第三話
暇、暇、暇、暇、暇。
今日も今日とてお客さんはゼロ。店中に飾ってある服や壁際に棚で置かれている布は、今日も一ミリたりとも動かない。裏通りにあるとはいえ、これはさすがに酷すぎる。
「……やっぱり本通りに出たほうがいいのでしょうか?」
いやいや、この店は父と母から受け継いだもの。そう簡単に手放してはダメだ。そう言って首を振る。とはいえ、店に客が来ない事には、収入も得ることはできない。宣伝をしようにもお金がやっぱりないからそれほど大きなことはできない。彼女は、ため息を一度ついて、外を見る。
「……よし、今日も掃除しますか」
それが≪エリス・グランセル≫の日課だった。この店は、もとは彼女の親が経営する仕立て屋であった。その時は、それなりに繁盛していたそうだ。当時まだ七歳であったが、彼女も親の手伝いをして、自分も大きくなったらこのお店を引きついで、親と一緒の仕事がしたいと何度思ったことだろうか。
だが、まさかその時が想像していたよりも早く来るなんて思ってもいなかった。ニ年前、ある隣国がこの国に攻め入った。いくつもの国が参戦して、大きな戦争となってしまったそれに、父と母は国を守るために参戦。
王様の弟の国が加勢してくれたこともあり、国を守ることに成功した。しかし、犠牲も少なくなかった。少なくとも、私はそう思う。
私は父と母を同時に亡くした。大事な人を同時に亡くして、私は悲しんだ。それからは、このお店で私と、それからお城から派遣されたという兵士さんと一緒に暮らしていた。
そして今年、私はこのお店をもう一度開きました。しかし、ニ年という月日は客を遠ざけ、それまで常連だった人たちは別のお店に鞍替えしてしまったのか、お店に来る人は全くいなかった。だから彼女は掃除をする。父が言っていた。『店の前がきれいじゃないと、客は来るはずがない』だから私はその日も箒を持って、掃除をしていました。店の目の前の通りは、それほど広くないため、すこし掃除をすればそれだけで十分だった。今日もいつもと同じ、何も変わらない一日である。そう思っていた。
「え?」
上空を何かの影が通り過ぎるまでは。
「い、今のはいったい……」
エリスは箒を壁に立てかけて、影が向かった方向に走った。いくつかの曲がり角を曲がったその先にいたのは二人の人と、飛んでいるぬいぐるみのようなもの。うち一人は見覚えがある。というか、前述した今も一緒に暮らしている6つ年上の、居候とも言って良い兵士の女性である。彼女は泣き虫で、ことあるごとに泣いているのだが、今日も今日とて泣いているようだ。
しかし、もう一人の女性に見覚えはなかった。長いツヤのある黒髪の女性。着ているのは緑色の鎧。腰にあるのは剣なのだろうか、しかしあまり見覚えがない形である。彼女はいったい何者なのだろうか。
「ん?」
「あっ……」
その時、振り向いた彼女と目が合った。
顔と比べて豆粒のように小さく、可愛い目。しかし、その奥には真逆と言っても良い鋭い眼光が見え隠れしている。
その目を見ただけで、心が弾み、まるで恋をしたかのように彼女の心を満たしていった。
それが、エリスと彼女の人生を大きく変えた少女、リュカとの初めての出会いであった。
そして、私の人生が狂い始めた瞬間だった。でも、そのことに後悔はない。
私は多くの出会い、多くの別れを経験し成長することができたのだから。
彼女達無くして今の自分はいない。そう断言できる。そう信じている。
信じて―――。




