第三十二話
「それで?」
そして、時はリュカが背後にいるレラの気配に気が付いて話しかけたその瞬間にまで、早まる。
「……」
「どうしているの? レラ?」
振り返ったリュカは、ゆっくりとレラの服装を観察する。その姿は、これから戦争に行こうと言わんばかりの戦闘服で、その背中の大きなカバンには詰め込めるだけ詰め込まれたパンパンの荷物が見え隠れしている。どう見積もっても、見送りに来た、というだけじゃないだろう。
「レラさんだけじゃ、ないですよ」
「……」
それは、知っていた。と言わんばかりにリュカが微笑んだ瞬間。木陰から数名の女性が現れた。クラク、タリン、サレナ。そして、エリスと、車椅子に乗ったミコだ。
前の戦いにおいて、現女王をその身を挺して守ったミコ。しかし、その代償として、彼女は足を失ってしまった。故に、前の女王であるグレーテシアからミウコの最高の技師たちによって作られた義足を送られ、それを装着している状態だ。
しかし、まだ義足にも慣れ切っておらず、さらにこんな山奥で足場が不安定な場所では少し不安があったのだろう。車椅子に乗って、エリスにそれを押してもらっている、いわゆる介護状態である。
「みんな、なんでいるのかな?」
「全く、水臭いよ≪元≫分隊長さま」
「ほんと、私は誘ってくれたらついて行ってたのに」
等とタリンとサレナは言った。確かに薄々とではあるが気が付いていた。もし自分が彼女たちに一緒に来てほしいと懇願していれば、一緒に来てくれていただろうなと。
でも、それはできなかった。何故か、それは自分の心が弱いから。
騎士団を抜け出し、独り立ちして、全責任を持つことになる自分。その下で死んでいくかもしれない仲間を守れるかどうか、不安だったから。
リュカは、ため息をつくと言った。
「本当にいいの?」
「……」
「ミウコの国の兵士。その中でも位の高い騎士団員として勤めることもできるのに、それを捨ててこんな私と一緒になるなんて……」
「貴方、何か一つ忘れていることない?」
「?」
忘れていること。それはいったい何の事なのだろうか。実際レラから聞かれてもあまりピンと来ていない時点で本当に完全に忘れていることがあるのだろう。
呆れた様にため息をついたレラは、リュカを指差すと言った。
「そもそもヴァルキリー騎士団は、いろんな国から追放されたり用済みにされたりした人間たちで作られた鼻つまみ者の集団。というか、変わり者の集団だってこと」
「あぁ……」
その事でしたか。リュカはなんとなく納得がいった。
確かに彼女の言う通り、元々ヴァルキリー騎士団というのはセイナ団長が各地を回ってその国から追放された物、ひどい仕打ちを受けた物、はたまた兵士に憧れを抱いていた物のその国ではなることができなかったもの達を集めた集合体であった。
まぁ要するに、全員が全員周りと馴染むことができなかった変人集団といっても過言ではないのだ。
「ほとんど裸一貫で国を興して天下統一を目指す? 面白いじゃないの?」
「もし本当に天下統一なんてしたら、私たちはその最初の団員として後世に名を残すことができる。後の世代にまで名前を残すことができる好機なんてなかなかないことよ」
「わ、私は……リュカさんの事が心配で……リュカさんのすぐそばにいないと、行けないような気がして……」
等と口々に応えていくタリン、サレナ、クラク。改めて考えてみるとこの分隊、なかなかに向上心の高い面子で構成されていたんだなぁと感心にも近い何かを感じ取りながらも、心の底では一緒について来てくれるという言葉に感謝をするリュカ。
だが、まだ疑問点はある。
「でも、どうしてエリス、それにミコが?」
そう、非戦闘員であり、ミウコで小さな裁縫屋を始めようとしてたと小耳にはさんだ二人までどうしてここにいるのか。
しかし、その答えは特段珍しいものではなかった。
「何言ってるんですか! リュカさんたちの服が破れたりした時、誰か直す人間が必要じゃないですか!」
「わ、私も……まだ、見習いだけど、でも、役に立つと思って来ました」
そうか、彼女たちもまた、分隊の仲間というわけじゃないが、自分たちに親しい存在。今自分が来ている服も、装着しているリストバンドも、彼女が作ってくれたもの。そして、穿いている下着も。
そんなものを作れる人間が近くにいてくれること。非戦闘員ではあるが、後ろから援護をしてくれる。そんな存在がいてくれること。そのうれしさと心強さに心当たりのないリュカではなかった。
「リュカ、昨日言った通り。皆貴方の命令で来たわけじゃない。自分たちの意思でここに来たわよ」
「自分たちの……意思で……」
確かに彼女は昨晩言っていた。自分たちには自分たちの意思がある。だからいかなる強制力を持っていたとしても自分たちのいるべき場所を決めるのは自分たちなのだと。
自分たちがいるべき場所。彼女たちはそれを見つけてくれたのだ。自分のすぐそば、自分の部下として、改めて所属するという信念で。
「……私は、まだそんなに強くない」
「……」
リュカが、まるで毒を吐き散らすかのように吐露し始める。
