第三十六話
一目ぼれだった。一言で言うとそうなってしまう。
あの夜、彼女に気絶させられる直前までに見えたその顔つき。
桃色の綺麗な、絹糸のような細い髪。程よい細さと程よい肉付きの筋肉。
そして、自分には理解できないような言葉で話す、その声色。
全部が全部、彼女の好みだった。だから、鍛冶職の若手からこの国への助力をと、騎士団の女性から提案されたとき、私は意の一番に手を上げた。
周りからは、自分の才能に目を付けていてくれた古くからいる鍛冶職人を中心としてやめといたほうがいいと言われた。
でも、それでも私は諦められなかった。
彼女に、もう一度会う機会を。ここで離れたらもう二度と会うことができない、そんな確信を持っていた。
だから、彼女はその二度目で永遠を手に入れようと思った。永遠に、彼女と一緒に、添い遂げる。そんな覚悟を持って、彼女はこの山に入山した。いくつもの武器、いくつもの鍛冶道具を持参して。
「……」
{え、えっと……}
エイミーは困惑していた。当然だろう。突然目の前まで歩いてきた少女は、一言たりとも発することなくエイミーの目を見続けているのだから。
黒髪の短髪。髪を短く切っているのは鍛冶職人として火が髪に燃え移らないようにとの配慮のためなのか、他の鍛冶職人である女性たちと同じであろうが、しかしその人たちとは違うところが、その女性にはあった。
目が、白いのだ。それも、左目だけ。右目は、他の多くの人間と同じように黒色だが、左目だけが、まるで雪原を見ているかのように真っ白なのだ。これは、前世の世界で言うところの[オッドアイ]、生気名称色彩異色症と呼ばれるなのだろうか。
不思議な物である。髪の色が他人と違うと言うだけで追放される人間がいれば、目だけが白いだけだからと追放されない人間もいる。なんと理不尽な事か。
ともかくだ、エイミーの前に現れた少女は、一言とも発することなく、ただモジモジとしているだけだった。と言っても、もし話したとしても自分にはこの世界の言葉が分からないから意味はないのだが。
「ハ……」
言葉を発したか。しかし、たった一文字だけで、そこに意味はない様子。隣にいるリュカが何も反応を示さないことからもそれは明らかだろう。
それから数秒してから再び彼女は口を開いた。
「ハクエン、です」
{はくえん?}
{どうやら、名前みたいだよ}
なるほど、どうやら目の前の少女の名前はハクエンというらしい。白い目を持っている人間に対して、前世では白の音読みであるハクが用いられているのは、何かの偶然なのだろうか。ともかく、である。
{ハクエンさん、か。よろしくね。私はエイミー!}
「え、あ……」
といって、手を差し出してきたエイミー。ハクエンは、その手をしばらく凝視した後、顔を朗らかに赤らめて顔を背ける。
ん? この反応、もしかして、と思ったリュカは彼女に聞く。
「もしかして、エイミーの事好きなの?」
「ッ!」
図星の様だ。あと、ここまで言われてあまり声を出さないという事は、この子は無口なのだろうか。
リュカは、呆れるように首を振るという。
「全くお国柄なのか何なのか、この国は、どうしてこう百合が流行ってるのかなぁ?」
フランソワーズとグレーテシアといい、アマネスと孤児院の子供たちといい、このハクエンと言い、あとおまけでヴァーティーと五人の妹達もそうか。
なんだか自分の知り合いは百合百合の女性たちがより取り見取りである。そもそもこの世界自体がそんな世界なのだろうか。だとしたら、これからも色々と大変になりそうだ。
ともかく、である。
{エイミー、この子貴方の事が好きなんだって}
{え?}
と、言われたエイミー。まったくもって[ジェラシー]がないというかなんというか。
とにかく、そう伝えられたエイミーは慌てた様子で言う。
{ご、ごめんなさい! わた、わた、私、には、その、りゅ、リュウちゃんがいるから……}
「だって、私がいるからソレには応じられないって……え?」
リュウちゃん? アレ、それって確か前世の―――。それにこの性格、この既視感、日本からの転生者―――。
{ま、まさか貴方香澄ちゃん!!?}
{え、あ!}
この反応、間違いない。
自分の前世の世界の時の親友の一人である≪天道香澄≫だ。
