第三十四話
こうして、新たな部下として鉄仮面を迎えたリュカ一行。考えてみると、他の面々は≪仲間≫であるのに対して、唯一人かの者を≪部下≫という体裁でとるのは少しだけ不公平感漂う、というかその中身を考えるとそんなことしたら失礼に当たるのではないかと思う。
だが、これもまた同じく考えてみると、自分はこれから旅先で多くの仲間を作っていく。その全員を友達として接することなんてできないだろう。選りすぐりした結果作られたお友達[グループ]で天下統一ができるほど甘くないのは誰もが知っている。
だから、ここで一度一人でもいいいから部下を作っていたのは、彼女の今後を考えたらよかったことなのかもしれない。
という事で、ことここに鉄仮面の問題は終わらせるとしてだ。問題は他にもある。
「それで、鉄仮面」
「はっ、何でしょうか?」
鉄仮面は、やはり自分の従順な部下としてふるまってくれるようだ。立場が逆転してるとはいえ、ソレに少し申し訳けなさを感じながらもしかし、本人は隠しているとはいえ元一国の王女を従える愉悦感と言う物は何物にも代えがたい物がある。
まぁ、それはともかくだ。
「私たちの周りをかこっている人たちは誰?」
「それは、リュカ殿が一番よく知っているかと……」
「確かに……」
と、言いながらリュカは頬を人差し指でこすり、困った顔をする。そう。自分は知ってる。この魔力たちを。
けど、なんで今になってここに来るのだろう。ミウコで、新たな女王となったフランソワーズの演説を聞かなくてもいいのだろうか。そんな疑問を考えながら、彼女は言った。
「全く、何しているんですか? 元、ヴァルキリー騎士団副団長……」
「……」
「……」
その言葉と同時に、木から降りて来た二人の女性。それは、確かにリュカの言った通りの女性たちだった。
「カインさんと、リィナさん」
リュカは、二人の名を告げた。
もう、自分はヴァルキリー騎士団の団員ではないため、敬う必要はない。だがしかし、彼女たちは自分に戦いと言う物を教えてくれた師匠たちと言っても過言ではない。そんな二人に対して≪さん≫付けするだけありがたいと思いながら、本当にどうしてこんなところにいるのかと問いただしながら、警戒するように天狩刀をすぐにでも抜ける体制を取る。すると、二人は言った。
「別に、そんなに警戒しなくてもいいわよ……」
「かってにミウコを抜け出した兵士を追跡しなさいって、新近衛兵長に言われてね」
「ん?」
勝手に、ミウコを抜け出した。その言葉に何か違和感を感じるリュカ。
新近衛兵長というのは、十中八九セイナの事であろうが、しかし彼女には自分が直接辞意を表明している。勝手に抜け出したとは侵害だ。
と、思ったのだが、そういえばいた。勝手に抜け出したであろう兵士たちが。
「レラ他数名……貴方たちまさか……」
「他数名の中に入れられなくてよかったわ」
と言いながら、レラは綺麗な黒髪をかき分けて言う。
「えぇ、無断で抜け出してきたわ。貴方たちと違って、私たちには別にミウコを離れるような理由はないわけだし、元団長も納得しないと思って」
レラは淡々と、いけしゃあしゃあと語ってのけた。
いやまぁ確かに、彼女たちは厄子である自分やケセラ・セラや、元々騎士団員でもなかったヴァーティーと違ってちゃんとした理由をもって騎士団。ひいてはミウコを抜け出す理由はないかもしれない。とはいえだ、せめて最後位はセイナに挨拶の一つでもした方がよかったのではないか。それが礼儀と言う物であろうに。
結果この状況になってしまったのだから、なおさら。
「それで、アタシや他何人かのミウコの兵士が連れ戻しに来たわけだけど……」
と、言いながら森の中から何人かの、見知った元騎士団員の姿が現れた。その中には、カナリアの親友であったセリン等の姿は見受けられないが、しかし相当の実力を持った元騎士団員がいるのは確かだ。
さて困った。せっかく仲間として合流したところだというのにこのままレラ達を連れ去られてしまうのは、かなりの痛手だ。エリスやミコといった、騎士団から離れた一般人は連れていかれたりはしないだろうが、しかし戦に置いての人手を連れていかれるのは心苦しいものがある。
「でも、セイナからはこんな指令を受けてるの」
「指令?」
と言いながら、カインは懐から羊皮紙で包まれた物を取り出すと言った。
「セイナ近衛兵長からカイン、リィナ両名に次ぐ。ミウコを抜け出し、脱走を図ったレラ分隊の面々を捕縛すべし。それまでの間、自由に行動することを許可する。以上」
「???」
全く意味が分からなかった、脱走を図ったレラ分隊を捕縛するまでは自由行動を許されていると、そう言う事なのか。しかし、彼女たちにとって、正直格下と言ってもいいレラ分隊の面々を捕まえることなんて赤子の手をひねるくらいに簡単な事であるはず。それを考えると、その自由に行動する時間というのは、あまりにも短いものとなるような気が―――。
