第二十七話
「被害状況の報告はまだか!?」
「城の復旧を急がせろ!!」
「そんな事より人命救助が先だろ!」
国中を巻き込んだ、最低最悪の一夜があけた。結果から言えば反乱はあっけなく終了した。反乱を引き起こした男、ラグラスの敗北と、反乱軍の壊滅によって。しかし、その代償としてはとても痛い代償を、このミウコは払うことになった。
今は、反乱に参加しなかったまともな兵士たち以下、国の重鎮と言える者たちによって国の再建のための会議が行われている最中であった。
といっても、その会議はあまりにも混乱を極めており、まともな会話にすらなっていなかったのが現状である。それもそのはず。今回の反乱によって自分たちは兵士の中でも最も頭の優れた近衛兵長を含めた多くの兵を失い、統率を取ることのできる兵士がいなくなったのだから。
いや、それ以上にもっと深刻な問題は、女王、グレーテシアの死。この国を若くして統率していた女王の死は、残った国の重鎮たちを含めた国民全員にとって、最も恐れていたこと。
まったく、ラグラスはとんでもない置き土産をして言った物だ、と一人の男が言うと。それを言うなら、厄子を国の中に入れた女王にも責任があるのではないかと、国の行く末を決める会議のはずなのにずっと横道にそれるばかりの小競り合いに、新女王、フランソワーズはため息をつくと、机を壊すかの勢いで大きく叩いた。
「鎮まりなさい。今はそんな話をしている場合ではありません。いかにして国を立て直すか、そしてどのようにして傷ついた国民の心を癒すのか、それを一番に考えなさい」
刹那、シンと静まった会議の場を見渡したフランソワーズ。その言葉にようやく男達も落ち着いたのだろう。まずは現在のミウコの国全体の現状把握から始めようという話に落ち着いた。
そこには、昨日までいた優しくて、微笑みを振りまいていたフランソワーズの姿はない。一つの国を治める女王として君臨した、可憐な、しかし勇猛な女性の姿があった。
そう、妹の死に、嘆き悲しんでいる暇はない。一つの国を治める立場になったからには、国をどのようにまとめていくのか、人々をどのように導いていくのか、それだけを考えて行かなければならないのだ。
「この下に人の気配がある!」
「よし、掘り起こすわよ!」
「はい!」
一方で、一部分が崩れ落ちた城の下では、ヴァルキリー騎士団による救助作業が行われていた。
今回の事件において被害にあったのは、何も女王や騎士団の人間たちだけじゃない。城で職に就いていた多くの待女や料理人、または執事といった職種の人間たちもまた、被害にあってしまったのだ。
そのほとんどが、今回の事件においてほぼ無関係にもかかわらず、ラグラスが無理やり発生させた土系統魔法によって瓦礫の下敷きになってしまった。
そんな理不尽によって死ぬ人間を極力抑えよ。フランソワーズが最初に騎士団に出した指令は、人命救助優先であった。
幸いにも、騎士団のほとんどの人間が眼に魔力を宿すことによって人の気配を探る魔法を習得していたおかげで、≪生存者≫の救助は順調に進んでいた。
一方で。
「……」
リュカ、ケセラ・セラ。そしてヴァーティーたち魔力をほとんど放出した人間たちは救助が間に合わずに死してしまった者たちを弔うための墓を、城の近くに作っていた。
フランソワーズが言うには、そこには石碑を建て、二度と同じ過ちが繰り返されないようにと刻み込むために作る、弔いの象徴。悪く言えば、≪みせしめ≫。そう、フランソワーズ自身が自嘲していた。
そうだ。こんなもの作ったところで死んだ人間たちが戻ってくることも、また報われるはずなんてない。ただただ身勝手な男による無駄な謀反によって無駄死にしてしまった人間たちを本当に弔う事なんて、できるはずがない。
フランソワーズも知っていた。けど、それでもきっと、作らなければならないと思ったのだろう。大事な、大事な妹の、大きなお墓を。彼女が好きだった城のすぐ近くに。
{はぁ、疲れたぁ……}
と言って、エイミーは手に持っていた工具を放り投げると地面に勢いよく座り込んだ。ケセラ・セラやヴァーティーたちとは違い魔法石などで魔力を吸われてなどいないはずのエイミーがこの程度でへたばるなど少し変に思われるかもしれない。が、彼女がその夜に、そして先ほどの戦いで消費した魔力量はそれまでの人生において最も多かったと言っても良かった。
そのため、彼女の中の魔力も事実上ほとんど枯渇し、最初に魔力を奪う服を着せられたリュカと同じ状態となっているのだ。
