第八話 過酷な修行の思い出
場所を移動して、修行をするのに適した場所を探すリュカ。だが、当然森の中の景色に違いはほとんどないため、どちらかというと先ほどより若干木が密集した場所に場所を移しただけなのだが。
「とにかく、夜まで時間がない。それまでに、なんとか木にぶつからない方法を見つけないと!」
自分にとって不本意であるとはいえ夜中に決闘をすると言うことはすでにきまってしまったこと。であるのならば、それに備えなければならない。
目下のところの目標は夜目が効かない自分がどうやって戦うのか。つまり、夜でも周りの様子を知るにはどうすればいいのかだ。
「とはいえ……」
だが、そう簡単にはいかないことは重々承知。と、言うのも彼女はすでに経験済みであったのだ。この修行を。あの、父と共に過ごしていた時に、である。
「あの修行の時に身に付けられなかったのがそう簡単に……ハァ……」
そして彼女は思い返す。自分にとってとても苦い記憶を。
あれは、確か三年か四年前のことだったか。その土地に住む人々に見つかっては引っ越し、見つかっては引っ越しを繰り返していて、何個目の洞窟だったのかは思い出せない。確かそれまでに住み着いてきた洞窟の中でも狭かったという事は思い出せる。
とはいえ、巨大な父が入れるくらいなので、あくまでもそれまでと比べてという範囲内であるのだが。そんな、手狭であるという洞窟の特徴を生かした修行。それが、暗い中でも戦う、夜戦の修行だったのだ。
「戦いというのいつも昼間にするわけではない。時には夜、また夜のうちに相手の背後を取るとり奇襲をするという戦い方もある。そのため、暗い中でも戦う方法という物を身に着ける必要がある」
父の言いたいことも分かる。戦に関しては、ほとんどが日没を同時にいったん打ち切りということが大多数だ。しかし、戦以外の場所。例えば獣に襲われた場合などには日時を問わずに戦わなければならない。その時に、戦う方法がわからないでは話にならない。
それに父は、自分から奇襲を仕掛けるという方向で話をしていたが、逆もある。もし敵方が奇襲を仕掛けてきたとすれば、やはり夜戦の手段を何とかせねばならない。
「魔法で何とかならないの?」
リュカは、魔法を眼に使用することによって視力を上げることが出来るという事を知っていた。だから、それを応用すれば、夜目が効くようになるのではないかと提案した。
だが、リュウガはそれにたいして 怪訝な顔をして言った。
「魔法で強化できるものには限りがある。可能性がないわけではないが、お前の少ない魔力ではな」
「そっか……」
確かにそうだ。自分が使用できる限りのある魔力では、視力を上げるまでしかできない。当時まだ開発中だった龍才開花によって魔力を周りから借りればその問題自体は解決できる。が、あれはいわば最後の切り札。一度使用すれば一日経たなければ再度の使用はできないという弱点もある。
アレを使っていない時にも戦うことが出来なければ。今回の修行はそのためのものでもある。
「ということで、今日の修行だ」
そういいながらリュウガが彼女を連れて行ったのは、とある洞穴の前。そこは、リュカの身長の三倍程の大きさがあり、見ると大体三百メートルくらい先に出口、というより向こう側の洞穴の入り口に繋がってるようだ。
「この先に血を好むコウモリが大量に住んでいる。無防備で進めば、貴様の血は一滴残らず吸われることだろうな」
なるほど、つまりこの先はとても危険だという事。決して足を踏み入れてはいけない場所という事か。もちろん、彼が親切心で自分にそんなことを教えるわけない。彼がそんなことを言うという事はきっと。
「なるほど、それじゃ……」
「その道を進め」
「で、しょうね……」
リュカは、やっぱりかと呆れるように頭を抱えた。
その時までにも様々な危険を伴う修行をしてきた。巨大な獣に素手で立ち向かうというのはまだ優しい方。飲まず食わずで一週間を過ごしたり、魔力を高めるためと言って一日中冷たい滝に打たれたり。
