第二十一話
改めてみると、なんとどでかいのだろうか、城という物は。
前世の時代、自分は何度かとある遊園地に足を運んで、そこにある偽物の城を見たことがあった。
その時は場所が場所であったためとても豪勢に、そして大きく見えたお城。見ているだけで自分もお姫様になりたいと思わせるような趣をしたあのお城に何度興奮したことだろうか。
しかし、この城を見てしまえば話は別。やはり、本物と偽物は全然違う。迫力も、そしてその装飾も。
とってつけたようなお城なんかじゃない、一国の主を中でかくまうために厳重に、なおかつ小綺麗に装飾された宝飾品等を見ていると、なんだか前世で偽物の城に興奮していた自分が恥ずかしくなってしまう。
エイミーは、ずっと目の前の城を見つめていた。
{おい}
{あ、リュウガ}
と、その時である。彼女の前に、ちょっとばかし別れたリュウガが現れた。現在彼女は単独行動中、彼が来るまでただ一人で城を見上げていたのだ。当然周囲への警戒は怠らなかったので、もし誰かが来たとしても彼女の力なら多少の敵でも倒すことができたであろう。
エイミーはリュウガに聞く。
{マハリの人たちはどうなったの?}
{ふ、安心しろ。全員無事だ。監視していた謀反兵も、ほとんど壊滅し、残っているのは城の中にいる一団のみよ}
{そう、分かった!}
なんとか、間に合ったようだ。エイミーは満面の笑みを浮かべて心の中で一安心する。
数時間前、エイミーに助け出された騎士団員、そしてミウコのまともな兵士たち一同は、一目散にマハリの難民を監視している謀反兵、そして、騎士団員の何人かを≪遊び≫に連れて行った兵を打倒すために離れていたのだ。
エイミーは、別の作戦があったためレラたちと離れ離れとなっていた。自分≪達≫は、他の騎士団員とはまた違う、女王陛下や姫を救出するという役割を与えられていたのだ。
そして、その作戦の進行度合いの報告、並びに騎士団側について行ったキンの通訳としてリュウガが橋渡し役になってくれた。おかげで、今回の作戦における障壁の一つ、国民の命という一番重い障害は取り除かれたことになる。
あとは、城の中にいる女王陛下たち。そして、リュカたちを救うだけだ。
{日の出まで時間がない。一気に行くよ!}
エイミーの言う通り、地平線の向こうに見える山のさらに奥。そこには細い糸のような白い一筋の線が引かれており、リュカたちの処刑が始まるとされる日の出まで一刻の猶予もないことが分かる。
速く彼女たちのところに向かわなければ。エイミーは、ありったけの魔力を足に集中させる。そして―――。
{はぁぁぁ!!!}
大地に蹴りを入れるかのような勢いで思い切り跳びあがった。
しかし、それだけでは足りない。リュカたちが監禁されているという部屋は、もっともっと上にある。これだけの距離を跳んだだけじゃまだ彼女たちがいる部屋には届かない。
{ッ!}
エイミーは、さらに足に魔力を加えて城壁を駆けあがる。その姿、あたかも前世の忍者漫画の主人公の様で、元々前世の時から[パルクール]が好きだったことも相まって、彼女の中には快感という二文字が浮かび上がっていた。
そこには、人殺しに恐怖していた少女はどこにもいない。ただただ楽しいという感情を思い出した一人の女の子だけしかいなかった。
{とう、ちゃく!}
そして、ついに彼女はたどり着いた。リュカたちがいるという部屋、その窓枠に掴まったエイミー。
見たところ、窓はとても分厚くて、ちょっとやそっとの攻撃じゃ割れなさそうな頑丈さを持っているようだった。
そこからヒョイと頭の上と、目線だけを出したエイミーは、中の様子をリュウガと一緒に見て見る。
{いた、リュウちゃんだ。ケセラ・セラちゃんや、ヴァーティーさんもいる!}
彼女が見たリュカは、昨晩見た通りの姿をしていた。違うところと言えば、その手や足に枷がつけられているという事くらいだ。
ただ、手枷に関しては両腕が一つの石枷でつながれているのに対して、足枷に関しては、両足を肩幅まで広げられそうな長さの鎖でつながれているという、まるで囚人のような扱いをされていて、なんだかそれを見ていると怒りがわいてきてしまいそうになる。
