第十六話
それは、リュカとヴァーティーたち、つまりヴァルキリーとトオガからの離反者が投降のために山を下りた時にまで話がさかのぼる。
「それじゃ、動きましょう」
「はい!」
と言ったのは、セイナたち、裏道から城の中に潜入する予定の人物たちだった。
セイナとともに行く者たちには、今回の作戦のすべて、第三の矢のことまで伝えてあった。故に、セイナとともに行くことがどれだけ危険な事であるのかも、彼女たちは知っていた。
当然だろう。もし待ち伏せされていたとして、自分たちが捕虜として捕らえられるならまだしも、下手をすれば罠により、一切の抵抗もできずに殺される可能性すらあるのだ。
自ら、死地に赴こうとしているのと一緒の行動。セイナが、地獄への道案内人になるかもしれない。そんな状況下において、しかし作戦の参加を命じられた騎士団員は、誰もがこの作戦から降りようとはしなかった。
きっと、それは彼女の人徳によるものであろう。もし、作戦中に死んだとしても、セイナと一緒なら、セイナと同じ場所で死ねるなら本望だという、ある種の洗脳に近いものだったのかもしれない。
しかし、それほどの求心力を持った人間だからこそ、この個性にあふれたヴァルキリー騎士団という軍団をまとめ上げることができた。それが、セイナという人間なのだ。
彼女たちを愚か者と笑う人間なんているわけがないだろう。彼女たちはただ、信じただけだ。ただただ妄信的に、セイナのことを。
「貴方たちも、お願いね」
と、セイナはとある少女たちに向けて言った。その少女たちは、二人を除いて頷く。
そして、少しだけ遅れて、二人もまた、頷いた。
そう、この作戦には別動隊がいたのだ。リュカの一団や、セイナの一団とはまた違い、別に動く部隊。
俗に、第三の矢ともいえる存在達が。
それから一時間後の事だった。
{着いたぁ!! って、熱ッ!!!}
桃色髪の少女が現れたのは、リュカも二度ほど訪れた、ミウコの城のすぐ近くにある。鍛冶場の地下にの天然の炎の剣を作るための小部屋だった。
現れたと言っても、別に転移してきた、というわけではない。彼女≪達≫は、壁を掘り進んできたのであった。
その言葉を受けた少女、エリスが言った。
{えっと、確かこの下には温泉があって、そこからの湯気で、炎の剣を作っているって、リュカさんは言ってました}
{なるほどねぇ……}
等と、彼女たちは何不自由なく会話をしている。
しかし、ここで不思議に思う読者もいるかもしれない。何故、この世界の言葉を話すことができなかった桃色の髪の少女エイミーが、≪エリス≫と話すことができているのか、という事だ。
答えは簡単である。
{ここの温泉も、気持ちよさそうね。入ってみようかしら?}
{いや、やけどじゃすまないと思いますけど……}
エイミーのすぐそばにいる女性、ウワンと主従関係を結んだから、らしい。その結果として、向こうの世界の言葉が理解できるようになったのだとか。
そのことに関して、最初はあまり実感の湧かなかったエリス。というより、自分が異国の言葉をしゃべっているという気分になれなかったエリス。
だが、ふとエイミーの独り言が聞こえてきて、それを理解した時から、彼女は自分がエイミーの言葉を理解できるようになったと気が付いたのだ。
結果、エイミーが会話できる人間がまた一人増えて、あの時の大層喜んだ彼女の顔は、今でも昨日のように思い出せる、とエリスは思っている。
因みに、ウワンに関してだがここにいるのは確か、でもそこにいないことも確か。その姿はやや半透明で、いわゆる幽霊といっても過言ではない薄さとなってしまっている。このことに関して、ウワンは。
「本来私がいるべき場所は、前の主人が持って帰ったから。だから、実体化できないの」
と話している。つまり、彼女を実体化させるための何らかの媒体があったのだが、それを前の主人が持ち逃げしたと、そういう事なのだろうか。
よくわからないが、彼女はその媒体をもう一度作れないのかと、ウワンに聞いた。しかし、彼女は困ったような顔をしながら。
「この世界の技術じゃ……多分、無理だと思うわ」
というばかり。それほど断言するという事は、一体どれくらいの魔力が込められた媒体が必要なのかと、エリスは無駄に謝を悩ませることになる。この時は知らなかった。まさか、彼女を実体化させるための媒体という物が、魔力なんてもの一切関係のない物だったなんて。
とにかく、だ。
