第十五話
時間か。朝日が昇るその姿を窓際で見ていたリュカは、顔を動かすこともなく思考した。
昨日、ラグラスと交渉した。朝日の昇る時に処刑を執行すると。その言葉が確かであるのなら、しばらくすればラグラスが現れ、自分たちの処刑を執行する。
きっと、その時、ラグラスは人質となっているグレーテシアとフランソワーズを連れてくるはずだ。そうローラは言っていた。
そのような好機逃せるものか。人質となっている二人の安全を確保できる形にできれば、あとは何とかできる。
だが、それでも彼らには担保と言う物がある。そう、国民の人質という確実なる保険が。
全ては作戦の内、自分たちが投降するのも、処刑寸前まで行くのも、問題が残っているのだとすれば、あとは人質がどうなっているか、と言ったところ。その如何によっては、自分たちの命にも違いが出てくる。
間に合ってくれていればいいのだが。
「ん?」
その時だった。大きな扉を開けて数人の兵士が入ってきた。そして、いかにもという形の斧と、そして巨体を持ったこれぞ死刑執行人と言わざるを得ないまるで代表例みたいな人間まで入ってきて、思わず笑みを浮かべてしまった。
「よくそんな余裕でいられるわね。私たち、ここで死ぬかもしれないのよ?」
ヴァーティーがボソボソと耳元で話しかけて来た。確かに、彼女にとっては笑い事ではない。
自分の命はどうにでもしてもいい、しかし自分の妹達はなんとしても守りたい。そう言った願いを持っているのだから、当然であろう。
「私だっていやよ、こんなところで死ぬなんて」
リュカはやや不機嫌そうな顔をして言う。
そう、こんな形で、それもこんなバカげた事件なんかで自分の野望がついえるなんてこと、絶対に嫌だ。
もしもついえるとするのなら、それは戦場で。もしも、処刑なんてものでついえるのであれば、もっと劇的な処刑をしてもらいたい。それが、彼女の願望。
正直、おかしな話だ。自分の野望がついえる時を楽しみとしているなんて、まるで破滅願望でも持っているかのようで、少し腹が立つ。
だが、自分の天下統一への道が万事順調にいくとは限らない。いや、決してない。だからこそ、前世の世界の戦国時代でも、何人もの男たちがその野望に挑戦しては儚くも敗れ去り、散っていったのだから。それを考えれば、こんな危機一つ乗り越えられなくてどうする。
「なら、早く何とかしなさいよ。何か秘策があるんでしょ?」
「……」
この言葉に、リュカは同意も否定もしなかった。しかし、ヴァーティーは知っていた。
そう、それは昨晩の作戦会議の後、他の面子がそれぞれに散っていった後の事だ。その場には、リュカとセイナ、そしてリュウガの三人だけが残されていた。
「セイナ団長。さっきの作戦、本当にできると思っているんですか?」
「どういう事かしら?」
さっきの作戦。それは、実際に実行された作戦の事。
厄子であるリュカたちが正面で囮になっている間に、セイナたちの一団がミウコの城に点在する裏道を通って侵入する。そんな、とても安直な作戦、正直リュカには失敗する未来しか想像しえなかった。
「相手はミウコの兵士の中でも、女王陛下の側近中の側近の近衛兵長ですよ。裏道のことを知らないわけありません。きっと、待ち伏せされてしまいます」
こんなバカげた謀反を行っていると言っても、ラグラスを甘く見てはならない。きっと、そんな策すぐに見破られてしまうはずだ。と、リュカは考えていたのだ。
事実、ラグラスは堂々と投降をしてきたリュカたちに疑問を持って、裏道の存在を閃きそちらに多数の兵士を送ってセイナたちを捕らえた。つまり、この作戦の失敗はリュカの目に見えても明らかだったのだ。
「そうね、私もそう思うわ」
そして、それはセイナも同じことであった。
「なら、どうして?」
「そもそもの話だ。グレーテシアは人質としては機能しないはずなのだ」
