第二十三話
「動いた!」
そう叫んだのは、山に残っていた騎士団員の一人、リィナ中隊に所属しているゼムラであった。
その叫び声に呼応したかのように、次々と騎士団員が彼女が監視場としてる巨木の下に集まってくる。
まだ、日が昇り始めた時刻で、ほとんどの騎士団員が完全に寝に入っていたというのに、その一言を聞いた瞬間、ゾロゾロと団員達が集合し、一分も経過しないうちにその全員が集まったのは、流石であると言えよう。
「状況は!?」
ゼムラの直属の上司にあたるリィナが聞いた。ゼムラは、よく目を凝らして城の内部を透視するかの様な目つきをして言った。
「あれは、エイミー! 窓を割って……いえ、窓の破片を使って攻撃してるみたい!」
「破片を?」
「それはまた、随分と大胆な作戦ね」
と、騎士団員たちは口々に言った。まさか窓自体を割ってそれで攻撃するなんて、魔力の使い方に相当の自信がなければ決して選ばない方法だ。
そもそも、窓の破片という物は、ただ割って飛ばしただけでは攻撃の方法としてはかなり乱暴で、なおかつ中にもし味方がいた場合にはその人間たちにも当たる危険性を持っている。
それを避けるためには、窓を割った瞬間にそれぞれの破片に魔力を込め、操り、敵に直接当てなければならない。
そんな高度な技術が、エイミーにはあったのか。しかし、ヴァルキリーである彼女ならば、あり得ないことではない。
とにもかくにも、ミウコ内にいる者たちが動いたのであれば、自分たちも動くのみ。リィナは言った。
「よし、私たちも、ミウコに向かうわよ。といっても、着いたらもう終わってるかもしれないけど」
「ですね……」
と、騎士団員の一人が呆れるかのような顔をして言った。
確かに、謀反兵に人質を取られているという状況下で、エイミーが動いたという事は、その問題が解決したという何よりの証。人質を取られていない自分たち騎士団が、ミウコの兵士に負けるだろうか。いや、絶対にありえない。
それは、この前の戦の時に率先して、そして圧倒的な武力でミウコの兵士以上の戦いをしていたことからも明らかだ。
とりあえず伏兵がいる可能性も考慮に入れて自分たちもミウコに向かうわけだが、きっと自分たちの仕事なんて残されていないだろう。
そう、誰もが考えていたその時だった。
「ッ!」
城の方から、何かが崩れる音がしたのは。
「なに、今の……」
一体、城の中で何が起こっているのか。中の様子が全く見えない彼女たちは、ここでようやく一抹の不安を覚えるのであった。
「皆! 大丈夫!?」
「セイナ団長! 私は、大丈夫です!」
「私も平気」
「こっちも、少しケガしたけど、妹達も無事みたい……」
崩れ落ちた部屋の中、安否確認を始めたセイナ。一瞬の出来事だった。
ラグラスは、奇襲が成功し、安心しきっていた空気の中でも、緊張状態を保持したままだったレラたちリュカ分隊の面々の一瞬の隙をついて床に土系統の魔法、【地平・割爆破】を使用したのだ。
結果、ラグラスを中心として部屋の大部分が一つか二つ下の階まで崩れ落ちてしまった。しかも騎士団の面々は、魔法石の枷によって魔力を封じ込まれてしまっているため、エイミーやレラ達など一部の者を除いて魔力によって防御することができなかった。
結果的に、ヴァルキリー騎士団の鍛え上げられた人間たちは多少のケガを負った者はいれども死亡した人間はおらず、またトオガからの離反者組も、ヴァーティーを除いた五人共に無傷だった。
そう、ヴァーティーを除いて、だ。
「ヴァーティー! 頭から血が!」
恐らく、崩れ落ちる瞬間に妹達をかばったのだろう。頭から真っ逆さまに落ち、妹達の下敷きとなったヴァーティーは、体中が傷だらけとなっていた。特に、頭からはおびただしいほどの流血が見えており、明らかに危険な状態であることをその場にいる全員に伝えていた。
「大丈夫……これくらい、なんとも……」
といって、ヴァーティーは立ち上がるも、すぐによろめき、倒れてしまう。やはり、相当の痛みを感じているようで、目は虚ろで眼振すらも起こっていた。
「お姉さま!」
「お姉さま! 嫌! 死なないで!!」
{待ってて! 今私が回復するから!}
