第四話
ここから先、私は移動国家≪ヴァルキリー≫内に置いてほとんどの時間を衣服の製造に当てていたため、リュカさんたちがどのような経験をしたのか、どのように感じたのかは、彼女たちの記憶を追っていくしかありません。
それ自体は、今までもよくあった事、と言うより、私と彼女が出会うまではずっとそうしていたことです。
しかし、今回のソレは今までとは違います。今まで、私は事実だけを書いてきました。それが、彼女の願いであり、そして罪の清算であるから。
ですが、この物語をたくさんの人に見てもらうため、私は、事実を捻じ曲げようと思います。
そう、この国の裏の顔、と言うよりも、この世界の裏の顔。
それを文字で起こしたら、きっと、子供たちが怖がって読んでくれないでしょうから。
私は思うのです。もしも、本当に彼女が天下統一を果たしていたら、まず最初にしていたことは、この世界、いやそれ以上の食文化の変化、そしてある物の地位向上だったのだと思います。
それくらい、彼女にとってこの国で起こった出来事は、あまりにも印象的だったのだから。
{はぁ、はぁ、はぁ……}
ここは、どこ? 私は、今、どこを走っているの?
{みんなは? 町は、どこなの?}
走れど走れど、自分が住んでいた町が、自分が暮らした家が見えてこない。そんなはずはない。だってこの山は、自分が幼いころから遊び場にしていたくらいになじみのある山なのだから。
少女は、走りながら先ほどまでの光景を思い出していた。
{皆、準備はいい?}
{えぇ!}
{勿論!!}
そこに集まっていたのは、私の[クラス]の中でも中心的な人物と言ってもいい人たち十数人だった。
あの日はそう、担任の先生がいきなり異動になったとかで学校から離れて行って一か月ほど経った時だった。
その担任の先生は、前の先生がとある事情によって辞任してしまったことによって別の学校からやってきた、まだ新人の先生だった。
かなりの[イケメン]の若い先生に、女子校である私たちの学校はたちまち大騒ぎになり、毎日のようにその先生を見に他の[クラス]からも先生を見に来る生徒がいたほどだった。
私の友達の≪瑠奈≫ちゃんは、どこかその先生に気に食わないところがあるとか言っていたけれど、それでも、私はその先生の事を信頼し、そして先生も私たち生徒の事を信頼してくれていた。
けど、そんな生活も長くは続かなかった。先生が私たちの学校に来て半年、突然の別れがやってきたのだ。
本当に、あまりにも唐突に、別れの言葉もなく去ってしまった先生に寂しさを覚える生徒が、当然何人もいた。
ここだけの話、もしかしたら自分はその先生に恋心と言う物を抱いていたのかもしれない。
決してあってはならない、先生と生徒の禁断の愛、と言う物に落ちようとしていたのかも。
いや、それは他の生徒たちも同じことだったらしい。
自分以外の生徒も、瑠奈や、一部のその[クラス]の中心的[メンバー]を除けばほとんどが先生に好意を抱いていたのだ。だからこそ、先生がいなくなってとても寂しくなった私≪たち≫は、時折この山の頂上にある≪木≫の前に来ていた。
その木は、この町にとって[シンボル]と言っていいほどに特徴的な木で、全長二十メートルは超えるかというくらいに大きく、そして人が一人や二人楽に入れるくらいに大きなくぼみがある木だった。
不思議なことに、その木のくぼみの中には、誰が入れたのか分からないような缶詰や[レトルト]食品などの食料品。水や手回し充電式の懐中電灯が置いてあった。
普通だったら、そんなもの外観に合わない等の理由によって簡単に取り除かれてしまうのだろうが、しかしおかしなことに、その街の人間は誰もそれを排除しようとはしなかった。
むしろ、まるでお供え物をするかのようにどんどんと缶詰などの食料品が入れられて行って、流石にこれはどうかと思った町の職員によってドアのようなものが作られて外観は守られた物の、しかしやはり中に入っているソレらを取り除こうという運動が起こることはなかった。
あたかも、それを絶対にとってはならないと誰もが心のどこかで感じていたかのように。
私だってそう。実際、私だってその物が集まっていく光景を只々不思議がってみていて、一度[コンビニ]で買って来た水をその中に入れたことだってある。そんなことして、何になるのかはよく分からなかったけれど、でも、不思議といいことをした、という気持ちになれた。
摩訶不思議な、この町の名物。物をため込むご神木。
