第十四話
ついに、その時が来た。
グレーテシアは、フランソワーズに言う。
「お姉さま、そろそろ、日の出の時間です」
「えぇ……」
この牢屋は脱獄の可能性をつぶすために窓の一つもない。そのため、外の様子を見ることは絶対にかなわないのだ。
しかし、彼女たちは体内時計、つまるところ直感において外が日の出の時刻である事を悟った。
果たして、彼女たちのソレはあまりにも正確であったのだろう。その男性はやはり、彼女たちの前に現れた。
「女王陛下、姫、時間になります」
「ラグラス……」
近衛兵長ラグラスは、部下数人を引き連れて直々に二人を迎えに来たのである。
「謀反の首謀者自身がここに来るなんて……私たちに殺されることは想定していなかったのかしら?」
「フフフ、姫のそういう恐ろしいところはお変わりのない様子で……」
フランソワーズの冗談のような言葉を、しかしラグラスはそれが本心であることを察しながらも流した。
実際、彼女たちはもし国民という人質を取られていなかったしたら、牢屋を出た瞬間にでもラグラスほか数名の兵士を殺すつもりだった。たとえ、手枷足枷がはめられていたとしても、それをできるくらいの能力が彼女以下、騎士団の人間誰もが持ち合わせていたのだ。
こうなると、一瞬でも人質に取られている元マハリの国民が煩わしくなってしまうのは、自分たちが戦闘狂であるという事の表れなのかもしれない。
そして、それは隣にいるグレーテシアもそうだった。
「人質を取るなど、落ちぶれたなラグラス」
「お許しください、女王陛下。しかし、こうでもしなければ我々に勝ち目はありませんからな」
ラグラス自身分かっていた。自分たちミウコの兵ではヴァルキリー騎士団には到底かなわないという事を。故の人質作戦。もちろん、これが人道、兵道に外れる行為であることは重々承知だ。
だが、ラグラスはそれでも苦汁をなめる思いでこの作戦を実行に移した。すべては、この国のために。
二人は、牢から出されると、ラグラスの後ろにつくように階段を上っていく。その背後にはついでのように来ていた兵士が数人。挟まれている形で階段、狭い石造りの螺旋階段を上っていく二人の女性。
因みに、足枷はというと、元々牢に入れられている時は右足、左足の枷が一体となっていた。しかし、それだと歩きにくいため、今はその一体となっていた部分を解除され、鎖でつながれている。それは、魔法石で作られた足枷全般に適用されているモノなのだ。
フランソワーズは、もう少し鎖を短くした方がいいのではないかと考えていた。こんな長い鎖―じゃらじゃらと甲高い音を立てて石の階段を削るくらいに長い鎖―であれば、足の自由を完全に奪う事なんてできない。この状態であったとしても、手練れであるのならば簡単に人の一人や二人や十人殺せるようなものだ。
冷静になって考えてみれば、フランソワーズ、騎士団の人間に影響されて少し暴力的な考えを持っているのではないだろうかと言わんばかりに人殺しに躊躇をしていない。完全に彼女たちの思想に染まってしまっているようにも見える。
だが、もしかするとそれが本来の彼女の姿なのかも。つまり、今のグレーテシアのような姿が、本来のフランソワーズのソレだったのかもしれない。
その時だった。
「?」
「……」
二人の女性は、何か違和感のようなものを覚えた。
なんだろう、何かが変だ。牢屋に降りた時と、昇ったときで使う階段が違うからだろうか。けど、どうしてそんなことをしたのか。理由が思い当たらなかった。
確か昨日、牢屋に降りた時には隊舎近くの階段を使用していたはずなのだが―――。
「……」
「……」
と、その時フランソワーズは気が付いた。自分の背後にいた兵士に見覚えがあったことを。
「そういう事……」
「どうかしましたか姫?」
「いえ……ラグラス兵長。これから、私たちをどこに連れて行こうと?」
「……そういえば、言ってませんでしたな。これから、上層階にある増築中の部屋に向かいます」
「増築中の部屋?」
「この城に作られる演奏部屋の事です。お姉さま」
「そんなものが……」
「えぇ、そこで……」
というと、ラグラスは一度立ち止まり、二人の女性を階段の上から見下ろしながら言った。
「厄子とトオガからの離反者の処刑を行います」
と。この言葉に、違和感を覚えたのはグレーテシアだ。
