第三十七話
「≪ケモン・スター≫の主。≪ケモン・マイスター≫」
「ッ!」
そう言いながら現れたのは、見目麗しい格好をしたウワンであった。
ウワンは地上、というより山の上の地面から少しだけ浮かんだ状態でそこに立っており、まるで気球が地上に降りる時のようにゆっくりと地の上に足を付けた。
「たくさんの人は、初めまして、ね。私の名前はウワン。この≪動く山≫の主、よ」
「は、初めまして……」
「ウワンさん。ちょっと予定より人数が多くなっちゃいましたけど、いけますか?」
「ウフフ、誰に、何を言っているのかしら?」
と、不気味な笑みを浮かべると、ウワンは両掌を胸の前で揃えて天に掲げる。すると、その掌からたくさんのドロッ、とした液体のようなものが溢れ出し、どこかに向って行った。どうやら、山と地上との境目、つまりあの切り立った崖の方を目指しているようだ。
「安心したわ」
「え?」
そう言いながら、ウワンは役目を終えたかのような笑みを浮かべながらエリスのすぐそばに立って言う。
「私の、≪二代目マイスター≫がいてくれなかったら、私の力はさらに半減してたもの」
「え? まいすたぁって、まさか、私の事ですか?」
と、エリスはおっかなびっくりに聞いた。
その言葉に続いてリュカも言う。
「うん、そうだよ。ウワンさんは、貴方の指示になんでも従ってくれる、まぁいわゆる≪相棒≫みたいなものって、いう事でいいんだよね?」
「えぇ、そう言う事。前も言った通り、実体を持つことができないから戦闘には加担できないけど……」
こういうことはできる。といって、ウワンが力を込めると、再び山が振動を始める。
「なに、何をしたの?」
「大昔にいたダンゴムシ型のケモン・スター。その力を貸してもらっているのよ」
「え? だんごむし?」
「そう。私の前の主人がいた世界の虫、らしいわよ」
どうやら、ウワンは、そのダンゴムシ型のケモン・スターを数十匹、山の下に並べ、前世で言うところの[タイヤ]のような役割をしてもらって山を動かしているらしい。
ちょっと前までは償還できるケモン・スターの数が少なかったために、そのケモン・スターをさほど召喚することができなかったために、少しずつ、少しずつでしか山を動かすことができなかった。
しかし、今回改めてケモン・スターの主人、ケモン・マイスターとやらを選出したことにより、召喚できるケモン・スターの数が増え、移動手段として十分な量を確保できたそうだ。
だが、これでもまだ彼女にとっては力の二割も出せていないらしい。というのも、彼女は媒介にできる道具がなければ攻撃を行えるケモン・スターになることも、また召喚することもできないそうなのだ。
そのために、今は[サポート]役としてのケモン・スター。つまり、移動手段や何らかの特殊効果を吐くことのできるケモン・スターを召喚する能力しかないそうだ。
もし媒介があれば、かなり強いケモン・スターと言う物を出現させることも、何なら自分自身が成ることができたらしいが、それは少し残念である。
というか。ウワンの話が確かなら、もしかしてウワンの前の主人って、自分が元居た地球の人間だったのではないだろうか。
{あの、ウワンさん}
{ごめんね、そっちの話はリュウガにはするなって、言われてるの}
{え?}
リュカの質問に対してそう答えるウワン。リュウガは、いつも通り厳しい顔を崩さずにただそれぞれに動き始めた兵士たちの姿を見ているだけの様だ。
一体、リュウガは何を隠しているのだろう。リュウガは、一体どうして何かを隠す癖があるのだろう。
いや、後者に関しては容易に想像ができるのだが、しかしこれだけは分かる。
もしかしたら、父も、そして、このウワンも、≪敵≫なのかもしれない、と。
{でも、その時が来たら話すから、ね}
{……はい}
少し納得がいかない物の、とりあえずは出発の準備が整ったリュカ一行。いや、まだ一つやることがある。
「それで、リュカ? この山、ううん、貴方の最初の領地はなんて名前を付けるの?」
「え?」
「そうねぇ、動く山って、ずっと言い続けるのも変だし、何か国の名前を付けないとねぇ」
と、カイン、リィナが言った。そうか、この山はこれから正式な自分の領地。初めて自分が手に入れた国の領地としてこれから運用をしていくのだ。だったら、一つ名前を付けなければならない。
と言っても、もうその頭の中にすでにその名前は合ったのだが。
「フフッ……」
リュカは、天狩刀を抜くと、ソレを天に掲げながら、まるで空に戦いを挑むかのような迫力で言った。
「者ども心して聞けぇ! この国の名は≪ヴァルキリー≫! 史上最強の騎士団の名を受け継ぐ王国なり!!」
と。なんとなくだが、そんな予想はしていた。そんな人間たちもまた、笑みを浮かべると呼応するかのように叫ぶ。
「「「「「「「「「「おぉぉぉぉ!!!!」」」」」」」」」」
こうして、この世界の一番新しく、そして一番小さく、なおかつ、後世にその名を轟かす史上最もこの世界を混沌とさせた国が、生まれたのであった。
マダンフィフ歴3170年7月8日の事であった。
優しい人、穏やかな人
人を裁く人、人を捕まえる人
戦争をする人、戦争に駆り出される人
誰もが皆んな罪を背負って生きている
皆んなソレを罪だと分かっている
でも、皆んなソレから目を背けてきた
リュカ達が向かったのは、今後の旅路を支える大事な国
そこで、彼女達は否が応でも知ることになる
この世界が、本当に異世界であるのだとーーー
第10章 【罪の色、天邪鬼】
その歴史、未来に残してはならない