「もしかしたら、次の戦であっけなく全滅するかもしれない」
「……」
可能性はなくもない。誰もが、考えていたこと。
「みんながミウコに居れば手に入れることができた平凡な、幸せな生活とは真逆の道を行くことになる」
「……」
一つの国に永住して、国民と井戸端会議をして、笑いあい、からかい愛しながらも一緒に暮らして言って。
いつかは恋をして結婚して子をなして、その子供と夫と、一つ屋根の下で暮らすという夢を抱いていた者が、この中にはいたのかもしれない。
でも、この自分が指揮する軍隊に入ったからにはそんな生活を約束することはできない。無様に野ざらしになることも、夢叶えられることなく永眠することも考えられる。
幸せを、幸せだったはずの未来を、奪うかもしれない。それでも、それでも。
「それでも」
「そこまで」
「え?」
私に、ついて来てくれるの。そう、質問をしようとしたリュカの言葉を制したレラは踵を返し、山の頂上に向う背中を晒して言った。
「自分の行く道は自分で決める。たとえ、それがどれだけ困難な道だったとしても、これだけの仲間がいれば、どんな険しい道も乗り越えていくことができる」
「レラ……」
「私は、そう思っているわ」
「私もよ」
「私も」
「私もです!」
「皆……」
「平凡な人生? まっぴらごめん。戦場で死ぬこと? 大いに結構。どうせ一度失った……いや、最初に騎士団にあった時も含めると二度かしら? ともかく……」
そこで言葉を切ったレラは、再びリュカに向き直ると、昨晩掴まなかった手を差し出すと言った。
「私は、貴方と一緒に生涯をかけて付き合っていくことに決めた。それが、私たちレラ分隊全員の意向よ」
「皆……」
頼もしい。なんと頼もしい友情だろうか。しかし、その友情のせいで踏みにじられる人生がある。
だが、それを知っていもな、彼女たちは一緒について来てくれるというのだ。この、険しくて、普通に歩くのも困難な道のりでも、それでも、一緒に。
リュカは、思わず流れそうになった涙を引っ込めると。やはり、昨晩掴むことができなかったレラの手を取って立ち上がると、そのまま握手して言った。
「これからもよろしく、レラ、タリン、サレナ、クラク、それにエリスとミコ」
「えぇ」
「あぁ」
「フフッ」
「は、はい!」
「はい!」
「はい!!」
こうして、新たな仲間、いやかつての仲間を引き入れたリュカ。もう立ち止まれない旅が、始まろうとしていた。
「ケセラ・セラ! 皆!」
「あ、お姉ちゃん! と、アレ? レラ? 皆もどうして?」
「えっと、色々と事情があって……」
そして、レラ達を引き連れたリュカは、先に頂上付近で待っていたケセラ・セラやロウの一族、エイミー、キン、ヴァーティー、ハオン、トルス、プレイダ、ルシー、アルシアと合流した。
本当だったら、姉とリュウガの二人だけで昇ってくるはずだったその山道なのに、レラ達まで引き連れていることに困惑している様子のケセラ・セラに事情を説明しようとしたリュカ。
しかし。
{まって、リュウちゃん}
{え?}
エイミーが、日本語で話しかけて来た。一体どうしたのだろうか。
{私たち、囲まれている}
{え、囲まれてるって……}
見渡す限り人の気配なんてなさそうだが。いや、ここは山の頂上とは言木がたくさん生い茂っているのだ。その中に身を隠すなんて、強者であったのならばあたりまえのことのようにできるはずだろう。
それに、確かに自分にも感じる。何者かの気配が。この場所に来るまでは一切感じることのできなかった、その気配が。
『お姉ちゃん、ロウ達も……』
『うん……』
『お師匠様』
『分かってる』
座っていたロウ十数匹もまた、立ち上がると唸り声をあげて周囲を威嚇し始める。キンもまた、エイミーと同じように周囲の気配に気が付いていたようで、すでに戦闘態勢を整えているようだ。
「囲まれているわね」
「うん。みんな、注意して……」
「ハオン、トルス。プレイダ達をお願い」
「はい、お姉さま!」
遅れてレラもまた人の気配に気が付き、自らの得物を取り出し、ヴァーティーは妹に結界を作り出すように指示を出した。その結界の中には、非戦闘員であるミコとエリスも入れてもらっている。これで、どれだけの数の強敵が現れても安心だ。
そう、どれだけの数でも、だ。彼女たちが感じた気配は一つや二つじゃない。十以上もの気配が周囲からするのだ。中には、とても小さな、まるで子供みたいな魔力を持つ人間もいるが、しかし一番まずいのは自分から見て真正面に位置しているところにいる気配。
なんだ、この魔力量。いや、この魔力、どこかで感じた記憶があるような。
だが、そんなことどうでもいい。問題は、この状況、この囲まれた状況で自分たちがどんな行動を取るべきなのかだ。
全く、前途多難な旅の始まりだ。そうリュカがため息にも似た何かを吐き出した。その瞬間であった。
「ハァァァァァ!!!」
「ッ!?」
一人の人間が、吶喊してきたのは。その人物を一言で表すと、こうなることだろう。
鉄仮面、と。