とんでもない流れで判明した物である。もう少し[ドラマチック]に正体を明かして貰いたかったところだ。なんて冗談を考えている場合じゃない。
香澄、いやエイミーは自分の事をリュウちゃんと、自分の前世のあだ名を言っていた。という事は、彼女は知っていたのか。自分が、かつて竜崎綾乃と呼ばれた日本人であったという事を。一体、どうして。
「あ、あのぉ……」
「っと、ごめん。ハクエン……さん?」
そうだ。今はハクエンと話をしている最中だった。エイミーに話を聞くのはまた今度にして、今は彼女との会話に集中しなければ。
「彼女は、貴方の事が、好き、何ですか?」
「……うん、そうみたい」
なんて考えてみたが、やっぱりこっちに引き戻される。確かに、エイミーとは前世の世界では親友であった。しかし、それだけだ。けど、まさかエイミーに、ひいては香澄に恋愛感情を抱かれてたなんて、驚きを隠すことができない。
全く、この世界が百合百合であるなんて、人の事を言える立場ではなかったようだ。
先ほどはこの国の百合事情に関して苦笑いを浮かべたが、まさか自分もまたその渦の中に巻き込まれていたなんて、驚きというかなんというか。
{リュウちゃん。ううん、リュカちゃん。彼女に伝えて}
{え?}
と、耳元で囁かれるリュカ。なんだろう。彼女が自分に対して恋心を持っていると知ったら、なんだかこういうのも恥ずかしくなってしまう。というか、そもそも日本語を理解できるのはこの中でも自分とリュウガ、それとエリスの三人だけのはずなので、そんなことをしても意味ない気がするのだが。
とにもかくにも、だ。
「ハクエンさん。エイミーから伝言」
「え……」
「自分がリュカ、あぁリュカは私だけど。自分がリュカよりも貴方の事が好きになったら考えてあげてもいいって」
「が、がんばります……」
と、やっぱり顔を赤らめてそう言って、少女は後方に下がっていった。もしかして、ただそれだけのためにこの旅に同行を申し込んだのか。だとすると、なんとまぁ執念深いというかなんというか。
というか、もしかしてこれ、自分は恋愛三角関係に巻き込まれてしまっているのではないだろうか。自分からの矢印はないので、三角形と言うには欠けているが、しかし、構図としてはピッタリと一致する。
全く、旅の始まりからとんでもないことに巻き込まれた物だ。
とにもかくにも、こうして自分の旅に、天下統一の旅に一緒について来てくれる仲間(仮)も含めた構図が徐々に読めて来た。
文字に起こすと以下のようにこうなる。
・長、殿・頭(どう呼称してもらってもかまわない)
リュカ
・仲間
ケセラ・セラ
エイミー
キン
レラ
サリン
タレナ
クラク
ヴァーティー
ヴァーティーの妹達ハオン、トルス、プレイダ、ルシー、アルシア(ヴァーティーからは民間人扱い、本人たちからしてみれば戦力として見てもらいたいらしい)
・部下
鉄仮面
・同行者
元・ヴァルキリー騎士団団員
カイン
リィナ他七十八名
ミウコ兵士
女性四十六名
男性十名
・鍛冶職人
ハクエン他三名の女性
・待女
アマネス他十一人の女性
・民間人
エリス
ミコ
クランマ
デクシー他孤児院の女の子九人
・獣
ケセラ・セラの配下のロウ二十五匹
・ケモン・スター
リュウガ
ウワン
合計百八十人と二十七匹(リュウガはともかくウワンを匹と数えていいのだろうか?)。
確かにヴァルキリー騎士団とくらべればこじんまりとしてしまった者の、それでも数人程度で旅をするよりかはましなのかもしれない。
まさかの戦力の増強に、内心喜んでいるリュカは、嬉々として言った。
「よし、出発しますよ!」
と、ついにリュカが頂点となった一団出発の瞬間である。しかし、一つ疑問点がある。
「っで、どうやって?」
そう、そもそもの話この山が動くからこそ彼女たちはこの山を使用して移動するという話になっていた。しかし、だ。どうやってこの山が動くのか、その大まかな仕組みを他の人間たちは教えてもらっていなかった。一体、どうやって動かすというのか。
「フフン、まぁ見ててくださいって」
「?」
と、多くの人間たちが頭の上に疑問符を浮かべた瞬間だった。
地震のような揺れが起こったのは。




