第十二話
会議が終わった後、リュカは一人いじけていた。山の中腹にある木が生い茂っている―と言っても、この山はどこを見回しても木ばかりだが―場所。その中の一本の木の上に昇って、とても神々しく光を放ち続けるニカムリバの国を見ながら、ずっと。
結論から言えば、自分やエイミーが提案したニカムリバへと戦争を仕掛けると言う作戦にもならない暴挙は即刻全員に却下された。何でも、そこに戦略的優位性が存在しないからとかなんとか。
優位性、自分たちの世界で言うところの[メリット]だが、冷静になって考えると確かにそんなもの存在しない。むしろ、ニカムリバを襲うことによる劣位、[デメリット]が大きすぎる。
頭の中で分かっている。自分が、あまりにも子供のようなことを言っているという事、自分が前世の常識をこの世界にも適応しようとしてしまっているという事。
この世界を、自分色に変えようとしていること。
そう、それが天下統一なのではないか。だったら、今、この場で、ニカムリバの国を滅ぼしたところで順番が変わるだけなのではないか。そう、リュカは思ったりした。
でも、レラに言われた。自分の目的が何であれ、そのためには順番と言う物がある。国を亡ぼす順番と言う物が。今はまだ、ニカムリバの国を滅ぼしても何の[メリット]もない。むしろ、ニカムリバによって食の流通を受けていた国々から一気に攻め込まれるという大きな[デメリット]がある。
さっきの会議は、その一言で幕を閉じたと言っても過言ではない。
分かるけど、彼女の言っていることも分かるけど。でも、だからってニカムリバの国をこのまま許していていいのか、あんな非人道的なことを繰り返している国を野放しにしていいのか。
そんなうっそうとした正義感のようなものがリュカの中で渦巻いていた時だった。
{リュウちゃん}
{あ……}
一人の女の子が、リュカのすぐ横に現れたのである。
{エイミー……ううん、香澄……}
{……}
その表情は、紛れもなく自分が知っている前世のあの女の子。たった二人しかいなかった友達であり親友の内の一人、天道香澄の笑みに間違いなかった。
{ねぇ、いつから気が付いていたの?}
{お姉さんと再会した時、お姉さんがリュウちゃんの記憶を覗いていた時に私も目が覚めてたの。それで、教えてもらった……}
{ウワンさんが……}
という事は、自分がウワンと初めて会ったあの時からずっと、彼女は自分の正体を知っていたという事か。それからずっと、一緒に、旅をしてくれていたのか。リュカはおぼろげな笑みを浮かべると言った。
{ビックリしたでしょ? あの私が、人殺しになったんだよ。それも、自分の欲望のために……}
{……}
エイミーは、何もいう事はなかった。前世で、リュカは、綾乃は彼女に教えていた。自分がかつて、両親を殺されたという事、そのために妹とともに路頭に迷いそうになったこと、そして、命を最も好いているという事を。
そんな自分の心変わりに、きっとひどい驚きと、そしてもしかしたら裏切りのような物を感じているのかもしれない。でも、だったらどうして今日ここまで一緒に来てくれたのだろう。そんな疑問も当然のようにリュカの中にはあった。
何故、こんな真反対の性格になった自分にここまで付き従ってくれたのだろう。それが、彼女には分からなかった。
{でも、それがこの世界のリュカちゃんだから}
{え?}
そう言うと、エイミーは器用に木の枝の上に立つと言った。
{私、それでいいと思う。前世と全く違う自分になる。それが、生まれ代わるってことだから。それが、正しいことだから、だから、前世の自分と全く違う人間になっても、別に構わないと思う}
{カスミ……}
正しい事、か。そんな言葉、自分たち転生者が使ってはならない言葉であることを、彼女は理解しているのだろうか。
自分たち、記憶をもって輪廻転生の輪の中に入った転生者という存在が普通とは全く違う存在であるという事に、彼女は気が付いているのだろうか。
いや、気が付いていないだろう。だって、もし気が付いていたとしたら、正しい事、だとは口が裂けても出てこない言葉だから。
そう、自分たち転生者は異常者なのだ。この世界に害をもたらすために他世界の記憶と情報を持ってきた、ただの侵略者。現地の人間をかどわかして自分の手駒に迎え入れ、思うがままに操りその人生を破滅させる。それが、転生者。それを、彼女は理解していない。
{あの、カスミ}
{リュウちゃん}
{……何?}
{例え、他の皆がリュウちゃんの事を見放しても、私はリュウちゃんとずっとそばにいる。今度も、また、一緒に最期まで}
{……}
なるほど、少なくともこの忠誠心は確かなものなのだろう。少なくとも、彼女の言葉が嘘だったことは一度たりともない。彼女の決意が嘘だったことは一度もない。
彼女は、絶対に一緒にいてくれる。例え自分が破滅しても。例え、自分が誰からも裏切られたとしても。
そう、考えてみればもうこの時に始まっていたのかもしれない。破滅への序曲が。
前世の関係を持ち出して友情を確かめ合っているという時点で、自分たちはすでに敗北者だったのかもしれない。
決してこの世界になじむことのできない、敗北者。この世界の住人にならないと言ういらない覚悟。
その結果が、あれにつながるのだとしたら、全く持って、笑い話にもならない。
その時だった。
{!?}
{なに?}
エイミーが何かに反応した。彼女が目線を向けたのは、ニカムリバの方向。そこから目を離さないようにしながら彼女は言う。
{敵が、来る!}
{……}
その瞬間、リュカは不敵に笑った。まさか、向こうから口実が来るなんて、と。
ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキ。歩きなれていない鎧を着た男たちの歩行音が暗闇の中に鳴り響く。
ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキ。確か、この辺りの山のどこかに女性ばかりの旅の集団がいると、そう首領が言っていた。
ジャキ、ジャキ、ジャキ、ジャキ。絶好の得物だ。
この日の昼間。自分たちは大事な取引先の一つ、収入源の一つを喪った。とても大きな存在であり、その後ご立腹の首領をなだめるのも一苦労だった。
しかし、首領の言う通り、収入源の一つを喪ったのは大損失。まだ各地にいくつもの店が分散しているとはいえ、今回失った収入源は全体の二割を占める大きなものだった。これは、組織としてはあまりにも痛い損失だ。という事で、今回彼らはその損失を埋めるべく≪女性ばかりの旅の集団≫が入っていったという山にまで足を運ぶことになった。
今回の損失の落とし前、ソレを文字通りその身体で埋め合わせしてもらうために、その旅の女性たちを願うならば傷一つ付けずに生け捕りに、悪くても頭だけを潰すだけにとどめて、女たちを自分の組織にまで連れて帰りたかった。
それが男たちの目的。
けど、彼らはあまりにも浅はかだった。
「おい、なんだよこの山……」
「こんな切り立った崖、この辺の山にあったか?」
男たちは驚愕に顔を染めていた。なぜなら、女性たちが入ったと思われる山は、入口らしい入り口が見当たらない、文字通り垂直に切り立った大きな崖であるのだから。
こんな崖、重い鎧を装備したままで昇ることなんてできるわけない。だが、かといって、鎧を脱いで襲うなんて愚策にも程がある。
「おい、どうする?」
そう、男が後ろにいた仲間に聞くために振り向こうとした瞬間だった。
「ここから立ち去ったほうが身のためよ」
「ッ!?」
首筋にひんやりとした感覚がした。これは―――。
「教えてもらおうかしら? あなたたちの目的を」
「ヒィッ!?」
男は、恐怖に顔を歪ませるしかなかった。




