第一話
さて、新たなる国家ヴァルキリーを運営していくにあたって、問題がいくつも点在している。
その点については、この国の頭脳として最初から信頼を置いていたレラから、会議を開くべきだと進言された。
という事で、リュカは山の一番てっぺんとなるところにある小屋にレラやリュウガ、それから建前上ミウコからの協力者という事になっているカインとリィナ、山の主の≪主≫たるエリスと、ずっと山で育っていた山の代表者であるエイミー。最後に護衛(仮)ということで鉄仮面にも会議に参戦を求めることとした。
因みにこの小屋に関しては、エイミーと以前から一緒に建築していた建物で、山の中でも木がうっそうとして少し影ができすぎているような場所から木を拝借して作り上げた物。いわば、この国の拠点、城、と言ってもいいだろう。
とにかく、その城の中によく見る面子を呼び込んだリュカはレラに聞いた。
「それで、問題点が何か教えて」
「そうね、まずはこれを見て」
といって、レラが空中に魔法で描いたのは、この国の住民の内訳である。
「兵士一五一人に民間人が二十九人か」
「えぇ、一応ヴァーティーからは妹達は民間人側に入れて、って言われているけど戦力として数えているわ」
「何とも、変な人口比ねぇ」
と、カインは苦笑いをしながら頬を掻く。まぁ、確かに考えてみれば国としてこれはおかしい。だって、本来国というものは国民がいて、その国民を守る者たちがいて、そしてその守る者たちの上に自分がいて成り立つ物なのだ。で、あるのに対してその国民がたった二十九人。
しかも、だ。その二十九人の内、本当に民間人であると言えるのはエリスやミコと言ったまだまだ子供といっていい者たち十三人。後の十六人に関しても四人が鍛冶職人で十二人が待女という、正直言ってここまで偏った構成の国あるのだろうか。というか、これって本当に国と言えるのだろうか。
ある種の遊撃隊に近い形の軍隊、と言うのではないだろうか。
そんな疑問を持ったリュカに対して、リィナは言う。
「まっ、国民に関してはこれから諸外国を巡って集めていきましょう」
「そんな、簡単に集まりますかね?」
「さぁ、でも騎士団だって集まったんだし、何とかなるなる!」
つまり、完全にヴァルキリー騎士団がこの二年あまりの間にやっていたことの民間人版をやれという事だ。まぁ、事実、騎士団は最初はセイナとリィナの三人だけだったのが、彼女たちが諸外国を周ったことによって三百人近くの兵士を集めることに成功した。
でも、それはもともと騎士団長だったセイナの人徳や、人との駆け引きが強かったからなのではないかとリュカは考えている。
果たして同じことができるだろうか。
「問題はまだあるわ」
といって、レラはさらに文字を宙に描く。
≪170対10≫
この数字が、一体何をさすのか、当然リュカにはすぐにピンときた。
「この国の女性と男性の比ね」
「えぇ」
というと、レラはその文字を消すと呆れたように言う。
「この国、ミウコの男性兵士が十人だけ。残っているのは全員女性。こんな男女比率だと、色々と問題が起こってくるわ」
「例えば、どんな?」
「……エリスがいる前で言わせるつもり?」
「う~ん、まだ早いかな?」
「?」
主に筋力面は魔力で補填が効くから問題はない。武力の面でも、ヴァルキリー騎士団員がいてくれ、さらにカインが教導役を務めてくれるそうなので、平和ボケしているミウコ兵士五十六人も何とかなるだろう。
問題は、だ。そもそもの話この国に男性と言う存在がいる事自体なのだ。
正直に言おう。自分は、男性と言う物がすこぶる嫌いなのだ。というか、ヴァルキリー騎士団自体が男性嫌いの面々で固められていたと言っても過言ではない。
元団長だったセイナも、かつて男性に屈辱的な行為をされ、それが[トラウマ]となり、騎士団の人間を全員女性で固めていたとか。
だから、リュカも元々女性ばかりで国を興すつもりでいた。しかし、そこに男性と言う異物が入ってしまった。今はまだ、国を興したばかりで忙しない日々を送っている国民たちだが、もしそれが落ち着いてきたとき男性たちがどういう行動を取るのか、リュカには一つ考えがあった。
もしそうなった時どうすればいいのか、これは今後この国を運営していくうえで最も問題とすべき議案である。
「その事だけど、いいかしら?」
「カインさん?」
と言ったのは、元ヴァルキリー騎士団副団長カイン。現在はミウコ兵士団副団長である彼女である。
「ゴホン、実は、元ヴァルキリー騎士団から連れて来た子たちの中に……」
といってから、カインはエリスに聞こえないようにするためだろう。リュカとレラにだけ聞こえるような小声である情報を伝えた。
それを聞いたリュカは顔を真っ赤にし。
「え! それってしょう……そういう仕事をしていた人たちがいるんですか?」
と、うっかり彼女が小声で伝えようとしたことを口走りそうになってしまった。しかし、それは事実なのだろうか。
「えぇ、見目麗しい女性が生き残るためには自分の身体も売らなくちゃならない。そんな国もあったのよ」
「そう、なんですか……」
