第十八話
そう、その姿はまるで鳥のようだった。しかし、{スズメ}や{キツツキ}―日本に住んでいる野鳥である―のように小さな鳥ではない。かといって、猛禽類のように獰猛で大きな鳥ではない。
いや、そもそもそれは、鳥ではなかった。
分類不明の摩訶不思議な生命体。人でもなく、かといって動物でもない、一体自分自身が何者となっているのか、彼にもよくわからない。
彼に分かること、それはただ一つ。己は、どこまで行っても己であるということ。
そして、そんな彼のことを見て他の人間たちが思う事。
それが、とても愛らしい外見をしたナニカである事。
かつての人間たちは、そのナニカのことをこう呼称した。
獣のような怪物。人の言葉を話し、人間世界に入り込む獣。
世界中どこにでもいて、当たり前のようにすぐそこにいた友達。
≪ケモン・スター≫と。
{リュウガ!}
{フン、どうやら無事についたようだな}
{エヘヘ、ちょっとしたハプニングはあったけど}
{はぷにんぐ?}
{あ、英語は伝わらないんだ……えっと……}
と、エイミーは天窓から舞い降りたケモン・スター。リュウガと日本語で会話をする。
エイミーは知っている。リュウガが自分やリュカと同じ転生者であるという事を。そして、自分たちと同じ日本人であったという事を。
だが、リュカ自身が己の前世のことを話してくれないのと同じように、リュウガもまた自分自身の前世のことを自慢するようなことはなかった。きっと、リュカと同じ、前世の自分と今の自分は違うのだと、そんな考えがあるのだろう。
しかし、これだけは分かる。彼は、前世ではあまり外来語という物が日本に根付いていないくらい昔からこの世界に転生した人間なのであると。
だから、英語は通じないし、現代日本の話にもあまり興味を示すことなんてない。今の、リュウガである自分には関係のないことだから。そんな彼のことを少しだけかっこいいと思ってたエイミーであった。
{なるほど、安易に殺さなかったことは褒めておこう。無駄に命を奪う必要はない}
{分かってる。奪う命、奪っちゃいけない命。私も、覚悟してきたから}
エイミーは、壁際で眠っている女性を見つめるとそう言った。
少し前までは人殺しとは点で縁のなかったエイミー。たとえそれほどの力を持っていたとしても、誰かを殺すなんて大それたことができるなんて到底考えられなかった。
でも、自分は一人、この世界で生まれ、育った人間を殺してしまった。
もう、後戻りはできない。自分は殺人者の汚名を引き継いだまま生きることになる。そして、これからもこの世界で生き続けるために人を殺し続けるのだ。彼女と、一緒に居る限り。
でも、もう後悔はしていない。
決めたから。彼女と一緒に行くと。
決めたから、この世界で生きていくのだと。
知ったから。それが、この世界での掟、弱肉強食こそが、この世界で最も重要な言葉であるのだと。
殺人者の汚名だと、上等だ。なら私はその汚名を名誉として見せる。
彼女の作りたい世界のために、自分の守りたい世界のために、これからもたくさんの命を奪い続ける。
それが、自分が最初に殺したあの人への手向けにもなるのだ、そう信じて。
もちろん、無駄な殺生はしないつもりだ。だからこそ、今自分たちのことを目撃した女性を殺すことはなく、気絶させるだけで済ませたのだ。
リュウガ曰く、もしもこれがリュカだったらすぐに首を刎ねていたかもしれないという。まさかそんなことは、とは思うが、しかし先ほど自分がリュウガの気配について口走ったところすぐに臨戦態勢をとったレラ達のことを考えると、あり得ないことでもない気がする。
本当に、自分の知っている彼女ではないのだなと、改めて思うエイミーは、リュウガに聞く。
{それで、何か新しい情報はあるの?}
{無論だ、ワシを誰だと思っておる?}
誰かわからないから話が合わないんだよなぁ、と心の中でツッコミを入れながらエイミーはリュウガからこの国で得た情報を聞く。なお、そのほとんどは≪自分自身を透明にする魔法≫によってリュカたちを尾行した際に得られた情報だった。
曰く、人質は女王陛下と姫だけではなくマハリからの難民も含まれている。
曰く、それを盾にされてミウコの中にいた騎士団員も動けない。
曰く、セイナ団長たちの別動隊もまた、難民を人質に取られたことで動けず、捕らえられた。
曰く、処刑は明朝、日が昇る時刻に行われる。
「という事らしいです」
「考えていたとはいえ、一般市民を人質にするなんて、卑劣な事を……」
「確かに元は他国から逃げて来た難民なのかもしれません。でも、今はミウコの国民の一部だというのに……」
