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武龍伝〜貴方の世界を壊した転生者〜 魔法当たり前の世界で、先天的に魔力をあまり持っていない転生者、リュカの欲望と破滅への道を描いた伝記録  作者: 世奈川匠
第9章 今生の別れ、紺青の旅立ち

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第十三話

 体感、あと二時間といったところか。処刑が始まるのは。

 リュカは、この部屋に来てから、ずっと、一歩も動かずに外の様子を見ながら考えていた。

 いや、正確に言えばその向こうに見える≪あの山≫を見ていた。

 そこにいるはずの後衛の騎士団員が動くことを予感しているからなのか、それとも、また別の理由があるのか。どちらにせよ、処刑二時間前等と、常人では正気の沙汰ではいられないような戦々恐々するべき時間においてもなお、彼女は顔色一つ変えることはなかった。

 ケセラ・セラもまた、いつも通り。壁にもたれかかって、ゆったりとくつろいでいて―――。寝ているのではないか?

 全く、自分以上に豪胆な人間だ。リュカは、ある意味その彼女の性格がうらやましそうに微笑んだ。

 彼女は信じている。仲間のことを、この状況を打開していくれるはずの、友たちのことを。たとえ、それが妄信に近い物であったとしても、それでも彼女は信じようとしていた。だからこそ、自分も、ケセラ・セラも何も心配していない。

 それが、上に立つ者ができる唯一の行い。そう彼女は思っていた。

 思わなければ、冷静でいられなかったのかもしれない。

 処刑まで、あと二時間。



「あれが、この国の隊舎……」

「うん、私も来たのは初めてだけど……」


 一方クランマとデクシーの二人はようやく城のすぐ下に位置する隊舎のそばまでやってきた。

 まではよかったのだが、なんとも物々しい雰囲気を感じる。それもそうだろう。隊舎の前には武装したミウコの兵士が何人も入口を封鎖していて、あたかも鎧の海といっても過言ではないくらい、見ているだけで重々しくなってくるほどの暑苦しさがあるのだから。

 本当は、城の中にいる待女のアマネスと会うことが目的であったのだが、城の中に入るのはここまでが限界か。隣にいるクランマの目的である姫に会う、というのはそもそも叶わない願いであったのはまだしも、せめてアマネスには一目会いたかったが、ここまで厳重な警戒をされていたのであれば、どのみち入ることなんてできなかったのだろう。

 というより、よくもこんなところまでこれたものだと二人は自分たちの運の良さに感謝をしていた。

 城の中にある図書館を使用するために、頻繁に図書館に通っていたデクシー。しかし、それ以外の場所は基本的には立ち入り禁止。隊舎の方も、友人知人家族以外は立ち入り禁止であり、入ろうとしたら兵士によって遮られてしまい、その姿を見ることもできなかった。

 そんな隊舎、であろうものを初めて見たデクシー。おそらく、謀反を起こしたことによって城の中も混乱状態に陥っているが故にここまで簡単に来ることができたのだろうと思うのだが、しかしソレにしたって兵士の一人もここに来るまでに出会わなかったというのはすこし不思議だ。

 まるで、そう。

 兵士が神隠しにでもあってしまったかのように。

 その瞬間だった。


「!」


 二人は背後から気配を感じ取った。

 いや、違う。それだけならまだあり得る。だって、今自分たちは不法侵入の真っただ中にいるのだから、兵士の誰かに見つかれば捕まってもおかしくはないのだから。

 問題なのは、その気配が出たのが、自分のすぐ真後ろ、おそらく、自分の歩幅でも一歩も後退できないくらいにすぐ近くまで人の気配一つしなかった。はっきしいって、異常だ。

 ここまで上手に気配を消すことができる人間がいるなんて、ただ者ではない。おそらく、兵士の中でも副隊長くらいの強さを持った人間。でなければ、ここまで自分が誰かを認識できないなんてことはないだろう。

