第三十五話
「グレーテシア女王陛下! よく、ご無事で……私、貴方に、あなた方になんとお詫びをすれば、いいのか……」
と、綺麗な土下座の姿勢を持って鉄仮面に頭を下げた女性。
そういえば、ミウコから出る時、最後にセイナと話したときに彼女は言っていた。フランソワーズ現女王と、グレーテシア前女王は、模擬戦の後身体がまだ完全に癒されていない時に待女によって魔法石を手にはめられたと。
まさか、目の前のこの女性が、その待女なのだろうか。
「頭を上げてください。若き乙女よ」
「そんな! 敬語なんて、私に使わないでください! 私は、私は、貴方に殺されても、処刑されてもおかしくなかった人間です。私は……」
しかし、鉄仮面はその名前の通り仮面をかぶったまま、≪彼女≫としての人格ではなく、鉄仮面の人格を持って接していた。
「ミウコ女王、フランソワーズから聞いた。貴方が、人質を取られて仕方なくラグラスに加担していたという事を」
「そ、そうです。でも、そんなの、言い訳になんて……」
「アマネス殿は、助けられる幼い命を守ろうとしただけだ。きっと、地獄に堕ちたグレーテシアも許してくださるだろう」
「ぐ……」
やはり、彼女の中でもはもうグレーテシアという人間は死んだ認識になっているのだ。たとえ、アマネスという女性にそう言う認識はなかったとしても、だ。
しかし、これ以上話してもきっともう、鉄仮面は鉄仮面として、一個人として、いや一平民として、自分の部下としての身を置いて行くのだろう。ならば。
「鉄仮面」
「はっ、何でしょうか?」
「ッ!」
アマネスが、信じられないような顔をしてリュカの顔を見た。それもそうだろう。アマネスから見れば、元女王である人間が、明らかに格下であるはずのリュカに対して敬意を払っている姿なんて、なかなかお目にかかれるものではないのだから。
「この女性は、ミウコの待女か?」
「ハッ、よく働き、よく学び……まだまだ侍女としてのは、半人前ですが、よき働きをしていてくれていた……と。まだまだ伸び代もある人材です」
「そうか……」
それを聞くと。リュカは一度目を閉じ、考えをまとめてから、今もなお土下座を続けるアマネスに言う。
「アマネス、さんだっけ?」
「は、はい……」
「いい? この人の言う通り、グレーテシア女王陛下は逝去されたの。今、ここにいるのは鉄仮面。私の初めての部下。本人がそう望んでるの」
「鉄仮面……」
「だから、アマネスさんも鉄仮面の望みを、引いては、死んだグレーテシア前女王の意思を尊重してあげてもらえないかな?」
「……」
もちろん、そんな事すぐに行動に移せと言われても困ることであろう。だが、事実は事実として受け止めなければ一歩も前に進むことはないのだ。たとえ、彼女が鉄仮面の事をグレーテシアと思っていたとしても、もう鉄仮面は二度とその仮面を取ることはない。鉄仮面を演じ続ける。
受け入れなければならないのだ。グレーテシアと言う人間が死に至ったという事実を。そして、鉄仮面と言う人間が、改めてこの世界に生まれた、二代目鉄仮面であると言いう事実を、認識しなければならないのだ。出なければ、きっと彼女はこれからも鉄仮面を鉄仮面として扱うことができなくなるだろうから。
それが、鉄仮面にとって不本意なら、なおさら。
「だったら……」
「ん?」
というと、アマネスはゆっくりと立ち上がった。やっとすべてを受け入れる覚悟ができたのか、そう思ったのだが、どうやら少し違うようだ。
「私、鉄仮面様直属の兵士になります!」
「なに?」
「え?」
「あらら、面白いことになってきた」
随分と、斜め上の回答が帰ってきたものだ。リュカも鉄仮面も困惑するしかない。一方で、カインとリィナはふてぶてしく笑っていた。なんだかこの状況を面白がっているようだ。そんな場合でもないだろうに。
「戦い方とかは、まだ分かりません。ですが、私、兵士となって、強くなって、鉄仮面様を護れるような人間になって見せます! それが、私の……グレーテシア前女王を殺してしまった責任ですから……」
「アマネス殿……」
あぁ、そうか。この子は、きっと戦場で死のうとしているのだ。リュカにも、なんとなくわかってしまった。罪の意識にさいなまれすぎて、どのように死ねばいいのかもわからず、自分が殺してしまった人間を守るためにと偽って戦場に出て彼女のために死ぬ。それをきっと、目標にしているのだろう。
それしか、もう目標と言う物を、生きる目的を持てなかったのだろう。
悲しいことだ。鉄仮面は、少し考えこんでから言った。
「分かった……」
「……」
と。
「しかしだ」
「え?」
「私の直属の兵士となったからには、それ相応に鍛え上げてやろう。どんな戦場でも、生き残れるようにな」
そう言いながら、鉄仮面はアマネスの肩を持つと言った。
「絶対に、お前を殺しはしないアマネス」
「ッ……はい」
それは、鉄仮面からの厳命。決して戦場で死んではいけない。つまり、自分を守るために死んでもいけない。生き残るためのすべをこれから教えていく。そう、彼女に言っているも同然の事。
正直鉄仮面にとっても、彼女ほどの人材が若くして死ぬというのは惜しいものがあった。だからこそ、こうして彼女の、いわば自殺行為に走る道を食い止めるのだ。彼女には確かに戦いにおける才覚はない。しかし、人間としての彼女が、個人的には好きであったから。