「あ、まさか!」
「フン、ようやく気が付いたか。このうつけめ」
と、悪態をついたのは空から現れたリュウガである。リュウガはリュカの目の前に降り立つと言う。
「確かに、こいつらがレラ分隊を捕縛するのは簡単な事だ。だが、その機会はいつもで構わん。それまでの間、こいつらには自由な行動を与えられている。つまり、こいつらがこれから何をしようとしても、勝手なことなのだ」
「それって、つまり……」
リュカの考えがまとまる前に、カインはおどけるように言った。
「どうしようかなぁ、一つの国にとどまるのも退屈だし、いろんな世界を旅したいなぁ。レラたちを捕縛するのは簡単にできるし、それまで、リュカちゃん。いや、正式に一つの軍団の当主になったから殿ってつけた方がいい? まぁ、とにかく……」
「私たちも、貴方の新たなるたびに参加させてもらえないかしら、ってこと」
「え……」
つまり、仲間になってくれるのか。安住の場所を捨てて、困難な道を、一緒に歩いてくれるというのか。仲間として、一緒に。
「あぁ、勘違いしないで、私たちは貴方の部下とかそんなんじゃなくて、この動く山に間借りさせてもらっているだけのただの旅人だから」
なるほど、そう言う体裁をもってついて来てくれると言うのか。これはありがたい。
という事は、だ。
「まさか、周りに見える他のいくつかの魔力の気配も……」
「ご明察」
と言って現れたのは、やはり彼女も見知っているような面々がほとんどだった。皆、元ヴァルキリー騎士団の団員、その数おおよそ百人くらいはいそうだ。
「レラ分隊追跡のために有志を募ったらこれの倍くらいは集まって、その中でもえりすぐりを連れて来たわ」
「仲間や部下、というわけじゃないけど、同伴者として、一緒に旅をすること、許してもらえるかしら? リュカさん?」
「もちろん、荒事には積極的にかかわるからわね」
まぁ、簡単に言えば、ミウコの人間たちは、同伴してくれるが、それは、≪偶々≫目指す場所が同じであるだけで、この動く山を[タクシー]代わりに使わせてもらう。その代わりに、戦争などの荒事には参加させてもらう、という事か。
随分と都合のいい解釈の仕方である。それにしても、リュカには気になることがあった。
「何人か、騎士団にいなかったような人もいますけど……」
確かにそうだ。騎士団は三百人近くいたのだから、その全員の顔を覚えているわけじゃない。しかし、だ。何人かは明らかにヴァルキリー騎士団の人間ではないのは、その魔力量、立ち振る舞いを見て分かる通り。というか、何人か明らかに戦闘要員じゃない民間人。子供の姿も見えるのだが、一体。
「あぁ、実はその有志の中には元ミウコで兵士をやってた子たちもいてね……十人程男がいるけど、そこは私たちに任せといて」
「え?」
と、後半の部分は耳打ちされたリュカ。一体どういう言う意味なのかは、よく分からなかった。と、いう事にしてだ。
「ミウコの兵って……」
「前女王暗殺の騒ぎで、少し考えるところがあったらしくてね。ミウコの兵の、特に女性陣を中心として少し考える旅に出たいって、わざわざ自分たちから来てくれたのよ」
「そうなんですか……」
今回の一連の事件。前女王暗殺事件は、ミウコの兵士たちの中でも賛否が分かれる終わり方になってしまった。結果、女王も変わり、これから変化していくミウコの国の中で果たして兵士として働くことができるのか、そう考える者たちが多かったようだ。
その時、風の噂で、厄子たちが動く山を使って旅立つと話を聞いた。
元々一連の事件の原因とも言える厄子の旅立ち。でも、この国を救ってくれた自分たちの恩人ともいえる人々の旅。ついて行きたい。ただただそう考える者たちが意外なほどに多かったようだ。
確かにミウコの兵は平和な国であったが故に戦闘力は劣る。しかし、元ヴァルキリー騎士団の副団長である二人がこれからいつも以上にしごいて行くから、すぐに使い物になるはずだ、とリィナがいい笑顔で言った。
なんとなくだが、ミウコから来てくれた人たちに同情してしまう。
「それじゃ、あの、子供たちや民間人のような人たちは?」
と、リュカは明らかに戦闘要員じゃなさそうな人間たちを指して言った。なぜなら、明らかに周りから浮いているから。
周囲の兵士一同が、鎧や武器を装備して、わずかな荷物を持っているのに対して、そこにいた一同は普通の平民の服と言ってもいい物に大量の荷物を持っている。さらにその周囲にいるのは十人程の、ヴァーティの妹と同じくらいの歳の子供たち。一体、あの子たちは何なのだろう。
「あの子、アマネスは前女王暗殺事件に加担したってことで国外追放の処分を受けてね」
「え……」
「……」
その言葉を聞き、アマネスという女性は大量の荷物をその場に放り投げ、大粒の涙を流しながら、鉄仮面へと近づいた。




