第三十三話
突然の来訪者、そして突然の攻撃を防いだリュカ。なんという力、そして魔力であろうか。もしも、これが≪全力≫で放たれた物だったら自分は防げていたであろうか。いや、無理かもしれない。たとえ龍才開花を使用していたとしても、防げていなかった筈。
それほどの魔力の質とそして鋭さを持った攻撃。そして、その誰もが驚く容姿。
「て、鉄仮面!?」
「鉄仮面って言えば、それってミウコの昔話にあった……」
「かつて、魔王を滅ぼして消えた、伝説の勇者……」
そう、大昔の勇者伝説の登場人物。自分もまたその人物の事を書いた御伽噺をあの城の中で見たことがあるから、覚えている。
しかし、当然ながらその勇者様がこの時代まで生きているわけない。という事は、この人物はその勇者を模したいわゆる偽物、いや、勇者に憧れた偽勇者と言ったところか。
しかし、実力は本物だ。
「ハァッ!」
攻撃を防いだリュカは、その腹部に向けて蹴りを繰り出した。
だが、鉄仮面の人物はその攻撃を上空に飛び上がるようにひらりと交わすと、つかさずリュカの背後を取ろうとリュカに対して背を見せることないよう前転するように、そしてひねりを加えながら着地する。
「クッ!」
しかし、リュカも多くの実践を積んで今があるのだ。その行動にも対応しつつ、決して敵に背を向けない様に、また一瞬だけ背を向けた時にも、魔力を防御面に当てることによってもし攻撃されたとしても対応できるようにした。
そして―――。
「ハァッ!」
「ハァァ!!」
両者の得物が交差した。
「え……」
「え?」
その瞬間を見ていたエリスたちは困惑してしまっていた。それもそうだろう。だって、本当に互いの武器が、リュカの天狩刀が、鉄仮面の槍が、×の字に交差しているのだから。
相手の得物に当たったから外れたとか、そんなんじゃない。だって、もしそうだったとしても、相手の手前で己らの武器が止まるなんてこと、互いの命を取り合う戦場ではありえないのだから。
そう、これは、互いの命を取り合う戦場じゃないのだ。
「なんとなくですけど、そんな予感はしてましたよ」
「……」
気のせいだろうか。鉄仮面から、フッという笑みが聞こえて来たような気がした。
「それにしても何ですか? その格好。鉄仮面はともかくとして、ビキニアーマーにマントなんて、変態のソレですよ?」
というリュカ。びきにあぁまぁ、なる物はよくわからないが、後に聞いたところ、リュカが自分に作成する様にお願いした下着の布地をさらに分厚くした、水着という物を装着した状態の事を言うらしい。
完全に防御力どがえしで瞬発力を上げるためだけの装備、女性が装着すると相手が男性だった場合少しの間だけ誘惑できてしまうくらいしか効果のないような鎧ともいえない物。それが、びきにあぁまぁなのだとか。
「まぁ、元々の体型が良かったですから、私としては眼福ですけどね……」
と言って、天狩刀を鞘に戻したリュカ。それに対して、鉄仮面の人物もまた槍を地面に突き刺して言う。
「伝説の鉄仮面もまた、このような姿で魔王と戦ったらしい、由緒正しき衣装だ」
「由緒正しい、ねぇ……」
苦笑いを浮かべるリュカ。ほとんど防具という防具を付けることもなく魔王とやらとの戦いに赴くなんて、飛んだ命知らずなのか、はたまたとんでもない変態なのか。あと、もし勇者が男であった場合確実に後者である。
という事は、勇者は女性だったのだろうか。目の前の、彼女のように。
「あ、あの……」
「ん?」
と、ここですっかり蚊帳の外に置かれていたエリスがリュカに声をかけた。
「知り合いなんですか、お二人は?」
というと、その横で笑うのはヴァーティーである。
「フフッ、何言ってるのよ。貴方だって、会ったことがある人よ」
「え?」