その木の前に、私の[クラス]の中でも特に目立っていた人物たちが集まっていた、と思う。自信が持てなかった。暗くて、声だけを頼りにしてその人となりを推測していたのだから、分からないのは当たり前なのかもしれない。
でも、一つだけ分かっていたことがある。それは、≪たまたま≫≪偶然≫この場所に居合わせた≪私たち≫とは違い、彼女たちは明確な意思をもって、その場所に集まっていたということ。それは、彼女たちの言葉からも分かった。
{先生、待っててね……私たちが、必ず、助けに行くから!}
{先生?}
先生って、一月前にいなくなった、あの、先生の事、なのだろうか。
助けに行く? どういうことだ。まさか、先生は、誰かに囚われたとでも、そう言うのか。
いやしかし、もしそうだったとしたら警察がとうの昔に動き始めているだろうし、彼女たちがこの場所に集まった理由が分からない。
一体、彼女たちは何がしたいのだろう。少女が、そう思案していた、その時だった。
{え……}
木の前に集まった少女たちの一人が、徐に木に設置された扉を開けたのである。
その瞬間、彼女たちを包んだ光。すでに時刻は夜も過ぎている頃で、灯一つなかったその世界は、一気に昼間の太陽の光と思わんばかりの輝きに包まれたのだ。
その輝きは、いつしか七色の[レインボーカラー]になり、木の前にいた少女たちは、意を決したかのように次々とその中に入っていった。
本当だったら、一人、二人くらいしか入れないような、その、木の中に。
私は、夢でも見ているのだろうか。そう思うのも当然な光景に唖然とした私たちもまた、まるで導かれるかのようにその木に近づいて行ってしまった。それは、悪魔に魅入られた純粋無垢な天使を誘惑する光、だったのかもしれない。
いつの間にやら木のすぐ目の前にやってきた私は、何の躊躇もすることなく、光り輝き続ける木の中に飛び込んで行ってしまった。
そして―――。
{はぁ、はぁ、はぁ……}
今のこの状況である。
なんだ、このどでかい木の数々。こんなの、あの山にあったか、いやない。
それに何なんだ、このあたり中から聞こえてくる猛獣の鳴き声のようなものは。こんなもの、少し都会、とまではいかないまでも田舎というほどには過疎化していないはずの自分の町では決して聞こえないもの。
だったら、この声は何? この胸騒ぎは? 皆は、どこにいったの?
そんな多くの疑問の中で、彼女は一人走っていた。早く、誰かに会いたかった。早く、山を抜け出したかった。早く、父や母に会いたかった。
早く、友達を見つけたかった。
{キャッ!}
その瞬間だった。彼女は、地面から突き出していた木の根っこに足を取られて転んでしまったのである。
{痛たた……}
どうやら、膝に擦り傷ができてしまったようだ。早く消毒しないと、こんなどことも知らない山奥で傷を作って、へんなばい菌が身体の中に入ったりしたら危険だ。
{川、とかないのかな……}
少女は、とにかく早く傷を洗い流さなければと考え、スッ、と立ち上がった。
{ッ!}
刹那、彼女はこれまでに感じたことのない圧力を感じ取った。
なんだ、これ、まるで、心臓を握りつぶされているかのような圧迫感。脳を小刻みに揺らしているかのような寒気に、体中の力が抜ける。
そして、地面にしみこんでいく黄色い体液。羞恥心なんてものを感じている余裕なんてなかった。
そう、魔力である。
彼女が感じ取った圧力と言う物は、魔力だったのだ。尿を漏らしてしまったことが何よりの証拠である。
この世界では、魔力と言う物はあまりにも普遍的でどこもかしこも存在するような物。だから、この世界で生まれた者はあまりそうは感じない。しかし、人生で初めて受け止める魔力と言う物は、実際にはあまりにも人体に刺激を与えすぎるのだ。
その結果がこれである。恐らく、彼女はしばらくたつことすらできないだろう
しばらく、尿を垂れ流す状態が続くことだろう。
{あ、あぁ……}
もしも、彼女の命がまだ続くのであれば、の話である。
{イヤァァァァァァ!!!!!}
その日、あまりにも無防備な、裸で猛獣の群れに突撃するかのような女の子が数人、この世界にやってきた。来てしまった、のである。
―――ここだけの話、裸で猛獣の群れに突撃しても無傷で帰ってきそうな人間をリュカを含めて十何人も思い浮かぶことができるのは、自分の中の常識が崩れてしまっているからなのかもしれない。
この時≪彼女≫は心の中でこう思っていたそうだ。
≪夢なら覚めて≫
と。