{ほら、エイミー。休んでなんていられないよ。ここが終わったら、今度は謀反を起こした兵士たちの墓も作らないといけないんだから。あんな人の戯言に惑わされたりなんてしたけど、皆この国のためだと思って行動した結果なんだから……}
{……そっか}
と言いながら、二人は少しだけ遠くにある城門の前にある赤いシミを見た。もとは、≪ラグラス≫と名乗っていた人物の痕跡である。
先ほど、エイミーが魔力を枯渇させた原因を、≪戦い≫と称したかもしれない。だが、ハッキリと言おう。あれは、戦いなんてものじゃなかった。ただの嬲り殺し、公開処刑である。
そもそもの話、ラグラスは【炎影剣】という自らをも傷つける魔法を二度も使用したことによってその腕は使い物にならなくなってしまっていた。その状態の人間を相手に、個別魔法によって強化されたリュカと、そして格闘術に長けたエイミーが向かって行ったらどうなるか。
結果は見えていた。最初から。一方的に殴る蹴るの猛攻を繰り出し、ラグラスに反撃をする機会すらも与えず、最後には二人一緒に繰り出した魔力を最大限に使用した飛び蹴りによってラグラスは血塊、肉片と化した。
結果的にはあっけない幕切れではあったが、しかしその代償はあまりにも大きい物。
この国のためにと立ち上がった何十人もの兵士が、一人の男の欲望のために犠牲となったのだ。だからこそ、せめてその墓は作ってあげなければならない、そうリュカとフランソワーズの二人は考えていたのである。
その兵士たちもまた、身勝手なラグラスに加担した時点で、自分勝手な人間たちであると、分かったうえで。
「それにしても、上手くいったわね」
「ん?」
と、話を切り出したのはレラである。
「うん。まさか、お姉ちゃんが≪もう一つ≫リストバンドをしてたなんて分からなかった」
「ふふん。うまく隠した物でしょ?」
と、リュカは自慢げに言う。そう、実は彼女、最初にラグラスに投降した時点でその手にリストバンドをしていたのだが、実はその下にもう一つリストバンドを隠し持っていたのである。
魔力を解放し、透明となったリストバンドを。結果、ラグラスたちはもう一つのリストバンドの事を知らずにその上から魔法石による手枷をはめてしまった。それが、彼らにとっての地獄への片道券であると知らずに。
「でも、どうして魔法石が割れたの?」
「あぁ、あれはキンが山でやったっていう、ヴァーティーの結界破りの応用みたいなもの……かな?」
「え?」
それは、ムバラク山賊団の一団があの動く山にやってきたときの戦いの事だ。
戦闘が終わった後に、各々どのような戦いを繰り広げたのかと情報共有を行った時、リュカを含めた多くの人間が驚いたのが、ヴァーティーの作った結界を、キンがいともたやすく破壊したという事。
確かにその時のヴァーティーは、リストバンドによって魔力を吸われていたことによる弱体化していた。だがしかし、それでもその結界の頑丈さはリュカたちも知るところであって、簡単に破れるほど粗末なものではない。
なら、どうしてヴァーティーの結界は破れたのか。その手掛かりは、その直前のヴァーティーの行動にあった。
「ほら、ヴァーティーその時結界の中でリストバンドの魔力が暴発したって言ってたでしょ?」
「えぇ、確かにね」
「それで思ったの。もしかしたら、内側と外側から魔力による攻撃を加えたらとんでもない力になるんじゃないかって」
「魔力と魔力の板挟みって事ですか?」
「そうそう、で、さっきのはエイミーが私の手枷を攻撃した瞬間に、私がリストバンドの魔力を放出して同じ状態を作った。それで、魔法石を破壊したの。どう? 名案でしょ?」
「「「「全ッ然ッ」」」」
「え?」
得意げに言ったリュカに対して、レラ、サレナ、タリン、そしてヴァーティーが声を合わせて否定した。
「それ、実験でもしたの?」
「あ、いや、その……」
「大体、魔力を吸い取る魔法石と、魔力でできた結界とでは話が違いすぎるでしょ?」
「た、確かにそうだけど……」
「もしそれでうまくいかなくて、石を殴ったエイミーの手がケガしてたらどうしてたの?」
「そ、そこはキンの回復魔法で……」
「要するに……」
と、ヴァーティーが一度言葉を区切ると、四人はリュカを半円で囲むようにして指さしながら言う。
「「「「もう少しよく考えてから行動しなさい!」」」」
「すみません!!」
こうして、おちゃらけた雰囲気で反乱の終わりを喜ぶ者たちもいる。
だが、その一方で、この反乱によって心が傷ついた人間がいるのも確かな事だった。
そう、今まさに、城の上から飛び降りようとしている女性のように。




