第十九話
デクシーは、あまりの衝撃に言葉を発することも忘れてしまった。
突如として現れたその少女は、淡い光で覆われた桃色の髪を持つ女の子だった。
間違いない、厄子だ。でも、確か厄子は既に投降して、今は兵士たちの監視下にあるはず。ここにいるはずがない。
それじゃなんだこの少女は。この、女の子は。
「―――――――――」
自分に向けて、聴いたことのない言葉を投げかける、この女性は。
{あそこが隊舎?}
{はい、私も何度か、リュカさんに誘われて行ったことがあります}
と、エリスの言葉を聞いたエイミー。
エイミーは、隊舎、つまり会社に勤めている人が住んでいる社屋みたいなものという言葉から、何故かぼろっちい[アパートメント]のような物を思い浮かべていた。
だが、実際には全然違う物だった。横長に広がった、木製の壁とも言えるほどに大きく、そして豪華な隊舎。
縦はゆうに五階分はあろうかというほどて、部屋事には、窓がつけられていて、各々灯がほのかにつけられている。
今更ながらに言うが、エイミー、並びにキンは生まれた時からずっと外で暮らしていた。来る日も来る日も雨風にさらされ、簡素に自作した家の中で獣に怯え―てはいなかったような気もする、むしろ来たら嬉しそうに相手をしていた―、暖かい家をずっと夢見ていた。そんなエイミーにとって、目の前にある人工物、人が作った衣食住が完璧に備えられ、安全が約束された家。
ここの兵士になったら、そんな場所をもらえるのは、正直言ってうらやましい。もし、こんな事件が起こらなかったら。
こんな事件を引き起こす事になるなら、そんな安泰な生活、欲しくない。自分は、自分達は生きたいところで生きたい。もう、こんな場所に、自分の居場所を求めようとは思わない。
そして、それはその中にいる騎士団員たちもきっと同じのはず、ならば。
「それで、エイミー。兵士は何人いるの?」
{ちょっと待ってて}
レラの言葉をエリス経由で聞いたエイミーは、気配を辿った。
{うわぁ、隊舎の中からは怒気がたくさん感じられるよ。これは、中にいる人たちはそうとう怒っているみたい}
「それは……そうですよね」
クラクは、当たり前のことに苦笑いを浮かべるしかない。
何せこの状況。本当は戦いたくて仕方が無い人たちが、閉じ込められているのだ。それは、怒気を感じられても仕方がないだろう。
{それと敵は……隊舎の玄関のところに集まっている人たち。あの山賊たちと同じ気配を感じる}
山賊と同じ気配。つまり、敵。ようは、今回の謀反を起こした兵士という事。それが、あからさまな悪人である山賊と同じ気配を放っているとは、兵士の地位も落ちたものである。
にしても。
「エリス、エイミーに聞いて。隊舎の中から敵の気配は感じないのかって」
{はい。エイミーさん。隊舎の中に、敵の気配はありますか?}
{敵の気配……ううん、全然}
「警備が甘すぎるわね」
「はい……人質を取っているからと言って、油断してるのかもしれないですね……」
考えてみると、この隊舎にはもう一つの出口がある。つまり、反対側の部屋の窓から飛び降りるという事も可能だ。
そうすれば、簡単に隊舎から抜け出して反攻作戦に移れるはずなのだ。だから、本来は隊舎の中にも謀反兵を何人か配置していなければならない。それなのに隊舎の中には敵の気配すらないとは、どういう事だ。
実はこの時、彼女たちは知らないことであるが、謀反を起こした兵士の半分に当たる兵は持ち場を離れてとある場所で遊んでいたのだ。
人質、騎士団員全員が女性、謀反兵はほとんどが男性。
この言葉を聞いてどんな遊びをしていたかは簡単に想像できると思う。
正直いって、そんな屈辱的な光景が繰り広げられていたなんて、エイミーたちは知らなくてよかった気がする。
というか、男たちの遊びに連れていかれた、というよりも自主的について行った者たちのほとんどが、実は騎士団の中にいた≪こんなこともあろうかと≫結成されていた集団十数名であったそうだ。そのため、その女性たちからしてみれば願ったりかなったりのような感じで、男たちの遊びについて行った。