エリスが、リュウガの言葉を同時翻訳して他の騎士団員にもその情報が伝えられた。
しかしタリンの言う通りあまりにも卑劣な行いだ。まさか、守るべき市民を人質に取るなんて、確かに誰かの動きを封じるにはうってつけの手段なのかもしれないが、だからと言って人道的な意味でそんな作戦とってはならないはずだ。
一体、ラグラスは何を考えてそんな行動をとったのか、全く持って訳が分からない。
「あの男のことを考えるのは後にしろ、今は……」
「えぇ、私たちがどう動くか、ね……」
さて、ここからは優先順位を考えて行動に移さなければならない。積み重なっている問題の内、一体どれから解決させればいいのか。それを考えるのだ。
といっても、こと今回の場合は考える時間はないに等しかった。
「まずは一般市民の解放……それしかないわね」
「もちろんです!」
そう。作戦の生贄のようにされてしまってる元マハリの国民たち。人質に取られている人間たちをまず救い出さなければ自分たちだって、セイナたちのようになすすべなく捕まってしまうかもしれない。
ならば、まずは人質にされている国民の救助が第一目標になる。
「いや、それは違うな」
と、思うのだが、どうやらリュウガは違うようだ。
「どういうこと?」
「国民を人質に取っているとはいったが、実際に脅迫や軟禁状態にある国民はいない」
「そうなの?」
「うむ。どうやら、元マハリの国民が多くいる居住区の周囲に兵士を配置しているようだ。そして、騎士団が何か行動を起こせば……」
「その兵士たちが、居住区にいる国民を殺しに行く……」
「そういう事だな」
恐らく、もしも自分たちが反攻に及ばなかった時の事を考えての事だろう。
仮に自分たちが何もしなかった場合、国民は自分たちが人質に取られていたことも知らずに生活を続けられる。それならば、ラグラスは国民を人質に取っていたという事実を隠匿することができる。
あるいは、騎士団の団員によってそのことが国民に密告されるという可能性もあるかもしれないが、そうならないためにも、国民という人の盾で騎士団員たちを脅迫する。
いずれにせよ、国民は今現在一人たりとも自分たちが人質にされているという事を知らないのだ。何とも、嘆かわしいことか。
それでいて、少々困るのは、国民が実際に兵士たちによって軟禁されていないという現状。
もし軟禁、監禁されている状態であるのならばソレを助けることによって人質救出は完了するだろう。
しかし、そうされていない状態、ただただ監視されている状態であるのならば、その監視している兵士を一人一人倒していかなければならない。
だが、何人の兵士が監視をしているのか分からない現状で、一人一人をちまちまと倒していたらキリがないというか、もし途中で自分たちのことに気が付かれたら国民の身に被害が及ぶ可能性がある。
それに、もしも兵士の取りこぼしがあったら、自分たちがリュカや女王陛下救出に向かったと同時にその兵士が国民に害を及ぼす。そうなったら元も子もない。
「それじゃ、どうするの?」
「……ミウコに残った騎士団員の人たちはどこにいるんでしょうか?」
聞いたのはクラクだ。リュウガは、その言葉にニヤリと笑う。
「ほう、目の付け所がいいな。現在、隊舎に軟禁状態になっているそうだ。ミウコの兵士十数人に監視され、身動きが取れていない」
隊舎、それは自分たちが生活の拠点にもしていたあの隊舎の事だろう。なら、クラクは自信を持って言った。
「なら、まずそこにいる騎士団員を助け出しましょう」
「どういうこと?」
「兵士が何人潜んでいるのか分からない。なら、騎士団員を解放して、人質がいる居住区に向かってもらって兵士を倒す。数が多ければ多いほど、取りこぼしは少なくなりますし、私たちが行動を起こしたと同時に居住区の守りについてもらえれば、マハリの難民の人たちに危害が及ぶ可能性は低くなると思うんです」
「なるほど、人海戦術ってわけね」
「単純だけど、一番いけそうな作戦って気がするわね……」
そもそも騎士団員自体、一人一人がとてつもない力を持っているのであるから、それを数十人解き放つことができれば簡単に謀反兵を屠ることなんて可能。だからこそラグラスは人質を取ってその動きを封じた。
なら、その封を解き放てばいいだけの事。レラの言う通り、あまりにも単純すぎる作戦だ。しかし、単純な作戦であればあるほど、知略家は見落とす可能性が高い。
彼女たちの方針は決まった。
{よし! なら、案内して、その隊舎に!}
{はい!}
こうして夜の闇に紛れて動き出した数名の少女たちの、しかし重要な任務が幕を開けた。