「え?」
そう言ったのは、リュウガである。
「仮に、お前たちが出なかったとして、人質である女王と姫を殺すとしよう。そうなればどうなるか、想像するのは難しくない」
「どうなるか?」
「えぇ、国民たちがどう反応するのかも、考えてみて」
「えっと……」
女王陛下と姫を殺した後、国民たちがどう反応するか。
そもそもの話、ミウコの国をここまで安定させてきたのは女王グレーテシアの力によるものが多分にある。
という事は、その女王を殺したとなると、国は大混乱に陥るはずだ。というより、人質にした時点ですでに大混乱を巻き起こしているに等しい。それに加えて女王と姫の死となると国の混乱はますます大きくなる。
さらに言えば、その先はもっと大変だ。女王と姫を失い、さらにその原因は部下たちの謀反によるものなんてものが諸外国に知れ渡れば、そんな短絡的な考えを持った国と外交を続けることへの[メリット]という物が無くなってしまうだろう。
そうなれば、トオガの国を打倒したことによって次々とミウコに押し寄せているミウコとの外交の開設も水の泡、いやそれ以下となり、最悪ミウコは孤立無援となってしまう恐れがある。
気候や、地面が乾ききっている関係上作物をほとんど自作できないこの国で、外交途絶は致命傷になることだろう。つまり。
「女王とフランソワーズさんを人質にしたところで、殺すことなんてできないから、人質としてはふさわしくない、そういう事?」
「そうだ。ならば、次に考えるべきことは」
「何故、それでも二人を人質にしたのか……」
人質の価値、というのは違うかもしれないが、人質として機能しない人間を人質にすることで、一体どんな[メリット]があるというのだろうか。よくわからないが、ともかく、もし人質として、殺される可能性がないとするのなら、今山の中にいる騎士団総出で踏み込めば簡単に制圧することなんて―――。
「あ、もしかして……」
「どうやら、気が付いたようだな」
そこまで考えた時、ようやくわかった。ラグラスが何を考えているのかが。
「誘っているんだ。私たちを……人質を殺すはずがないと高を括ってやってくる私たちを、待ち伏せているんだ」
そう、人質を殺すことができないと分かっているのなら遠慮することはない。残っている騎士団全員で攻撃を仕掛けるのみ。しかし、それがラグラスの狙い、その時に待ち伏せをして、あるいは罠を仕掛けて自分たちを一網打尽にするつもりなのでは。
いや、自分たち、というよりセイナたちならそっとやちょっとの罠や待ち伏せであったとしても簡単に突破できる力を持っている。ラグラスだってそれは分かっているはずだ。なら、どうして。
「あるいは、ある程度踏み込まれたときに、新たな人質を取るか……だな」
「新たな人質?」
「マハリの難民とか、ね」
「ッ!」
なるほど、確かにそれは致命的だ。自分たちにとって、マハリの難民はロプロスから託された遺産のような人たち。そして、フランソワーズが最も守りたいと願う者たちであろう。
そんな人たちを人質に取られたら、戦えるものも戦えない。それも、もし戦いの途中にそれを知らされでもしたら、騎士団全員が捕らえられる。そうなれば―――。
「もし騎士団全員捕まったら、反撃の手段が完全に無くなる……」
「そしてあとはゆっくりリュカちゃんたちの首を刎ねてお終いってわけ……女王を人質にとるっていう衝撃を隠れ蓑にしたラグラスの作戦ね」
ゆっくりと首を刎ねられるのだけはゴメンこうむりたい。どうせ二度目の死が来るのならあっさりと簡単に、素早くしてもらいたいところだ。なんて、馬鹿なことを考えている場合じゃない。
もしも彼女の考察が正しいのであれば、先ほどの自分たちの作戦実行中の時に、マハリの難民が人質とされてしまう。そうなれば、いかにセイナと言えども手も足も出なくなってしまう。
