第一話 ミゾカエ
「やっと着いた……」
ケセラ・セラを仲間としてから三日、ようやく国が見えてきた。当初の予定よりも早めに着けたことに安堵するリュカ。その要因となったのは、一緒に着いてきたロウ達。
途中から、図体の大きな固体を中心にしてその背中にのせてもらって、さらに夜も交代で監視してくれてケセラ・セラともども熟眠することが出来、その調子は上々だ。勿論、自分達も交代で監視をしていたのは言うまでもないだろう。
それにご飯も、これまでは自分1人が取ってこないとならなかった為に大変だったが、彼らのおかげで狩りができるようになって楽になった。
そんなこんなでようやく彼女たちが辿り着いた国が、彼女達の運命を変える出会いをもたらした国であった。
いまリュカ達がいるのは、ちょうど国が見下ろせる場所にある崖の上。見たところ、真下にあるのはなかなかの大きさの国で、中央に大きな城がある。
城の両端にそれぞれある青い瓦の屋根をもつ小さな塔と赤い瓦の屋根をもつ大きな塔の2つがあるが、なにより国を囲っている壁は、存在感が段違い。
その国の壁からは滝のように水がおちており、そこから城へと放射状に伸びる水路は、前世のフランスという国にあるとある道を連想させる。おそらく、これらがこの国の特徴なのだろう。
「きれい……」
『リュカ』
「ん?」
この世界で初めて見た国の姿に眼を奪われている少女に声をかけてきたのはケセラ・セラであった。
彼女は、後ろにいるぐったりとしたロウ達を見ると言った。
『みんな疲れてる』
『あ~……』
無理もない。あの森から、殆ど休みなしで走りきってくれたのだから。途中には森の中とは違う土壌もあったりして、森の中を生きてきた子たちは、走りづらいだろうと思う場所だってあった。
その中をここまで走ってくれたのだから、ここで少しは休ませてあげなければ。このロウ達も、ケセラ・セラと同じく自分の仲間であり、生き物なのだから。
『じゃ、あの国にいくのは、私とお父さんだけにして、みんなはここで休んでて』
『うん、わかった!』
ケセラ・セラは笑顔でそう言った。
最初は片言でしかしゃべることのできなかった獣語(リュカ命名)も、今では慣れたものだ。前世の世界でもこの調子でペラペラと話すことが出来ていたのならよかったのに、そう考えながらリュカは改めて国を見る。
「さてと、行きますか!」
「待て」
意気揚々と国の方へと歩いて行こうとするリュカだが、その前にリュウガが静止して言った。
「え、なに?」
「貴様、忘れたわけではあるまいな」
忘れた。何をだろうか。刀もちゃんと持ってるし服と鎧だってちゃんと全部装着してる。何も忘れているものなどあろうはずがない。
「……その髪はどうするつもりだ」
「髪? ……あっ!」
あった。≪厄子≫関連の話だ。髪の色が普通と違うと言うだけで忌み嫌われ、そして災いを呼ぶという風潮のあるそれが国の中に堂々と入っていったら国中大騒ぎになる。ただでさえ最初の国で慎重に事を運ばないといけないというのに、あまり騒ぎを起こして国の人に迷惑をかけたくはない。
「ど、どうしよう……」
いっそのこと丸刈りにして坊主頭になるという手もある。女の子として坊主は戸惑うかもしれないが、彼女はそれほど自分の髪に愛着はないしここ最近熱くなってきたので別に構いはしない。のだが、それはそれで周りからは不自然に映ってしまう。
考えあぐねている中、リュウガはある物を彼女たちに見せた。
「そうなると思ってちゃんと用意しておる」
「え、なにこれ?」
リュウガの取り出したそれは、黒くつやつやした実であった。サクランボ程の大きさだろうか。それが何粒もある。いったいなんなのだろうか。
「一つ潰してみろ」
「う、うん……わっ!」
その実を潰した瞬間中からドロッとした墨のような黒いものが流れ出す。それは、その実の体積に不釣り合いであると思われるほどの量で、瞬時にその手を真っ黒に染め上げた。
「な、なにこれ?」
「この実は森の中に生えていたミゾエカの木の実だ」
