第三十一話
それは、つい昨夜の事。というよりも、数時間前と言ってもいいかもしれない。そんな中途半端な時刻の事。
このミウコの国で衣食住の三つを確保させてもらっている間にリュカが使用していた隊舎の一室に、彼女はレラを招きこんだ。
レラは、一通りその部屋の中を見渡して言う。
「随分と、片付けた物ね」
「でしょ?」
考えてみれば、この国に来てもうすぐ一月になる。その間に、リュカはこのミウコの市場で色々な商品を買いあさったり、またミウコの外で拾い物をしてりしていた。まったくもって変な性格だが、リュカが言うにはケセラ・セラの性格が少し移ってしまったそうだ。
結果、少し前に彼女の部屋に来たレラが、目眩を起こすくらいにリュカの部屋というのはとっ散らかっていたのだが、しかし今日は違う。
リュカの部屋は物ができる限りに敷き詰められて、同じ間取りの部屋に住んでるとは思えないほどとても狭い印象を受けていた。
だがしかし、リュカの部屋を訪れると、それまでに彼女が集めていたいわゆる[コレクション]は、ものの見事にひとまとめにされており、一番最初に自分たちがこの隊舎の一室を与えられたときそのままになっているような印象を受ける。
もちろん、このミウコでの暮らしの後半は、リュカが厄子であることがばれてあまり公に買い物をすることが困難だったから物が増えなかった、そんな理由もあるのかもしれない。しかし、それ以上にレラはどこか木枯らしを初めて見た時のようなもの悲しさを感じながら言う。
「いつ、出発するの?」
「……気づいていたんだ」
「当たり前でしょ? これでも、マハリ脱出以来一番貴方と話してきたって自覚はある物。まぁ、ケセラ・セラやエイミーには負けるでしょうけどね」
と言いながら、レラはリュカの翠色の髪に触れると言った。
「ミゾカエの実を使ってないところを見ると、今夜中に、出るのかしら?」
「正確には明朝、女王陛下の戴冠式の途中にミウコの外に出ようかなって」
「そう、的確ね」
確かにその時間帯にこの城を、ひいてはミウコの国を抜け出そうとしても国民のほとんどは城の≪表側≫しか見ていないため、簡単に抜け出すことは可能になるはずだ。
フランソワーズ女王陛下の戴冠式が早朝に行われる理由。伝統以外にも何か目的があるはずだと薄々勘づいていたレラにとっては、簡単な推測だ。
「それで、私一人を呼び出した理由は何? 分隊長?」
「もう、その言い方してる時点で分かってるくせに」
「……」
レラは、表情一つ変えることなく、自らの髪をフワッ、とかき分けると言った。
そうだ、本来自分たちは名前で呼び合っていた。分隊長とか、隊員とか、そんな立場もどがえしで、上下関係もなく接していた。大体同じ年齢であるが故にそうなっているのかもしれないが、とにかく、自分たちリュカ分隊が騎士団全体という一括りの中でも異質な存在であったのは確か。
そんなリュカに対し、レラが分隊長という言葉を使った。その時点で、彼女も気が付いていたのだ。一体、リュカが自分に何を言おうとしているのかを。
「分隊の皆、クラクやサレナ、タリンの事は、任せたから」
「でしょうね」
やっぱりそうだ。自分に、分隊長としての責務を押し付けるためにこんな夜遅くに呼び出したのだ。まったく、無責任というか、無鉄砲というか、無配慮というか。というか、この話前にもしたような気がするのだが。
「同じ事、前にも話したわよね?」
「これで最後になるわけだから……貴方の顔をしっかり覚えてたいって意味もあったかな?」
「……まぁ、分隊の副隊長みたいな立場だった私だから、その要請には答えるけど……」
「けど?」
「……少しだけ、がっかりしたわ」
「え?」
がっかりした、それは一体どういうことなのか。リュカが聞く。
「がっかり、ってどういう事?」
「貴方の事だから、私たちにも一緒について来てもらいたいって、そう言うと思ったからよ」
「あぁ……」
なんだ、そんな簡単な事か、リュカは奇特に振舞うような笑みを浮かべ、窓の外に見える月を見上げながら言った。