「何故その部屋で? 私たちがいたあの牢屋のすぐ近くには処刑場があったはずなのに」
「山には、まだ何人も騎士団の人間が潜んでいますからな。処刑場の場所も、この城に何度も足を踏み入れているため把握されている可能性が高い。処刑執行直前に踏み込まれて中止となっては、興ざめですので」
「……」
なるほど、確かにマハリの国でも同じようなことがあった。実際には、彼女はその事件があった後にそれを聞いただけなのだが、その時はトナガの策略によってエリスが処刑されそうになって、リュカが直前に助けに入ったと聞いた。それと、同じようなことを起こさないように対策をしているのだろう。
もちろん、彼がマハリの国であったその事件を知っているわけがない。しかし、騎士団の人間がそれほどの力を持っていると知っていたからこそ、その少し慎重すぎるともいえる策を考えたのだろう。
念には念を入れよ、か。しかし、皮肉なものだ。彼女たちはそう考えていた。まさか、自分たちと同じ考えをラグラスが持っていて、その先も自分たちと同じだったなんて。
「そして、処刑を実行したその後、女王陛下にはその立場から降りてもらうということに」
「……」
その言葉に、グレーテシアはやはり不思議な顔をして言った。
「それが解せない」
「……」
「私を解任した後、一体どうするつもりだ? 女王である私がいなくなることによる混乱を、一体どのように収めるつもりだ?」
確かに彼女の言う通りだ。
そもそものこの謀反を起こした理由はまだ理解することができてしまう。情けないことだが。
しかしもし自分を女王から陥落させたとして、その後一体この国をどうまとめていくつもりなのか。
女王を無理やり降ろして、そしてこの国の勝利の立役者と言える少女たちをむざむざと処刑して、諸外国にどう説明するつもりなのだろうか。
ヴァルキリー騎士団だって、そんな国にいることを止めるかもしれない。百歩譲って元マハリの市民を再び人質にすることによって強制的にこの国に取り込むことも可能だが、そんなことトオガの国がヴァーティーたちにやったことと全く同じではないか。
つまるところ、この謀反がミウコの国を破滅に追い込む可能性が十分にある。
身も蓋もないことを言ってしまえば、こんなことをやらかす人間は馬鹿と阿呆くらいな物。
しかし、目の前の人間はこれでも近衛兵長としてこの国に何十年も使えていたいわば国の脳といっても過言ではない人物。当然、そんな浅はかな考えで、こんな一大事を起こすなんて、あり得ないはずだ。
だが。
「後のことは後の者がやればよい。私は、私のやるべきことをやる。ただ、それだけです」
どうやら、自分は彼への評価を改めなければならないようだ。
このままでは不味い。女王降格自体は、自分自身ある意味で願ったりかなったりであるが、しかしその前に彼女たちの処刑があるのは、狭い範囲で見るのなら、国の災厄と呼ばれる厄子を殺したという事で最初は英雄視されるかもしれない。しかし、広義的な意味で見るなら、国にとって最重要戦力たる存在を殺すという意味になる。
そして、同じく重要なのは、ヴァルキリー騎士団からの信頼という物を失うという事。信頼のない者を守る。そんな苦しみ、ヴァーティーたちの苦しみを繰り返してはならない。
だが、何度も言うかもしれないが最も優先すべきは人質となった市民の命だ。それを考えれば、大々的な反抗なんてできるわけが―――。
「あ……」
その時、グレーテシアはようやく気が付いた。フランソワーズは、どうやら彼女のその表情で、既に自分が到達していた答えに辿り着いたことを察したようだ。その、瞬間である。
「つきましたよ。女王陛下、姫」
木で作られたドアが開かれた。刹那。
「ッ!」
自分は決してあの光景を、忘れることはないだろうと思った。あんな、想像を絶するような光景を、忘れることができるだろうか。
部屋に入った瞬間に、自分の顔の横を通った円柱型の透明の物質。
それは、壁に深く突き刺さり、二度と抜けることなくそこに鎮座するのみ。
そして、それをなした人物は。
「―――――――――!!!」
自分の知らない言葉を、叫んでいた。
さぁ、そろそろこの馬鹿げてつまらない反乱に幕を閉じようではないか。
≪桃色の髪≫の乙女よ。




