第十七話
ここで、この日一番気の毒だった人物のことを紹介せざるを得ない。
その人物は仕事熱心な鍛冶職人の若者だった。まだ、職人として働き始めて十年目程度。他の、古くから働いている鍛冶職人からしてみれば、まだまだ若手といっても差し支えのない、新人同然の職人だった。
国内外問わず、武器という物はその職人の熟練度によって大きく評価を変える物だ。いわば、経験と技量によって左右される武器類の鋭さ、扱いやすさ、重さ。その日の天候、湿度、温度、剣を打つ際の火の加減等、様々な物を加味して作られるが故、打つ人間によっては剣は脆くもなり、強くもなる。
その鍛冶屋は、まだまだ未熟だった。そんな人間が作った剣は、とても実践では使う事もできず、模擬戦にも脆くて使えない程の、言っては悪いが屑同然の物ばかりになってしまっていた。
だから、家には自身が作って、引き取った使い物にならない剣が、それこそ数十本以上も並んでいた。
その鍛冶屋は、毎晩毎晩その、自分自身が何度も試し切りをしてボロボロになった刃先を見て悔し涙を流していた。
どうして、自分はこの程度の剣しか作ることができないのだろう。どうして、自分は先輩たちのような綺麗で、そして強い剣を作ることができないのだろうと、毎日毎日、悩み、苦しんでいた。
だからこそ、毎日のように特訓に励んでいた。
一日に何個も何個も剣を作り、試し切りをして、時には先輩に教えを請い、先輩の業を盗むためによく観察をして、日によって変わる温度、湿度、天候に真っ向から勝負を挑んでいくつもの剣を作り出していった。
しかし、当然のことながらそれを何日続けてもいまだに納得のできる剣ができることはない。故に、その鍛冶職人はほぼ毎日のように他の職人たちが家に帰った後も鍛冶場に残り、剣を作っていた。
残業手当なんて出るわけもない。むしろ、剣を作るための材料を無駄にしているともいわんばかりに屑鉄ばかりを作り続ける、しかし止まらぬことのない向上心に、先輩の鍛冶職人は誰もが思っていたという。
こいつは、いつの日にか大成し、後の世に名を残す名剣を作ることになるぞ、と。
正直、あの日からしばらくから経った今でも、名剣を作り出すことができていたのかは分からないが、今確実に言えることは、その情熱が、理不尽にもその人物をその日一番気の毒で運のない人間としてしまったこと。
ラグラスやその配下の兵士のように謀反に参加したわけではない。かといって、その謀反を止めるために動いていたわけではない。ただただ、熱心に鍛冶に集中しすぎて、ラグラスのあの決起の合図たる放送を聞き逃し、周囲の職人たちが命令通りに家に帰る中、うっかり一人取り残されてしまった人間。
だから、夜遅く、周りに誰もいなくなっても自分以外の職人は全員すでに定時に帰った物とばかり思っていたが故に、何も気が付くことができなかった。
そのヒトは決して悪くない。しかし、悪かった人間がいるとするのなら、それはおそらく。
この作戦を考えた三人の人間にあったのだろう、と多分その言葉を聞いたらそれこそ理不尽だと三人中二人から抗議が来そうだと考えながら書いている私もどうかと思う。
とにかく、その人物がもうそろそろ帰る時間だと、片づけを初めて、件の扉の前を通り過ぎようとした瞬間だった。
「ッ!!」
突如として扉がはじけ飛び、その中からとても見目麗しい桃色の髪の少女が現れたのである。
{え……}
エイミーは数舜言葉を失った。ミウコの秘書であるローラによれば、この鍛冶場はこの時間になれば人っ子一人いなくなる。だから、忍び込むには一番適した場所なのだと、そう聞かされていた。
その、はずなのに、どうしてここに。
「……」
唖然とした顔を浮かべた≪女性≫がいるのだろう。
女性、ハクエンは短い黒髪をした人物だった。鍛冶場という熱い蒸気がほぼ毎日のように燻る場所に置いて長い髪をなびかせるのは危険だから、そういった髪型になるのはよく理解できる。よく見ると顔には女性としては心苦しいような痛々しい一つの傷が頬から頬に、鼻の中間地点を経由してついている。
後に聞くところによると彼女の年齢は二十三歳、しかしそうとはとても思えないような身長。大体、ケセラ・セラと同じ身長で、胸もぺったりとしている。
そんな女性は浴衣のような鍛冶場の制服を着ていて、なんというか、前世のお祭りにて着ていたソレを思い出していたエイミー。