会ったことがある。一体、いつの事だろう。こんな、ある種変態ともいえる衣装を着た人物、自分はあったことないような気が。
「まぁ、前にあったときは服を着てたから体型で把握するのは無理でしょうね。でも……」
と、今度笑ったのはレラであった。彼女も鉄仮面の正体に気付いているのだろうか。
いや、彼女たちだけじゃない。よく見ると、他の面々もまた、うっすらと笑っていたり、唖然としたりしている。彼女の正体が自分が知っている人間である、というのはまだしもだが、どうして自分以外の人間は、その人物の正体に気付けるのか。
「この魔力の鋭さ、鉄仮面の中から覗く眼力……忘れられないわ」
「うん……」
{分かるよね、エイミー}
{うん、分かるよ……よかった、≪生きてて≫}
「生きてて?」
日本語が理解できるようになっているエリスは、そんな言葉を呟きながら涙を流すエイミーを不思議に思った。と、同時に何か答えのようなものに辿り着いた気がした。
そう、自分たちが知っている人物で、エイミーが生きていることに喜ぶことができる人物と言えば、唯一人しかいない。
「ま、まさかあなたは……」
「……これで、外すのは最後にしよう」
そう言いながら、彼女はゆっくりと鉄仮面を外した。そして、その向こうにいたのは―――。
「グレーテシア、さん?」
ミウコ≪前≫女王、グレーテシア・サクラ・デ・ミウコ。その人であった。
「え、でも、なんで。グレーテシアさんは、確かに死んだって、確か、近衛兵長の魔法で炭になったって……」
困惑するエリス。無理もないだろう。彼女はその場にはいなかったが、リュカたちと合流してすぐに聞かされた情報によれば、グレーテシアはラグラス近衛兵長に心臓を一突きにされた上に、炎魔法によって身体を炭化させられるまで焼かれたというのだから。
そんな人物が、どうして、目の前に立っているのか。エリスは動揺するしかなかった。
「けど、その後彼女が……エイミーが、完全回復の魔法をかけてくれた。そのおかげで、私の身体は元に戻った」
確かに、その話も聞いた。炭化したその身体に、エイミーが完全回復の魔法をかけて身体自体を修復したのだと。けど。
「でも! 心臓が動いていなかったって……」
「うん、それは確か。エイミーが確認したからね。でもね……」
「え?」
と、言うとリュカ少しだけ後方に歩いて行って、ある人物の肩を持つと言った。
「いるでしょもう一人。心臓を貫ぬ……くまではいってないけど心臓周辺攻撃されて、一度心臓が止まった人間が」
「あ……」
先日の戦。その一日目。リュカは、とある人物と一対一の激戦を繰り広げた。結果的には、相手が自分の心臓を突き刺すという自滅によってその戦いは幕を閉じた。
しかし、それは嘘偽りの事。目の前に存在している人物の存在が、その証拠だ。
「私が、ゴーザの呪いを解くために使った方法をそのまま使ったのね」
そう、ヴァーティーである。
「あぁ、報告書で、君が使った仮死状態にするツボの事を知って、事前にその位置も調べていたからな」
なるほど、つまり本当は死んでなくて、仮死状態のままだった、という事なのか。
つまり、順番的にはこうなるのだろうか。
まず、グレーテシアはラグラスの攻撃がその己を仮死状態にするツボに当たるように攻撃の位置を調整した。
その後、仮死状態に近い状況になっている時にラグラスの炎魔法によってその身体が炎に包まれた。
そして、完全に仮死状態となった直後、彼女の身体が炭と化した。
この状態のときにエイミーが【完全回復】の魔法を使用した。
結果、身体は修復された物の、状態としては死んでいると言ってもおかしくない状況のグレーテシアに治された。
そして、それから数時間後に、本当に仮死状態から目覚めてここにいる。そう言う事なのか。