「ミゾエカの木?」
リュウガ曰く、森から出るその日に見つけたものらしい。ミゾエカの木から作られる実は、内部に黒々とし、また粘りけのある液体を持っている。それが髪に付着すると2~3日はどれだけ髪を洗っても取れないほどに絡み付く。故に、この世界では髪染めとして利用されているという。因みに無味無臭であるため食には適していないとか。
「そっか、これを使えば髪色を変えられるんだ」
「いかにも」
「よし、それじゃぁ…」
『セラ、こっちにおいで』
『なに?』
リュカは、リュウガから木の実をいくつかもらうと、後ろで座っていたケセラ・セラを呼ぶ。余談になるが、ケセラ・セラの座り方はいわゆる犬のお座りの形であり、足は完全に閉じていない。そのために、下着というものの概念のないこの世界においてケセラ・セラは、ある部分が丸見えの状態であった。これに関しては何とかしないとと改めリュカは思った。
そして数分後。
『よし、これで完成だね』
『なんか変な感じ……』
『我慢だよ我慢』
『それに、臭いも……』
こうして、立派な黒髪の美女が二人誕生した。傍目からは、彼女達の本当の髪色なんて見分けがつかないはずだ。
因みに、国にいかないはずのケセラ・セラの髪も染めたのは、もしも誰かが通りすぎたとしても騒ぎにならないようにだ。いま自分達がいる場所に誰か来ないとも限らないためその判断は間違っていないはずだ。
「さてリュカよ、液体が乾くまで時間があるから一つだけ聞こう」
「ん、なに?」
「貴様、なんのためにあの国にいくのだ?」
「え?」
そういえばどうしてだったのだろう。考えたことなかった。前世でよく遊んでいた異世界冒険物のゲームだと、いく先々の国に立ち寄るってことが常になっていたため、自分も国に立ち寄らないといけないと思っていた。けど言われてみればこの国を目指したのは、一番近くにあった国がここだったからという単純な理由しかない。
自分は、一体あの国でなにがしたいのだろうか。まさか行きなり国を侵略するなんてことできないしそもそもしないし、現実的でない。
さて、どうしようか。
「う~ん……あっ」
「?」
そうだ。あの懸念事項を払拭しよう。
「まさか、衣服を買うためとはな……」
「だって、必要でしょ? 私だって女の子、オシャレぐらいしたいし」
あれからしばらく、液体が髪に定着して取れなくなったことを確認して、現在リュウガとともに国へと続く道を下っている最中である。リュカが思い付いた国へ行く理由は、服を買いにいくというものらしい。
「鎧の下に着ていた服は無くしちゃったし、鎧が直に当たって冷たいんだよね……」
と、鎧をちょっとだけ皮膚から離して、その下にある肌を見てそう言ったリュカ。あの日から三日経って、ようやくその感覚には慣れてきたが、しかし違和感はまだあった。
やはり、肌着は必要だと思うのだ。それに、もう一人にも服をあげたいと思っていた。
「ケセラ・セラは、毛皮の服だから今は暖かくていいだろうけど暑くなると……」
現在の気候は心地よく、少し冷えるか冷えないかという具合であった。その為、ケセラ・セラは熱さなんて訴えないのだが、それでも行く先々でずっと毛皮を着てはいられないだろう。いつの日にか暑さに耐えきれずに熱中症になる。その前に対策を打たなければならないのだ。
森にいた頃は、暑い時期になると決まって服を脱ぎ捨てて裸で暮らしていたというが、もちろんこれからの生活は、そうはいかない。裸で国中を回っていたら野蛮な男たちのいい獲物となってしまう。早く服を手に入れなければ。
「それに……」
「それになんだ?」
「慣れたには慣れたんだけれど……やっぱスースーするし……」
リュカは下を見ながらそう言った。
確かにこの状態にも慣れたし、森での一件で丸見えになつても恥ずかしさはもう皆無だった。でも、やっぱり履き慣れた物がないのは違和感を感じる物。
服、そして下着の買い出し。それからのことはその後に考えれば良い。初めての国まで、後もう少しだ。