「それから、待女としての役割も忘れないようにしてくれ。もちろん、私の主であるリュカ殿に対しても、な」
「は、はい! 分かりました!」
「なんか、あれよあれよという間に話が進んでるんだけど……」
どうやら、この短時間で自分は初めての≪部下≫と初めての≪待女≫、向こうの世界で言うところの[メイド]を手に入れたようだ。
よく見ると、民間人らしき人間たちの中にも待女が数人いるらしく、その者たちに対しても鉄仮面は一人一人に主にリュカや他の騎士団員にも仕えるようにと話している様子だ。ありがたいことなのだが、城と山とでは全然勝手が違うため、慣れるのに少し時間がかかるのではないだろうか。
というか、兵士はともかく侍女が来たのは何故か、という疑問はさておきだ。
「それで、アマネスさん。ううん、アマネス。あの子供たちは?」
「ッ……はい、リュカ……様。あの子たちは、ほとんどが私のいた孤児院に住んでいた子たちです」
「え?」
涙を拭いたアマネスは、少々ぎこちない乍らもリュカにそう伝えると説明を始めた。どうやら、彼女は天涯孤独の身であり元々は孤児院で暮らしていたそうだ。大人になり、城で勤め出してからはほとんど行くことはなかったらしいが、それでも心の中では自分の家であると認識しているらしい。
今回彼女が国外追放の処分を受け、一人国から出て行こうとした時、国の門の辺りでその孤児院で暮らしていた時に仲の良かった女の子たち数名が待っていたらしい。
どうしてここに? そう思った彼女は聞く。自分たちは、アマネスの事が好きだから、と。
「ま、また百合?」
「ユリ?」
「あ、ううんなんでもない」
なんてリュカの呆れるような台詞はともかくだ。
アマネスの事が心から好きで、親しくしていたからこそ、彼女が一人で旅立つことを許せなかった。だから、彼女たちは先生に黙って孤児院を抜け出し、アマネスと一緒について行くことを決めたのだとか。
「最初は、危険だからって言って断ったんです。でも、それでもついて行くって聞かなくて、そしたら……」
私たちと一緒に行くか。と、ちょうど山に向かう途中だったカインに声をかけられたそうだ。
後からカインに聞いたところ、孤児院の先生はアマネスが国外追放の処分を受けて一人国から立ち去ることを知っていた。そして、何人かの子供たちがアマネスの事を追って抜け出すであろうことも予測していたのだ。
みんな、アマネスの事が好きだったから。
そのため前夜、現ミウコ近衛兵長であるセイナに話しを通し、セイナは、カインにアマネスや孤児院の子供たちを託したのだそうだ。
どうせ旅をするのなら極めて安全であろう場所で暮らすのが一番なので、アマネスや他の子供たちにとってもこの山はうってつけだろう。そう考えていたリュカだが、一つ疑問がある。
「えっと、確かあなたは?」
「なに?」
「クランマちゃん、だよね? マハリから来た……」
「何で私のこと知ってるの?」
「え、ああそのぉ……」
そう、そこにいたのは元マハリで暮らしており、ミウコへの逃走の際に一緒について来ていたクランマである。
彼女とリュカは、トオガとの戦前に一度だけリュカが見かけたぐらいであまり面識はなかったのだが、あの時はフランソワーズ現女王にかなり固執していたように感じる。そんな女の子までここにきているというのが、少しおかしいなと思ったのだ。
「と、とりあえず、どうしてここにいるのかな?」
「別に、ただ……」
「ん?」
「私、デクシーの友達だから」
「デクシー?」
「あ、私の事」
と、孤児院の子供の一人であると思わしき少女が手を上げた。リュカはこの時知らないことだったが、前日の謀反の際に出会った二人、そしてその後自殺をしようとしたアマネスの二人が友達になってね、という言葉。結果的にアマネスは国外追放を秘書のローラから言い渡されたため自殺を思いとどまったが、しかし年齢が近しいという事もあってからか仲良くなった二人。
今回デクシーがアマネスについて行くと聞いたときから、その時は一緒に行こうと、そう考えていたそうなのだ。フランソワーズ女王の事に関しては、もうあまり固執していないように思えるが、どういう心境の変化があったのかは、不明である。
「ふぅん、そうなんだ……」
「それで、あとは鍛冶職人を、若手だけど何人か見繕って来た」
といって、カインが紹介したのは、ミウコで鍛冶職人をしていたという女性四人だ。鍛冶職人と言っても、流石に古参勢を連れてくるのは難しかったらしく、全員が若手でまだあまり多くの剣を作ったこともないような人間ばかりだという。
しかし、それでも基礎中の基礎は身体にしっかりと教え込まれているらしく、新しい剣を作る時、他剣の手入れに関してはうってつけの人材であるそうだ。特に、姉御肌の一人の中堅の女性を引っ張ってこれたのは幸いだとカインは笑っている。
これからの長い旅、自分の天狩刀はともかく、他の剣は歯切れが悪くなる可能性も高いから、こいつは重畳、と言ったところだろうか。
{あれ?}
{え?}
と、その時だ。エイミーが何か反応した。
{どうしたの? エイミー?}
{いや、鍛冶職人の中になんか知っている顔がいるような気が……}
{え?}
と、リュカとエイミーが日本語で会話をした直後だった。一人の女性が、二人の前に立ったのは。