「さて問題。もしラグラスがそう考えているんだったら……」
「一体、どうすればその危機を乗り越えられるのか……」
「その通りだ」
考えろ。考えろ。考えろ。この二人の顔つきだ。きっともう何か作戦が浮かんでいるはずなのだ。けど、一体どんな作戦が。
いや、難しく考えるな。もっと、簡単に考えるのだ。そう、水の上に浮かんでいる木の葉を掴むかのように、簡単な考えを。
発想を逆転すればいいのだ。マハリの難民が人質に取られたらどうすればいいのかではない。どうすれば、マハリの難民を人質に取られないようにするのかだ。
そう、例えばミウコの国の中にいる騎士団員に協力してもらうとか。
いや、今現在でもミウコの国で待機している騎士団員も動けないでいるのだ。先ほどまではどうしてなのかと思っていたのだが、もしかしたら、すでにミウコの難民を人質として、動かせないようにしているのかもしれない。とすれば―――。
「……裏道、か」
「ん?」
「ちょっと強引かもしれませんけれど、これならいけるかもしれません」
そして彼女も立案した。もしもの時のために備えた、第二計画、裏の計画を。果たして、それはセイナとリュウガとほとんど同じようなものだったことは、リュカにとってその作戦が成功する確率が高いという何よりもの証拠になったのだった。
そして深夜、彼女たちが思った通りセイナたちが裏道から出てきたところで捕らえられて今に至る。というわけだ。
ここにきて、騎士団員を何人か山に置いてきたことが幸いとなる。おかげで、いつでも反撃の好機を作ることができるのだから。後は―――。
「間に合ったのかな……」
「あ、あのお姉さま。リュカさん」
「ん?」
「どうしたの、アルシア?」
と、その時だ。ヴァーティーにとって一番下の妹であるアルシアが、窓を背中にしているリュカとヴァーティーに向けて言った。
「もし処刑される時は、私が最初になります」
「え?」
「なにを馬鹿な事言っているの。昨日の夜にも言ったでしょ。最初に処刑されるのはリュカ、その次が私だって」
そう、処刑される順番、というよりも誰が最初に処刑されるのかは昨晩ラグラスにすでに伝えている。そんなことはアルシアにも分かっていた。しかし。
「でも……私ももう、お姉さまが死ぬの、見たくない……」
「アルシア……」
アルシアはあの戦いの際に、仮死状態とはいえヴァーティーの死に体をその目に焼き付けていた。あの時の絶望、あの時の困惑、あの時の悲しみ、決して忘れることはないだろう。
彼女はもう嫌だった。その苦しみを何度も味わう事。もしも、最初がリュカとヴァーティーであるのなら、年功序列の考えから言って最後に殺されるのは、最後まで残されるのは、自分である。
「お願いです、だから……」
だから、もし処刑されるのなら、自分が一番いい。
一人ボッチで死ぬのなんて、嫌だったから。
でも、ある意味それは人間らしい思考であると言えるのかもしれない。
人間は誰だって一人ぼっちで死ぬのを恐れる。最期は誰かに看取られてもらいたい。家族に、傍にいてもらいたい。そう考える人間が多いのではないだろうか。
だからこそ、人には生きる力が湧いてくる。だからこそ、人間は絶望的な未来が待っていたとしても前に歩いていくことができる。
だからこそ、人間は生きていける。
彼女は看取ってもらいたかったのかもしれない。姉たちに、自分の死を。死にざまを見てもらいたかったのかもしれない。
そうすれば、自分は潔く死ぬことができる。格好よく死ぬことができる。そう、考えたのかもしれない。
考えていたのかもしれない。
そんなの。
{―――――――――!!!}
「え?」
「あ……」
その時だった。
すさまじい爆音とともに、円柱状に切断された窓ガラスが、兵士たちに向けて飛んでいったのは。




