだ。あの二つの材質がなければ話にもならない。
「う~ん、無理というわけではないのですけれどゴムはともかくとして針金は……私がいつも使っている業者さんに確認してみないと。それにしたって今日は休みなので明日になりますけれどよろしいですか?」
「そっか……分かったそれでいいよ」
「ありがとうございます」
ゴムはともかく、針金は常時おいているわけではないようだ。そもそも、針金を使うものと言ったらいくつかの帽子ぐらいであろうから、しょうがないといえばしょうがない。まぁ、どうせケセラ・セラの胸囲や体格の正確なデータがない為、明日彼女を連れてきて採寸しなければならないため、もとより何度か来店することは決まっていたような物だ。
と、まず手始めにとリュカの身体の採寸をしようとした時である。エリスが思い出したかのように言った。
「あ、リュカさん。この服は、特注になるのでお値段はかかるんですけれど、いいですか?」
ここで、疑問に思った読者もいるかもしれない。人里離れた場所に住んでいたリュカ、当然お金も一銭たりとも持っていないはずだ。それなのに、どうやって支払いをしようというのだろうか、と。
まさか、無銭で頼むわけにはいかまい。努力や仕事には必ずそれ相応の対価が必要なのだから。
「あ、それなんだけど……」
だが、これまた安心してもらいたい。彼女はちゃんとエリスに支払うお礼を持ってきていた。
「これでもいい?」
「あ、これって……」
彼女が差し出した物。それはとても小さな石だった。だが、ただの石コロではない。とてもきれいな色の光を放つ石。天然石という物だ。
「森の中を走っている時に偶然見つけたの。お金に変えればいい値段するんだよね」
まぁ、見つけたのは私じゃないんだけどね。と、リュカはエリスに聞こえないように小声でつぶやいた。
そう、この石を見つけたのは彼女じゃない。食料を調達に言っていたロウの中の一匹。どうやら、そのロウには宝石や天然石といった鉱物を見つける特殊な能力を持っていたらしく、今彼女が持っている石だけじゃない。数多くの、まだ加工前の原石をそのロウが所持しているのだ。
お金というのは国によって使用されている単位が違う。だから、こうやって旅をする上ではそのような決まった金銭ではなく、宝石や天然石、金銀といった鉱石のほうが適していると、そう考えたのだ。
「これだけでも十分です! ありがとうございます!」
この国では、小さな天然石であっても貴重であるらしく、リュカの持ってきた分だけでもおつりがくるくらいに高値での取引をしてもらえるらしい。
こうして交渉が成立した両者。採寸を終え、とりあえずということで店に置いてあった服を貰ったリュカはソレを着ると、エリスのお店から出て行った。
時刻はもう夕暮れ時。兵士たちの姿がないことを確認しながら。ケセラ・セラの所に帰るのであった。