「貴方たちは、私に初めてできた部下、だから」
「?」
「だって、ケセラ・セラはどちらかというと妹みたいなものだし、ロウたちもロウたちでケセラ・セラの一族みたいなものだし。私にとって、本当に最初にできた初めての部下は、貴方たちだから」
「だから、なに?」
「だから……」
リュカは、手をギュッ、と握ると我慢するように言った。
「こんな危険な旅に、貴方たちを連れていけない」
「……」
「今までは、ヴァルキリー騎士団の一部として、セイナ団長やたくさんの人たちが守ってくれてた。でもこれからは違う。私はこの広い世界に二人のヴァルキリーと、一人の女の子と、ロウ達にお父さん。たったそれだけで足を踏み入れることになる。そんな危険な旅に、最初にできた部下を連れて行くなんて、できない物」
「……」
彼女は思う。もしも、自分が戦国時代に男として生まれて、大名となっていたとしても、きっと、戦場に赴くという危険な行動をしていたのだろうなと。だって、仲間が、部下が戦っているというのにその頂点である自分が戦わないなんて、そんなの無責任すぎるから。
もちろん、レラたちの実力を侮っているわけではない。むしろ評価しているほど。
レラは、その卓越した知識量と判断力。
タリンとサレナは、その類まれな、少しだけ教えただけでソレを戦闘にいかせるほどの戦闘[センス]を。
一応、心配と言えば心配なのは、クラクくらいだが、彼女にだって誰にも負けない何かを持っている。そう、直感が告げていた。
そう、四人とも自分にとって大切な部下であり、仲間だ。だからこそ。
だからこそ、こんな少人数で旅に出るなんて言う自殺行為にほど近い物に、彼女たちを巻き込むわけにはいかない。最初にできた仲間だからこそ、彼女たちには生き残ってもらいたい。それは、自分にとってのわがままなのだろうか。
「我がままね」
「やっぱり?」
レラも、そう思っていたらしい。
「きっと、これからあなたは外の世界に出てたくさんのお仲間を作っていくことでしょう。その中には、やむを得ず、捨て駒にせざるを得ない人間まで出てくるはず。貴方は、そんな現実を無視して、最初にできた仲間だから、そんな理由で私たちの命を守ろうとするなんて、すっごくわがまま」
そう自分でも思っていたこと。それをズバズバと言い当てられていっそすがすがしさすらも感じしまう。なんだか暴言も混じっていたような気もするのだが、しかしそれすらも許してしまうほどの鋭い言葉に、リュカは思わず苦笑する。
「まぁ、いずれにしても。私はもし、あなたに一緒に来てほしいと言われても行くつもりはなかったけど」
「だよ、ね」
「ミウコの国の兵士。その中でも上位とも言える騎士団員として雇われたのに、わざわざまた、地獄の旅に行くような馬鹿、どこにいるのよ?」
正論である。というか、それは最初の方でリュカ自身が言っていた言葉の反復でもあるような気がする。この状況に置いて、念を押すためにもう一度話しているのだろう。
レラは続ける。
「それに、私たちには私たちの意思がある。たとえそれがいかなる強制力を持っていたとしても、私たちのいるべき場所を決めるのは私たちよ」
「……さすがだね」
リュカは、思わず拍手してしまいそうになる。正論ばかりを繰り出してくるレラに。あぁ、この子に分隊長を任せることにしてよかったと、改めて納得できるような気がしてならなかった。
リュカは、右手を彼女に差し出すと言う。
「レラ、短い間だったけど、分隊長として貴方たちと一緒に戦えたのは誇りに思う」
「……」
「どうか、私の分隊をお願いね、レラ分隊長」
「……馬鹿」
レラは、そう吐き捨てるように言うと、彼女の手を取ることなく部屋を出て行ってしまった。
行き場を無くしたリュカの手は、空を掴むと、そのまま顔に引き寄せられるように着地する。
「これでよかったんだよ、これで……」
そう、これでよかったんだ。まるで、自分自身を納得させようとするように、彼女は独白を続けるのだった。それは、あまりにも悲しい光景だった。