ある意味で、そっちのほうが彼女たちが知らなくてもいい事実なような気もするが、とにかく、そのおかげで兵士の数が減ったのは不幸中の幸い、いや不幸にあっている人間たちにとっては不幸とは思っていないので幸い中の幸いなのかもしれない。
何にせよ、だ。
「あの兵士たち、何とかしないといけないわね」
「えぇ……」
数は十数人程度と、少ないかもしれない。だが、それでも入口を塞がれてしまっているのは少々辛いところがある。
恐らく、何か異常があったときには魔法で信号弾を飛ばすなどの方法をとって仲間を集める腹積もりでもあるだろうし、どうやってその兵士たちを排除するか。
{フッフッフー……私に、任せてよ!}
{え?}
自信満々にエイミーが言った。そんなに、自信がある作戦があるのだろうか。レラがエリスを介して聞いてみる。
「それで、具体的にはどうするの?」
{まず、私とキンが、あの人たちの真ん中に飛び込む}
{それで?}
{で、私が気を引いているうちにみんなが兵士を倒す!}
{……そ、それで?}
{以上!}
{……}
「だ、そうです」
「……」
この子、馬鹿なのだろうか。
「あなた、そんな危険な……確かにあなたの力に関しては私たちがよく知っているわ。でも、そんな脳筋が考えるような馬鹿げた作戦、成功すると思っているの?」
確かに、彼女たちの力に関してはあの山であった山賊のひと悶着にて知ってはいる。しかし、だ。敵のど真ん中に降り立って、もしもその兵士たちの中に突然の出来事でも驚かない度胸のある人間がいたら、彼女たちは一気に兵士に取り囲まれてしまうだろう。
その状況でも、何とかしてしまうような気もしないでもないが、そんな危険な状況に仲間を送り込むような真似、彼女たちには到底できるはずもなかった。
しかし、だ。エイミーはとてつもなく良い笑顔を浮かべて言った。
{大丈夫! 私、皆の事信じてるから!}
つまり、自分たちが瞬時に助けてくれると、そう信じているというのか。
だが、隊舎から一番近くて兵士に見つからないであろう物陰ですら、見たところ兵士からかなり遠いところに位置している。そんな場所から、彼女が兵士たちの中に舞い降りてから瞬時に、自分たちが援護に向かうなんてこと、できるのだろうか。
いや、だがここで検討している時間ももったいない。見たところ、日が昇るまであと二時間足らず。マハリの難民を見張っている兵士たちを排除する時間を考えれば、議論している暇もない。
ここは、エイミーのその笑顔に免じて、自分たちも頑張らざるを得ないようだ。
{よし、それじゃみんな賛成ってことで……}
{お師匠様}
{何? キン?}
{あそこに誰がいるよ}
{え?}
と、キンが言うので見て見るエイミー。すると、確かに兵舎から一番近い物陰に、二つの小さな気配を感じた。
気配からして、敵ではない、どうやら子供であるようだが、いったい何者なのか。
とにかくその物陰が一番近いというのは確実。
だが、もし自分たちが彼女たちのところまで向かったとして、自分たちに気が付いた二人が驚いて、悲鳴でも上げれば自分たちの隠密作戦は台無しになってしまう。
ある種凄い場所に陣取っている二人だ。意識してのことなのか、それとも無意識なのか、絶妙な塩梅の場所に潜り込むだなんて。ちょっと面白いなと思うエイミーであったとか。
{それじゃ、キン。あの場所についたら速攻飛んで、あの兵士たちの中に飛び込むよ}
{はい!}
だから、あの場所についたらすぐに兵士たちの中に行かなければならない。覚悟を決めるのは、今、この時だ。
これから、自分たちはまた人殺しになる。その、覚悟。エイミー、キンにとっては二人目以上の人殺しになる覚悟。
それは、勿論容易な物でない。誰かの人生を奪い、誰かの家族を奪い、そして誰かの幸せを奪う。そんな覚悟。
ソレを持たなければ生きていけない世界なら、自分は―――。
{……}
彼女たちの覚悟は、決まった。
『行くよ!』
『はい!』
その言葉を合図に走り出した二人。後方のレラ達もまたその二人に続いて駆け出していく。
そして―――。
「!」
{すぐ終わるから、怖がらないで}
桃色の髪の少女と、金髪の少女は、兵士たちの真ん中に向けて跳んだのだった。




