第二話
待女であるアマネスは、四つの木の間に浮かぶ家の一つで、せわしなく動き続けていた。
掃除や[ベッドメイキング]、それから家具の配置に至るまで、そう、彼女が住んでいたあのお城の部屋と同じようにするべく。
「アマネスさん」
「敬語は使わないでください。私は、鉄仮面様の忠実なる下部なのですから!」
「はぁ……」
と、鬼気迫る表情で言い放ったアマネスに、さしもの鉄仮面も頭を抱えるしかなかった。
そう、この家は本来アマネスの住居というわけではない。移動国家ヴァルキリーの長、リュカの最初の部下である鉄仮面の家なのである。
正直言えば、鉄仮面からしてみれば少しアマネスの献身ぶりには思うところがあった。
確かに、己の正体を知っている人間からしてみれば、彼女がそこまで働く理由は分かる。しかし、だ。だとしても、今の自分はただの鉄仮面。地位も名誉も称号も何もかもを殺したただの一兵卒に過ぎないのだ。それなのにここまで献身的に働いてくれるアマネスに、しかし彼女は叱ることすらもできなかった。
「なるほどねぇ、ツリーハウスかぁ」
「つりぃはうす?」
「私の故郷の方でのこの家の作りの名前の事。まぁ、向こうの方が割としっかりとしていたけど」
と言いながら、リュカははるか高くに見える今まさにアマネスがせっせと献身ぶりを見せている途中の家、リュカ命名ツリーハウスを見上げた。なるほど、確かにこれなら地形の問題は解決できるだろう。なにせ、この山には木が大量に、それもド太いのが多く存在しているのだから。
現代、というよりリュカの前世の世界においては、ツリーハウスは既に住居と言うよりも遊び場所や、観光名所という役割として存在していた。しかし、はるか昔には熱帯雨林地帯において原住民の住居として、実際に使用されていたのだとか。つまり、今現在彼女たちが使用している方法が正しいのだ。
しかし、である。
「でも危なくないですか?」
「そうか?」
と、リュカ危惧するのも無理はなかった。彼女の記憶が正しければ、確かツリーハウスというのは一本の樹木の上に空いている空間に家を上手に組み立てて作る物だったはず。
それに比べて、今自分たちが見ているツリーハウスはどうだ。密集している四本の木にそれぞれ縄を括りつけ、その四本の縄が交差している部分を中心として家が建てられている。これじゃ、少しでも平衡感覚が崩れればすぐに落ちてきてしまいそうだ。いや、というかこの山の移動の際の振動でもう崩れてきてもおかしくはない。
そのことについてリュカがカインに聞くと、彼女は言う。
「大丈夫。その辺は魔法で何とかしてるから。半永久的に、あの家が落ちてくることはない」
「はぁ、そうですか……」
何でもかんでも、魔法で済ませられるのに疑問を持つリュカであるが、事実なのでしょうがない。その後、その魔法の詳しい説明を受けたはいい者の、あまりよく分からなかったが、とりあえず、ヴァーティーも使用してるような防御魔法【結】を、木々に巡らしている縄を媒介として半永久的に家の土台を作り上げている。
という事らしい。
因みにその家々の材料や縄はミウコから持ってきた物であり、この山の素材は全く使用していないのだとか。
建前上間借りさせてもらっている身なのだから、その間借りさせてもらっている山から材料をもらう事はあってはならないと、セイナから厳命されていたそうだ。
リュカも、この山の頂上に城を作ってそこで寝泊まりしているのだが、これもこれでいいかもしれないと思って来た。というか、楽しそうだ。
しかし、である。
「でも、木に登れない子供たちとかはどうしているんですか?」
もっともな疑問だ。確かに騎士団員の諸君は正直人間を辞めているに近いため、縄一本を下に垂らしさえすればそれをよじ登ることができる。
またミウコから来た兵士たちに関しては、さらに上りやすい縄梯子を作っているからそれで彼、彼女たち、そして待女である女性たちも上ることができる。
しかし、だ。アマネスを慕って来てくれた子供たちやエリスにとっては、このツリーハウスは危険すぎる。というか、本来ツリーハウスと言う物はそう言う子供たちを楽しませるために現在では使用されているモノと言ってもいいので、考えてみれば本末転倒な話だ。
とにかく、リュカが気になったのはその辺りである。
「あぁ、子供たち、それから鍛冶職人の人たちに関しては……」
「?」
といって案内されてきたのは、そのツリーハウスからやや離れた場所にある洞窟であった。そう言えば、あったな、洞窟。この近辺を捜索した時に。ただ、中はどでかい洞穴であるだけで、獣の住居にもなっていないような閑散とした場所であったような気がするが。まさか、この中に子供たちが隔離されているというのだろうか。