しかし、そんなことを回想している場合じゃないと数秒して悟ったエイミーは。
{え、えっと……ゴメン!!}
「!」
ハクエンは、突然轟音と共に現れた少女に対してなにもすることはできなかった。というより、この時の彼女には何もする気はなかった。
今現在国中がとんでもないことになっているという事を知らないのもそうだが、そもそも彼女自身が無口であるという事が災いしてあまり他人に自分の感情を伝えるようなことができなかったから。
しかし、エイミーにはそんな事は関係なかった。
もしここで大声を出されて人を呼ばれたら、騒ぎになって自分たちの侵入がばれてしまう。そんなことを考えるのだったらもう少し静かに扉を開けるべきだったのではないか、と思ってしまうのは多分気のせいではないだろう。
とにかくだ、エイミーは地面を蹴って女性に駆け寄ると、その腹部に手を当てて自分の魔力を送り込んだ。
「ッ!」
急激に他人の魔力が体内に入ってきたハクエンは、フッ、と身体から力が抜ける感覚がする。
これは、以前にも説明した、相手に自身の魔力を送り込んで気絶させる技、エイミーの前世で言うところの当身に該当する技だ。
急激な異物を体の中に入れられた感覚という物はおぞましいもので、まるで土の中のミミズがわらわらと体の中を這えずりまわるような感覚と似たようなものがあるらしい。
それを感じながら気絶するのだから、本来はいい気分はしないはずなのだ。
が、しかし彼女は少しだけ違っていた。
真っ暗闇の中で行われえたことであるがゆえに、エイミーはその時気が付くことはなかった。気絶していくハクエンの、その頬が赤く染まっていたことに。
そんな、顔をみる余裕なんてさらさらないエイミーが気が付くはずなんて、なかったのである。
「驚きね。まさか、まだ鍛冶場に残っていた熱心な職人がいたなんて」
と、レラは気絶し、眠っているハクエンを見ながら感心のこもった言葉で呟いた。気絶したハクエンは、その場にあった壁にもたれかけさせ、その場に置いていあった布―おそらく、剣を綺麗に見せるため、磨くために置かれていたであろう―を身体にかぶせていた。
『もしかしたら、まだいるかもしれませんよ! お師匠様!』
『そうだね。ここからは慎重に行こう……』
というより、最初から慎重に行ってもらいたいものだ。もしもエイミーがちゃんと鍛冶場の魔力を感知していたのならばそこに人が一人残っていたことが分かっていたはずなのに、炎剣のある部屋を探し当てるだけ探し当てて、完全に油断してしまった。それが、今回の一件を引き起こしてしまったのだ。
エイミー、並びにキンは二度と同じことがないようにと再び山で洗練された感知能力を使用する。
すると、さっそく。
{あ、誰かがこっちに来る!}
{え!?}
「エリス、なんだって?」
「誰かが、こっちに来るみたいです」
「そう……」
というと、レラ、タリン、サレナの三人はそれぞれの得物を取り出し、臨戦態勢をとった。
その、近づいてくる人間というのが、先ほどの女性と同じように鍛冶場の居残り職人であれば嬉しい、しかしもしもそれが謀反を起こしている兵士の一人であるのなら、ここで見つかってはまずい。
ここは鍛冶場で、兵士がほとんど立ち寄ることはない場所であることは重々承知だ。しかし、現在国全体が特殊な状況に置かれている故、もしかしたらという事もあり得る。
もし職人だったら先ほどのように気絶させればいい。だが、兵士が来るとなると、ここで殺しておかなければ。
{待って!}
「え?」
と、その時だった。エイミーがそんな血気盛んな少女たちを手で止めた。
{この気配……人間じゃない……}
{人間じゃない?}
「人間じゃないって……」
「人間じゃない?」
「はい、エイミーさんはそう言ってます」
同じ言葉を四度繰り返してしまったが、彼女が日本語を話して、それを訳する必要があるので致し方ない。
とにかく、ハッキリ分かっていることは今ここに来ようとしているのは職人でも兵士でもない別のナニカであるという事。
普通であったら、そんな得体のしれない者が現れるという状況は少々不気味、だがしかしエイミーはいたって冷静であった。
{この気配、それに魔力……間違いない、あの人だ!}
果たして、その言葉と同時に開かれた天窓から現れたモノの正体は―――。