だが、今回のソレが今までの中でも一二を争うほどに危険な修行になるのが目に見えていた。
「つまり、血を吸われないようにコウモリを避けながら進めって事でしょ?」
「いかにも」
リュカは、自分の認識が間違っていないことを確認すると、改めて洞穴の中を見る。
確かに暗いようにも見えるが、しかし完全に真っ暗というわけではないようだ。洞窟の中に自生しているコケが謎に発光しており、昼間のようにとまではいかないまでも月明りにほんわかと照らされているくらいには明るいようにも見える。
「まぁ、でも暗いと言ってもこれくらいなら……」
これくらい明るければ、何とかコウモリを避け乍ら進むことはできるかもしれない。そんな観測的希望を立てるリュカ。だが、彼女は知らなかった。
「何を言っている。当然、目隠しはしてもらうぞ」
「えッ……」
その希望が一瞬で打ち砕かれるという事を。リュウガが取り出したのはとても分厚い布。この時点で何か嫌な予感しかしなかった。
試しに一度それで目線を隠してみる。結果は予想通り、道どころか明かりすらも見えない。無の境地に近いと感じるくらいの闇が目の前に広がる。
「ほ、本当にこれで……?」
「それぐらいやらんと修行にはならんだろう」
残念なことに言いたいことは分かる。しかし彼は知っているのだろか。段階という物を。こういった時はまず普通に洞窟の中に入る。その次からは若干明るさを減らしていき、そして最後に手に持っている布で完全に目線を塞いでしまう。それが普通ではないのだろうか。
心なしか、ここ最近の父は何か急ぎすぎているような気がする。必要な段階を一つも二つも飛ばして、自分を早く成長させようとしているきらいがある。そんな気がしたのだ。
「安心せい、もしもの時は助ける。だから……」
リュウガはそう言うと、ニンヤリと巨大な歯を見せる。まるで、拒否したらその牙でかみ砕いしまうぞと脅迫するかのように、彼は言った。
「安心して血を吸われて来い」
どうやら、彼にとってはこの修行の失敗はすでに決定事項のようだ。
まぁ、考えてみれば彼の寿命は残りあとわずか。彼がこの世界での生存方法の会得を急いでいるのも理解はできるのだが、だからといってこれはキツすぎるのではないだろうか。
「はいはい、やればいいんでしょ。やればッ……」
ダメで元々だ。リュカは、自らの目を父が持ってきた布で塞ぐと、一度深く深呼吸をしてから洞穴の中へと入っていった。
そして―――。
「あ、だめだコレ……」
この先の事に関しては記述しなくても分かるであろう程の地獄絵図。
文字通り体中をかまれた彼女。リュウガがあともう少し助けるのが遅ければ本当に致死量に当たる血が抜かれていたであろうことは想像するに難しくない。というか本当は抜かれてたのではないだろうか。
さらに悪いことにその時に感染症を持ったコウモリがいたらしく、それ自体はリュウガの魔法で何とか完治はできたのだがそれでも一週間にわたって高熱が続き、結局その修行を最後まで終えることは無く次の修行に移らざるを得なかった。
いや、もしあの時病気になっていなかったとしても自分はその修行をやり終えることが出来たであろうか。夜戦の技法を取得することが出来たであろうか。
できなかったはずだ。あんな、怖い思いをした後では。
「せっかく手にいれたキレイな肌だったのに……あの修行のせいで傷だらけ痣だらけ……」
リュカは、体中を見渡しながらそうつぶやいた。その時の修行の傷だけではない。リュウガとの五年間の修行の中で負った傷やあざ、そしてやけどの跡が身体中にくっきりと残っている。きっと、これは癒えることは無いのであろう。
こんな激しい傷を負っても掴むことが出来なかった物を、たった半日足らずで会得しろ等、俄然無理な話なのだ。もはや、彼女は諦めの境地に達しそうになっていたという。
「どうすればいいんだろう……ね、琴葉……」
思わず前世の親友に助けを求めたくなるほど。それくらい彼女は追い詰められていた。




