第十九話
卑怯者、クズ、なんと言われようとも構いはしない。
私は、この国のことを愛している。この国のためならば、どんな大罪をも犯して見せる。そう、たとえそれが、人道に反する行いであったとしても、私は、国のためになら、悪魔にだってなれる。
どんな犠牲を払ったとしても、国を守れるのならば。
「この反応! 烙印の反応が切れました!」
「!? 場所は!?」
特別料理騎士隊の隊長フォンは、関所の人間の言葉を聞くと大急ぎでその場所を聞いた。
「はい、おそらく場所は近深く。地上から、大体2キロほどの場所かと」
「なるほど、どうりで根城が見つからなかったわけだ」
フォンはそう苦々しげに言うと、すぐさま自分の配下の人間たちに向けて言った。
「すぐに探索魔法を地面に向かって使用するんだ。広範囲ならともかく、場所の特定ができてる状態なら必ずどこかにある地下競売の入り口を見つけられる。それを探し当てろ!」
「はい!」
ようやく奴らのしっぽを掴んだのだ。この好機、決して逃すものか。
そう、全ては、少女を囮に使うことによって得られたものなのだ。それを逃してしまったら面目が立たない。
元々、彼ら特別料理騎士隊の面々は、裏競売場がこの国どこかにあるという情報を掴んでいた。そこでは、違法な食材や、矢面にはだせないような普通じゃない商品の売買をしているのだと。そんなもの、料理の国たるニカムリバが許しておいては、国のメンツに関わってしまう。
いや、それだけじゃない。今回のヴァーティーのように、観光客が狙われるという最悪の事態が発生してしまった。もう、この時点でこの国の評判が落ちることは確定的だ。なんとしても、ヴァーティーという少女を救い出して国の面目躍如を狙わなければ。いや、違う。大切なのは国の面子なんかじゃない。
そこで売られることになるものたちの命。それが一番大事なことなのだ。それを、彼も、そして彼女たちもわかっていた。
だが、こうすることでしかその居場所も掴むことができなかった自分たちの探索能力の低さ、それが今回の事件を引き起こすことになってしまったと言ってもいい。
唯一運がいいと言えるのは、彼女が、昨日観光客としてこの国に来たこと。その結果、魔法の烙印を、その手につけていたと言うことだ。
彼女に押された、と言うよりもこの国に来た観光客に押されているおし印は、実はある秘密がある。特別料理騎士隊の上層部のみしか知り得ないような秘密が。
何度も言うが、こんな好機、二度もないかもしれない。いや、一度目もあってはならなかったのだ。この国のためなら、自分の命なんて惜しくない、しかし、だからといっても、この国に観光に来てくれた少女たちの命が奪われるなんて、あってはならない。
絶対に、もう命は失わせない。フォンは、そう固く心に誓いながら、探索魔法を使用した騎士隊の人間が、報告に来るまで、待つことになった。
その背後にいる、猛々しいほどの魔力を放っている少女たちと一緒に。
「地上まであとどのくらいなの?」
「まだまだずっと先よ」
一方で、裏競売上から逃げ出そうとしているヴァーティー、リブロたち少女一行は、いまだに、地上へと上がることができていなかった。
防御魔法を使用してこの建物の構造を把握した時に知ったのだが、意外とこの建物は広いのだ。
おそらく、外から敵、つまりこの国の騎士隊が襲撃してきた時にその道を崩したり抜け道から逃げ出すために複雑になっているのであろうが、しかし結果的に自分たちのように脱走したものたちの行手を阻む形になって、なんともややこしい。
「なるべく敵のいない道を通っているからってのもあるけれど、あと十分は走らないと家けないわね」
「? 敵がいるけど近道があるって言うこと? なら、そっちから行けば」
「私の魔力だって限度があるのよ、いくら良質な魔力って言っても、元は私の中にあった魔力。あの子のように魔力を他の人間から調達するなんてこともできないし」
「はっ? そんな人間いるの?」
「いるのよ、残念ながらそんな化け物みたいな人間が」
リブロにとっては、そっちの方が驚きであった。
ヴァーティーの言う通り、良質な魔力であると言っても、元々は自分の中にあった魔力を一度リストバンドに貯蔵することによって不純物を取り除いたものをもう一度自分の中に入れ込んでいるだけ。だからこそ、魔法の質は上がるのだが、それはそれとして、魔力の量は増えないので結局は皮一枚を剥ぐようにしながら地上まで進んで行かなければならないのだ。
そう、もしもリュカの使う龍才開花のように他者から魔力を吸収する、ということができれば、話は別なのだが。
やはり、ここでもあの少女の使っている個別魔法の能力が際立ってくる。個人的には、あの魔法もなんとかして習得したいところなのだが、彼女とリュウガが言うには、リュカにだけしか使用することができない魔法なのだとか。
やはり、そこは彼女の出自にも関係するところなのかもしれない。ならば、自分には自分にできる限りのことをするだけしかできないのだ。そう、自分の能力を過信しすぎていないからこそ、彼女はこうして敵のいない方いない方へと歩みを進めて戦闘を回避している。
いや、もしかするとそれはーーー。
{……}
今もなお、自分の手を持ちながら震えているアサカへの配慮なのかもしれないが。
このその場所に近い空間で、死に慣れていない人間というものほど、足手纏いな人間はいない。かといって、死に慣れすぎた人間というのも、恐ろしいのだが、そんな矛盾した両者の中、極端な程人間の死に対して耐性のないアサカには、最初にヴァーティーが殺した人間たちの姿が目に焼きついて離れていないのだろう。
何度も言うが、彼女は異世界から来た人間。まだ、想像でしかないが、少なくとも、人間の死を間近で見たことがなかった女の子。こんな命の危険がある場所で、そんな少女と一緒に逃げ出すなんて、作戦としては実用性皆無。はっきりと言えば、足手纏い。そんな少女と一緒に逃げたところで、こちらにはなんの優位性もないのだ。
わかっている。だが、それでもヴァーティーは彼女一人を残して行くことなんて、彼女だけを死地に残して逃げ出すことはできなかった。彼女が彼女が自分たちの妹と同じくらいの年齢だからか。いや、違う。それが、自分の使命だから。そう、ヴァーティーは感じていた。
不思議なものだ。つい十数分前に出会ったばかりの女の子に運命を感じてしまうなんて、自分はそれほどまでに惚れぽい性格だったであろうか。そう、感じてしまう。
彼女を放ってはいけない。そんな、心の奥底の、魂からの叫び声の様なものに従って、彼女を連れてきてしまって、この先どんな仕打ちが待っているのか分からない。
でも、それでも。
「ッ! 止まって!」
「!」
その時だ。ヴァーティーは曲がり角を前にして、背後にいるものたちに立ち止まるように言った。当然、アサカにも、日本語で止まれと指示をした。
「何?」
「誰かがこっちの方に来ているわ」
「敵……でしょうけど……」
この曲がり角の向こうに誰かがいる。それも、とても強力な、悪意を持った敵が。
もしかすると、この裏競売を仕切っている頭かもしれない。とすれば、これは好機なのか、それとも危機なのか。
もしも相手が自分よりも弱かったのであれば、頭をつぶす絶好の好機と読んで差し支えないだろう。だが、この魔力。おそらく相手は自分よりも何倍もうえの力を持っているに違いない。ならば、この状況は危機、と言える。
「さて、どうしましょうかね……」
進べきか、引くべきか。果たして、ヴァーティーの選択はーーー。




