第十一話 蒼と翠の激突
戦という物には流れ、という不可思議な物がある。
大きな戦力差があっても、どれだけの策を練ろうとも、その流れによっては勝ちもするし、負けもする。
その流れはいったいどういう物なのか、という議論に関してはことかかないのだが、もちろん答えなんてない。故に、その流れを意図的に呼び寄せるのは不可能に近く偶発的に発生するソレを待ち望むしか方法はない。
例えばこの戦いの流れはどちらに吹いているのか。今回に限って言えばそれは一目瞭然であろう。
「ッ! はぁ!!」
修行時代、自分がリュウガから教えられたのは何も刀の技術だけじゃない。武道系統も率先して教わっていた。何故前世が織田信長であったはずの彼が空手やジークンドーといった物を熟知しているのかさっぱりわからなかったが、ともかく。そのおかげで彼女は刀を持たずとも戦うことが出来ていた。
「グルル……ガァッ!!」
「ッ!」
しかし、やはり相手は元より武器等を持たずに自分の肉体で戦ってきた獣。明らかに劣勢なのは自分。流れは、蒼髪の少女に吹いていたのだ。
もちろんリュカも何もしていないわけじゃない。彼女の攻撃をなんとか見切り、ギリギリで回避すると、間髪を入れずに反撃をしている。しかし、当たらない。彼女はその攻撃を恐るべき反射神経で全て避けているのだ。それも難なく、まるで大したことがないかのように。
なんという柔軟さか。それに比べて自分は、避けるのでさえも手いっぱいで、相手の一撃一撃に死を感じてしまう。
これは本能に任せた動きであると言ってもいいのかもしれない。やはり本当の自然の中でずっと生きてきた野生の少女は自分とは違うのか。似たように人里から離れて暮らしてきたはずの自分でも、何かが違うというのか。
彼女と自分の違うところ。考えるにそれは安心感なのかもしれない。彼女は毎日毎日を命の危険のある場所で暮らしてきた。明日や来週じゃない、今を生きることだけを考えてきた野生の獣。対して自分はずっとすぐそばにリュウガという絶対的な強さを持つ親がいてくれた。
だから、命に危機を感じた事なんて少しもない。いやちょっとは危ないかもと思うことはあったかもしれない。でも結局は父が何とかしてくれていたから、今ここまで自分は生きていられると言ってもいいだろ。
こう考えると、あんなに厳しい修行をこなせたのは、自分の力ではない。父がいてくれるという安心感という名前のぬるま湯が目の前にあったからなのかもしれない。
自然の中で作られた彼女のその一つ一つの攻撃がとても鋭く、重い。今は何とか避けられる。しかし、もし一撃でも当たってしまえば防御手段のない文字通り丸裸の自分はひとたまりもなく切り裂かれ、数時間後には彼女の仲間のロウ達の餌になるかもしれない。
そんな惨い死に方決してしたくはない。が、それも時間の問題であろう。
「もう灯りが無くなる。今でもこんなに劣勢なのに、このままだと……」
みると、とても分厚い雲が月明りに向かって延びてきている。あとほんの僅かの時間でこの辺りが暗闇に包まれることは必至だ。
月明りがあるからこそギリギリでも避けられる。それだというのに、もしソレすらも無くなってしまえば自分は彼女に対抗する手段は無くなってしまう。月明かりが無くなる前に彼女を倒すしか方法はない。なのに、勝ち筋が一切見えない。
早く倒さなければ。早く、早く。
そんな焦燥感が彼女の中で沸いた瞬間、彼女は大きな失敗をしていたという事に気が付いた。
そう、自分は彼女から目を離していたのだ。一対一で戦っている時に相手から目線を外すことがどれほど愚かで危険な行為であるのか、彼女はもちろん知っていた。それに、自分の相手である蒼い髪の少女もまた、ソレがまたとない敵を殺す機会であることを知っていた。
「ッ!」
気配を感じるのは前から、右から、左から。いや、下だ。
蒼髪の少女はリュカの下に潜り込んでいた。恐らく、下から上へと爪で切り裂こうという算段なのだろう。
避けなければ。いや、無理だ。彼女の速さ、そしてこの間合いで避け切るなんて不可能に近い。
なら、攻撃を受ける前に彼女を倒す。ダメ。その前に自分の方が切り裂かれる。
だったら、攻撃を防げば。却下。軟らかい豆腐が包丁を受け止めることが出来るか。否だ。鎧を着ていない自分がその攻撃を防ぎきることは無理がある。と、言わざるを得ない。
逃げ道なんて何一つない。自分にできることと言えば、その攻撃を受け入れ、重症を負うか。あるいは、再びの死を受け入れるか。
論外だ。
自分は、こんなところで死にたくない。
欲望の虜になった自分を受け入れてくれる人がいる場所を探さなければならないのに、こんなところで死ぬなんて。
父は言っていた。弱い物が死ぬのがすべての世の理。弱き者が死に、強き者が生き残るのが不変の掟。
だから、もし自分が彼女より劣っていたとするのならば、ここで死ぬのはごく自然の事なのだろう。
だが、違う。そんな自然不自然だ。
弱き者が死ぬのが世の理なら、なんで何の力もない赤ちゃんや子供が生き残ることが出来る。
守られているから。違う。そんな自然の理なんて知らないからだ。知らないから、自分が死ぬべき弱き者とは思わない。
赤ちゃんが自然の理を知らないのならば、それは生まれた時からの理じゃない。生まれた時からの理じゃなければ、それは自然が勝手に押し付けたただの妄言。
何故、強き者が弱き者を虐げる。
怖いからだ。弱き者が。恐れているからだ。弱き者が団結して強き者を倒すことが。
存在しているからだ。弱き者が強き者に勝利する可能性が。
自分は弱いから、強くないから。そんな戯言で自分の価値を勝手に決めるのはもうやめよう。
自分は強いから、だから弱い者をいたぶってもいい。そんな理不尽をもうやめよう。
弱くても、勝ち目がなくても、それでも生き残るための方法が何かある。どんな貧弱な人間でも、屈強な人間を押し倒す力が必ずどこかに存在する。
ならば、自分はその倒す可能性を見つける。
奇跡的にその攻撃を避けて、一発逆転を狙うことが出来る可能性を見つける。
それが出来るのは、負けることが決定づけされた時に潔く諦めるヒトではない。
決して臆せず諦めず、生へと執着することが出来る貪欲なヒトしかないのだ。
「くッ!!」
だから、彼女もあきらめない。決して、後ろ向きの考えになることなく身体の全ての関節を動かした。膝関節、股関節、椎間関節に至るまで全てを駆使してその攻撃を避けようとする。
自分の身体が堅いことは重々承知。避け切ることなんてできないことは分かっている。でも、それでもその攻撃から逃れるためにはその方法しかなかったのだ。
誰もが思う、無駄なあがきだと。嘲笑う、潔くないと。
でも、それでいいのだ。どれだけ醜くても、生への執着は忘れない。それが、一度命を落とした自分が学んだ、生きるための強さ。ソレが、今の自分の格好良さなのだから。
もし、これで避け切れなくても悔いはない。最後まで、生きようとする意志は忘れなかったのだから。すべてを出し尽くした彼女は天命を待つ。
果たして、その爪が通り過ぎた先。その道の中にあった物は。
「え?」
≪無≫だけだった。