 そんな人間が、どうして気配を消してまで自分たちの背後に回り込んだのか。考えるまでもない。

 自分たちを始末するためだ。謀反を起こしている最中の城の中に入り込んだのだ。それだけでも殺される原因としては、残念ながら真っ当な理由と言えてしまうのだろう。

 だが、デクシーだってこの戦乱の世の中に生まれた人間。というよりあのトオガとの戦の際には死を覚悟していた人間。たとえここで死んでも後悔はなにもない。

 いや、どちらかというと最後にアマネスに会えなかったこと。それが、後悔であると言ってもいいかもしれない。

 なんにせよ。今、彼女たちにできることなんて、何一つもなかった。

 そして―――。


「あ……」


 デクシーは見た。隊舎の窓ガラスが、目の前で吹き飛ばされた人間の血によって染まったその瞬間を。


「ッ!」


 処刑まであと一時間。その時彼女は見た。リュカの眉が少し上向きになったのを。

 ヴァーティーはようやく寝かしつけた妹のルシーとアルシアをハオンに任せると、リュカに近寄って言った。


「随分と余裕そうね」

「そう見える?」

「えぇ、処刑を一時間後に控えている人間の顔じゃないわ」


 おそらく、それはあれが要因なのだろう、とヴァーティーは思っていた。

 そう、あの自分たちが出ていって、彼女とセイナ、そしてリュウガの三人となった時に交わしていた、ある作戦。自分はその詳細を知ることはできなかったためによくわからない。

 しかし、彼女たちが考えた作戦、絶対に無意味なモノじゃない、そう、信じたい。


「貴方、信じていないの? 私たち騎士団の事」

「……」


 信じているか否か、そう聞かれると正直困る、というのが本音である。


「私のことをトオガの国から助けてくれたリュウガや、貴方、それから団長さんや女王陛下のことは信頼できるわ。けど、私は今まで、妹達以外の人間を信頼したことなんてないから」


 自分を呪縛から救ってくれたリュウガ。そんな呪縛をした人間を共に倒してくれたリュカやケセラ・セラ。そして、そんな自分を軽々しく受け入れてくれたグレーテシアやセイナ、そしてフランソワーズ。自分にとって信頼に値する人間は、妹達を除けばその程度だろうか。

 だって、自分は知らなかったから。信頼という言葉を。誰かを心の底から信じるという意味を、まだ知らなかったから。

 だから、自分は彼女たちのことはまだ信頼することができなかった。たとえ、何日も一緒に居た仲間であるとはいえ、自分の命を軽々しく預けられるほどの信頼関係なんて、まだ築けていない。それが真実。


「そう、ならそれでいい。今はね」

「え?」


 ヴァーティーは、リュカの言葉の意味がよく分からなかった。


「信頼関係なんて、一朝一夕で作れるものじゃないから。長い年月をかけて、少しずつ少しずつ積み上げていく物。それが、信頼だよ」


 なるほど、言われてみれば自分と妹達との信頼関係だって、長い年月一緒に居たことによって生まれた、築き上げてきたものだ。それと、全く同じことではないか。しかし。


「考えたことないの? その、この分厚い窓ほどの信頼が裏切られたときの事……」


 といいながらヴァーティーは窓に触れる。確かに彼女の言う通り、その窓はとても分厚い。厚さ二十センチはあろうか。囚われている間にローラから聞いていたのだが、この部屋、元々は演奏室として準備をしていた物であり、外から楽団等を呼んできて城の中でその演奏を披露してもらうために作られた部屋であるらしいのだ。

 故に、壁や扉は音が外に漏れないように防音の魔法が使われていて、窓もそのために分厚いガラスで敷き詰められているのだとか。

 それほどまでに分厚い窓ガラスほどの信頼が、友情が裏切られた時の事。リュカもそれを考えたことはない、といえば嘘になる。

 もちろん、考えていた。もしそんなことになったらどうすればいいのか。嘆き悲しめばいいのか、怒りに狂えばいいのか。そして、その怒りに任せて誰かを傷つければいいのか。

 答えは、決まっている。


「それでも私は信じている。信頼の力を……あの子との友情を……」


 前世から続く、長い長い友情を。

 決して彼女は自分たちの信頼を裏切ったりはしない。それは、彼女が前世の世界でたったの四人ーと、あと妹の友達五人かーにだけ許していたあの信頼関係と同じものだった。

 大丈夫。絶対に、彼女なら。

 そう信じなければ、どうにかなりそうだったから。

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