リュカは暗い顔をしてしまう。そうか、確かにこんなにもだだっ広い世界なのだ。一つや二つそんな国があっても不思議じゃない。いや、あると確信していてもよかったのかもしれない。
男の本能と言う物はどこの世界に行っても一切変わることのない普遍律的な物なのだ。だからこそ、セイナのような被害者が生まれ、男嫌いの人間が増える。あのヴァルキリー騎士団が結束できた理由は、もしかしたらそれで同調していたからなのかもしれない。
「そんな顔しないで。その子たちも、まぁ、最初は嫌だったらしいけど途中から楽しくなってきたって言ってたし、それに私たちについてきたのも、その十人の男対策だから」
「え?」
と、リュカは不思議そうな顔をカリンに向けた。それと同時に、カリンは真剣なまなざしで言う。
「その子たちの代表が言ってたわよ。男の事は私たちに任せて、貴方は国をどうするか考えて、って」
「……」
何とも、言い難い言葉である。しかし、もしその女性たちのおかげでこの国の他の国民が守られるのであれば、それは彼女たちに感謝するべきだ。因みにその女性たち、元騎士団員らしくもしも、男性が他の女性に危害を加えようとしたら容赦しないという脅しに近い、というかどう考えても脅迫であるような言葉をすでにぶつけているという。
まぁ、その辺りは問題ないというのならば、次の議題に移ろう。
「次は、国民の住む家々の問題ね」
「うん、そうだね」
元々自分たちは、ケセラ・セラやエイミーなどわずかな戦力で国を興そうとしていた。けど、それがあれよあれよという間に元ヴァルキリー騎士団の面々だったりミウコの人間だったりが入ってきて、結果的に三桁の単位で行動する事となった。
結果、住む場所も足りず、多くの人間がこれから家が建てられるまで野宿することを強いられることになるのだ。
しかし、家を建てると言っても材料にも敷地にも限度と言う物がある。例え木が生い茂っていたとしても、家一つ作るにはそれ相応に伐採しなければならないし、それを建てるための場所と言う物が必要になる。
しかし、この山の主であるウワンによれば、今の状態で家を建てられる地形はほとんどなく、また元々山に住んでいた獣たちの住処もたくさんあるから、あまり木をたくさん切らないでほしいとの願いを、彼女は託されていた。
それに、だ。鍛冶職人たちが仕事をする場所も必要だ。火に関してはウワンが何とかしてくれると言ってはいたが、しかし先も言った通りこの山は木々が生い茂った深い深い森がいくつも続いている自然にあふれた場所。
もしそんなところで火を使用して、それが木に燃え移ったりなんかしたら大惨事間違いなしだ。
彼女たちの仕事場も、ちゃんと厳選しなければならない。と、リュカが考えていた時である。
「あぁ、家の事なら大丈夫よ」
「え?」
と、リィナが笑いながら言った。
「元々私たちは勝手に乗り込んできているだけだし、勝手にだけど住む場所は作らせてもらったわ」
「い、いつの間に……」
「調査の時にちょちょい、っとね」
なるほど、なんか毎回毎回山の調査のたびに人が増えていたような気がしたこと、それとなんか物を持ち込んでいるような気がしたのはそのせいか。と納得したリュカ。しかし、だ。
「でも、家はどこに建てたんですか? この山の地形でそんなにたくさん家を建てられる場所なんて……」
「フフン、地形がだめなら、上に作ればいいのよ」
「え?」
まっ、家に関しては後で見に行きましょう。といって、リィナは話を早々に終わらせた。なんだろう、この副団長二人、あとセイナもそうだが、会議と言う物自体が苦手なような気がしてくる。
そう言えば、トオガが攻めて来るという時の会議の時も、途中で何回か抜け出していたりあくびをしていたりやる気がなかったような。まぁ確かに、こんな会議を長ったらしくやっているのも考え物だ。ここはひとつ、休憩がてらにその家、と言う物を見に行ってみようか。
「それじゃ、その家を」
「待ってリュカ。まだ、最大の問題が残っているわ」
「最大の問題?」
なんだろう、最大の問題とは。最悪の問題である男に関しては既に解決済みのはずだし、家はまだこれから見に行くとして他に問題なんてないような気が―――。
「フン、うつけめ。よくそれで国を興そうなどと考えたな」
「グッ……」
と、リュウガに釘を刺されてしまった。という事は、彼にもその問題と言う物が何か、分かっているのだろうか。
「よく考えてみろ、人間が生活をするのに何が必要なのか」
「人間が生活するのに必要な物?」
「そうだ」
必要な物とはなんだろう。人間が生活するのに、必要な物。人間が生きるために必要な物。人間が生きている時に必要としている物。
空気、水、豊かな大地、それに―――。
「あッ」
「ようやく気が付いたか?」
そうだ。忘れていた。最大の問題を、どうしてそれを考えていなかったんだろう。いや、上記した通り自分たちはもともと少数で国を興して旅をする予定だったのだから仕方のないことなのかもしれないが、しかしことここに至って、それを考えなければならない。
そう、それは。
「食糧問題……」
「その通りだ」