「もしかして、子供たちはこの中にいるんですか? それって、かわいそうなんじゃ……」
あんな、冷たくてジメジメとしている場所で生活を送るなんて、自分も修業時代に経験していたからこそ分かる辛さ。それを子供たちに強いるなんて。そう思っていたが、どうやら違うようだ。
「そんな辛い思い、私たちがさせるわけないでしょ?」
「この洞窟も、少し拡張して、さっきの家みたいなものを増設してるのよ。子供たちと鍛冶職人。それから待女の子たちと一部の騎士団員はここで寝泊まりしてもらうわ。それから、洞窟の奥の方には仕事場を増設する予定で……」
と、のべつ幕なしに勝手に増設を繰り返した洞窟に関しての説明を続けるリィナとカイン。その説明を簡単にすれば、だ。この洞窟の中は確かにジメジメとしていてそこで生活するのには辛いものがあった。
それゆえに、先ほどリュカたちも見せてもらったツリーハウスと同じような家を、しかし今度は魔法石を使用して頑丈に作り上げているのだとか。これは、もしもの時に備えて子供たちだけでも魔法の攻撃から身を護るための手段であるという。
そしてそして、その洞窟のもっと奥、これから作っていくようなだが、そこには鍛冶場となる空間を作るらしい。そこで、今回の旅について来てもらった四人の鍛冶職人に腕を振るってもらうというわけだ。
ウワンからもう許可はもらっているらしく、洞窟が決して崩れないように自分もまた魔法をかけてくれるとも進言があったそうだ。それにしても、である。
「なんか、私が知らない間に色々してたんですね…‥」
洞窟の件はまだしも、まさかツリーハウスを作っていたなんて思いもよらなかった。でも確かに、考えてみれば山の調査の後半くらいになってくると自分はある特定の場所への調査が制限されていた節があった。
今考えてみると、それはツリーハウスを作っている姿を見られたくなかったからなのかもしれない。
仲間が、一気に増えるかもしれない。そんな淡い期待をさせてしまう可能性を考慮していたのかもしれない。
まぁ、とにもかくにもだ、住居の確認はできたところで、次はなにを見に行こうか、そう考えていた時だった。
「リュカさ~ん!」
と、洞窟の中から一人の女の子、エリスが現れたのは。
「エリス、そっか。エリスもここで生活を?」
「はい!」
彼女に関しては、リュカ分隊、いやレラ分隊と一緒にミウコから抜け出してきた人間であるため、カインやリィナたちの表するような民間人というくくりの中には最初はいなかったのかもしれない。
だがしかし、彼女の性格を考えるとあり得る、という事、さらには今後もっと民間人の子供たちが増える可能性も考えられるため、洞窟の中にはかなり大きな住居を作っていたそうなのだ。
結果、エリスやミコといった他の子たちよりも≪先に≫山に登った民間人もまた、ここに住まわせてもらっているのだとか。
「ほら、見てくださいこの服!」
といって、エリスが見せてくれたのは、とても、前世の世界で言うところの[オシャレ]な服が二つ、三つほどだった。
「これって……」
「この山が動き出してからすぐに作りました!」
「早ッ!」
まだこの国が始動しはじめてから数時間もたっていないというのにこんな短時間でよくぞここまで見事な服を作り上げたものである。
と感心していると、エリスがさらに言う。
「この国の人たちの衣服は、全部私とミコさんに任せてください!」
と。そうか、そういえばミコもまたエリスの下で働いているのだったなと思い出しながら、二人がそう言うのなら大丈夫なのだろうと考え、リュカは彼女たちに衣服に関するすべての事柄を任すことにした。
「衣服、か……もしかするとこの国の……」
リュカは、一つこの国が国として機能するために必要な物。それが欠けていることを当初から懸念していた。けど、もしかしたらエリスのその行動が、その答えになるのかもしれない。
そう思いながら、エリスに一つの提案をしようとした。その時だった。
「リュカ」
「あ、レラ」
「見えて来たわよ例の国」
「うん、分かった。エリス、ウワンに近くの山の影で止まってって指示して」
「分かりました!」
レラからの報告を受けたリュカは、この山、というかこの山を動かすことができるウワンに最短で指示を出すことができるエリスにそう指示を出した。
そして、リュカを含めた周囲にいた面々は一斉に山の前面―この場合は進行方向にある崖―に集まると、目を凝らしてみる。
「アレが、食の国≪ニカムリバ≫か」
あそこで食料が補給できればいいけど、リュカは何か一抹の不安を持ちながら、その国をじっと眺めているのであった。