「早く上に上がりましょう。このままじゃ、熱中症になるわ」
「えぇ、そうですね」
{エイミーさん、キンちゃん。レラさんが、上に上がりましょうって}
{うん! 分かった!!}
このままこの場所にいたら熱さでどうにかなってしまう。レラの言葉は最もである。エイミーもキンも、それに同意した。
そう、この場所にいるのはなにもエイミーやエリス、ウワンだけではない。キン、それからレラをはじめとしたリュカ分隊の面々やクラク、他数名の騎士団員も一緒について来ているのだ。
そう、第三の矢、その正体とはエイミーたちの事だったのである。
実のところ、山の調査報告書に関してはラグラスもまた熟読していた。しかし、エイミーやキンのことに関してはグレーテシアやフランソワーズといったごく一部の人間にしか情報が共有されていなかったのだ。
リュカやケセラ・セラ以外にも厄子が国の近くにいる。そんな国を混乱させかねない情報を公にしてはならない。そんなグレーテシアの考えで情報規制がなされていたのだが、まさかそれがこのような時になって役に立つとは思ってもみなかった。
おかげで、ラグラスにはエイミーに[ノーマーク]で、容易に城のすぐ近くにまでくることができた。
といっても、ここまで来るのは言うほど簡単ではなかった。何せ、わざわざ裏道を≪作りながら≫来たのだから。
{それにしても、穴を掘りながら進め、なんて流石に無茶が過ぎるよリュウちゃ、じゃなくてリュカちゃんは}
ミウコの国と、ほんの目と鼻の先。しかし、監視していた兵たちに気が付かれない程度の地面。
彼女たちは、そこを掘り進めてあの小部屋までたどり着いたのであった。
いや、書いただけではあまりにもあっけないかもしれない。しかし、その道のりはかなり険しいものがあった。
何せ、何の目印もない土の中を掘り進むのだ。上も、下も、時には自分たちがまっすぐ進んでいるのかもはっきりとわからないような暗闇を作りながら進む。空気が徐々に薄くなりながらも、それでも前に前にと掘り進んでいく。
それが、いかに過酷な物であるのか、やってみた者にしかわからない、計り知れない苦労と根気が必要な作業だ。
運がよかったのは、エイミーとキン、という山で育ったことによって気配を、つまり魔力を敏感に探知することができる人間がいたという事。
そのために、製造途中の炎剣の場所がある程度掘り進んだ時に分かり、そこに向かって掘り進むことによって迷わずにその小部屋に辿り着くことができたのだから。
まぁ、おかげで小部屋の壁に大きな穴を作って荒らして、しばらく炎剣を作るのも難しくなりそうだが、そこはそれ。どうとでもなれ。この国の人間にすべてを放っておくことにする。
とにかく、彼女たちは熱気を下に浴びながらついに、その場所までやってきた。
「確か、この向こうよね」
「はい、リュカさんの話によれば……」
彼女たちの目線の先、そこには壁に取ってつけられたような簡素な梯子と、天井にはまるで天に穴をあけたかのような入口があった。大体三メートルくらい上という、苦労して昇る必要もない入口。
むしろ、ここまで来るまでの階段の方がきつかったと言うくらいに短いはしご。しかし、その先に何があるかで、自分たちの運命が決まるのだ。
「で、誰が最初に昇るの?」
「敵が待ち伏せしているかもしれない場所に、ね」
と、タリンとサレナが言った。
そうなのだ。先に言った通り、確かにセイナたちが向かった裏道の方が、敵が待ち伏せしている可能性が高い。それは間違いのないことだ。だから、こんなそもそも外から侵入される可能性が低いともいえる場所に兵士を配置しているわけがない。
しかし、可能性としてはなくはないのだ。もしかしたら、あの扉の先には、この鍛冶場を守っている酔狂な兵士が一人や二人いて、自分たちのことを謀反を起こした仲間たちに伝えるかも。
そう考えたら、少し怖い。
自分たちは最後の砦なのだ。リュカやセイナたちが捕らえられたとき、彼女たちを助けることができる最後の砦。そんな自分たちが捕らえられたら、もはや後はない。下手をすれば、処刑される人間が二人増える可能性すら出てくる。
{よし、それじゃ行こう!}
そんな可能性の事、知ってか知らずか、エイミーは一切の妥協をすることなく梯子をいち早く昇ると、扉を勢いよく開けた。
そして―――。
「え?」
{へ?}
一人の、作業服を着た女性と目が合ったのだった。




