第十二話
その日、私は四番目の交代要員だった。
一時間に一回、監視役を交代するという決まりを立てていて、そして自分の前の団員がリィナであった。
当然のことながら、ミウコに向かった騎士団員は全員というわけではない。山にいたその半分は、後衛として何かがあったときのために残されていたのだ。
そして、作戦決行の合図を待って突入する。それが、セイナやリュカと交わした作戦であった。最も、この時にはすでにセイナが囚われていたことなんて知っていたのだが。
しかし、彼女たちは待っていた。合図がでる、その時を。
「ふぅ……」
彼女、セリンはやや緊張気味に歩を進める。今ミウコの国を監視しているリィナは、騎士団の副団長を務めているが故なのか、それとも天性の素質からか、背後から近づいてくる人間に対しての警戒心が異常に高いのだ。
どれほどかというと、日常生活上においても彼女の後ろに立つことができる人間はいないと言われるほど。立てる者がいるとすれば、セイナや、あとはこの国に来るまでで言うならフランソワーズくらいだっただろうか。
それ以外の人間が彼女の背後に立とうものなら、すさまじいまでの魔力に当てられて、普通の団員であるのならば失禁してしまう。それほどまでに強い警戒心を持っている彼女に会いに行くのも億劫であるのだ。
それに、今回は国と山とでかなり離れているとはいえ臨戦態勢を維持していると言っても過言ではない。彼女の警戒心がさらに強まっていてもおかしくはないのだ。
「リィナ! 交代しに来たわよ!」
だから、セリンは逆に堂々とふるまうことにした。ゆっくりと静かに近づいて行ったのでは、彼女の警戒心を逆なでしてしまう。ならば、こうした方が彼女に安全に近づく方法としては得策であると言えるのだ。
事実、彼女はその声を聞いた瞬間に登っていたであろう木から飛び降りて言った。
「ご苦労さま、セリン」
と、ただそれだけを言うと夜の闇の中に消えようとするリィナ。
どうにも、彼女とはうまく話し合いができない気がする。というのはセリンの談であった。
セリンは、さほど他人に対して壁を作らない、いい意味で誰とでも仲良くなれる気質の持ち主だった。それは、元々ギルム・リリィアンというぶっ飛んだ組織に所属して、そこにいる仲間たちと話をしていたからなのかもしれない。
しかし、そんな彼女をもってしても心を完全に開かせることができない女性がいた。それが、彼女、リィナである。
表向きは、騎士団の副団長として立派に仕事をこなしていて、諜報活動にも戦いにおいても一切の妥協を許さない真面目人間に見える。
けど、その裏には一体何が隠されているのか。セリンはそれが気になってしまった。
これは、ただの好奇心、というわけじゃない。乙女の勘、なのだ。
つまり、完全に直感に任せただけの論証もないただの想像に過ぎない。しかし、彼女は感じ取っていた。リィナから醸し出される不気味なまでの底の知れない何かを。
「ねぇ、リィナ」
「なに?」
セリンは、リィナから離れる際、最後にこう聞いたという。
「あなたは、私たちの味方……なのよね?」
「……」
それから数秒。とても、重苦しい間が置かれた後。山から聞こえてくるざわめきも鎮まるほどに重い沈黙の後に彼女は言った。
「そんな当たり前の事聞いて、どうしたの?」
「……いえ、なんでも……」
セリンは感じた。これ以上、彼女に深入りするのは危険だと。自分は、彼女の底のしれない闇に殺されてしまう。そう、直感が叫んでいた。
だから、彼女はそれ以上何も聞くことはしなかったし、リィナもまた、それ以上何もすることはしなかった。
リィナは闇の中に消え、セリンは木に登ってミウコの国を見張る立場につく。
そして、まるでその交代の間の時間が切り取られてしまったかのように、セリンはその時の記憶をこの先しばらく封印してしまうのだった。
自分が死に恐怖した、その出来事を。
ここで、さらに視点を、ミウコの兵士の中にいる常識人。つまり、今回の謀反に参加しなかった人間の一人に変えてみよう。
その人物は、ミウコの兵士の中でも末端の末端。先日の戦の時にも前線で、まるで捨て駒のように扱われた兵士の一人だった。
いや、捨て駒なんて言い方は悪いであろう。彼女は、いうなれば兵士たちの最前線で誰よりも勇気をもって戦いに臨んだ兵士。しかし、ほとんど結果を残さずして、さらに最前線で戦っていたミウコの兵士の中でも唯一といっていい、奇跡的に無傷で生き残った兵士であったのだ。
だが、それが幸運であったなんて言いようがない。なぜなら、彼女は見てしまったのである。仲間たちが無残に殺されていく姿を。切り刻まれ、炎に焼かれ、目の前で崩れ去っていく仲間たちの躯を。
そして、その躯を飛び越えて凶悪なトオガの兵士たちと勇敢に戦う女性たちの姿を。
圧巻だった。自分たちの仲間をまるでぼろ雑巾を扱うがごとくにいとも簡単にその命を散らさせたトオガの兵士たちを圧倒するその姿に、彼女は目を奪われた。
中でも、一番の働きをしていた彼女のことをよく覚えている。
口から巨大な光の魔法を出して、敵味方問わずに多くの死傷者を出した獣。リラーゴに対して決して臆することなく立ち向かった一人の少女。