今回、魔力を奪われず、回復魔法の使い手であるエイミーがここにいたことは幸いだった。おかげで、すぐさまヴァーティーに回復魔法を使用できるのだから。
【イタイノイタイノトンデイケ イタイノイタイノトンデイケ】
少女が言魂を紡ぐと、ヴァーティーの体中にできた傷はみるみるうちに回復していく。考えてみれば、あの山賊との戦いのときも、死の寸前までいったレラを回復させることができた魔法なのだ、この程度の傷など、それに比べれば造作もないことなのかもしれない。
「ヴァーティーのことは、エイミーに任せて大丈夫みたいね……」
と、リュカが一安心したのもつかの間だった。
「ッ……うぅ……」
どこからかうめき声を感じ取る。その声、聞き覚えがあった。
そうだ、確か≪彼女たち≫はラグラスのすぐ近く、つまり魔法の中心といっても過言ではない場所にいたのだ。だから、一番被害が大きかったのは彼女たちのはずなのだ。
リュカは、一目散にトビラがあったであろう場所に向けて駆け出し、叫ぶ。
「レラ! タリン! サレナ! クラク!」
自分の、分隊の仲間たちの名前を。
そして。
「グレーテシアさん! フランソワーズさん!!」
自分たちが、本来であれば助けるべきはずの人間たちの名前を。
その声が響いた後、しばらく、沈黙が続いた。
まさか、あの崩落で、そんな嫌な想像が浮かんでくる中だった。
「!」
崩落した床の破片がせり上がり、中から≪六人≫の女性が姿を現した。
「皆!」
「全く、とんでもないことしてくれたわね、近衛兵長も……」
「レラさんが結界を貼ってくれなかったら、私たちも危なかったです……」
と、どうやらラグラスがあの魔法を放ったその一瞬で、何が起こるのか想定したレラが、自らが持っていた本の頁を使って結界の魔法を使用したそうだ。おかげで、その場にいた少女たちは完璧に守られており、傷一つすらついていない。
こちらも、エイミーと同じく、魔力を奪われなかったことが功を奏した。
やはり、魔力と言う物はこの世界において最も有益かつ、奪われると最も厄介な部類に入る物なのだと、そうあらためて知らされる形になったリュカ。もしかしたら、今後もこんなことが起こるかもしれない。魔力を使わない、身体の強化と言う物を続けて行かなければ、そう考えていた時だった。レラの結界から飛び出したフランソワーズがセイナの目の前に出て行った。
「皆さん、私たちの国のために、こんな危険なことに巻き込んでしまい……申し訳ありません」
「いいのよ、フランソワーズさん。そんなのあの戦争に参加した時点で皆覚悟していたことだから」
と、フランソワーズに笑顔で言ったセイナ。
「そうですよ。それにラグラス近衛兵長も捕まえてこれで全部……」
クラクは、あたかもすべての事件が終わりを迎えたかのような錯覚を起こしてしまった。きっと、先ほどまでラグラスの事を捕らえることに成功していたから起こった錯覚なのだろう。
しかしそうではなかった。
「って、ラグラスは!?」
そう、ラグラスの姿が見当たらないのだ。あの崩落に巻き込まれてがれきの下にいるのか。いや、そもそも魔法を使用した本人がその魔法に巻き込まれるなんてこと、考えられない。
仮にも近衛兵長にまでのし上がった人物だ。自爆するなんてことがあれば、それこそミウコの兵の底という物が知られるという物。
『床が抜ける時、≪二つ≫の影が、がれきの中を走ってるのが見えた。きっと、その一つがラグラス』
と、気配を探ることができるキンが言った。あの誰もが混乱して周りの様子も見れなくなるような場面において、冷静に状況を見ることができるなんて、と関心はするがしかし彼女が言うのであれば、ラグラスに逃げられてしまったという事。
事件の首謀者にあと一歩のところまで迫って逃げられるなんて、一生の不覚だ。もしもこれで、謀反兵の残党をかき集めて抵抗軍のようなものを作られ、暴れられてしまえば、ミウコの情勢、治安が一気に悪化する恐れがある。
なんとしても今、ラグラスを捕まえなければこの作戦の意味もなくなってしまうのだ。しかし、ラグラスはいったいどこにいったのか。と、考えようとしたその時だった。
『待って、今なんて言った?』
リュカは、キンが言ったある言葉に引っかかったのだ。そう、確かに彼女は言った。
「≪二つ≫……?」