{リュウちゃんにあんなことをして……}
{おい、抑えろ。まだグレーテシアやフランソワーズは出てきていない}
{分かってるけど……}
そう、リュウガが手に入れた情報によると、どうやらリュカたち厄子とヴァーティーたちトオガからの離反者の処刑はこの部屋で行われ、その際には女王であるグレーテシアと、姫のフランソワーズが立ち会うとのこと。いや、正確に言えば立ち会わされると言うらしい。
レラ達は、その情報を聞いた瞬間に考えた、二組の人質を救出する絶好の機会は、その処刑の瞬間にこそあると。
だから、身体能力が高く、なおかつすさまじい攻撃力を持っているエイミーを外側から、そしてレラ達は≪内側≫から城の中から奇襲を仕掛けることにした。そういう手はずだった。
しかし、である。
{あれ? あの子……}
部屋に何人もの兵士―おそらく謀反兵の一団なのだろう―が現れた瞬間だった。トオガからの離反者の中でも一番幼いアルシアが、何かをリュカとヴァーティーに訴えているようだ。
しかし、自分にはその部屋の窓が分厚く、なおかつこの世界の言葉を全く知らないため彼女が何を訴えているのかさっぱり分からなかった。
{ふっ、なるほどのう}
{リュウガ、何言ってるのか分かるの?}
だが、リュウガは違った。
{フン、これだけ長く生きていると、読唇術の一つや二つ、覚えるのはたやすいことよ}
{たやすい、のかな?}
読唇術、つまり唇の動きだけで一体何を言っているのかが分かる方法であるのだが、しかしいくら長年生きているからと言ってそんな技術容易に習得できるはずがない。彼は簡単そうに言っているが、きっとそこには並大抵の努力があったに違いないのだ。
だが、彼が読唇術を使用できるのはありがたいこと、現に昨晩、彼はこの日の朝日が昇った瞬間に処刑が開始されるとの情報を、リュカから読唇術を用いて教えてもらっていたのだから。
{それで、あの子はなんて言ってるの?}
エイミーは、素朴な疑問を呈してみた。しかし、まさかその答えが―――。
{ふむ、どうやら最初に処刑されるのを自分にしてほしい、そう言っているようだ}
{え……}
なんて、恐ろしいものであるなんて、知らずに。
{そんなのダメ!}
エイミーは、思わず叫んでしまっていた。いくら分厚い窓ガラスで仕切られているとはいえ、そこまでの大声を放ってしまっては中に聞こえてしまうだろう。
しかし、それでも彼女は叫び続ける。
{だってまだあの子、小学生くらいだよ。そんな女の子が、処刑されるなんて……}
{その前に止めるのであろう}
{そうかもしれない。でも! 処刑直前にまで行くなんて、それ自体があの子の中に[トラウマ]を、一生消えない心の傷を作っちゃうかもしれない……そんなの、ダメ!}
エイミーは知っていたはずだった。そもそもアルシアは元々いた国でその一生心に残る傷を刻み込んでいたという事を。
この前の戦で、仮死、ではあるが死を体験しているという事を。
そして、この世界の人間は誰しもが死を覚悟しているという事を。たとえ、それが前世で言うところの小学生くらいの人間であったとしてもだ。
でも、脳が理解していなかった。知っていたとしても、脳がそれを考えるのを拒否してしまっていた。だからこそ、彼女は独自に動き出す。
{リュウガ、私、やるよ……}
{グレーテシアとフランソワーズが来てから行動するのではなかったのか?}
リュウガは、止める様子もなくまた、慌てる様子もないままにそう彼女に言った。
もしここで独自に行動を起こしても、彼女の力ならば室内にいる謀反兵を一網打尽にすることはたやすいであろう。
しかし、同じく人質とされているグレーテシアとフランソワーズがまだ来ていない。二人を救助するには、エイミーが行動を起こすのとほとんど同時に二人も救い出さなければ、作戦は成立しない。
それは分かっている。しかし、エイミーはそれでも飛び上がって叫んだ。
{二人も絶対に助け出す! そして、あの子の心も救い出す!}
それが、リュカが室内で聞いた叫び声。
エイミーは、その拳を突き出す直前にも叫んだ。
{暴力は、誰かを傷つけるためじゃない。誰かの心を救うために振るう物だから!!}