自分たち普通の人間とは全く違う髪色を持った翠の騎士。巨大な剣を操り、一人リラーゴに立ち向かい、そして倒して見せたその少女の姿は、彼女の心に深く焼き付いていたのだ。
自分も、あの少女のようになりたい。そう、願うほどに、憧れるほどに躍動していた彼女が、厄子という存在であったことを知ったのは、その夜の事であった。
そもそも、厄子という存在のことは昔から聞いていた。国に災いをもたらし、行く先々で不幸と災いをまき散らす疫病神。それが、厄子。
その厄子は、他の人間とは全く違うある特徴がある。それが、髪色。普通の人間が、黒や茶色、金の三色をしているのに対して、厄子は、それ以外、決して人間からは生まれることがないような髪色をしているのだとか。
だから、本当だったらあの場で彼女の、リュカという少女の姿を見た瞬間にそうだと気が付くべきであったのだ。でも、自分はそんな事考える余裕もなかった故、後々になって考えてみると、ということになったのだ。
最初はもちろん怖かった。そんな、災いを呼び起こすような存在がこの国にいるという事が。
でも、もし彼女がいなかったらそれ以上の災い、すなわちミウコというこの国が滅んでいた。その可能性を考えた時、彼女の中にあったのは恐怖ではない、厄子への感謝であった。
例え髪の色が少し違っていてもかまわない。厄災を振りまこうとも構いはしない。今回の戦で、大勢の命を救い、そして勝利に貢献したのが、その厄子であるという事には変わりはないのだから。
自分たちの貞操や命を救ってくれた恩人である事には、変わりはないのだから。
だから彼女は厄子に感謝の念を抱くことはあれども、恨むようなことはなかった。
それは、トオガの離反者も同じこと。確かに、彼女たちが自分たちの仲間を何人も死に追いやったのは事実。しかし、最後にはトオガを裏切って滅ぼすその最後の一手となってくれた。
死んでいった仲間たちには申し訳ないかもしれない。でも、自分はそんな少女たちを恨む気持ちにはなれなかった。
やっぱり、自分は相当甘い人間のようだ。だからこそ、末端の末端から上に行くことができないのだろう。
そんな彼女にも当然、ミウコの兵士の一人から一緒に謀反を起こさないかとの申し出があった。
何故、どうしてそんなものをしなければならないのだ。彼女の返答はもちろん、嫌、であった。
結果、彼女はこうして隊舎の中に閉じ込められてしまっている。自分たちと一緒に、いや自分たちよりもミウコのために戦ってくれていたヴァルキリー騎士団の面々と同じように。
きっと、自分も彼らにとっては裏切り者の一人となってしまったのだろう。そう、感じてしまった時、彼女に宿ったのは謀反に参加しなかったことへの後悔ではない。謀反なんて馬鹿げたことをしでかした自分の国の兵士への恥ずかしさだった。
厄子であろうと何であろうと、彼女たちが自分たちの国を守ってくれたことには変わりはない。であるのに、その彼女たちを処刑するために、自分たちの国の女王と姫を人質にするなんて、一体どこまでこの国の兵士は落ちぶれてしまっていたのだろう。
あまりの恥ずかしさに、顔から火が出そうだ。身勝手な理由で処刑されることになる厄子の少女たち、そしてトオガからの離反者の子供たちに申し訳がなさすぎる。
ならば、こんなところにいる場合じゃない。早く、少女たちを助けに行くべきだ。そう考える者が、自分以外にも大勢いるかもしれないが、そんなことできない。
今、隊舎の前には、この謀反に賛同したミウコの兵十数人がたむろして自分たちのことを見張っている。もし何かしようものならすぐに殺されてしまうだろう。
もしかしたら、ヴァルキリー騎士団の団員ならば話は違ってくるのかもしれないが、それがそうもいかない事情があるらしい。
聞き耳を立ててその兵士たちの会話を盗み聞いたところによると、どうやら自分の元仲間たちは一月ほど前にマハリから来た難民も人質にしているとのこと。もし騎士団員たちが、そして自分たちが動こうものなら、その人質の命はないと、そう脅されているようなのだ。
全く持って、どこまで自分たちの国を落ちぶらせれば気が済むのだろうか。
国を治めるべき人を人質に取って、あまつさえ滅んだ他国からの難民を人質にするなんて、完全にいかれた人間の発想だ。
本当にこんなことを、近衛兵長であるラグラスがしたというのか。あの聡明で、策略家とも名高いラグラスが、本当に。
しかし、事実は事実として受け止めなければならない。先も言った通り、自分たちは見張られている上に行動を起こせば難民にも被害が出かねない。
となれば、自分たちにできることなんて何もないのだ。
本当にそうなのか。
いや、そんなことあってはならない。
自分たちの国のしでかした愚かなる所業の罪は、過ちは、断じてこの国の兵士の力によって正さなければならないのだ。
だが、どうすればいいい。騎士団の人間も動くことができない。自分の力では男十数人に立ち向かう事なんてできない。この状況で、一体どんな打開策があるというのだ。
どうすれば。
と、女性が考えていた次の瞬間である。
「え……」
窓の外が、鮮血に染め上がったのは。