確かにそう考えれば、炭化したグレーテシアが生存したことには説明がつくような気もするのだが、しかし疑問点も存在する。
「どうして、自分を一度仮死状態にしようって思ったんですか?」
「……」
エリスの疑問ももっともだ。
そもそもあの状況。後ろからリュカを含めた騎士団の面々が追いついてくるという事は容易に想像ができたはず。だから、そんな命がけの小細工をしないでも、ラグラスの攻撃を避けたり防いだりして時間稼ぎをするだけでよかったのでは。
あの時は、魔法石によって魔法の使用が封じられていたとはいえ、彼女にはそれほどの力があるはず。ならば、そんな危険な賭けする必要なかったはずだが。
そんな疑問に、グレーテシアはフッ、と笑って言う。
「フランソワーズに王位を渡すため。そして、私自身が旅をするためだ」
「え?」
「元々、もしフランソワーズがミウコを抜け出したりしなかったら、姉であるあの子が女王になっていたはずだった。けど、あの子が国を抜け出した結果、私が女王に収まるしかなかった。女王としての器のでかさで言うのなら、彼女の方が何倍も上であるというのに……」
つまり、ミウコの国の女王を本来の女王であるフランソワーズにしたかった。そのためには、自分が一度死ぬ必要があった、そう言う事なのだろうか。ソレにしたって―――。
「それにだ。私も旅をしたくなった」
「え?」
そう言いながら、グレーテシアは果てしなく広がる荒野を見て言った。
「フランソワーズお姉さまが見た世界を、旅したその世界を、体験した冒険を、その身で浴びたいと、そう思うようになった」
「だから、私たちと一緒に行きたいってことですか?」
「え!?」
「フッ、それ以外に何のためにこの山に登ったと思っている?」
「ないですね。理由なんて……」
リュカが、呆れるような笑みを浮かべた。
「昔は、私の方が武力がお姉さまよりも優れていた。しかし、女王として統治している間に、いつの間にかお姉さまに越されてしまって、結果、私は本来自分の強みであったはずの武力も失った……」
と言っても、先ほどの少しの戦闘でも分かる通りまだ自分よりも強そうなのだが、それは言わないお約束なのだろうか。と、リュカは思った。
「私の顔はよく知れ渡っているからな。鉄仮面で顔を隠し、お前たちの旅について行く。それが、死んだグレーテシアがお前たちについて行くための方法だった。だから……」
そう言うと、グレーテシアは鉄仮面をかぶりなおすと言った。
もう二度と、外すことはないと、決意をしたその鉄仮面をかぶり、跪いて言う。
「私は、貴方とともに参ります。リュカ殿」
「グレ……」
突然敬われたリュカは、その言葉に驚きを隠せず、思わず彼女の≪本当の≫名前を言おうとしてしまった。
けど、違う。この場合は、その言葉を使うべきではない。リュカは、一度深呼吸をすると、緊張した面持ちで言った。
「鉄仮面。貴方の名前は、それでいいか?」
「ハッ……」
「なら鉄仮面。貴様を、私の配下として任命する。共に、天下統一を果たそう」
「ありがとうございます。リュカ殿」
こうして、真の意味でグレーテシア前女王はこの世から消え、新たに鉄仮面というおとぎ話の中の人間が生まれることとなった。
リュカはもうそれ以降、彼女を元女王として扱う事は一切なく、同等の立場はおろか、下に見た言い方で接することとなる。
それを、鉄仮面が望んだのであれば、少々不本意であるが、それが彼女の覚悟なら。
結果的に、これがリュカにとって最初の≪部下≫が生まれた瞬間であり、ソレに立ち会えたことは私にとってとても心に残っていることでした。
因みに、グレーテシア、いや鉄仮面のあの身体つきは、少々羨ましいところがある。なんて、自分を含めたほぼ全員が思っていたことは、内緒である。




